第11話 護り抜く約束
この天才が
護ってやるよ
2004年7月21日午後8時。ヘンメルマウスマンション5001号室アトリエ。
彩希子の護衛について一週間が経った。トークショー以来目立った動きは見られない。
「始くん。お酒が呑みたいです」
彩希子が急に言い出して来やがった。
「何言ってんだ」
「黒刻町で」
「ホントに何言ってんだ」
ああついに。遂に我慢が出来なくなったか。よりにもよって黒刻町で呑みたいなどと抜かしよった。ここ一か月トークショー以外で外には出ていないらしい。うーん・・・たまにはガス抜きが必要か・・・。
「分かった。じゃあ準備してもらうから彩希子も外出る準備しろ」
「準備?」
「そう。ちょっと電話借りるぞ」
電話をかけるのはいつもの三軒+一組。先ずは
「もしもし」
「始様!!?」
電話口の声で当てやがった。こいつ絶対詐欺に引っ掛かる。
「ホントに俺で良かった・・・」
「始様!!?始様でしょ!!?」
「そうだよ」
「始様!!!!!!!」
ねー、嬉しいねー。
「今からお客さん連れてくから、ご飯の用意お願いできる?」
「元カノ?」
「怒るんじゃねえぞ」
「大丈夫ですー」
「二人分だけで良いから」
「?もっと他にも護衛の人いるんじゃないの?お弁当くらい用意するわよ」
「いいの?助かる。もう少ししたら行くから」
「お待ちしております♪」
「三沢さん着いてくる?」
「今回の外出はトップシークレットですから。出てった事を知らない賊が来たら返り討ちにしてやります」
「分かった。浜風遊廓が弁当作ってくれるって。店の子に届けてもらうよ」
「やったー!ちゃんと1個下の階で下りてそこから階段使うように言っといてくださいね」
「わかったー」
2004年7月21日午後8時7分。ヘンメルマウスマンション501号室アトリエ。
「こちらハリー・ホプキンスでございます」
「中森ですけど」
「おお、始か」
「支配人」
「聞いてるぞ。太夫ほっぽって元カノのところに今いるんだってな」
「ちゃんと言ってから来てます」
「で、どうした?」
「その元カノともう少ししたらお伺いします」
「飯食ったか」
「浜風で食べてからそっちに行くつもりです」
「分かった。広めの席抑えとこうか」
「いや、いつも通りで」
「分かった。待ってるよ」
2004年7月21日午後8時9分。ヘンメルマウスマンション501号室キッチン。
「はいバー・バンシィ」
「中森ですけど」
「あら始クン。暫く」
「ええ暫く」
「太夫とも暫く?」
「一週間会ってないっすね」
「かわりに頂いとくわね」
「駄目です。俺のなんで・・・じゃなくて」
「うふふ・・・今日来てくれるの?」
「そうそう、日付変わるか変わらないかくらいに」
「どっかで呑んでくるの?」
「浜風で食べてからハリー・ホプキンスへ」
「それからウチ・・・黄金パターンね。マンネリじゃない?」
「何をおっしゃる。今回はいつもと違うメンツです」
「誰?元カノ?」
「なんで当てるかな・・・取り敢えず行きますからよろしくお願いいたします」
「分かった。店開けて待ってるわね」
「じゃあ後程」
「始くーん、準備出来たよ」
「おーう、ちょっともう一件電話かけ・・・」
「?」
「お前可愛いな」
「馬鹿ッ」
「ホントだって。可愛いよ」
「分かったから早く電話」
「ああ、わりいわりい」
2004年7月21日午後8時11分。ヘンメルマウスマンション501号室リビングルーム。
「声色がピンク色ね始」
「気のせいじゃないですか組長」
「元気になった?」
「大悟のおかげです」
「ならよし。で?復活早々なんの相談?」
「実は・・・」
「なるほど。うん、出せるよ。町内ぐらい固めてあげられる」
「助かります」
「久々に二人で遊ぶんでしょ?楽しみなさい」
「はーい」
2004年7月21日午後8時35分。ヘンメルマウスマンション地下駐車場。
彩希子も出かける準備ができ、こちらも各方面への根回しが完了した。折角なので最近動かしてなかった彼女のボクスターで行くことになった。運転はもちろん俺だが。車に乗りエンジンをかけアクセルを踏もうとした瞬間彩希子が口を開く。
「いつもどんな風に過ごしてるのか知りたい」
「うっ、いつも?仕事の事か?」
「そう。先ずどうするの?」
「部屋を出る」
「じゃあ先ずは始君の部屋に行こう」
「は?」
何故だか彩希子を今自分が住んでる部屋に案内する羽目になった。確かに一度も俺の部屋には来たことは無いが。昔から決めた物事は最後までやり通すやつだ。嫌だといったらさらにごねるだろうから素直に言うことを聞いてやる。
2004年7月21日午後8時58分。ランカスターマンション階段下。
車を走らせて大体15分くらいでうちに着く。ボクスターを前に止め、階段を上がる。
「二階に上がって直ぐ右の一つ目の部屋だ」
「綺麗にしてるの?」
「整ってはいるよ」
「昔から部屋綺麗だもんね」
「性分だな」
2004年7月21日午後8時59分。ランカスターマンション203号室。
部屋に入る。所謂1Kで障子を開けると八畳の部屋が広がる。左角には押入れとカラーボックス。右にはコタツと衣装ケース。ウチにあるのはそんなもん。なんで部屋案内しなきゃいけないんだとかこの時は思っていた。
「実家の部屋っていっぱい本置いてたよね」
「選抜メンバーだけ持ってきた」
「Dr.スランプにアトム、二十面相にホームズ・・・変わんないね」
「まあな」
「押入れは・・・?」
「おいっ」
