第10章2 尽くした者に一輪の花を
モーロッソの反撃。それはリスクを承知で強行したがために、彼自身にも多大なダメージが返ったものだった。
「(やっぱり負担が大きい、両腕がもげてしまいそうだ…うぅ)」
自分の覚醒能力を知悉しているからこそ出来た裏技だと言えるが、折れた左腕の痛みと共に、無理をした右腕も強い痛みを発している。代償は軽くはなさそうだった。
「ハァ、ハァ、…さぁ、まだ……勝負は分かりませんよ、リッドさん?」
それでも不敵に言葉を紡ぎ出し、なお戦意を露わにしてみせた。
リッドが苦しみ悶絶している間にたっぷりと時間をかけて完全に立ち上がる。与えたダメージが抜群なのは、相手の様子からも明らか。
同じ攻撃をあと1撃、いや2撃打ち込めれば勝てるとモーロッソは踏んでいた。
「へっ、食い下がるもんだな……根性あるじゃないか?」
軽口を返すリッドだが両肩が上下しっぱなしだ。盾を構える腕も揺れ続けて、いつまでも止められなかった。
「(とにかくさっきの攻撃の正体を探らないとな。あれほどの速度の攻撃を今になって仕掛けてきたってトコが引っかかるが…)」
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闘技場の横でスィルカは、ミュースィルが羽織らせてきたケープの端を握りしめながら、少し悔し気に二人を眺める。
「ウチはまだまだでした。そのつもりなくても正直、己惚れてた思います。同じ…いやあのスピードはウチよりも上かも…」
自分の試合の敗北の無念もあって、彼女は完全に落ち込み気味。
井の中の蛙大海を知らず――――それを思い知らされ、打ちのめされたと自嘲気味に笑うも、明るさに乏しい。
「ま、それはモーロッソの奴が本当にあの速さを持っているならの話だな」
「? それはどういう意味ですか先輩?」
首をひねるノヴィンに、シオウはその場で背伸びをはじめる。状況に似つかわしくないリラックスムード、まるでリッドのピンチにも我関せずといった冷たい態度とも捉えられかねない。
「本当はあの速さで動けるわけじゃない。まぁ、あんなズルが出来るくらいに自分の能力について研究し、リスクに最低限耐えられるだけの体を作ってきた根性は凄いが、それでも諸刃の剣だろうな」
「??? シオウ様、それはつまりあの方の攻撃は身体能力によるものではないということなのでしょうか?」
スィルカに羽織らせたケープの隅々を整えながら、ミュースィルは一つの可能性に気付き、しかし自信なさげに問いかけた。
「ああ、覚醒能力で発生するデメリットを逆利用した結果だよ。本当にスィルカ並みのスピードで攻撃できるなら最初からそれで戦えばいい。普通に覚醒能力と組み合わせれば簡単に勝てるだろうし、それが分からない奴でもない」
リッドもタイプとしては機動戦重視だが、これまで対戦してきた相手にしても、もっともシンプルかつ手強かった相手は、いずれも速度や機動力に優れた者だった。
技術や経験値がどうしても伴わない未熟な学生の内は、パワーやテクニックなどより遥かに “ 動き ” に優れている事が、こうした試合では何より優位を得られる大きな要因となりやすい。
速度があり、“ 動き ” に長けるだけで自分の攻撃を当て、あらゆる攻撃を回避することが容易くなるからだ。
であれば、それらを覆せる特別な何かを有しているごく一部を除けば、学生レベルの戦技においてスピードは、最高の武器と言っても過言ではない。
事実としてスィルカの速さは、もし完全に己の身体能力のみで戦った場合、学園の生徒全員の中でも間違いなくトップを狙えるレベルと言える。
“ 動き ” に優れるという事はそれほどに強みとなるのだ。
「で、さっきの攻撃の秘密だが…答えは自分を重くしている、だ」
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「(……。そうだ、こっちじゃあなく逆に自分を重くしたらどうなる? その時、反作用とやらはどこに向く? …なら、あの速さの秘密はそういう事か!)」
それなら立ち上がるでもなく、右腕だけを繰り出してきた攻撃で、いまさら速度を上げてきたのも納得がいく。
