第16話 外伝 来たのはだれだ
お控えなすって
早速ながら仁義を発します
手前生国は関西 生まれは湯海育ちも湯海
日本一の武人となるつもりが己が世界の狭さを痛感
同時に世界の広さを痛感
強きを助け弱きを挫くその為に
目下修行の日々を送っております
姓は中森 名は始
未だ未熟者では御座いますが
初めましてよろしくお願い致します
黒刻町。
大歓楽街であるこの町は文字通り色んな色が混ざり合い全てひっくるめて黒になる。それは同時に日本中のアブないモノがすべて集まることになる。
今宵もまたひと騒動起こるのである。
同町。2000年4月6日20時32分。
一人の年老いた客引きらしい男が通りがかりに声をかける。
「お兄さん若いなぁ!なにかいい店紹介したげようかぁ?」
「いや、別に良い・・・」
そう言って立ち去ろうとしたその時あるものが男の目に止まった。
「あ、一つ聞きたいんだけどさ、あれは何?」
男が指差したある一行。その周りを人が囲い込み、それはさながら大名行列のようだ。そしてその真ん中にそれはそれは派手な服を着た女がゆっくりと歩を進めていた。
「知らないのお兄さん?さては新参だな〜?あれはなぁ、黒刻町一番の遊女、栄太夫の花魁道中だよぉ!」
「へえ、観光客向けのやつ?」
「お前さんはなんにも知らないのなぁ。あれはな「本物」の花魁道中だよぉ、今からお客に会いに行くんだぁ。この黒刻町は治外法権、現代日本の法律とか関係なく約百年前の公娼制度が今でも同じ形で続いているぅ」
「へー・・・すげー・・・」
「ここは日本一黒い色街、黒刻町さねぇ。色んなものが集まりに集まって混ざりあった黒色になっているのさぁ。お兄さんがこの町に混ざり合えるかは、これからあんたがどう振る舞うかで決まってくるんだぜぇ」
「色ねえ・・・」
と、栄太夫の行列の進みが止まった。
そして聞こえてくる罵声と怒声。
どうやら一人の男の恨み節であるらしくその言葉はここに書く事も憚られるような汚い文句だった。
誰の心にも残らない可哀想な言葉の連続が栄太夫の耳を襲った。
「どうやら騒ぎのようだが」
「ああ、ありゃあ・・・」
二人は行列を掻き分け前に出た。
一人の男がやくざものを三人ばかり雇い公衆の面前で太夫を傷つけようとしているようだ。
客引きの男は悪党どもの顔を知っていた。
「ああ、元田上組の若頭だぁ。太夫の為に組の金使い込んで自分の組追い出されたらしいぃ。連れてる男どもも元々組の実力者だぜぇ」
男の予言はなんとまあ残念な事に当たってしまった。元若頭の部下は早々に用心棒達を銃で無力化していたぶっている。最早残されているのは太夫の周りを固めている禿の女の子たちだけである。
そして再び響き渡る怒声罵声罵詈雑言脅迫文句。
「そろそろ洒落になんなくなってきたぞ・・・おい兄さん、危なくなる前にずらかれやぁ・・・わしゃあ助けを呼んでくるぅ」
「・・・おっさんちょっくら行ってくるわ、かなり危ないし、放っとけない」
「馬鹿野郎がぁ、ここでやつらと関わりをもったら縁をもっちまうぅ。あんたはまだ若えんだぁ、初めてこの町に来たんだろうぅ。一生この町に来れなくなっちまわぁ」
「なんだいおっさん。俺の事、えらく心配してくれるじゃない?ただの客引きが、お客にそんなこと言って良いの?」
「おやっ、そんなことはないんだがぁ・・・不思議だぜ、お前さんは人垂らしかいぃ?」
「ふふっ、そういう言葉がスルッと出てくるってことは、おっさんもなかなかの人垂らしじゃあないか」
「なにをおだてたってなんにも出やしねえんだからぁ。ほらっ、とっとと離れろぃ」