下段には工具と大学のサークルで使っていたエアガンとサバゲーの装備くらい。上段には何にも置いてない。
「ホントに何もないの?」
「何が入ってると思ったの?」
「武器とか」
「それは別のところ。もう良いか」
「うん。部屋を出てそれからどうするの?」
「車に乗って黒刻町へ」
「よし行こう!」
2004年7月21日午後9時。黒刻町東側道路。
部屋を出て浜風屋に移動する。出勤に五状は使わない。下道を走って町の雰囲気を掴む。
「Zちゃん、まだ乗ってるの?」
「乗ってるよ、今は浜風屋に置かせてもらってるけど」
「なんかいじったとこある?」
「うん、エンジン変えた」
「エンジンって変えられるの?」
「頑張って変えてもらった。VGからSR20に変えた」
「シルビアのエンジン?」
「そう」
「動き変わった?」
「うん、だいぶ変わった。軽くなったからだいぶラク。壊れないし」
「例のあの人?」
「そう。アメリカ人だからパワー出そうとするんだけどいやいや違うだろって。それより馬力はそこそこでいいから壊れないようにしてくれって頼んだ」
「そしたら?」
「ノーマルより頑丈になった」
「馬力は?」
「350出るけどダイヤルで280にパワーを抑えられる」
「なんでそんなことするの?」
「普段町中で走る時にパワーなんていらないだろ。いざって時に速く走れたらそれで良いんだ」
「高速道路走ってるんでしょ?350って非力じゃない?」
「持て余すより使いきれるパワーの方が良い。俺が走ってるところは真っ直ぐなストレートが最長でも400メートルくらいしかないから阿保みたいにパワーがあっても踏み切れん」
「それで350なんだ」
「知ってる人でポルシェ乗ってる人いるけどデチューンして300しかないしスープラ乗ってる人はギア比しかやってないな。パワーよりも空力だな、エアロに拘ったりウイング付けたり・・・」
「カッコいい?」
「カッコいいよ」
「見たいな」
「今度な」
2004年7月21日午後9時13分。浜風屋到着。
「近いね。10分じゃん」
「大学もここから歩いて行ける距離だったからな」
「旦那!お待ちしておりましたぁ!」
「こんばんは串田。久しぶりだね」
「一週間たあ長いもんですなぁ!!」
「彩希子、この人が串田。この町に来て最初に声かけられた人。ずっと世話になってる」
「お初にお目にかかりますぅ、串田ヒロム言いますぅ。ようこそいらっしゃいましたぁ」
「富永彩希子です。始君がいつもお世話になってます」
「旦那ぁ、別嬪さんだねぇ。あんたの人生の女の子は美人しかいないのかねぇ」
「それが俺の恵まれてる所か・・・いってえ!!つねるな彩希子!!!」
「ふーんっ」
「仲良さそうだあねぇ」
雷電紫電兄弟も顔を見せたので顔合わせ。三人が挨拶を交わしているそんな中、串田が俺に囁く。
「旦那ぁ」
「なに?」
「エエんですかぁ、今の女と前の彼女さん合わせてぇ」
「そこなぁ・・・俺も心配。でもお互いが是非にって言うんだ・・・」
「なんかあったらワシら止めに入りますからぁ」
「助かる」
2004年7月21日午後9時10分。三ツ島遊郭浜風屋中央エレベータ前。
15階、俺と栄がいつもいる場所へ連れていく。
「栄・・・太夫で良いの?」
「そう」
「何処にいるの?」
「太夫はここの最上階にいられますんでぇ。お食事もそちらにご用意しとりますハイぃ」
「上までどうやって行くの?」
「このエレベーターで上がる」
「千と千尋みたい」
「意外と近代的なんだよな」
「緊張してきた・・・」
「俺も緊張してきた、別の意味で」
2004年7月21日午後9時12分。浜風屋15階甲の間。
「こちらの大広間ですぅ」
「ありがとうございます」
「いらせられませ。当三ツ島遊廓浜風屋主人、栄太夫でありんす。本日はよくこそいらして頂きました」
「富永彩希子です。いつも始君がお世話になってます」
壮観だった。まさかこの二人が顔を合わせる日が来ようとは思いもよらなかった。
「始様」
「?うん?」
「お座りになられては」
「ん?ああ。どっこいせ」
「彩希子様も、どうぞお崩しになって」
「失礼します」
「栄」
「はい、始様」
「お茶が飲みたいな。喉が乾いた」
「かしこまりました。もし!」
パンパンと手を叩くと二人の禿、銀河と飛龍が茶道の道具を持ってきた。しかもフルセット。
「そこから!!?」
「ええ、ちゃんとたてたお茶の方が・・・」
「いや普通!普通でいいから!そこまでじゃなくていいのよ!!」
「そっ、そうですか・・・?では」
「「お持ちしました」」
「いや、普通の急須っ!ちゃんと用意してるんかいっ!!」
「粗茶です」
「しかも沸かしてるんかいっ!!」
「頂きます」
「どうぞどうぞ」
「・・・」
「・・・」
「お腹空いた」
「・・・あ、はい!ただいま!」
パンパン、と手を叩く栄太夫。銀河と飛龍が三人の前に膳を運ぶ。
「遊廓とは思えないくらい・・・庶民的ですね。豚カツ御膳ですか」
「その方が始様がお喜びになりますゆえ」
確かに、山盛りのサラダが添えられたアグー豚の豚カツ御膳。大根の味噌汁に
「始君ご飯多いね・・・」
「そうか?これくらい食うだろ」
銀河がよそってくれたどんぶりに山盛りのご飯。
「薄々気付いてたけど胃も大きくなったねえ・・・」
「・・・前はこれほどではなかったのですか?」
「?はい。もう少し少なかったかなー?」
「多分まだ食うぞ」
「なんで成長期終わってから食べる量が増えるかな~」
「さあ。よし、食べよう」
