『オメテオ・ブルズ』始動
「これでよしっと」
クレイディスは腕を組んで満足そうに頷いた。
「こんなんで集まるんかい」
彼が街の掲示板に貼った『新規冒険者ギルド、オメテオ・ブルズのメンバー募集』という紙を目にするや否や、エルザは首を傾げる。
ブルズの張り紙の周りには、強豪ギルドの『ホーネッツ』や『マジック』にくわえ、今最も注目される『ウィザーズ』の募集まで貼られる超激戦区。当然、まだ正式に設立できてもいない新規ギルドの募集張り紙なんていうのは、魅力に大きく欠けていた。
「大丈夫なんじゃない? ホーネッツでの一件、もうけっこう噂になってるっぽいし」
掲示板の前で腕を組んだふたりの一歩後ろで顔を綻ばせたのは、長い黒髪を髪紐でひとつに束ねた女・サヴァンナ。
クレイディスやエルザと同様、彼女もまた『オメテオ・ブルズ』の冒険者である。
「サヴァンナが加わってくれて、メンバーは三人。ギルド設立に一歩前進ってとこか」
「それはええが、お前さん妹はどうしたんじゃ。ホーネッツを脱退させるとか息巻いとったじゃろ」
「ああ、それがね」とサヴァンナが鼻頭を掻いた。
「あの子、ホーネッツに残るって聞かなくてさ。なんでも、同期で仲良かった子と同じパーティに入れたみたいで、今は未開拓の地に出発する準備してるよ」
「ウォーレンとその配下どもは、ホーネッツから去ったみたいだしな。ホーネッツ自体は悪いギルドってワケでもないし、ひとまずは安心していいんじゃないのか」
先日、クレイディスとの一騎討ちで完敗したウォーレンは信用を失い、筆頭パーティを降ろされた。
しかし、あまりの屈辱に耐えかねたのだろう。まだホーネッツに残るという選択肢があったにもかかわらず、ウォーレンと彼の非道な行いに加担していた配下たちは、自らギルドを去った。
その後、街中を探してようやくクレイディスたちを見つけたサヴァンナから、「気が変わったよ」との嬉しい報告を受けたのだが、
「なんじゃそら! 話が違うじゃろがい!」
どうやらエルザは不服らしい。
無論、サヴァンナの加入は彼女にとっても喜ばしいことだ。しかし当初の話では、妹のアイリンもホーネッツを脱退してくるはずで、ひとつの投石で二羽落としたような展開であった。
それが蓋をあけてみればこの始末。
「あんたらはまず、仲間よりもこれ」
そう言って、サヴァンナが一枚の紙をエルザに手渡した。可愛らしい文字で箇条書きにされているのは分かるが、エルザにはそれが読めない。
「チビ助、読んどくれ」
「お前、古代文字は読めるくせにこっちは読めないのかよ」
エルザの意外な事実を知ったところで、クレイディスが彼女の手のなかから紙を取りあげる。
そこに書かれてあったのは──、
・設立申請費用、銀貨五十枚相当。
・ギルドハウス提供の費用、銀貨三百枚相当。
・冒険者保険加入、ひとりあたり銀貨十枚相当。
・協会をはじめとした支援団体との提携費用、銀貨百枚相当。
・その他、様々なオプション。銀貨四十枚相当。
大事な大事な、おカネの話。
「ギルド設立に必要な合計費用……銀貨五百枚っ!?」
銀貨が百枚あれば、一年は飯を食える時代。そんな時代に銀貨が五百枚なんて考えるだけで、クレイディスは目を回してしまう。
「ちなみに、あんたらがこないだウチの店で稼いだのは、ふたりで銅貨が十枚分くらい。今の価値でいうと、銀貨一枚は銅貨の四十枚から五十枚に相当する」
「んなカネあるかアホ!」
「食い逃げするくらいだし、そんなことだろうと思った。アイリンにこの辺聞いといて正解だったわ」
クレイディスもエルザも、野宿で常に腹を空かせているくらいの極貧生活を送る身。当然、そんなカネなどあるはずもないし、これから稼ごうと思って稼げるような額ではない。
しかしエルザには、気になることがひとつ。
「チビ助、お前さんギルドつくったことがあるんじゃろ。そん時はどうしたんじゃ」
「俺もメリルに任せてたからよく分からんが、どっかのカネ持ちと仲良くしてたのは覚えてるな」
掲示板に背を向け、歩きだす三人。その行き先は誰にも分からない。
「これもアイリンに聞いた話だけど、ギルド設立は出資先を見つけてからやるのが一般的みたいよ。活動中のギルドの傘下になるか、貴族とか商人を後ろ盾につけるか」
「まぁ、俺たちにそんな知り合いいるわけないか……」
ギルド設立は想像以上に困難を極め、問題は山積み。
はぁ、と大きなため息をつくクレイディスとエルザの少し後ろを歩いていたサヴァンナが、また口をひらいた。
「けどまぁ、必要な費用を軽減する手がないわけじゃないね」
「マジで!?」「ホンマかい!?」
さっきまでの見るに耐えない縮んだ背中から一変、ふたりの瞳と言葉に生気が戻ってきた。
「店によく来てた客にひとり、おもちゃ屋を営んでる変わったヤツがいてね。そいつを仲間に引きこめれば、ギルド設立の大きな近道になる」
やってみる? と言うサヴァンナは、どこか挑戦的にも見える笑みを浮かべている。
煽るような真似をされて、黙っているようなクレイディスとエルザではない。それに、ギルド設立への大きな近道というなら、ふたりにとって願ってもないこと。
「やる!」「やったるわボケ!」
当然、即答だった。