そうと勘付いたリッドは思わず身震いした。それは武者震いでも、相手の秘密を看破した喜びでもなく、その覚悟に対する壮絶さへの恐怖感。
「(ものすごい負担がのしかかっていたはずだ。愛のなせるワザってか?)」
モーロッソの超速度の攻撃の秘密。それは自分を重くする事で相手に向かって発生する反作用に、繰り出した腕を乗せてその速度と勢いを増すことだ。
覚醒能力を微細にON/OFFする事で実現しているのだろう。しかし…
「(アイツからすると、繰り出した腕が強烈に引っ張られる感覚のはずだ。しかもあの威力と速度を実現するだけの斥力を生じさせるとなると、自分にかけた重さは相当なはずだぞ?)」
かなり危険なやり方だ。
下手すると腕の筋や骨が、いや下手すると全身がどうにかなってしまいかねない。
モーロッソはどちらかといえば小柄で細身。強い負荷に耐えられる頑強さをその容姿から宿しているとは、お世辞にも思えない。
しかし現実として耐えている。
とすれば、見た目には現れなくとも鍛えているのだろう。いくら勢いを増したところでリッドを悶絶させるだけのパンチ力を得るには、それなりの腕力も伴っていなければならない。
「(相当鍛えてるなコイツ。…とすると、見た目通りの印象は捨てきらねーとヤバいな)」
細マッチョとまではいかなくとも、おそらくその細腕の表面にはしっかりとした筋肉の凹凸が浮き出ていることだろう。
見た目に太くはならずとも、それなりに鍛える事はできる。それが事実なら、大人しい少年然とした容姿が逆に、相手を油断させる罠のようにすら思えてきた。
「ふー……さーて? どーっすっかな」
「打つ手がないのでしたらギブアップしていただけると助かるんですが」
しかしリッドは笑う。モーロッソも笑う。
ここまでやっておいて、リッド=ヨデックという人物が途中でものごと投げ出すような性格でない事は本人も彼も理解している。
「そっくり同じセリフを返すぜ。…お前もそう何度もさっきのような攻撃は出来ないんだろ? 出来るんならもっとガンガン攻めてくればいいからな」
「分かりますか…確かに取れる手立てが少ないのはこちらも同じです」
しかし、モーロッソはここで少しだけ嘘をついた。取れる手立てが少ないのではない、既に次の一手は決めてある。
ほんのわずかにチラリとリッドから視線を外して横を見た――――何かを確認する目の動き。そして
ダンッ!
モーロッソは身体ごと跳んだ。しかしリッドの方へではなく、明後日の方向へ。
左腕はやはりもう使えないらしく右腕で抱えるように抑え、地面を転がり…
ヴンッ!! バッ!!
その身に着地硬直が生じるよりも先に、不自然な態勢でリッドの方向へと切り返すように一切の間を置かずに飛んでくる。
その右手には自身が落としたショートグレイヴを拾っていた。そして左足の靴がない。
ショートグレイヴを拾うと同時に緩く履いていた靴の片方。それを重くした作用で着地硬直を緩和、かつ自分の身を相手のいる方向へと飛ばしたのだ。
「!! ちぃっッ」
狙いを理解したリッド。だが回避は間に合わないと判断し、即座に腰を落として身構える。しかし盾が構成する木甲板同士がカチカチと音を立てるほど、四肢がいまだ不安定に震えている。
「すみませんが、今度こそこれでっ!!」
右足の靴を落とす。するとモーロッソの身体が数十センチほど上昇した。その高さはリッドの真っすぐ見据えていた目線よりもやや上―――上段からの攻撃!!
「なろっぉ!!」
ドヒュッ ガギィッ!!
カラダを捻りながらリッドの真上よりショートグレイヴを落とす。しかしその刃先は、捉えたはずのリッドの頭を打ち据えることなく阻まれた。
「なっ?! まさかっ…」
モーロッソが驚く。覚醒能力の使用の影響で全身が痛いはずなのに、その痛みを忘れるほどに。
ビギギギッ!
強烈な一撃を咥えて阻んだ盾にヒビが走った。しかし破砕するまではいかず、咥えた刃先を離すまいとしかと開いた木甲板の隙間で、獣の口のように噛みついたままだ。
新しい相棒は、リッドの想定外の形で役に立った。
「おおおおおおお!!!」
宙がえりせんとするかのように、リッドの下半身だけが逆上がる! 遅れて上半身が僅かに後ろに傾いた。
ドボッ!!!