「「「いただきます」」」
「やっぱり野菜から?」
「先ずはね」
「・・・」
「豚カツ豚カツ~、上手いっ」
「・・・!」
「この揚げ方は栄だな」
「・・・!はいっ!」
「美味しい美味しい。うん、ご飯が進むね」
「ホント、お料理も上手だなんて」
「始様に喜んで頂くためですわ!」
「これさあ」
「「?」」
「栄が全部作っただろ」
「えっ、凄い」
「がっ、頑張りました!」
「ご飯上手い。銀河ちゃん、おかわりちょーだい」
「お味噌汁も美味しい~!」
「・・・っ!」
「飛龍ちゃん、野菜まだある?」
「まだ少し余ってます」
「食べていい?栄」
「もちろん!食べ尽くしてください!」
「切ってるやつだけで良いから持ってきてくんない?」
「かしこまりました」
「銀河ちゃん、ご飯何合炊いた?」
「一升くらいだったと・・・」
「ふーん。モリモリモリモリ」
「やっぱり栄太夫はさ」
「はい」
「始君の食べてるところ見るの好き?」
「ええ!こんなにご飯を美味しそうに食べる人は今までお会いしたことはございませんわ。食事にこそ人と成りが現れるとは言いますが・・・始様はそれを体現なさってます」
「わかる。始君が食べてるところ見ると楽しくなるよねー!」
「そうか?」
「そうよ。そこに惚れられてるんじゃない?」
「とってもキュート。お可愛らしいの」
「わかる~。私もさ、昔は料理全然出来なかったけど」
「カップ麺の作り方知らんかったもんな」
「それは置いといて。頑張って作るようになったのは始君がいたからだもんね」
「ご馳走さま」
「もう食べたの!?」
「食べた。これから酒呑むし、腹五分目くらいで抑えとかないと」
「絶句」
「流石始様ですわ!」
「褒めるのか~」
2004年7月21日午後10時4分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間。
暫し三人で談笑したのちに次の予定があるので移動を始める。
「栄はついてくるか?」
「うーん、今日は二人でどうぞ。最後に帰ってきてくれればそれで良いですわ」
「そう。腹ごしらえも済んだし、彩希子、そろそろ行くか」
「うん。栄太夫、今日は美味しいご飯を用意して頂いてありがとうございます」
「またいつでもいらしてくださいね。今度は二人でお話してみたいわあ」
「あたしもあたしも!落ち着いたらまた」
「是非に!」
「彩希子ー行くぞ」
「うん!では」
「また!」
2004年6月21日午後10時5分。三ツ島遊郭浜風屋大玄関。
見送りに来てくれた栄に声をかける。
「栄。ありがとな」
「一週間ぶりに会えたと思ったらお食事だけだなんてつれないお方」
「ちゃんと帰ってくるから・・・あと栄、はりきりすぎ」
「それは勿論!恥ずかしく見られたくありませんから」
「・・・」
「・・・?」
「ありがとな」
「・・・はい!お気をつけて」
「行ってきます」
2004年7月21日午後10時5分。三ツ島遊郭浜風屋正門前。
玄関を出るとハリー・ホプキンスより迎えが来ていた。愛車のベンツ190Eを乗り付けた総支配人本多英二その人である。
「支配人直々にお迎え頂けるとは」
「なんだよ始。早いな」
「ご飯食べただけだしね」
「久々に串田のオジキと喋ってたんだからちったあ気使えや・・・ねえオジキ」
「まあワシもお前さんと会うのも久しぶりだったしなぁ。おんなじ町にいるのになぁ」
「まっ、こうやってたまに会うのも良いもんでしょ。じゃ、始連れていきます」
「今日はもう一人いるよ」
「こんばんは・・・」
「おっとそうだった・・・初めまして、クラブ、ハリー・ホプキンス総支配人本多英二と申します。以後お見知り置きを」
「富永彩希子と申します。本日はよろしくお願いいたします」
「ではご案内します。楽しい時間を過ごす為に、最高の世界にお導きさせて頂きます」
「いつもそんな事言ってるの?」
「うるせ」
2004年7月21日午後10時10分。クラブハリー・ホプキンス玄関。
「「「「「いらっしゃいませ!!」」」」」
「ハリー・ホプキンスにようこそ!」「支配人一行、ご案内します!」「上の階へ階段でどうぞ!」「お荷物お持ちします!」「足元の段差お気をつけください!」
「すっごい賑やか!すっごいワイワイしてる!」
「お気に召しましたか」
「すごーい!こんなところに来るの初めてー!」
「初めてが我々の店で良かった。そこの席です」
「どうぞ!」
「はーい」
「丸椅子持ってきてくれ。俺がそれに座る」
2004年7月21日午後10時15分。クラブハリー・ホプキンス二階テーブル席。
「案外こじんまりした席だね」
「俺が座るのはいつもここなんだ」
「ここなら一階の座席とステージも含めて全て見渡せることが出来る。モニター室以外じゃここが全体見るのに最適だ」
「何かあったら直ぐ飛び出せる」
「ふーん」
「折角だから彩希子さん。始の向かいに座ってみませんか」
「?はい」
「支配人」
「折角初めてのお客様、しかも始のお連れ様なんだからこの店を堪能してもらわんと」
「ったく・・・」
「失礼します」
「!」
「来たか」
「ん」
「初めまして彩希子様。神宮寺彩と申します」
「坂田ルミです!」
「・・・あーなるほど。お隣、失礼致します」
「!」
「ルミちゃんは始君の隣に」
「どうぞ」
「失礼します!」
「!!!めっちゃ美人っ!凄いね始君!こんな人と知り合いなの!!?」
「まあー、な」
「えー、この方は始君の・・・」
