第10章4 囲った網を引けばいい
クドゥマが兵士に連行されていくのを、一番呆気にとられて見送ったのはモーロッソだった。
しかし、何が起こったか事情不明にせよ目の前から憎い相手がいなくなったのは間違いない。掛け布団の下で握っていた右手を解き、安堵の表情を浮かべた。
「………、………あの、リッドさん。もしかして何かご存知だったのでしょうか?」
さすがにリッドが何やら考えあってクドゥマに話しかけていたのは気づいていたらしい。
とはいえ、兵士が乗り込んできて連れて行くという展開は完全に予想外。モーロッソは状況を理解できず、まだどこか浮いたような感覚から抜け出せない。
「いや、俺は何も知らない…ってか、聞かされてないっつーた方が正しいな。けどま、動きがあったっつーことはアイツの思惑通りなんだろ、多分」
「アイツというのは、シオウのことね? けれど、何かしてくれるつもりだというのなら、事前に教えてくれていても良かったのではなくて?」
アレオノーラも一気に張っていた気が抜けたらしく、人が悪いと責めるように言いつつも、ホッとしてその場でストンと椅子に腰をおとした。
「んー、どういうつもりかは分かんねぇけど、アイツが多くを言わなかったのは、確実じゃあなかったんだろうな。前に “ 考えあっても絶対にその通りになる自信がないなら、しゃべりひけらかすもんじゃない ” ―――なんて言ってた事もあったし」
少し真似するように声色よせてリッドが喋った直後、兵士達が出て行った扉に白い影があらわれる。
『よく覚えてたな。その通りだよ』
入室するかしないかギリギリのところでそう話す影は、そのままノックもせずに開け放たれたままの扉をくぐり、医務室へと入ってくる。他ならぬシオウ本人だ。
「よっ! 何したか知らんけど上手くいったんだよな?」
「まあな。こっちが想定してたより優秀な軍人が来てたおかげで行動が早かった。相手に気取られる前に網張ってくれてたから、あとは引くだけで済んだよ」
そういうとシオウはやれやれと脱力して大あくびをかいた。
「あの、一体何をなさったんですか? 彼を連行させるなんてどうやってそこまでのお膳立てを??」
モーロッソは、もう何もかも聞きたいと言わんばかりだ。
シオウは軽く背伸びをしてからリッドのベッドの端に飛び乗るように座り、んー、と唸りつつ考えるような素振りを一つ挟んだ。
「……バイト先の夫人にお願いして、都の住居管理部署の監督を務めてるコーラル爵にタレコミの手紙を送りつけた。特別な発注品の流れを辿り、頼もしい小さな目に捜査してもらって複数の候補からポイントを特定。実際の動きと商売の証拠を抑え、関連するこの国の法律から経済、歴史、各種書物を調べて信憑性を補助する資料を作って、大会に呼び出した軍人に提出…っと。俺がやったのはそれだけ」
(※「閑話:正しく根を回すということ」参照)
指折りながらの説明を大人しく話しを聞いていた面々は唖然とし、リッドは呆れ、モーロッソは困ったように苦笑いを浮かべる。
それだけと簡単に言ってのけるが語った内容はまさに、本格的な根回し行動そのもの。
アレオノーラが俯いてプルプルと小刻みに震えているのを見たシオウは、ベッドの上に両脚をすかさず上げる。
それとほぼ同時に、頭をあげたアレオノーラの両目がキラリと輝きを発し…
「決定!! ようこそレステルダンケ一族へっ!!」
ボフンッ
アレオノーラがモーロッソのベッドの上にはしたなくも乗り上がって踏み台にし、そのままリッドのベッドへダイブ。
しかし捕まえようとした相手は彼女の行動を予測していた。一足先に飛びのき、隣の誰もいないベッドの上へと見事に着地し、かわしていた。
「何百回も言ってるが断固として断る。はぁ…、お前の奥さんどうにかしてくれ」
「モロ! 是が非でも彼を捕まえるの! 貴方に姉妹はいなかったかしら? この際二人三人とは言わないわ。何人でもけしかけて強引にでも追い込みましょう、協力なさいな!!」
なるほどと得心し、つい笑ってしまう。兼ねてより妻から聞いていた通りだと。
確かに彼はすごく優秀だ。人材としてアレオノーラがスカウトしたがるのも納得するほどに。
両者から異なる要請をされたモーロッソは、只々笑顔で笑う。医務室で追いかけっこを始めた小柄な二人が微笑ましくて、なかなか笑顔を止められなかった。
