第2章2 運営の勝手は企む者達の都合
――――――アルタクルエ神聖公国。公王の執務室。
「左様か、それは良かった」
公王は安堵のため息をもらした。立派で深く毛量の多い白髭に隠れた己のアゴを軽くなで、明るい笑顔を浮かべる。
「はい、現場の混乱は極めて軽微に収まっております。大会スケジュールの延伸につきましても各国来賓の方々におきましては、やはり滞在の日程などもございますればやや難色をしめされた方もいらっしゃいましたが、最終的にはご理解いただけました」
報告をする法衣をまとった男は恭しく頭を下げている。
しかしチラリと視線だけあげて公王の様子を伺うと、心の内で唾棄していた。
「(フン、みすぼらしい……これが一国の王とはな)」
公王の人柄や気質が善きことは知っている。だが国を治める者としては覇気が足りなさすぎる。
そして恰好―――これがまだ地方の貧乏領主ならば許されたであろう、王としては質素すぎるいでたちは、見ているだけで配下の自分まで惨めな気分になる。
アルタクルエ神聖公国を統べる公王マーシウス=プオーラ=セントロージアは、よく言えば迷信にある空駆ける配老、飾らずに言えばそこらにいる羊毛をたくわえたような毛深いただのお人好し老人であった。
――――――アルタクルエ神聖公国内、とある建物の一室。
「……と、いうわけで準備時間の延長はしてやった。今度こそ遅れは許されんと分かっているんでしょうね?」
法衣の男がイラ立ちを隠さないで言葉をぶつけると、綺羅をまとってはいるが態度のなっていない男たちが鼻で笑った。
「オイオイ、坊さんよぉ……こっちが遅れてんのはアンタんとこの厳しい入国審査のせいだろうがよ?」
「そーだぜ、まったく。国境またぐのも苦労してんだからよコッチは。仲間が揃うまで時間稼ぐのは、めんどくせえ入出国のルール決めたアンタら側がやるべきじゃあねぇのかい?」
「ウチのリーダーも国境をまたがせるのに今も苦労してんだぜ? 俺らもその時まで大人しくしておいてやるってんだから、状況を整えるくらいはそちらが骨を折ってくれよ」
法衣の男は舌打ちする。今度は心中ではなく実際に。
男たちは、まだゴロツキの類にしては品がいい方なのは間違いない。
ただの路地裏に潜む犯罪者のような連中とは違って、その道のプロフェッショナルな雰囲気を醸している。間違いなく仕事をこなすであろうと成果に期待を寄せることができる―――その態度にさえ目をつむる必要はあるが。
「とにかく! これ以上の時間延ばしは不可能です。失敗すれば報酬どころか、貴様ら全員ひっ捕らえますのでそのつもりでっ!」
「へーへー、わかってるよ。まぁ “ その時 ” が来たら任せな。このテの仕事で俺たちがミスったことはないんでね。大船に乗ったつもりでいなよ、坊さん」
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プリプリ怒りながら法衣服の男が部屋を出ていった途端、男たちはやれやれと肩をすくめたり息を吐いたりしてリラックスしだした。
「これだから僧侶って連中は面倒くせえな。なまじ真面目なクセに欲望に駆られて大それたことをしようなんざ、らしくねぇこと企みやがって」
「まったくだ、お行儀よくスケジュール通り~、なんざいかねぇっつーの。所詮、こんな片田舎の小国でヌクヌクしてる坊さんなんざ、たかが知れてるな」
「第一、俺らへの依頼とその内容はネオデラーダからだろう? いくら現場になるっつっても、アルタクルエの欲まみれクソ坊主がデカいクチ叩くなっつーのな」
男たちは思い思いに愚痴を吐き、法衣の男をせせら笑う。
気楽な雑談を交わしながらもその両手には各々が隠し持っている光モノを握り、抜かりなく手入れを行っていた。
―――と、その時
「……もう少し声を抑えろ。廊下まで聞こえいたぞ」
「!」「!!!」「!?」「!!」
瞬間、男たちが全員立ち上がってその者の周囲から1歩距離を開ける。気楽にしてはいても決して油断はしていなかった。
しかしその男はいつの間にかいた、彼らの中心に。
一人がふと部屋の入り口の方を見る。扉は閉まっているが鍵はかけられていない。
しかし彼らは法衣服の男が出ていった後、扉に鍵をかけて閉ざしている―――つまり男は外から鍵を開け、扉を開けて入り、彼らが屯する中に来たのだ。
それを誰にも気取られることなくやってのけたという事実に全員が戦慄する。
「(さすがリーダーだな)」「(ああ、相変わらずの実力者……とんでもねぇぜ)」
でも驚かすのはやめてほしいなどと思いながら、彼ら全員の視線はその男に集中した。
「り、リーダー。いつの間に来てたんですか?」
「たった今だ。……どうだ、こちらの様子は?」
「はい、アルタクルエの生臭坊主が働きかけ、大会の引き延ばしが行われました。時間の猶予はできたかと」
「よし、ならば間に合うな。全員の入国は骨が折れたがどうにかなった―――衣装の方、数の確保はできているか?」
「はい、何とか。これで全員、外見上は賓客に見えるかと思います」
それを聞いてリーダーの男は良しと力強くうなずいた。
「仕込みも済んで、準備も間に合う。あとは……そうだな、想定外がなければ問題なくやれるだろうが……」
しかしリーダーの男は油断しない。今回は大仕事だ、たっぷりの前金に加えて命の危険も多分に伴う上に、成功すれば北東大陸の国々は大混乱に陥るだろう。
それはおそらく戦乱の幕開けに繋がる。依頼者側の非常に大それた企て―――しかし彼らには関係ない。
「……チェックは入念にしておけよ。場所が場所だ、思わぬ難敵がいないとも限らないからな」
「大丈夫ですよリーダー。国際大会なんて言ったところで所詮は学生……お子ちゃま達のオママゴトですぜ」
「俺たちが遅れを取るような相手はまずいないでしょう。強いてあげるとしたら、アルタクルエの僧兵どもと各国のお偉い方の護衛くらいじゃあないでしょうか?」
「まあ大仕事だ、リーダーの言葉も分かる。アルタクルエ側もほとんど丸投げで細かい計画は知らないんだろう? なら僧兵は全員敵になるのは確定だろうしなあ」
「その通りだ。脱出経路と仕掛けについて今一度確認しておけ。武器チェックをすり抜ける手筈も間違いがないか、もう一度アルタクルエ側の協力者と打ち合わせしておくことも忘れるな」
国際大会の裏側でうごめく者達………
彼らは確実な目的達成に向け、ジワジワと確実に行動を進めていた。