「フィアンセです!」
「「「「!」」」」
「どや」
「・・・はあ」
「かましたなー、なあ始」
「なんすか・・・」
「ふぃっ、ふぃあんせ・・・」
「大丈夫?ルミちゃん・・・」
「こんなことを堂々と・・・始さん凄い」
「何がだよっ!」
「まあ追々だ、とりあえず飲むぞ。始、今日は呑んで良い日なんだな」
「ええ。ビールと柚子小町を」
「ボトルはまだ残ってる。ゆっくり呑むか」
「彩希子様・・・あ、奥様は何を呑まれますか?」
「彩さん!?」
「始君!奥様だってえ~!エヘヘヘヘ!!」
「・・・何呑むんだよ」
「ヴーヴください!」
「えっ、いきなりシャンパン!?」
「はいっ!お願いします!みんなで一緒に!」
「おっほほほ。ご相伴に預からせて頂きましょうか」
「お願いしまーす」
「・・・」
「それではっ」
「支配人」
「何年振りかの二人の再開と、彩希子さんの我がハリー・ホプキンス初来店を祝してっ」
「乾杯!」
「「「「「乾杯ー!!!」」」」」
「はー!美味しー!家とかパーティーで呑むのとはやっぱり違うなー!」
「ご自宅でも呑まれるんですか?」
「作品書き上げたり、なにかしら一区切りついたら呑みますね!折角良い原稿料頂いてるんですから、折角だし!」
「いつもシャンパン開けるの?」
「そうですね!ヴーヴが多いですね」
「はー、よく呑むんだ」
「賞頂いた時はドン・ペリ空けました」
「ほー」
「意外と呑むな、俺とは大違い」
「始君はここに来るときは何呑んでるんですか?」
「始さんはお仕事でいらっしゃいますから・・・」
「いっつもジンジャーエール」
「そういえばプライベートとか太夫と来る時もジンジャーエールだな」
「へえ」
「車乗るからね。プライベートだとバンシィの方がよく行くから」
「ウチ高いもんな」
「でも高いなりのお店じゃないすか。自分の懐は弁えてるつもりです」
「一応黒刻町一番だしな。彩達のおかげで」
「わかってるならよし」
「でも柚子小町のボトル置いてるのはなんで?」
「ついてくれる女の子用」
「ウチに置いてある中で一番味が優しい」
「私達の為に置いてくれてるんだよね」
「そのかわりスイスイ呑めるから二回に一回卸してるけどな」
「へー私呑んだことない」
「お作りしましょうか」
「ルミちゃん、彩希子に作ってくれる?」
「かしこまりました!」
「あ、ほんのり柚子の味がする・・・」
「でも焼酎なんだよ」
「うん、確かにスイスイ呑める。おいくらなんですか?」
「割と安め」
「でもここで卸される方あんまりいないです。リピーターだと始君とあと片手で数えられるくらいしか」
「皆様女性ですよね」
「そうだな。まあゆったり呑むにはちょうど良い。酔いは回りづらいけどな」
「俺の席ついたらその後また他のところにいくんだし、ちょっとでもクールダウンになれば良いだろ」
「優しいねえ・・・」
「それは別問題」
「いや、お優しいですよ?」
「お優しいエピソードあるの?」
「初めてついた時にグラスのジンジャーエールを始さんの服に溢したけど怒りませんでした」
「ああ、あれな。あのスーツ防水だもん」
「あたしのせいでお勘定一万円間違えた事あった」
「そんなこともあるよ」
「仕事関係無いのにトラブルの仲裁に入ってくれたな」
「距離近かったんで状況は把握出来たから」
「優しー」
「たまたまだろ」
「そういうとこだぞ」
「いつも助けてもらってる」
「たまたまだよ」
「いやいやいや」
「昔からねー始君はねー」
「昔からなの!?」
「誘拐されたの助けに来てくれた」
「「「誘拐!!?」」」
「あったな」
「小学生の時。あの時ちょっと距離開けたんだよね」
「喧嘩吹っ掛けられ続けてな。いつも一緒にいたけど間に合わんて思ったからちょっと距離置いたんだ」
「あ、ごめん始君。それ関係ない。あとそれ幼稚園の時」
「あれ、そうだっけ。あ、そっか」
「そうよ。不審者があたしの家の周りをうろつき始めてさ」
「こいつ遂に捕まったの」
「「「うえー」」」
「それが連続誘拐犯でさ。家連れてこられたらあたしくらいの女の子が三人いたの。それを始君が助けに来てくれたの」
「中森家でな」
「小学生でしょ。太刀打ち出来たの?」
「切り込み隊長始君だから。あたし覚えてるよ、最初ひっそり侵入してさ「助けに来た」だって!」
「「「カッコいい~!」」」
「それでドア開いて野郎が入ってきたら確認して顔面にドロップキック!」
「「「おおー・・・」」」
「倒れた相手の顎に更に蹴り!」
「「「おおー・・・」」」
「大の字の相手の腕をふんづけながらマウントポジションでタコ殴り!ヤバかったけど・・・嬉しかったな・・・」
「始君ヤバ・・・」
「そんなに今と変わんねえな」
「変わるわ」
「えっ、さっき言ってた距離開けたってなんですか?」
「ああ、彼すっごい喧嘩吹っ掛けられてたの」
「年上バッカリに」
「元々道場行って拳法やってたんだけどワケあって辞めて・・・そしたら他の門下生が裏切り者扱いしてきたんだよね」
「武勇伝語るワケじゃないけど当時は1対3なんてザラだからな」
「そんな環境でさ。小学生の男の子が一人の女の子を守れるかっつったら守れないでしょ!!」
「いつも一緒にいたの?」
「ホントにいつもです。だから一緒に戦ってた」
「一緒に!!?」
「でもさ。嫌じゃん、女の子が男と喧嘩するんだぜ?味方が増えたのは良いことだけど流石にな・・・」
「で、一回別れたと」
「幼稚園以来のカップルだったのに。そしたら私が狙われちゃって。私を襲えば中森が出てくるだろって・・・そしたら」
