第2章6 清貧の町は暗く寂しい
宵闇―――月が出ない日であれば、その暗さたるや相当なもの。
しかし国でも発展した都市であるならば、夜の帳が降りる前に輝く地上の灯火がその暗さを和らげてくれる。
だが、このアルタクルエ神聖公国ではその辺りの事情がまったく違った。
《暗いわネ。夕日が沈んだ直後なのに暗すぎないカシラ?》
「(街灯がないからだろうな。これだけの規模の都市にしちゃあ珍しいといえば珍しいが、ないわけでもない。今まで行った国の中にも街灯のない都市はあったろ?)」
《そうネ、主に貧乏な国がそーだったと思うワ》
守護聖獣が懐かしむように言葉にするのをしり目に、シオウは改めて町中を見回した。
石と漆喰を基本とした簡素な建物ばかりで都市にしては静謐。白亜というにはくすんだ色で、日の光が弱まった今ではより灰色一色の町に見える。
大きな通りですら往来する人は極めて少なく、恰好も地味で頭から足元まで分厚く覆い隠している。上半身を軽く屈折させて胸を張らず、少し縮こまって歩く姿は何かに怯えているようにも見える。
だが彼らは怯えているわけではない。これがアルタクルエ神聖公国の民草の普通だった。
「清貧の教えに従う人々、か……。これじゃあ闘技場近くの露店の方がマシなわけだ」
エキシビジョンが終わったあとでシオウは一人で町に繰り出し、商店を巡った。
ところが店の数も少なければ、見つけても日用品や食料品の店ばかり。満足な飲食店もなかなか見当たらない。
一番の目的ともいえる書店をようやく探し出せたと思えば、取り扱われている品はかなり限られ、取り扱い冊数も他国の並みの書店の3分の1程度という有り様。
清貧の教義が徹底していると言えば聞こえはいいが、つまりは国全体が貧乏なだけだとも言えた。
「こーゆー国は内々がほころびやすいモンだけど、よく今まで国家運営をやれてきて―――……」
《? どーしたの、何かあっタ?》
しかし守護聖獣に答えることなくシオウは動く。
大通りから暗闇に満たされている路地へと入る道は多く、そういう場所には怪しい目線を通行者に向ける者が潜んでいやすいものだが、シオウはそんな治安の悪さを懸念することもなく、通りを歩きながら路地への入り口を横目で見ていく。
そして大通りの十字路を曲がった―――直後、曲がった先の一番最初の路地に素早く入る。さらに落ちていたガラスの破片を動きを緩める事なくさらっと回収し、鋭く尖った方を前に向けるように手の中で回して持ち直した。
《……尾行?》
「(ああ。足音が早まった、見失わないよう焦ってるな。……3、2、1―――)」
タイミングを見計らって路地から両手を出す。
その先にあるのは尾行者の体。
「ふぇ!!!??」
掴み、即座に引き込む。
真っ黒な闇に満ちた路地に一瞬で取り込まれたソレは、シオウと同等の小柄な女の子だった。
「騒いだら容赦しない、端的に答えろ。尾行けてきた理由は?」
「あ、あ、あぅ、あぅう……そ、それは……その……、る、ルクシャードチームのその、泊っているところをその……し、知りたくて……っ」
女の子は “ ルクシャードチーム ” と言った。つまり大会関係者、もしくは他チームの出場者だろう。
しどろもどろになっているのはシオウが喉元に突きつけているガラスの破片に恐怖しているからなのだろうが、それにしても覇気も毒気も感じられない。
「試合外で情報収集か、それとも潜入工作でもするつもりか?」
「?! ひゃううう、そ、そそ……そういうわけでは……その、な、ないですぅっ」
今度の言葉には先ほどとは違う緊張が感じ取れた。
つまりシオウの質問の言葉の中に彼女の目的、あるいはそれに近いものが含まれていたのだろう。
それにしては少々レベルが低すぎるとシオウは違和感を感じる。
「(この程度の尾行しかできないで情報にしろ工作にしろ、実力不足過ぎる……―――)―――名は? 答えろ」
「あぅあぅあぅぅ……ぷ、プラム……プラム=オシトリアですぅ……くすん……」
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ほぼ半泣き状態まで追い詰めて洗いざらい聞き出したあと、プラムを解放したシオウは、ルクシャード皇国代表チームの宿舎がわりの屋敷へと帰る道を急いでいた。
本格的に夜がくるとこの町では文字通りに真っ暗になってしまう。それでもシオウには問題ないが、ミュースィルあたりは心配して探しに出かけるなど言い出しかねないので走り気味だ。
《まさかまさかだったわネ~、敵チームの選手だなんて。イイノ? 素直に帰しちゃっテ?》
「(ああ。まあ実害があるわけでもないし、理由も大会で勝つためというよりは個人的なことだったしな)」
《ソウ、それ! あんなコト約束しちゃっテいいノ? 仲間を売るなんてサ》
「(別に大会そのものには関係ない事だからな。それに縁としちゃあ悪い組み合わせでもないと思っただけだよ)」
《知らないわヨ~、あとで怒られても~》
だがシオウは悪びれない。むしろ良い事をしたと言わんばかりに堂々としていた。




