第17話 闇に蠢く赤い毒花
敗北の序章
開演
ダバダバと降る雨。多くの色が混ざり会う黒刻町は雨に濡れている。数多くの色が入ってきて尚総てを受け入れようとするこの町の中で一人浮いた色。電柱とゴミ置場の間にずぶ濡れになりながらポツンと座っている男、蕗谷繁はこの日、ある男に敗北したのだった。
何故自分は敗けたのか。何故自分は敗けねばならなかったのか。全てを失って尚それが分かりたかった。それさえあれば次の人生をやり直す時に上手くいくかもしれないと思った。
それまでは金が欲しい普通のアラサーサラリーマンだった。大金を手に入れ綺麗な女を侍らせ高い酒を呑み美味い飯を喰い心地の良い場所に住みたいと願うそれだけの男だった。
ところが現実は違う。多くは無い給料は方々へ支払いを済ませれば半分以上が消えていき、残った半分も次の給料日までにまたほとんどが消える。夢にまでみた妄想はやはり夢で終るのかと毎月のように夢見ては諦めた。
彼はどこで思い始めたのか自分は神に選ばれた唯一無二の存在であると夢想した。各方面の色々な業績を見て彼は思う。
「これくらい俺にだって出来る。只やろうとしないだけで。俺は選ばれし唯一無二の存在。ポンポン才能を出しては意味がない」
頭の中ではビルの間を飛び回ったり時代劇のような殺陣をもってして悪漢を斬り伏せたり時速300キロで車を走らせても意のままに操れたりどんな女をも口説き落とせる。更に頭の中には巨大なインターネット空間があり、どんな情報も頭の中に入っている。故にどんな研究も直ぐに終わらせて結論を出すことができるのだ、と。
ある夜。その日も強い雨だった。町では止せば良いのにキャッチや店の女が傘を刺したり雨合羽を着ながら彼らの仕事に励んでいる。仕事が終わり蕗谷は自分の家に帰るために道を歩いていた。さっきの奴等に声をかけられながらも無視を決め込む。蕗谷のアパートは黒刻町の外れにあった。大通りから細い道、また細い道に入る。もう二つ路地裏の通りを抜けるとアパートというところだった。そこで見知らぬ男に話しかけられる。本当に見たことも無い。近所の人か?
「そこの人、すいませんがね」
「なんでしょうか」
「この荷物を今晩だけ預かってくれませんか。中を見ずに預かってくれたらお礼をさせて頂きます」
「やめてください気持ちの悪い。失礼」
黒い革鞄。今晩預かるくらい別にどうということはない。だがまあなんとなく気味が悪いんで断ろうとした、が。
「お願いしますお願いします」
「ちょっと・・・」
何度も何度も頭を下げられた。それに対してなんだか優越感をもった。普段は頭を下げる側だが今は逆である。蕗谷は上機嫌だった。
「お礼と言いましたね、どんなお礼ですか」
「お礼・・・どうでしょう、不自由のない暮らしを提供させて頂くというのは」
不自由のない暮らしとは中々思いきった事を言うものだ。泡銭程度なら断ってやろうとも思っていたが。不自由のない暮らしか・・・。
「良いでしょう。今晩だけで良いんですか」
「我儘を言わせて頂くのであらば3日間、お願いいたします」
「3日間!?今晩から3日間!?だいたい8倍以上の労力がいるじゃありませんか」
「お願いしますお願いします」
「ならこうしよう、何が入ってるのか言ってくれれば3日間預かろうじゃないか」
「それは言えません」
「ならばそれまでの話だ。今晩だけだ」
「うーん、ちょっと待ってください」
「なんだ」
男は携帯電話で誰かと話しはじめた。しばらくの問答は聞こえる限り相手と交渉しているように聞こえる。やがて男は電話を切り蕗谷に向かい合った。
「おまたせしました。やはり1日は無理です」
「では話はここまでだ」
「まあまあ。ではボーナスを付けさせて頂くというのは」
「ボーナス」
「一人、女を貴方に付けましょう。名目は鞄の護衛ですが、何をしようと我々は不問です」
「ほほう、そりゃ素晴らしいね。何でも、とは気前の良い」
「よござんすか」
「よかろう。して、その女とは何処に」
「私はこれから貴方から離れます。10分待って頂ければ寄越します」
「わかった。引き受けよう」
「よろしくお願いします。絶対に中身を見てはいけません。それをお忘れなく・・・」