「そりゃ行くだろ」
「「「カッコいい~!!!」」」
「それからずっと一緒だったよね」
「小中高ずっと。だって心配だもん」
「あたしだって心配だったよ!」
「だって俺おば様に・・・あ、やめとこ」
「何よ!いーじゃんこの際!!」
「えー」
「言ってよ!!」
「叔母様から・・・「あの子の事守って頂けますか」って言われた」
「母様から!?」
「俺覚えてるよ。お前ん家遊びに言ったとき叔母様から呼ばれてさ、正座して」
「う、うえ~・・・」
「小六の時」
「そっ、そうだったんだあ~・・・」
「高校だってあの流れだと普通とっとと転校だぞ」
「「「高校?」」」
「いや、あれはさ~・・・」
「高校はどんなだったんだ」
「漫画みたいに荒れ果てててさ。ホントに」
「私達が入学する半年前に急にドロップアウトしてて」
「説明会の時は良い学校だったのに・・・」
「そんな中で不良の仲間入りで喧嘩三昧?」
「いや、その逆」
「「「逆?」」」
「生徒会が潰れてたの。生徒会もドロップアウトしてたから」
「それを始君がさ「無いなら俺らで勝手にやりますね」って校長先生の前で啖呵切ってあたし達で生徒会やりますーみたいな」
「えっ、もしかして生徒会が新しい勢力として・・・」
「そういうこと。そんでやっぱり一番強いの」
「所謂テッペン・・・」
「取っちゃった」
「そこから学校改革」
「忙しかったねー」
「ずーっと忙しかった」
「黒刻町にも一回来てるもんね」
「えっ、そうなの?」
「関東関西ヤクザの大抗争があってその中心にいたのはウチの後輩だったの」
「えっ」
「そいつに責任能力ないんだからさ。色々話し合って組の皆様に集まってもらったのが黒刻町だった」
「そこで彩雲会の先代・・・沢井さんと出会うんだよね」
「先代・・・沢井宗一郎さんか。もう亡くなられたが」
「大物じゃん」
「俺が今入間組に世話になってるのも沢井さんのおかげさ」
「あ、シャンパン切れた」
「柚子小町呑むか?」
「も、呑むけど・・・」
「あ?」
「モエシャンドン!」
「「「「!!!!」」」」
「おい、大蔵省は始か?」
「いや、俺のつもりだけど・・・」
「いいよ!あたしが払う!」
「おいおい大丈夫かよ」
「大丈夫!任せなさい!!」
そんなところから更に呑み・・・流石に四本目開けたようとしたときには止めた。
会計が終わり・・・。
2004年7月21日午後11時43分。クラブハリー・ホプキンス玄関前。
「よく呑んだな彩希子ちゃん。凄いなお前のフィアンセは」
「フィアンセじゃない・・・呑むっつーか高い。ありがとうございました」
「始君、今日の事全く気にしないで良いからまた来てね」
「気が引けるよ全く・・・彩希子行くぞ」
「この度は大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。これからも始君をお願いいたします」
「うん。またゆっくり来てな」
「それでは」
「「ありがとうございます!」」
2004年7月21日午後11時45分。黒刻町メインストリート。
「呑んだねーっ!!」
「呑み過ぎだよ」
「折角だしねーっ!!」
「いっつもこんな呑み方してんのか?」
「いや?だってそもそも外に呑みに行かないもん。居酒屋さんすら無いよ。そういうパーティーと家だけ」
「そういう店でお金使ったことは無いのか」
「無い。今日が初めて」
「そうかあ」
「次は?どうするの?」
「次で今日はおしまいにする」
「そっかー」
「ここの九階」
2004年7月21日午後11時58分。マチルダビル九階、バー・バンシィ。
「いらっしゃい。待ってたよ」
「こんばんはマダム」
「わー綺麗なお店」
「カウンター席へどうぞ♪」
「どうもー」
「お邪魔します」
「この子が彩希子ちゃん?」
「そう」
「はじめまして。富永彩希子と申します!」
「バンシィへようこそ、摩子でーす」
「始君!摩子さんも綺麗だねーっ!!!」
「あらあら」
「そうな」
「そうなって何よー。折角ワイン置いといたのよ?二人が来るって言うから」
「え、なにそれ」
「じゃーん、コルギン」
「「」」
「あれっ」
「こる・・・ぎん?」
「あれよ、島耕作で一瞬出てきた」
「へ、へー・・・」
「あれっ、知らない?」
「俺・・・ワイン呑まないから」
「あたしも・・・」
「ガビーン・・・そういえば始君、ワイン呑んだところ見たことなかったわ」
「赤白両方苦手で・・・呑めるけど」
「あたしもスパークリングワインなら・・・」
「そ、そうだったの・・・」
「でも折角マダムが用意してくれたんだし」
「どんなのか呑んでみた~い!」
「ごめんね~・・・」
「私達まだまだお子様だね~」
「大人はこれを上手いと思うのか・・・」
「大丈夫よ!これから覚えていけば良いのよ!」
「酒呑み初めて五年経つんだけどな・・・」
「新しいモノにはやっぱり挑戦しないとですよね!」
「そうねえ・・・私も呑んだことないお酒、呑んでみたいわねー」
「始君ってこの店ではいっつも何呑んでるの」
「ハリー・ホプキンスほどじゃないけどウチも仕事で来てくれてるから・・・」
「最近流行りのクラフトコーラとか」
「あとジンジャーエール」
「どこでも呑むな」
「仕事抜きで来てくれる時はバーボンのボトル置いて頂いておりますのでそちらを」
「バーボンとコーラ合わせてコークハイとか」
「呑みたい!」
「良いの?」
「好きに」