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「そういやシオウ、みんなはどーしたんだ? 俺の見舞いがお前ひとりとか、さっきのクドゥマじゃねーけど、なんか寂しいぜ」
「ああ、クドゥマが連行されてく様をお見送りしてもらってる最中だよ。そのうち来る」
アレオノーラが疲れたことで追いかけっこがようやく終わり、シオウはリッドのめくりあげられた服の下、はだけた胸部に片手を当てていた。
「野次馬? なんでまた??」
「………ウチのチームには、誰がいるよ?」
その言葉で、リッドよりも先に隣のベッドでモーロッソが事の大きさに気づき、驚く。
「姫様方が………まさかそこまでのお考えですか?!」
「ん? どーゆーこった??」
「スィルカ、そしてミュースィル……彼女らが野次馬の列にいる。ま、見られる側としちゃ、皇帝の耳に醜聞が伝わってしまうと思うわな」
まだよく分かってないリッドを差し置き、モーロッソは凄すぎると全身で脱力して、起こしていた上半身を傾けつつベッドへと沈んだ。
「ね、凄いでしょう彼。ぜったいに獲得すべきなのよ、理解したでしょうモロ」
「???? なー、よく分からないんだって。もっとこうスパッと俺にも分かるようにさー」
リッドの胸板を調べるように手を移動させながら、シオウはため息をついた。
「よーするにだな、クドゥマからすると兵士に連行されるなんて恥もいいところなのに、それが皇帝の知るところとなる。ま、兵士から報告が上がるだろーから遅かれ早かれ耳に入るのに違いはないんだが、実子の姫であるミュースィルから直接話を聞く―――他人な臣下からじゃなく、身内から直接だ。途中で阻む事も出来ないし誤魔化すことも不可能な形で洗いざらい事の顛末はすべて伝わる」
「あー、なるほどな。つまりクドゥマの野郎が兵士に連れてかれたって話は、アイツの家にとっちゃあ一族の汚点として公に残ることになって、下手すりゃ家から勘当されちまう、とか?」
しかし、リッドはまだ少し理解至りきれていないようで、困ったヤツだと言うかわりにシオウは軽く頭をかいた。
「その可能性もなくはないな。されるとしたら、ワスパーダ家そのものが今回の件を無事に乗り切れたとしたらの後だろうが。その前に、クドゥマの連行と取り調べを糸口に、芋づる式に黒いモノが色々引きずり出される。ワスパーダ家そのものが持つかどうかって話になるのが先だろうな」
「はぁ??? そ、そんなになんかすごいことしたのかお前??」
「いーや? 連中の悪さが明るみに出るかもな、ってだけのことだ。それをどこまでこの国のお偉いさんが掘り出せるか…その結果として、そういう事もあるかもしれない、って話。現時点じゃ、うまく逃げられる可能性も残ってるしな」
のほほんと、いつもと変わらない腑抜けた表情。飄々と世間話を語るような雰囲気で、しれっと凄いことを言ってるシオウに、リッドはもう頭がついていかないと、疲労感を露わにした。
「はーーーー、わかった、何となくわかったから。俺もうここ数時間でただでさえ悪い頭酷使してもう回んねぇよ。その辺で勘弁」
「そう言うな、もう一つ……というか、これはお前じゃなくモーロッソ、そっちに言っておくべきことだな」
さっきからリッドの身体をまさぐって何やらしながら話しているシオウは、頭だけとなりのベッドに向ける。
「! なんでしょうか?」
「仮に、ワスパーダ家が完全に失墜するような事になったとしても、借りは借り。一緒に消えるわけじゃない。少なくとも弱みを利用してアホな脅しとかをかけようなんて事はなくなるだろーが、返すべきものは返さないといけない。分かってるな?」
借金とは、売買と同じく取引によって生じた金の移動。
借りた金をレステルダンケ家が何の代金に支払おうとも、支払い先にまた金は流れ動くだけで、消えるわけではない。
金が帰ってこない場合、貸した側は一方的に手元から金を流しただけであり、取引として健全に代価を得ていないことになる。
貸し借りの契約そのものに問題があったとしたらまた話は別だが、そうでない正当な取引であったなら、借りた相手がどのような者であったとしても、キチンと返済しなければならない。