男は闇に消えていった。
・・・果たしてこれは現実なのか。夢ではないかしら。しかし現実にカバンはここに在る。お陰で自分の荷物と件のカバンで両手が塞がってしまった。取り敢えず両荷物を地面に置き両足で挟んで一服しながら考える。絶対このカバンは怪しいものに違いない。大金か、それとも危ない代物か・・・色々と考えてはみたがそんなもの考えるだけ無駄というものだ。
しばらくすると誰かが声をかけてきた。
「もしもし」
「はい?」
「先ほどの者の使いです。私がこちらの面倒を見るようにと賜りました」
「貴女が・・・」
成る程こいつは絶世の美女。こんな女を好きにして良いのか。
「鞄を改めさせて頂けませんか」
「それは出来ない相談だ。私は中身を見ない事を条件にこれを引き受けた。もし貴女が仮に何の関係もなく近くで話を聞いていただけで近づいてきたなら他人に鞄を開けさせたということで契約違反となる。触らないで頂きたい」
「関係者かどうか分からない、と」
「ええ、そんなものを私の前で証明することも馬の耳に念仏です」
「おもしろい方ですわね。良いでしょう、私もその鞄は開けません。3日後に返して頂けたらそれで良いのです。それまでは私をお好きに扱ってくださいませ」
「今は貴女を手に入れられた。それで満足です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。何とお呼びすれば良いですか?」
「そうですね・・・斎藤で」
「斎藤様・・・偽名でしょ」
「ふふ・・・貴女は?」
「佳子とお呼びください」
「偽名ですね」
「ふふ・・・では3日間よろしくお願いします」
「よろしく。取り敢えず家に帰りましょう」
「表札はありませんか?」
「家に着いたら前で待っててもらいます」
蕗谷・・・斎藤の家はそこからまた歩いたところにあるアパートの一階の一番手前の角部屋であった。風呂トイレ別の六畳部屋が彼の城である。
さっき言ったように佳子を前で待たせて先に部屋に入り自分の本名が書かれている物を隠しはじめた。戸にかけた表札も回収し郵便物等も含めて段ボールに入れた。
「もういいですよ」
「お邪魔します」
「汚いところですが」
「お構い無く」
「まあ、どうぞ」
座布団を勧めお茶を入れにいく。
「手伝いましょうか」
「いやいや」
そういう女以外はこの部屋に上がった事など一度も無かったからこの城の主人は緊張しっぱなしだった。所詮こんなものであると自己嫌悪した。
「肩透かしだわ。部屋に連れ込むなり押し倒されるかと思いました」
「私にはそんな勇気は・・・」
「さっきの男から聞いてた話と違ったからビックリしました。もっと傲慢な人だと」
「確かに先程は調子に乗ってしまった。なにせ人にお願いされることなど無かったものですから」
「自分自身平凡であると?」
「平凡以下でしょう。頭の中で色々と考えても実行なんて出来やしない。私の願いはね・・・」
さっき話した自分自身の欲望と現実とのギャップ、それをツトツト話しはじめた。話口に佳子は笑った。
「ふふ」
「はあ・・・」
「斎藤様でもそんなこと思われてるんですね」
「情けない限りだ。自分が無力な事なんて自分が一番分かってる、なのに人を見て妬み嫉み僻み・・・挙げ句の果てにこれです」
「みんなそうですわ。なにも情けない事なんてありません」
「ありがとう」
「貴方は素敵な人よ。私のような女を一時でも好きに出来るのだから」
「そうかな・・・」
「そうですよ」
「褒められるのも久しぶりだ。良い心地だ」
「お夕食は食べられました?」
「いや・・・カップラーメンでもと思っていたから」
「明日はお仕事?」
「土日に祝日です。ちょうど三連休、といってもどうせ何もしませんでしょうが」
「では外に食べに行きましょう」
「ですが・・・」
「お金の事は気にしないで」
「本当ですか」
「ええ、必要経費に計上しますから」
そう言って二人は外に出た。
綺麗な女を横に歩くのだから蕗谷・・・斎藤は余所行きの服に着替えた。勿論例の鞄も持つ。
「お似合いですこと」
「どうも・・・」
「では行きましょう。なに食べます?
