第10章3 第三者の孤軍奮闘
クドゥマの入室と共に医務室の空気が悪くなったと誰もが感じている。
幸いというべきかモーロッソとリッド以外、医務室の世話になっているほどのケガ人は他にいない。
8床のベッドが十分な空間を確保する間隔で設置されているとはいえ、騒げば迷惑になる程度の広さの空間に4人。
なのに、明らかに空気が詰まったかのような閉塞感がそこにはあった。
「フッ、なんだ? 仮にもチームメイトが見舞いに来てやったんだから、そんな仏頂面せず、少しぐらい喜んでもいいじゃあないか」
「………」
モーロッソは喜怒哀楽いずれにも該当しない顔つきで、ただ静かにクドゥマを見返していた。
睨むとも警戒しているとも言い難いような、極めて平坦なれどどこか穏やかでない態度―――これからいかなる不測が起ころうとも即応する腹づもりだろう。
そんな夫の雰囲気を即座に感じ取ってか、アレオノーラもまたコピーでもしたかのように同じ空気感を纏っている。
この夫婦のクドゥマへの対し方は、街中でまったくの見ず知らずのすれ違うだけの人間にたいする態度そのものだった。
「(通じ合ってるって奴か、さっすが夫婦。……しっかしあの野郎)」
リッドはクドゥマを気味悪く思う。モーロッソとの因縁、そのおおよそのところは聞き及び理解している。ここにクドゥマが現れたのも、モーロッソに嫌味を言いに来た…いや、脅しをかけにきたに違いないと思った。
ところがあらわれたクドゥマは、そんな雰囲気や素振りを一切見せない。不気味なほど人畜無害そうな、ともすればフレンドリーにも見える、ごくごく普通を装っている。
何を考えているのかまったく読めない。
「(なるほどな、モーロッソの奴が平静を保ちつつ構えてるのは、クドゥマがこういう奴だと知ってるからか)」
リッドからは丸見えだが、クドゥマから死角になる位置で右手を握りしめているのが確認できる。
場合によっては覚醒能力を使う気でいるのだろう。
「(位置的にはクドゥマが医務室の入り口を背に、モーロッソが半身を起こす形でベッドに、俺はその右側で自分のベッドに腰かけて…奥さんは反対側でモーロッソの頭近くの傍に立っているが……さすがにドンパチとかは遠慮したいが、さて?)」
クドゥマの出方一つで、おそらくモーロッソは後先構うことなく力に訴える選択肢を取るつもりでいるはず。
まさか、この場で奥さんを強奪していくなんて事をするクドゥマではないだろうが、強行には強行―――パンパンに膨らんだ風船に針を刺せば一気に事態が深刻化するのは間違いない。
「(これを時間稼ぎしろって? 無茶ぶりすぎだろ)」
リッドは腹をくくる。今なら別チームのケガ人ということで、彼らの騒ぎには無関係を貫くこともできるが、少しでも介入すれば面倒ごとに巻き込まれるは必至。
それでも何やら考えがあるらしいこの場にいない友を信じ、なるべく穏やかな切り口で語りかけた。
「クドゥマ、だっけか。わざわざ医務室に見舞いとか、いいとこあるじゃん」
リッドが話しかけたことでモーロッソとアレオノーラは一瞬、目だけで驚きを露わにしたが、すぐに落ち着き払う。
「そちらのチームメイドは見舞いには来ないのか、リッド=ヨデック? 意外と薄情なものだ」
「ハハ、こっちは勝ったんでね。次に向けてあいつらにはやっといてもらう事もあるし。俺としちゃ何もせず、こうして悠々休んでいられるからラッキーってもんだ。そういやそっちのもう一人はどーした、それこそ見舞いには来ないのかよ?」
モイック=イラ=ルワイデン。シオウを逆恨んだ、クドゥマのもう一人のチームメイトだ。
残りのメンツは前日に起こした不祥事の件で出場停止処分、学園にも出てこず謹慎中だ。
なのでチームの仲間であるモーロッソの見舞いという名分であれば、クドゥマだけでなくモイックも同行していなければ不自然になる。もっとも…
「彼は前々からチームメイトに興味なし、我が道をいくって感じの男だ。……正直、何を考えているのか分からないし、あまり分かりたくもない奴だよ」
さすがのクドゥマもモイックの気味悪さにはお手上げらしい。チームの一員として役に立ってくれればそれでいいという程度の付き合いでしかないのだろう。