「まあまあ任しとけって。おっさんには迷惑かけねえよ。上手くいかなけりゃあ・・・そうだな、ただ名前も知らない、縁もゆかりもない新規の客が一人、あんたの眼前から消えるだけだよ」
「お、おいっ!」
「あんたは応援を呼んでくれっ」
そういって若い男は客引きの親父から立ち去り、暴漢悪漢悪党達の前に立ちはだかった。
「おお・・・また一人勇敢な若い男が一人ワシの前から去っていった・・・神よ、貴方はなぜそこまで残酷なのでしょうか・・・」
なんだてめえは・・・みたいな言葉が男に投げかけられたがそんなことはどうでも良い。
恐怖に怯える二人の小さな禿、足を引きずりながらも太夫を守ろうとしている根性の据わった用心棒たち、最早これまでと全てを諦め呆然と目の前にいる男を見つめる栄太夫。今男が気にしているのはこの五人だけである。
「あ、貴方は・・・?」
重い口を太夫が開いた。ドン底に今まさに突き落とされた瞬間に見えた天から伸ばされた蜘蛛の糸。縋るようなその声に、男は慈愛の心でこう答えた。
「お節介かもしれませんが・・・あんた方を助けさせちゃくれませんか」
「・・・え?」
邪魔するんじゃねえ・・・とか言われたようだが心底どうでもいい。なにが邪魔なのだろう。邪魔なのはおたくらの方ではないか?お前らが邪魔したこの数分で太夫はいくら稼ぎ上げると思っているのか。この行列だけで億はかかってるんだぞ多分。賠償金払えんのかてめえらは。
男は常備している二本の棒で悪漢どもを打ち据えた。銃撃もあったが全て跳ね返し逆に敵に当ててやった。あげくに短刀も出してきたが持っている棒で叩き落とした。
退散し始めるチンピラ達。面を汚されプライドを折られた彼らにこの町を生きていく気概はもう無い。
「もう終わりかい・・・女にちょっかいかけるんじゃあねえよ」
「失せな」
悪漢たちは逃げていった。もうこの町にはいられないだろう。
そして沸き上がる歓声と拍手喝采。
逃げていくチンピラ達を睨み付けた後、男は振り返る。
「用心棒のお兄さん達、痛いと思うがもう一踏ん張り・・・気を失ってるか。そこの可愛いお禿さんたち、こういう場合はどうなるんだ?先方に言ってキャンセルか?それともそのまま何事もなくお客様のところに行くのかい?」
「わ、わか、わかりませんが・・・とりあえず連絡は入れます・・・」
「そうかい、じゃあお店の人呼ばないとな。俺が行っても良いがなにぶんこの町に来ることが初めてでな。新参者が行っても信用しちゃくれないし。君たち店まで走れるかい?」
「は、はい!」
「よっしゃ。おう!そこ退いてやってくれ!!」
「おおーい若いのぉ!大丈夫だぁ、店の人間連れてきたぜぇ!それよりもお前さん凄い腕前だなぁ!!」
先程の客引きが声をかけてくれた。
太夫の店から応援を寄越してくれたらしい。男は少し嬉しくなった。
「ああ、おっさん。ヤバい、後先考えず行動しちまった。どうしよう」
「あんた意外と気が弱いんだなぁ・・・任せとけぇ。これでも顔は広いんだぁ」
「その声は・・・串田かい?」
まるで天にも昇るように透き通り凄まじき品格を備えたような声。これぞ栄太夫その人の声である。
「太夫!お怪我はありまへんかぁ!?」
「ええ、そこのお兄さんが助けてくれたから大丈夫・・・あの、どなたか存じませんがありがとうございます。串田、この方は?」
「いやぁ、実はあっしもついさっき声かけただけでねぇ、よく知らねえんだ・・・兄さんもし良ければ名乗っちゃくれやせんかいねぇ?」
「中森始。よろしくね。串田・・・さんて言うんかい」
「ああそうだ、串田ヒロムってんだぁ。よろしくなぁ」
中森始の黒刻町デビューは
とにかくセンセーショナルだった。