「なんでも・・・」
「では、私の気分でいきましょう。お腹はすいてますよね?」
「ええ・・・」
「では参りましょう」
半刻後。
「あの、佳子さん・・・ホントに大丈夫なんですか」
「ええ」
中国料理「景雲」。黒刻町随一を誇る料理店。斎藤は店の前を通った事があるくらいで店に入るには自分自身の経済状況とは不釣り合いだ。星は無いが評判はハチャメチャに良い。潮州料理が主力である。
「いらっしゃいませ。予約のお客様でしょうか」
「予約無しよ。開いているところに二人案内してちょうだい」
「かしこまりました。個室が開いておりますがそこに致しますか」
「結構。良いですね?」
「え、ええ・・・」
「ご案内します」
「ありがとう」
「・・・」
「斎藤様、どうぞ」
「あ、ああ・・・」
一歩下がり、斎藤を前に行かせる佳子。店員は少し怪訝な表情をしたが意味を察し二人を案内する。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう」
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「特に無いわ。出来るものを常識的に順番に持ってきなさい」
「えっ・・・」
「かしこまりました。良ければお好みを聞かせて頂けませんか」
「私はなんでも。斎藤様は?」
「あ・・・」
食の好みなんて美味くて腹に溜まればなんでもいいと思っていたから特に無い。だが答えなければ進まないから最近食べていないものを考えてみる。
「魚が食べたい」
「ふふ」
「かしこまりました」
「中国料理なんて・・・拉麺か春巻きしか食べたこと無い」
「満漢全席みたいに一気に運んでこないから安心してください。予約無しだと西洋料理のコースみたいに順番に持ってきてくれるから」
「なにがなにやら」
「私に任せて」
「・・・」
「失礼します。工夫茶です」
「お茶?」
「烏龍茶ですよ、これに合わせた料理が出てくるから」
「茶を召し上がりながらお食事をどうぞ」
「はあ」
「まずはシイタケとカラシナの煮物です」
「いただきます」
「いただきます」
「・・・美味しい」
「ふふ、良かった」
「潮州料理は中国料理のなかでもあっさりとした味が特徴です。日本人の舌に合うかと」
「もっと辛くて味が濃いものだとばかり・・・」
「四川、湖南、貴州料理がそれです。潮州はいわゆる広東料理に属します、辛めのお料理もございますが」
「いや、内臓が荒れてるから優しめの味がいいんです」
「当店は素材の味を生かした料理をお出ししております。これからまた料理は出てきますが、きっとお口に合いますよ」
「楽しみね」
「うん」
「魚料理をご所望とのことでしたので・・・ガルーパ・・・ハタの蒸し焼きです」
「うわ・・・ハタって高級魚じゃ・・・」
「お味は保証します。お取り分けしますね」
「わあ・・・」
「どうぞ」
「・・・食べやすくて美味しいな・・・」
「美味しいわ」
「ありがとうございます」ゆ
「食べ慣れてるの?」
「どうして?」
「あまり驚かないから」
「拘りがないだけです。なんでも美味しい、よっぽどのものじゃない限り」
「ふーん。僕も」
「お腹を満たすためなら市井のごはん屋さんで大丈夫。でも今日は、ゆっくり食べられるところにしたかったんです」
「そ、そうですか・・・」
「お話もできますし」
「失礼します、次は鮑の素焼きです・・・」
「ふー、ご馳走様でした・・・」
「どうでした?」
「ずっとこの店は前を通るだけだったんです。その店がこんな美味しい店だったと知ることが出来て嬉しい」
「連れてきてよかった」
「失礼します。本日は誠にありがとうございます」
「飛び込みでの対応、感謝するわ」
「次にいらっしゃるときは前日に一報くださればもっと良いおもてなしをさせていただきます」
「また・・・」
「?」
「うん、来ます」
「是非、お待ちしております。こちらお支払いの伝票です」
「あ」
「?」
「斎藤様?」
「如何されました?」
「斎藤様、お財布はわたくしが預かってるじゃありませんか」
「え・・・?」
「はい、カードで」
「ありがとうございます、お待ちくださいませ」
「あ、あの」
「ご馳走します。大丈夫、三日後にはここに毎日来れる財力が貴方には手に入りますから」