「ではでは頂きます」
2004年7月22日午前1時2分。マチルダビル九階バー・バンシィカウンター。
「むぅ・・・」
「寝ちゃったね」
「ウイスキーには弱いのか。勉強になった」
「どうする?だいぶ呑んだみたいだし、帰る?」
「そうする」
「お疲れ様で~す」
「大悟」
「お疲れ~」
「そろそろかな~って思いまして」
「ドンピシャだぜ、送ってくれる?」
「車回して来てます、姉さんは・・・」
「俺が運ぶよ。ご馳走さま、マダム」
「また来てね~」
2004年7月22日午前1時10分。
大悟が運転するマークⅡで栄の待つ浜風屋へ帰る。
「楽しめましたか」
「皆に周囲を警戒してもらってたからそこそこ楽しめた・・・けど」
「けど?」
「どうもなあ・・・視線を感じるというか」
「とりあえず、兄貴に頼まれてたあれ。今日来た新参者の写真と個人情報はまとめてありますんで、明日にでも届けます」
「助かるよ、ありがとう」
「警護しながら賊も見つけなきゃいけないなんて・・・兄貴の仕事なんですか?」
「俺の仕事だよ、誰にも渡さない。一番良いのは手を出されない事何だけどこれだといつか俺達側に限界が来る、事実今日の外出はその限界が来たんだからな」
「次に良いのは・・・」
「手出される前に仕留めておくことだろ。その為には目星着けないといけないよな」
「確かに.・・・」
「まあまあ、取り敢えず今日感じた視線からして人間だってのは分かった。バケモンとかの類いじゃなくて良かった」
「広いなー、範囲が広い」
「とりあえず無力化出来るから」
2004年7月22日午前1時23分。再び三ツ島遊郭浜風屋正門。
「着きました」
「ありがとう、助かった」
「何かあったらいつでも呼んでくださいね。出来ることなら力になりますんで」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「旦那ぁ」
「串田、ただいま」
「それを聞くのも久々ですなぁ」
「栄は?」
「お部屋にいらっしゃいます。旦那を待っておられる」
「しょうがねえな。紫電、雷電」
「「はい!」」
「彩希子を寝かせてやりたい。いつものところの隣は空いてるか」
「そう言うと思って空けてあります!」
「お布団も敷いてる・・・」
「銀河ちゃんと飛龍ちゃん」
「「はい」」
「彩希子の湯浴み、任せられるかい」
「お任せください」
「お眠りになったまま綺麗にして差し上げます」
「助かるよ、風呂まで運ぶからそこから先はお願い」
「「かしこまりました」」
「兄いは風呂どうしますか!」
「栄に会ってからだ」
「分かった・・・」
2004年7月22日午前1時30分。浜風屋15階甲の間。
「栄」
「始様!」
「ただいま」
「おかえりなさい。ジャケット貰います」
「彩希子のヤツ滅茶苦茶だ。シャンパン3本も空けやがった」
「流石は流行作家ですわ」
「にしても空けすぎ。自分で払うからって・・・」
「楽しかった?」
「楽しかった・・・このまま風呂に入るよ」
「彩希子様は?」
「銀河ちゃんと飛龍ちゃんに風呂入れてもらってる」
「・・・一緒に入るの?」
「・・・?・・・いや、一人のつもりだった」
「お一人で入られますか?」
「栄、今日は自重して。ごめん」
「ふん、ごゆっくり」
「栄」
「なんにもありませんわ」
「なあ」
「フィアンセとか元カノとか別に気にしてませんしー」
「さっき仲良さそうにしてたじゃん」
「それとこれとは別ですわ」
「・・・」
「始様」
「はい」
「どっちの方が好き?」
「うわっ」
「うわっ、て何よ。真剣に聞いてるのに」
「なんとなく聞かれると思ってたんだけど…」
「迷うんだー」
「栄が好き」
「え・・・?」
「栄が好きだ」
「即答するとは思わなかった・・・」
「風呂入ってくる」
「あっ・・・」
「なんだよ」
「いっ、いえ・・・いってらっしゃいませ・・・」
「うん」
2004年7月22日午前2時3分。三ツ島遊郭浜風屋大浴場。
ジャーッ
「ふー・・・」
「「始様」」
「誰だー」
「銀河と」
「飛龍でございます」
「ああ」
「彩希子様をお部屋にお連れしました」
「寝てるか」
「それはもうグッスリと」
「世話になったな」
「太夫が茫然となさってました」
「・・・」
「何かあったんですか」
「あたしと彩希子どっちが好きって聞かれた」
「聞くと思いました」
「何とお答えに」
「栄」
「そうですか」
「彩希子様とはなぜ別れられたのですか」
「なぜ・・・てか」
「会話の端々から察するに彩希子様はまだ始様を好いておられます」
「声色、仕草、目線、色々なところから感じ取れます」
「だろうな」
「分かっておいでなのですか」
「うん」
「では何故」
「ずっと一緒に居たから」
「?」
「何するでも二人で一緒だった。生徒会の仕事も、戦いの日々も、放課後一緒に遊ぶも、授業受けるも何でもかんでも。でもそれだとあいつは駄目になる」
「冷えるから一旦上がる」
「これは失礼を」
2004年7月22日午前2時6分。浜風屋大浴場大脱衣室男性更衣室。
「あいつが小説書き始めたのは高二の時からだった」
「当時は荒れ果てていた校内風紀を立て直して一先ず生徒会の仕事が一段落していた」
「現文の授業で創作があってな」
「あいつのはよく出来てた。面白かったし」
「俺も褒めたし先生も褒めた」
「その後二人でいる時に俺が星新一を読んでたら朗読をせがんできた」
「読み聞かせたら面白がって次の日に自分でショートショートを書いてきた」
