第2章7 お初を犠牲に得たモノ
――――――翌々日。
この日はまだ、大会本戦は始まらない。
フリー対戦のエキシビションをねじ込んだ手前、大会運営側も選手に余裕をもってもらおうと間をあけているからだ。
シオウはあくびをかきながら割り当てられた自室から出てくる―――と、直後に声をかけられた。
「シオウ、少し顔を貸せ。話がある……」
「ガントか、どうしたそんな怖い顔をして。しかも疲れているみたいだが昼まで寝てた方がいいんじゃないか?」
いけしゃあしゃあと言ってのける小童に、大柄なガントが力強く歩み寄った。
肉体的疲労に加えて気疲れと若干の困惑、そして憤怒が見え隠れする複雑な表情を浮かべてシオウを睨む。
「とぼけるな……貴様だろう、アレを手引きしたのは?」
「手引き? アレってなんだ? 悪いが心当たりはないぞ本当に。……自発的に来たんだろ。教えたのはここの場所だけだが、そもそも調べたらすぐ分かるし秘密にしてることでもない。遅かれ早かれだったと思えばいい。別に悪いことでもなかったろーに」
アレとは間違いなくプラム=オシトリアだ。
彼女はこの大会の参加において、個人的な目的があった。それは言ってしまえば、自国のしきたりに従って男を漁らなければならないというもの。でないと国を追い出されてしまうのだという。
そんな彼女は、この大会に参加している他国選手に夜這いをかける覚悟でいた。
一昨日、シオウを尾行していたのは、ルクシャード皇国チームが泊っている場所を知るためだったのだが、彼女の夜這い候補に入っていたのが他でもない、ガントだった。
「屁理屈をぬかすな。……ふう、ならば質問を変えよう。あのような者の侵入を良しと判断したのはなぜだ?」
シオウに口で勝てないだろうと諦めたガントはアプローチを変える。
いかに邪気もなければ追い落とす気もないとはいえ、対戦相手になるかもしれない他チームの者を、自分達が宿泊する屋敷の場所を教える―――いくら場所だけで教えずとも調べればわかるような簡単な情報でも、シオウが本当に何の気なしに教えたとは思えないとガントは踏んでいた。
「酒場と閨は口が軽くなる、それは古今東西かわらない。だから国によっちゃあ、娼館や酒場の経営にはお偉いさんが一枚も二枚も噛んでるところも多い」
「! ……ふむ、確かに……な」
どうやらシオウの言い分に思い当たることが昨晩布団の中であったのだろう。ガントの表情はハタと真面目になり、詳細に思い出そうと明後日の方向に視線を向ける。
「しかも “ アレ ” は性格が内気で個人的な事情からもう後もなかった。となれば多少の情報提供も辞さなかったろ。ただ乗っかってきただけじゃあなく、な」
「貴様……、まあいい……。だが、しかしだ、もし……いや……」
ガントにしては歯切れが悪い。
夜這いを受けて彼のパワーでが抗えなかったのは意外だが、おそらく最後までやらされたのだろう。
そして歯切れの悪さは “ その先 ” を気にしてのことだ。
「デキても気にする必要はない。オシトリア泉国は女性だけの国……言ってしまえば子供を成すのに一時的に男がいる、ってだけで子の父親が誰かとか婚姻がどうとか言って来ることは100%ないだろーよ。何なら二度と接触はしてこない―――彼女の望みは子を設けるため、というよりも異性とやることヤってとにかく " 貫通 " したいようだったしな」
「明け透けないことを……。しかしそうであるならば気は楽だが、当事者としては何とも複雑な気分だぞ、まったく」
プラムからすればこれで母国を追放されることはなくなったわけだから万々歳だろう。
今後の憂いは消え失せ、今頃は嬉々としてチームメイトの元に帰っているに違いない。
一方のガントには多少なりともモヤモヤが残る。オシトリア泉国以外の国は、ほとんどが貞操関連は大事になるからだ。特に上流階級の人間であればなおさら。
もしプラムがガントの子を身籠っていた場合、オシトリア泉国側はまったくガントを意に介さないだろうが、ガントは子を無き者として扱うのは心情的に難しいだろう。
国が違えば常識も違う、とはいえである。
「ところで見返りに聞き出した情報はあったのか?」
「ウム。見返りとハッキリしたものではないが、それとなく聞き出した事はいくつかある。オシトリア泉国と当たらぬ可能性もあるが、まあ損はなかったと言えよう」
意外にもガント自身は、男女の行為に関してはそこまで動揺は見られない。
これでも貴族令息だ。後継を絶対に絶やせない貴族の家としても、そのあたりの知識や練習は教養の一環として積んでいたのだろう。
そしてシオウはその辺りについて期待していたからこそ、プラムがガントを夜這うことを良しと判断した。
これがもし、初めてに際して舞い上がってしまうチェリーボーイな男だったなら、情報を引き出すなんて真似をする余裕はなかったに違いない。
《意外ねー、疲弊はしてるケド》
「(もともとストイックな性格だ、初体験だろーと問題ないとは思ったが、どうやら期待通りだったみたいだな)」
ガントにとって昨夜が初だったのは間違いなかった。そしてシオウは珍しく、見極めを間違える。
ガントはこの時、動揺していたのだ。
突然、夜中に小柄な少女が自分の股座に乗っかっていて、目を覚ました時にはすでに遅く、ガッチリとハマり合っていた。
そのまま主導権を取られてガッツリと搾り取られ、朝日が差す直前に彼女はささっと窓から出ていった。
「(俺としたことがとんだ失態だった……クッ。だが、せめても取引として多少は話を聞き出せたのが幸いだったが、いまいましい)」
ともあれ得た情報は整理して共有すべきだろうと、ガントは抱えたくなる頭を軽くかいて気持ちを切り替える。
「ともかく、朝食後にミーティングだ。もちろん貴様も来い、サボりは許さん」
わかっているだろうなと圧をかけてくるガントに、シオウはまるで意に介さずハイハイと適当な返事を返した。