そういう意味では、まだ彼の息がかかっていそうなのは、前述の謹慎中の2人だ。彼らにしたところでクドゥマのあずかり知らないところで暴走した事を考えれば、チーム・モーロッソは一切、互いにチームメイトという意識も秩序もない、寄せ集めチームだったと言える。
「(それで準決勝まで上がってきたっていうのもちょっと腹立つが…ま、むしろ容易く分解してくれる方が楽なのか、この場合)」
もしチームの何人かがグドゥマの企みに絡んでいて、徒党を組まれでもしていたら今よりもっと面倒な事になっていたに違いない。
しかし今ならモーロッソ達が抱える問題の相手は完全にクドゥマ1人とワスパーダ家のみに絞られる。
「しかし、試合じゃあっさりとギブアップしちまって…ちょっとズルいよな、お前」
リッドはもう少し自分の方へと引き寄せようと、1歩踏み込むことにする。
クドゥマの試合でのザマを詰ることで、彼のここへ来た本命の用件に入らせない。
「ズルいとは心外だ。立派な戦略だと思うが? それに不必要な怪我を負ってもつまらない。引き際は十分大事なことだろう、リッド=ヨデック?」
軽く流すでなく食い付いてきたということは、ズルだと言われて多少なりともカチンと来るものがあったということだ。
それを理屈ではなく感覚で理解したリッドは、釣り針を引き上げるように更に踏み込む。
「まぁ、たいして鍛えてるようでもないし? シオウみたいな小柄で力もなさそうな相手にも途中で降参しなきゃならないんじゃあ、そうやってもっともらしい事言って逃げるしかないもんな」
そして軽く同情するぜ、と言わんばかりの表情を作って見せるリッド。
哀れんでいるような態度ながら馬鹿にするような言い草。血がのぼりやすい相手なら、これで簡単に怒り出す。
しかし、さすがにそこまで釣られやすくはないらしい。片眉がピクリと動きはしたものの、クドゥマの顔面は平静を維持していた。
「……まあいい。逃げたと思われても仕方ないだろう。こちらが敗北したのは間違いのない事実だよ」
そう言ってクドゥマはモーロッソの方に視線を向ける。
リッド達が勝者である以上、クドゥマが何を言っても負け犬の遠吠え。ならこれ以上言い合ってみても何の意味もないと判断したのだろう。
この辺りの切り替えの上手さにはリッドは及ばない。
「(おっとマズイ。さすがにこれじゃ短すぎる……)……へー、潔いじゃないか。負けても負けを認められないようなヤツかと思ってたぜ」
「そんな醜いことはしないさ。何の得にもならないだろう? 負けは負けだ、あがく意味も時間も勿体ない」
両肩をすくめながら、そうだろう? と同意を求めてくる。なるほど商人貴族の家とはよくいったもので、それなりに品良さげな上っ面の向こう側に損得勘定の打算が見え隠れしている。
「(お? 奥さんの方は俺の意図に気付いたっぽいな、合わせてもらえると助かるんだが……無理か)」
見るとアレオノーラは、クドゥマと会話する様を眺めるように自然なフリをしてリッドの方へと身体の向きを変えていた。しかし、喋る様子はない。
彼女はレステルダンケ家とワスパーダ家の因縁の当事者だ。下手に口をきけば、そこからクドゥマはモーロッソとアレオノーラの方に向き直り、矛先を向けてくる。
リッドが話して、何やら時間稼ぎのようなことをしてくれていると勘付いているなら、なおさらその厚意に水を差すわけにはいかない。
なので、貴族の立食パーティーの席で派閥別れての嫌味の応酬の時のような、会話の援護射撃は不可能。ただ黙していることが一番の正解だと彼女は理解している。
なのでリッドは、なおも一人でクドゥマとの会話を続けなければならなかった。
「(く~、せめて誰か第三者が来てくれりゃ、クドゥマの野郎も邪魔が入ったから日をあらためて~とかいってこの場は一旦退散しそうなもんだが)」
少なくともリッドがいる以上、クドゥマもモーロッソ達にえぐい話は切り出せないし、脅し迫ったりすることも出来ないはず。
だがリッドだけでは弱い。一人くらい無関係の人間が近くにいようがお構いなしになられる可能性がある。
リッドが人知れず、話題をどうつなごうかと頭を悩ませていると、思いもしない援護が入った。
ワァァァァァァァァァァァッ!!