「それが超面白い。思わずタイトル見直して星新一のパクりを疑ってしまった」
1997年7月2日午後16時2分。県立湯海高等学校2年2組教室。
『ホントに自分で書いたのか・・・』
『どう!?面白い?』
『めっちゃ面白い。次何か書かんのか』
『始君が読んでくれるなら書くよ♪』
『読む読む絶対読む』
「そしたら次の日ペラ40枚くらいの話書いてきた」
1997年7月3日午前8時32分。県立湯海高等学校正門前。
『なんだこれ』
『書けた』
『一晩で!!?』
『書けちゃった』
「またこれも面白い。でも何が面白いのか分からない。それがまた良い。そういう文章は何が面白いのかを確かめる為にまた読む。でもまだ分からない。で、また読む。それを繰り返させる。あいつの話はそんなだ。今もそう」
「だんだん長くなって長編小説の長さになってきた。最初に書いてからまだ二週間から1ヶ月の話だ」
「俺は思った。やっべえこいつ天才だって」
「それで俺は聞いた」
1997年8月7日13時58分。中森家大広間食卓。
『彩希子、俺じゃもうお前は計り知れない』
『?なにそれ』
『出版社持ってく気は無いのか』
『無い』
『なんで』
『始君が読まないじゃん』
「馬鹿だよな。彩希子は俺が喜んでくれるから書いてただけだった。しょうがねえくらい可愛い女なんだよ」
「でもその「だけ」に留めるのはあまりにも罪だと思った。なんて勿体無いと」
『じゃあ俺が読んでから持ってけよ』
『良いよ、どんなのが良い?』
「この質問は軽いようで大変に重い質問だった。自由に書けといえば人間はどう書けば良いのか分からなくなるのが大半。だが方向性を限定すれば大きな丸にはならない」
「俺は考えた」
「そして俺は言った」
『知らない人の為に書いて』
『知らない人?』
『そう、俺の為に書くんじゃなくて・・・そうだな、東北の・・・』
『東北!?』
『東北の地方都市に住む文学少女の為に書け』
『???うーん、やってみる』
「その条件にはどんな意味が?」
「勝手なイメージだけど都市部以外の所謂県庁所在地に住んでるオタクって、やっぱり東京とか大阪に行きたがる。何故かって自分の地方には無い文化に触れたりお店に行って色んな物を見て新鮮さを見出だして買い物をしたい人間が多い。そんな中でそういう人達の為に在るようなお話があれば恐らく読まれるようになるし、分かっている人が読めば勧め方も簡単に思い付く」
「始様の今の言い方だと万人受けをするなと言っているようにも聞こえますが」
「しなくていいだろ。しようと狙ったところで歴史に残る保証は無い。そんなのを狙う必要は無い。だけど彩希子は出来そうだった。だからこそ狙わせないために狙う範囲を限定したんだ」
「その結果は・・・」
「所謂処女作『オヤスミナサイ』はマルス出版社に持ち込まれ全然理解出来ない面白さによって逆に面白がられ同社の雑誌『ジャガー』に掲載。小川紀子は爆発的人気を誇ってその年の芥川賞を受賞しちゃった」
「なんと」
「この時弱冠17歳。考えられるか?休み時間に俺と喋りながらペンを走らせていたのが芥川賞作品だぞ。凄いヤツなんだよ」
「高校卒業の折だった。その時には二作目の『羅生門の鬼』の連載やってた頃さ」
1999年3月9日16時5分。湯海高等学校駐車場。
『迎えは』
『今日はお母さまが』
『そう・・・連載順調そうだな』
『ホントは載る前に始君に読んで欲しいんだけど・・・』
『どうした』
『何か・・・もう大丈夫だな』
『そうか』
『始君に読んでもらわなくても、読んでもらえなかったとしても。書きたい事がどんどん湧いてくるんだ』
『良いことじゃん』
『だから』
『そうだな、もう大丈夫だ』
『うん』
『暫くは専業作家か。いっぱい書けよ』
『始君も・・・大学頑張ってね』
『心配すんなよ』
『もうすぐ・・・終わるね』
『これからはお互いの、自分の為に生きていく』
『私達、だいぶ人の為に時間を使ってきたからね』
『だからこれからは自分の為に時間を使うんだ』
『始君に負けない生き方、していくから』
『俺も頑張るよ』
「それが俺達の最後だった。もうお互いを絶対必要としなくなったんだ。別れたっていうよりフェードアウト・・・かな」
「そうでしたか・・・」
「でも今は栄だよ、俺のナンバーワンは」
「それ、もうちょっと本人に言ってあげてください」
「その方が太夫の心も上がります」
「え~・・・」
2004年7月22日午前2時。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間。
「お風呂頂きましたー」
「お湯加減如何でしたか」
「バッチリ・・・」
「?」
「あー・・・」
「何か不都合ありましたか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「なんですかー!」
「やっぱりお前がナンバーワンだ」
「えっ、ど、どうしたんですか」
「俺のナンバーワンは栄だから」
「はっ!はい!」
「いつもお風呂沸かしてくれてありがとう」
「いっ、いえいえ・・・なんか面と向かって言われると恥ずかしいですね・・・」
「美味しいご飯を作ってくれてありがとう」
「えっ!?なんですか!」
「いつも俺の為に綺麗な自分を見せてくれてありがとう」
「あっ、あの」
「俺の存在を許してくれてありがとう」
「どうしたんですか!」
「いや、・・・たまには面と向かって感謝を伝えようかと」