今回の場合、もしワスパーダ家が潰れて破産した場合、持っていた財や権力、権利の全ては国預かりとなるだろう。そうすると当時の取引契約なども引き継がれ、返済先がワスパーダ家から国家へと移り変わるだけであって、レステルダンケ家の返済義務も、潰れて消滅するといった事は決してなく、変わらず残り続ける。
「!! ええ…もちろんです」
いくら元庶民でも、今は貴族の一員になっているモーロッソだ。義務から逃げることも、なかった事にすることもできないのは十分承知している。
キョトンとしていた彼の顔に力が宿り、瞳に芯が宿っているのを確認すると、シオウはフッと軽く笑ってから頭をリッドの方へと向け戻した。
「………ま、いちおー打開の “ 鍵 ” は奥さんに渡しといたから、後はせいぜい頑張れってことで。これ以上はさすがにこっちの知ったことじゃない。それでだ。次はリッド、お前の怪我の方だが―――」
「おう、どうだ? 術士に1時間近く治癒魔法かけてもらったから、だいぶ治ってるだろ?」
胸部の骨の骨折。しかもその後に結構ムチャして動いたこともあって怪我は深かった。
なので一応、シオウも患部を診ていたのだが……
「―――決勝な、お前出られないぞコレ?」
「なっ、なぬぅ!?」
――――――1時間後。
モーロッソは、医務室で2度目の医療スタッフによる治癒魔法を施された。そして怪我の痛みがほぼ引いたため、アレオノーラに支えられて医務室を後にし、帰りの馬車に乗っていた。
「ふう、当分左腕は使えないね………迷惑をかけてしまってゴメン、アレオ」
右腕の筋も痛めていたがやはり骨折した左腕の方が重傷で、治癒魔法でも完治までには至らず、包帯で固めて肩で吊ったまま。
以後は自然治癒に任せるということになったが、それでも通常の骨折が治るまでの時間を考えると遥かに早い全治2週間という診断。こういう時、魔法のありがたみというものが認識できる。
「まったくよモロ。帰ったらたっぷりとお説教してあげるんだから」
「ま、まだ言い足りないんだ…お手柔らかに。それにしてもリッドさん、表向きは元気そうなのに、思った以上に重傷だったなんて……ちょっと悪いな」
試合だったとはいえ、その怪我を負わせたのはモーロッソだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そうね、お馬鹿モロが色々隠して一人で抱えずに、キチンと私に相談していれば避けられたことだわ」
妻の言葉が痛い。さすが生粋の、しかも生まれつき才幹凄まじいと評判の貴族令嬢。言葉ではどうあがいても太刀打ちできないだろう。
「ゴメン、アレオ。うん、僕が悪かったんだ……だから、リッドさんの怪我を少しでも癒す方法をすぐにも探そうと思ってるんだけど、どうかな?」
決勝戦は明日。まだ日は高い。
今日中に探せれば、試合は無理でも闘技場の傍で見学できるくらいまではいける治療方法が見つかるかもしれない。
リッドの怪我――――まず胸の肋骨の一部が完全に折れ、さらにモーロッソが反撃で腹部に見舞った一撃で内臓の広い範囲に打撲ダメージがあった。
大会に張り付いている医療スタッフの治癒魔法では完治はもちろんのこと、明日の試合に出場する最低限の状態まで治癒するのも難しいと、シオウとスタッフの診断はピタリと一致。
「そこまでモロが気負うのも少し違わないかしら? …でもそうね、ここで恩を売っておくことができれば、……そうよ、そうだわ! シオウがスカウトを断わりにくいよう、ここで私たちが彼の治療の手助けをすればっ。…ふふふっ♪」
「(あー、うん。でもアレオ? 興奮して忘れてるかもしれないけど、僕たちは既にシオウさんからもっと多く恩を受けてるよね……って、今は言わない方がいいんだろうな……)」
アレオノーラは聡い女の子だ。興奮冷めればそのくらいの事は自分で気づくだろう。
ともあれ、モーロッソは自分の負い目もあって屋敷に帰ったら早速調べてみようと決める。
「じゃあ、すぐに何かないか調べてみよう。最初は書斎の本を当たってみようか?」
「なら私は侍医に問いただそうかしら。学園の医療スタッフよりは詳しいはず……屋敷にある治療用の魔導具も見直してみましょう。良いものがあれば、運ばせる手配も準備しないと」
こうして本人の知らぬところで、リッド再生計画は始動した。