「ぐっ…はッ!」
モーロッソは超速度の攻撃を繰り出さんと、先ほど同様に自分の体を重くしたことがここで災いする。
重くなった事で、空中から下へと落下する力を強めていた体。そこに、反するように下から突き上がってきたリッド渾身の蹴り上げが入ったのだ。
ただでさえ覚醒能力の無茶な使い方で負担がかかっていたその身は、吹っ飛んで闘技場の床を無造作に転がる。そして完全に止まった後、指一本たりとも再び動き出すことはなかった。
『…それまで! 勝者、リッド=ヨデック!!』
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モーロッソは、目を覚ます。
「(……ぅ)」
重いまぶた。全身がぼんやりとした淡い倦怠感に包まれ、視界も定まらない。
辛うじて色は分かる。やや薄暗いが、白亜の天井らしきもの。端の方から灯の魔導具の光が照らしていた。
「(闘技場の…医務室……?)」
徐々に感覚がハッキリしてきて、布団と枕の感触が広がる。しかし、ゆっくりと回復していく意識は、視界の端に赤い色が現れると同時に強制的に覚醒させられた。
ペチンッ
「………」
呆ける。
頬に弱い、しかし染み入るような痛み。そして顔を覗き込んでくるよく知った顔。
「ぁぁ、……アレオ……。…おはよう……」
「馬鹿。おはよう、じゃあないでしょ?」
振りぬかれていた小さな手が返ってくる。
ペチンッ
反対側の頬も叩かれた。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ばかばかばかばかばかッ」
ペチンペチンペチンペチンッ、ペチペチペチペチペチペチペチペチッ………
最初こそ大の大人もすくみ上ってしまいそうなほど冷徹に見下す表情だった少女。
だが言葉と平手打ちを繰り返すごとに年齢相応…いや、見た目よりなお幼い空気を纏ってゆく。
どんなにか細く弱くとも、同じ場所を何度も何度も叩かれて、モーロッソの両頬は次第に赤みを帯びていった。
「ぃ、ぃたぃょアレオ……」
「ばか、おばか! わかっているのっ? このばかモロっ」
貴族淑女の面が崩れての可愛らしい年齢相応の泣き顔。しかし目の端に涙袋こそ膨らむも決して流さないのがいかにも妻らしいと、モーロッソは頬を殴られながら思った。
「……おーい、いちおー隣で寝てるんだがー…」
控え目に声をかける。仮設で置かれてるだけの間仕切りの意味しかないカーテンを開け、リッドはお熱いことでと茶化すような表情を覗かせた。
「ぁ、…ごめんなさい。ほらアレオ、他にも寝てる人がぃるんだから……」
さすがに他人の視線を意識すれば、貴族淑女たる態度に戻らなければならないはず。モーロッソの考え通り、アレオノーラは胸元からハンカチを取り出して上品に涙を拭うと、何事もなかったかのようにベッドの傍らに佇み、お見苦しいところをお見せしましたと言いながら、リッドに礼をした。
「ぁの…それで…試合は、試合はぁのぁとどぅ…なりましたか? 僕はすぐ意識を失って…よく覚えてぃなぃんですが」
不安そうに問う。
モーロッソは試合の勝敗ではなく、その後のことを気にしていた。特に彼の動向を心配していると、顔に書いてあるかのよう。
「もちろんこっちの勝ちで終わったよ。クドゥマの野郎のことなら心配しなくていーと思うぜ。…シオウから渡されたモン、 “ 隣の軍人 ” とやらにもう渡したんだろ奥さん?」
リッドも胸の骨の骨折をはじめ、身体のあちこちを怪我している。意識を喪失したモーロッソとは違い、医務室に運ばれるまでの間にシオウが、医務室に駆け付けようとしていたアレオノーラに何やら手紙のようなものを手渡してお願いしているのを聞いていた。
「ええ、もちろん。何かは知らないけれど中身を確認した途端、彼はこれで失敬すると慌てて会場を出て行ったわ。アレは一体何だったのかしら?」
その手紙について、中身はもちろんその存在自体もリッドは何も知らないし聞かされてもいない。しかし我が自慢の悪友殿が手配したこと。何ら心配はいらないという自信だけはあった。
「さぁ…けど、アイツが絡んでるなら安心できるはずだ。安心しなよ、お二人さん」
隣の軍人とはVIP席でアレオノーラ夫人の隣席に座っていた客のことだろう。
軍人というのが何かの比喩なのか、それとも正しく関係者であるのかはわからないが、シオウが何か仕掛けたのは間違いないとリッドは推測する。
そして、モーロッソがこの医務室に担ぎ込まれるまでの間、彼のチームメイトであるはずのクドゥマは、いまだ顔も見せてはいない。
「(負けた犬に興味なしとか割く時間などないとか、そのまま離れていくなら良しってとこだろーが。……っ! ま、そうはいかないってか、シオウ?)」
医務室に運び込まれる前、シオウがリッドに行った耳打ちは非常に短いものだった。
―― 時間稼ぎよろしく ――
何に対してなのか? 何のためになのか? 詳しいことは何も言わずにそのままどこかへと姿を消した。そのうちつまり自ずと分かるという事。
そして今、感じ取った来訪者の気配。仮設ながら割としっかりとした医務室の扉が開かれる。
カチャ。
「やあ容態はどうだ、モーロッソ=レステルダンケ? 自慢の幼な妻に看病されて幸せなひと時だったかな? …しかし、負けてしまったなあ。約束は覚えているか? ククッ」
クドゥマ=リ=ワスパーダ。
彼が完全に医務室内に入ってドアを閉める音を聞くと、アレオノーラは最初に浮かべた強烈な嫌悪の表情を懸命に抑え込む。
ゆっくりと立ち上がって入り口の方へと振り向き、喜怒哀楽の一切宿っていない能面な表情で軽くスカートの端を摘まんで会釈をした。オーソドックスな貴族の挨拶ですら、この世で最も憎たらしい相手には勿体ないと思いながら。
「(お、おうなるほど、時間稼ぎ…な。ってか、これってオレは巻き添えだよな?)」
レステルダンケ家とワスパーダ家の因縁による修羅場の予感。
そこに、まったく関係のない自分が強制同席させられる事に、リッドは勘弁してくれよと辟易とした気持ちを隠すことなく、両肩を深く落とした。