「・・・」
「その時私にご馳走してください」
「は、はは・・・」
二人は景雲を出た。夜の黒刻町を歩く二人。やはり未だに信じられない。こんなに綺麗で素敵な女性と二人でこの町を歩けるなんて。
「いやー、やっぱり緊張しますな」
「あら、さっきまでの強がりはどうしましたの?」
「まあこれが僕の本性ですよ。やあ酒が呑みたいな」
「では、お酒を呑める処に行きましょう。さっきはお酒をお召し上がりになりませんでしたものね」
「どこかアテはあるのですか?」
「勿論」
中山第一ビル5階バー・キャラミ。ここも有名だが値段も高くお洒落なお店だ。やはりこの風体では浮いてしまう。景雲では個室に通されたから他の客の目線など気にならなかったがここは少し広めのバー。当然他にも客はいる。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
「何にする?」
「ウォッカ・マティーニ。ステアせずシェイクで」
「お姉さん好き者だね。そっちは」
「あ、モスコミュールを」
「はいよ」
「よく来られるんですか。さっきの店と言いこういうところは」
「気が向いたら。そんなにしょっちゅうは来ませんわ」
「慣れてるように見えるから」
「私も元は夜の女。この町の酸いも甘いも知ってるつもりです」
「どうぞ。レモンの皮はお好みで」
「ありがとう。はい、斉藤様」
「ああ、ありがとう」
「では、今宵の出会いに」
「乾杯・・・」
チン・・・とグラスとグラスが重なりあう。缶ビール缶酎ハイ缶ハイボール以外の久しぶりの酒だ。やはり違う、何かが。
「旨い」
「モスコミュールでしょ」
「うん、いつも缶で酒を呑んでるから。全然違うよ。ツマミが欲しいな」
「何でもいい?」
「?うん」
「マスター、ピスタチオくださいな」
「はいよ」
「じゃあ外に出てお酒呑むのも久しぶりと」
「うん、コンビニで酒を買って部屋で呑む方が安上がりだし。つまんないけど」
「たまには外に出るのも良いでしょう?」
「そうだね。たまには・・・」
「楽しい?」
「うん、楽しい。まだドキドキしてる、緊張してるよ」
「私なんかにそう固くならずとも・・・」
「いやいや!なんてこと言うんだ。貴女みたいな素敵な女性・・・こんな近くで話すのも久々なのに」
「うふ、面白い」
「あ、あはは・・・」
「ちょっと私、お化粧直して来ます。ごゆっくりなさって」
「あ、ああ、そっちも・・・」
そういって佳子は手洗いに消える。
しかししかし。やはりドキドキする。職場にもあんなに若い子はいない。ましてやあんなに綺麗な女性は尚更。仕事の為とは言えこんなところにうら若き婦女をつれ回して良いのだろうかとか何回思ったことだろう。
まあ、でも・・・あと3日か。3日後には何不自由無い生活。もしそれが嘘だったとしてもこの瞬間は真実。旨い飯を食い旨い酒を呑み綺麗な女性とその時間を過ごす。別に良いじゃないか。何のマイナスにもならない。もし食事代酒代が請求されてもまあなんとか出来るし全然大丈夫。なにより例のブツは今お腹に抱えている。楽しむのもそうだがまずこれを守り抜かねばならぬ。そう思いながら佳子を待つつもりだったのだが。
「こんばんは」
「?こんばんは」
背が高く顔の良い美太夫に声をかけられた。ああ、こんなヤツとトラブルを起こせば間違いなく俺は負けるだろう。取っ組み合いでは確実に負ける。そんなヤツだ。
「素敵な女性とご一緒ですね」
「ええ、まあ」
「今日初めてお会いになる?」
迷った。何と言うべきか。一瞬考えた。
「いえ、仕事の部下です」
「そうでしたか、気も回る素晴らしい方が下にいらっしゃる」
「どうも・・・」
「お名前お伺いしても?」
「その前にそちらが名乗るのが筋なのでは?」
普段なら相手から名乗らなくても自分から名乗るがこの時は酒も入っていたし何より今日というシチュエーションのおかげか気が大きくなっていた。強気で他人と喋る事が出来た自分に少し自信が持てた。
「それは失礼しました」
「中森始と申します」
「中森始・・・どこかで聞いたな」
「・・・気のせいでしょう」
「斉藤繁と申します。失礼な態度を取った、お詫び申し上げる」
「いえいえこちらこそ、お隣よろしいですか」
「どうぞどうぞ。それで、何の御用でしょうか」