「お? 歓声がここまで聞こえる。ってことは準決勝の第二試合、もう始まってたのか。ガントのとこと敗者復活上がりのチーム・エステランタだな」
「ふん、そうだが…気になる事もないんじゃないのか? 上がってくるチームは決まっているようなもの。次に当たる相手の心配より、自分の怪我の治りが間に合うかを心配したらどうだ」
そろそろリッドを引き剥がしたいという意志がヒシヒシと感じられ、そうはいくかとヘバりつく。
「こればっかりはなー。まぁ治癒魔法のおかげで普通よりかは断然、治りは早いって話だけども、心配したところでしゃーない。それよりお前こそ、いつまでもここで話していていいのか? 今の歓声の感じだと先鋒戦あたりの決着がついたんだろ。下手すると誰か担ぎこまれてくるかもしれないのに、長居してたら邪魔だろ?」
今度はリッドがクドゥマを追い出す意を、言葉に含める。
これ以上会話で時間稼ぎをするのは、自分の頭では難しいと判断。ここで引き下がってくれれば少なくともリッドの負担はなくなるし、モーロッソ達にしてもこの場はとりあえず落ち着けるはずだ。
かといって、簡単に引き下がってくれるような相手でもない。
「フッ、別に問題ないだろう。まさか一度にこの医務室が満員になるほどのケガ人が運び込まれてくる事もあるまいし」
実際、医務室は意外にも今大会においてあまり活用されなかった施設の一つだった。
ほとんどが現場処置で何とかなる怪我の範囲で済んでいるし、リッド達のように治癒魔法ですぐに回復しきれないレベルの大怪我する選手が出ても滞在は一時的。自分で歩けるところまで回復した時点で、医務室を後にしている。
そんな場所が大盛況になることは考えにくい。観客までも巻き込んで暴れ散らかすようなことでもやらかさない限り、この医務室は閑古鳥が鳴いている時間の方が長い。
「そうはいってもお前の言うことも一理あるよ、リッド=ヨデック。つい話し込んでしまったが、そろそろこちらの本題を済ませさせてもらうとするよ、なぁモーロッソ、それにアレオノーラ嬢?」
逆に促したかのような形に持っていかれ、リッドは閉口したまま舌打ちする。ここで追いすがってしまうと、時間稼ぎの意図なり企みなりを見透かされ、警戒されかねない。
クドゥマの視線がモーロッソ達の方を向いたのを確認すると、リッドはアレオノーラの視界に入る位置からジェスチャーで “ すまん ” と謝る。
それに対してアレオノーラは、一瞬だけ僅かに口元を緩ませることで感謝の意を示し返した。
「用件はよーくわかっているとは思うが……なに、自分は別に構わないんだよ本当に。しかし、父がそろそろ痺れを切らしていてね。何にってもちろんレステルダンケ家にさ。我が家からの借りをまったく返さないと近頃はその不満ばかり周囲にまき散らしていてね、何とも困ったものさ」
それが詭弁である事は分かり切っていた。なぜならアレオノーラが何とか工面し、利息の3分の1ほどではあるが、祖父の借用に対する返済を継続的に行っている。つまり “ まったく返さない ” と言った時点で、クドゥマの言は事実ではない。
自分はそんなことはしたくないんだよ、自分は悪くないんだよ、でも父がね―――
クドゥマという人物は、ある意味ワスパーダ家にとっては理想的な後継者といえる。
己のダメージを最小限に抑えながらうま味を最大限に味わおうとするその性格は、商人に最適ともいえる。真っ当な商売をしていればだが。
「それで自分の経歴づくりに手を貸してくれた、という事にして当座をしのごうと、モーロッソには快く協力してもらって、この大会で頑張ってきたわけだ。……残念ながら、それに失敗してしまった。なのでこれ以上、父を説得しなだめることはもう出来ない。さて困ったなぁ?」
つまり、この学園選抜大会の優勝という華をクドゥマが得る。それに尽力してくれたは若きレステルダンケ家の婿殿、という形でもって父親を説得してやろうという話だ。
もっとも、本当に彼の父親がレステルダンケ家に対して憤っている可能性は低い。
クドゥマが勝手にワスパーダ家現当主の存在を利用しているだけで、本人である父親は何も知らないに違いない。
「(酷いな…失敗は親父のせいで、自分は一切悪くないってか?)」
容赦ないが、同時に強かだ。
両家の間で貸し借りがある事は本当だし、厳密な当人はそのワスパーダ家の現当主である事も事実。
なら本来、息子のクドゥマがその件でモーロッソに詰めるのは不当な権限の行使でもある。
しかもレステルダンケ家の現当主はモーロッソでもアレオノーラでもない。にもかかわらず、クドゥマは目ざとく平民上がりの婿養子であるモーロッソに目をつけ、脅しにかかった。
「さて、聡しいアレオノーラ嬢であれば、残された解決策のほどは十分に分かっていらっしゃると、私めは信じておりますが」
モーロッソの掛布団を握る左手に力がこもる。隠した右手の握りこぶしがワナワナと震える。平然とはしていても、口の中で奥歯を強く噛み締めていることだろう。
そしてアレオノーラも芯の強い視線でクドゥマを睨みつけるも、それ以上は何もできない。
クドゥマは、別にアレオノーラをモーロッソから奪うことを目的としているわけではない。二人を困らせ楽しむことも含め、彼らから搾取する過程と実益、その全てを目的としている。
なので二人の態度と反応を見た彼は一種の幸福感と優越感に浸り、つい笑みを浮かべた。この上なく不快な笑みを。
「ハハハ、まぁ私も試合で疲れていますので、詳しいお話はまた後日詰めることにしましょうか? ではお二人さん、本日はこれで失礼しま――――」
バンッ!!
クドゥマが意気揚々とあいさつを述べていたところで、医務室の扉がけたたましく開かれる。
「クドゥマ=リ=ワスパーダ。申し訳ないが、本日は失礼する前に我々と御同行願おう」
明らかに士官風の軍人を先頭に、会場の警備ではなく城所属と思しき装備に身を包んだ兵士が5~6名が医務室へと突入してきて、クドゥマを取り囲んだ。
「なっ? ……一体自分に何の用件があると」
冷静を繕うも浮足立ってるのは明らか。兵士に両脇を固められ、逃げられない形で問答無用に連行され始めた。
「詳しい話は後日ではなく、本日しっかりと聞かせていただきますので。洗いざらいすべてをね………よし、連れていけ!!」
軍人の命が下ると、兵士達は統率とれた動きでクドゥマともども医務室を出て行った。




