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陸妃(仮)  作者: 新田 船
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23

 どこからか飛ばされてきた葉っぱが近くに落ちて、また遠くに運ばれていく。


「来ないですね」

「そうね……」


 菖歌姫の許可はあっさりと下り、次の日雪鈴は北医官から書簡を受け取ると馬女官と共に後宮の外につながる門の前で人を待っていた。

 後宮から外のことは不案内な二人のために、軍の詰所までの道案内をしてもらえる者がくる手筈となっているはずなのだが、二人が門についてから四半刻経ってもそれらしき人物は現れていない。門の両脇に立つ衛兵からのいつまでここにいるのだろうともの言いたげに向けてくる視線を気まずく思いながらも待つ以外の選択肢もなく、薄曇りの空に視線を向けた。


「風も強いしこの分だと、雨が降りそう。案内役の方、道に迷っていたりしませんよね」

「まさか、それじゃ案内できないじゃない」


 馬女官は雪鈴の言葉に笑うが、外朝は広く、普段から行き来している場所ならともかく関りのない場所など全く覚えない者が多い。案内役が軍医関係の者なら後宮近くの警備とはあまり縁がない可能性が高いのではないかと雪鈴はふんでいた。


(大丈夫かな……)


 不安な気持ちを抱えつつ視線を空から門の向こうに移したところで、二人の男がこちらに歩いてくるのが見えた。一人は兵士の恰好をした青年で、下働きの恰好をした青年がその一歩後ろを歩いている。そのうち一人の姿を見止めた時、雪鈴は肩をこわばらせた。


「だから、あそこを右に曲ったほうがいいと言ったじゃないですか」

「おかしいですねぇ。確か前来たときは左を曲がったと思ったんだけど」

「記憶違いですよ。従妹君を待たせてるのですからもう少し急いだらどうです?」

「大丈夫だって、あの子はそんなことで怒らないから」

「怒る怒らないの問題ではないでしょう」 

「まぁまぁ。それよりここであってるみたいだ。春玉!」


 兵士の恰好をした青年は、馬女官の名を呼ぶと大きく手を振った。


「え?浩宇こうう?」

「待たせてごめん。すっかり道に迷っちまってさ」


 馬女官の知り合いらしい青年は、馬女官の数歩前で立ち止まるとのんきな笑顔で謝罪の言葉を口にする。それと対称に下働きの青年は一定の距離を置いて膝をつき頭を下げた。

 浩然は馬女官と二言三言、言葉を交わしてから近くに立つ雪鈴に目を向けた。

  

「で、君は?」

「はじめまして、木雪と申します。本日私の方も英軍医のところに用があり馬女官と共に伺う予定なのですが……」

「あ、そうなんだ。従妹の事しか聞いてなかったけど、連れがいたのか」

「はい」

「俺は馬浩宇。この馬春玉の従兄で案内役を上から頼まれている。よろしくな」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 初対面の相手に砕けた口調で喋る従兄を馬女官ははらはらした様子で見ていたが、雪鈴としては堅苦しくない人が相手でほっとしていた。

 無難に会話をこなしつつも雪鈴の意識は目の前の気さくな青年より、傍で控えている下働きの青年に向けられていた。

 人目を惹く鮮やかな緋色の髪という、物珍しい色彩を持っているにも関わらず馬女官も門の衛兵たちも気にかける様子はなかった。

 そしてそれは一緒にやって来た浩宇も同様で、「銀海」と気さくに声をかけると青年は顔を上げた。彼は促されるままに綺麗な所作で立ち上がると、琥珀と青玉を思わせる美しい色違いの瞳を伏せたまま礼をとった。


「春玉、木様。彼は俺の顔見知りで、今日迷ってた時に助けてくれてさ。詰所いくまでの道もちょっと不安だから同行してもらいたいんだけど、いいかな?」

「私は構わないけれど、木侍女は……」


 馬女官がうかがうように視線を向ける。それに対し、雪鈴は数瞬迷ったが「私は構いません」と返事をした。

 

「よかった。じゃあ、紹介するな」


 浩然の言葉を継ぐように青年は一歩前へ出た。


「王城で、知人の代理で下男として働いている朱銀海しゅぎんかいと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 知人の代理という部分を意味ありげに強調して自己紹介をした青年は、軽く笑むと頭を下げる。そして、その知人・・である雪鈴は、先ほどの前言を撤回したくなる気持ちをこらえ、笑顔で応えた。



※  


「縫合するから、暴れないようこっち押さえといて」

「はい!」

「いっづーー!!」


 浩然の先導により目的地である軍医の詰所の一角に着いた4人を出迎えたのは、何名ものうめき声であった。


「……うぅ、痛ぇ」


 雪鈴は目をこすろうとする兵士の手を取り、近くにある水桶に顔をつけて瞬きするように促す。他の3人も着いたとたんに人手が足りないから手伝うことになり、軍医の指示を受けて動き回っている。 

 路火の儀で使用された備品の撤収作業中、香の残りが風で舞い散り、近くにいた兵士たちの目に入った。そして、被害にあったうち一人が突然のことに足をもつれさせ備品が積んであった棚、下にいた人たちを巻添えにしたのだ。幸い事故の起きた場所が軍医の詰所近くであったので、全員こちらに運ばれて来た次第であった。

                     

「大丈夫か?」

「おぉ、何とか」


 目を洗った後に濡れた布を目の上に乗せ、端の方で休むように手を引いて座らせると、知人と思しき兵士がやって来たので会釈してその場から離れると他のけが人の対処に向かった。

 とはいえ、足に難がある雪鈴に振られたのは軽傷者への手当てくらいのもので、対処が難しいと感じたものには傷口を洗って布をあてて押さえてもらう等簡単な処置を施して、軍医の方に手が空き次第みてもらうようにお願いした。


朝方には想像もできなかった忙しさに目が回る思いだったが、それも半刻ほどすれば落ち着いてきたのでようやく本来の用事である文を渡すことができた。

 確認するのですこし待って欲しいといわれたので、備品の後片付けをしている馬女官を手伝おうとしたが断られ、仕方なく詰所の裏手にあった長椅子に腰を落ち着けた。

 皆詰所の方にいっているため、人気が無いそこで一息つくと、手を伸ばして怪我をしている足に触れる。そこまで動いていないはずだが、そこはほんのり熱をもっていた。とはいえ歩けないほどではないので、後宮への帰りまでは大丈夫だろうと見当をつけた時、足元の先に影が落ちた。

 顔を上げると、手に何かの容器を持った銀海が立っており、彼は雪鈴と目が合うとさっと膝をついた。


「木様。足の腫れに良く効く軟膏をお持ちいたしました。おみ足を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え、えぇ」


 なんとも言えない返事を了承と解釈した銀海は「失礼いたします」と近くまで寄ると、一段声を小さくしてささやいた。


「見られています。口元を袖で隠して、唇の動きを読まれないように」


 その言葉に従い、足元を見られるのを恥じらうそぶりで口元を隠す。銀海はそれを確認すると、何かの文言をつぶやいた。すると、先ほどまで肌に感じていた風がぴたりと止んだ。

 

「音よけの呪をかけたので、普通に話しても周りには聞こえないようにしました。それで、なぜ貴方が後宮の外にをいらしているんですか?」

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