「人と人との契約に私からどうこう言うつもりはございません」
「?何言ってるんだ」
「貴方は今日、人生の岐路に立たれた」
見抜かれていた。
恐怖。
どうしよう、強気でこの男と相対してしまった。
どうしようどうしよう。
もういいや。
折角だ。
最後まで強気で行こう。
「よくお分かりで」
「察するにお腹に抱えられたこの黒鞄がキモですな?」
「ええそうです」
「手放すつもりは当分あられない」
「そのつもりです」
「それを譲ってくれと言われたら」
「契約違反になります。私は罰せられるでしょう」
「誰から?」
「この鞄の持ち主から」
「ということは今、貴方が預かっている状態であると」
「そうなりますな。ということでお譲りするつもりは毛頭ありません」
「でしょうな」
「詐欺の可能性は」
「ありません。あったとしても少ない出費で済む」
「犯罪に加担しているとは思わない?」
「私には関係無い」
「なるほど、いや分かりました。嫌な気分にさせて申し訳ない」
また見抜かれる。
「とんでもない、ご忠告ありがとうございます。・・・一つ聞きたいのですが」
「なんでしょう」
「何故私に声をかけたのですか?ただの親父が美人局に会っているところです。ほっとくものでは?」
「相方の女性が貴方の目を見ずに貴方と話されていた」
「どういうことですか」
「美人局なら自分以外に目もくれないで欲しいから視線で相手を引き込もうとする。しかしあの女性は斉藤さんを見ていない、引き込む気が無い」
「・・・」
「私はあなた方が来る前からこの店にいますがね、彼女の視線は貴方が持つ鞄にあった。ずっとね」
「だったら」
「もう一度聞きます。今なら縁を切れる。契約を結ぶ際何を言われたかは分からないが破棄される気は少しもありませんか」
「ありません」
「所謂クーリングオフです。心細ければ僕が言いましょうか」
「・・・余計なお世話だ」
「ほう・・・」
「?」
「貴方成長されている。この数時間で、目覚ましく」
「煽てるのはお止めください」
「何が貴方をそこまで駆り立てる」
「チャンスだからだ。うだつの上がらぬ生活から脱却するための!」
「それだけの為に貴方は化けれるのか」
「それだけだから化けられるのだ」
「なるほど・・・最後に一つだけよろしいですか」
「なんでしょう」
「その約束、いつまでですか」
「今日から3日間です」
「怖くなったらこの近くにあるバンシィと言うバーに来て私の事をお伝えなさい」
「バンシィ・・・?」
「こうなった以上貴方が助けを求めない限り私は手は出しません。ですが・・・少しでも怖くなったら・・・」
「ありがとうございます!余計なお世話です!」
「どうかお気をつけて」
「お待たせ致しました・・・そんなに興奮なさって。どうかしました?」
「いいや、もう出ないか」
「分かりました。マスター、お勘定を」
大興奮だった。ここまでの言い争い・・・言い争い?だったのか?も久々だった。こんなに忠告されるとは・・・本当に危ない橋ということか。だがさっきも考えた通りだ。私にはデメリットが無い。寧ろメリットの方が大きい。これで良いのだ。
ビルを出たところで佳子が口を開いた。
「斉藤様、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。酔っ払ったかなあ」
「少しお休みになります?」
「ああ、横になりたい・・・」
「それは大変。どうぞ」
気付いたらホテルの一室だった。頭がポンヤリしていて深く考えられない。服は脱いでガウンを着ているらしい。ベットに寝かされている。
鞄は・・・大丈夫、ある。
冴えない視界で一つ確認する。鞄が開けられたかどうか。部屋に帰った時に細く黒く千切れやすい紙テープを鞄に貼っている。パッと見ただけでは分からないように艶の具合も鞄と一緒で留め金の横に貼った。開けられた場合これは簡単に千切れるハズだ。
指で感触を確かめるがそのままだった。佳子は中々律儀らしい。
その佳子は・・・。
「斉藤様?起きてらっしゃる?」
「佳子さん・・・」
「シャワーしたわ。だいぶ呑んだみたいね」
「何処に行ったかと思った・・・」
「ふふ、いないって思ったんだ」
「心配したんだ・・・」
「ご無沙汰?」
「・・・一年近くなる」
「あらあら・・・じゃあ」
「思い出させてあげる」