「いつも言われてるじゃないですか」
「でもその場その場だから」
「飛龍と銀河に何か言われましたか?」
「もっと愛情表現をしろと・・・」
「しょうがないわね・・・」
「怒らないでやって」
「・・・怒りませんよ、始様にそうやって仕向けさせたあの娘達の腕、認めざるをえませんね」
リリーン
リリーン、リリーン
「電話だ」
「廊下ですわ、出てきます」
「俺も彩希子の様子見てくる」
「分かりました」
ガラッ
「・・・」
「スーー」
「・・・彩希子、起きてるだろ」
「・・・スー・・・」
「起きてるだろ」
「・・・グー・・・」
「このこのこのこの!!!!」
「にゃああああああああああああ!!!!」
「まったく」
「だっ・・・だって・・・」
「気使ったのか?」
「ナンバーワンは栄さんなんだ」
「今はな」
「私は?」
「お前もナンバーワン」
「・・・」
「あら、彩希子様。起きてらっしゃったの」
「栄、電話は?」
「無言電話なんです」
「はあ?」
「なーんにも。うんともすんとも言わないで。直ぐ切れましたわ」
「なんだそれ」
「栄さんを困らせるなんて・・・許せない!!」
「お前まだ酒抜けてないのか」
「こんな美人を困らせるなんてホント最低野郎だよ!次かかってきたらあたしが」
リリーン
「!」
リリーン、リリーン
「ナイスタイミングぅ!!」
「あっ、彩希子!」
「文句言ってやる!」
「まったく」
「もしもしっ!!?ここが何処か分かってンの!!?」
「はあ・・・」
『なんだそこにいたのか』
「はあ!?ここにいるわよ!」
「・・・?」
『貴女の存在を認めない』
「ひっ・・・!」
「変われ彩希子っ。てめえなにもんだ!!!」
プチッ
「・・・」
「始君・・・」
「栄!緊急事態だ!」
2004年7月22日午前2時20分。三ツ島遊郭浜風屋番頭台。
「紫電、雷電。なるべく騒ぐなぁ。お客様の身許をもういちど確認するんだぁ」
「合点!」
「承知の助・・・」
「太夫、次はぁ!」
「通話記録を出して。うちの電話なら全部記録してるでしょ、どこからかけてきたか突き止めて」
2004年7月22日午前2時22分。三ツ島遊郭浜風屋玄関。
「大悟!」
「兄貴!例の資料お持ちしまし・・・」
「それもそうだが緊急事態だ!」
「へ?」
2004年7月22日午前2時25分。三ツ島遊郭浜風屋番頭台。
「どうしますか」
「取り敢えず移動だ。俺は酒呑んじまったから車出してもらえるか」
「分かりました。マークⅡなら乗ってきてますが」
「それで良い。取り敢えず俺ら乗っけて出してくれ」
「分かりました。姉さんは」
「今連れてくる」
「彩希子」
「なんで」
「ああ」
「なんでここまで!」
「知らん。でもな、守りきる」
「始君・・・」
「お前も久々に会ってから俺の知らないセリフを直々言ってきたな」
「・・・」
「俺も言ってやろう」
「俺に任せろ」
「わあ、聞いたこと無い」
2004年7月22日午前2時30分。三ツ島遊郭浜風屋奉公人詰所。
「串田」
「旦那、内線ではないちうんは分かりましたぁ。外部からですよぉ」
「町内の電話を調べてくれ。入間組なら調べてくれる」
「分かりましたぁ。手配しますぅ」
「紫電雷電!」
「お客様の行動その他聴取させて頂きました!」
「あの時間に部屋から出たお客様はちょこちょこいた・・・。電話使った人はその内一組、連絡先も割れてる。外線使ってるから関係ない・・・」
「よし、お客様は関係無いな」
「兄貴!」
「取り敢えず浜風に出来ることは全部やってくれた。感謝する」
「再びの連絡会ったときの為に俺らは備えます!」
「絶対に逃がさない・・・」
「頼む」
2004年7月22日午前2時35分。三ツ島遊郭浜風屋正面玄関。
「栄!」
「始様!」
「癪だが離れる。迷惑もかけられんしな」
「ご武運を・・・」
「長い戦いになるかもしれんが・・・絶対終わらせて帰る」
「お気をつけて」
「栄」
「?」
「お珍しい」
「決意表明みたいなもんだ、一段落したら連絡する」
「はー・・・」
「じゃ、行ってくる」
「お気をつけて・・・」
「飛龍ちゃん、入間組に繋いで。銀河ちゃんはハリー・ホプキンスに」
「「かしこまりました」」
2004年7月22日午前2時37分。三ツ島遊郭浜風屋一階電話室。
『始?』
「組長、町内の公衆電話は」
『紫電から聞いてる。町内の公衆電話は10基。内あの時間に使われてるのは一台』
「どうでした」
『監視カメラの様子的には結構な長電話だったから関係無さそうだわ』
「ありがとうございます」
『待って、まだ最後の一台の結果がまだ来てない。それまで電話繋いどいて』
「どこのですか」
『ちょっと待って・・・、三ツ島遊廓から直線200メートル。そこからだと二番目に近い所』
「お願いします」
『あたしらに出来ることは?』
「大悟を暫く借りたいのと・・・あ。」
『お』
「歩いてて違和感を抱かない・・・でも最近黒刻町に顔出さない人、そんな人を探して頂けたら」
『途方も無いよ』
「その内その電話使った人、分かるかな」
『データ上がってみないと・・・あ、待って。来た』
「!」
『スーツ着た男が使ってる。通話時間も一瞬。こいつだ』
「どんなヤツですか!」
『待って・・・照会にかけてる。わかった』
『山本・・・?』
「山本?」
『山本周作・・・』
「山本さん?」
『ああ、うちらとは別の会社だったけど現場はよく一緒になったな』
「山本さん・・・」
『始か?』
「支配人」
『そっちはどうだ』
「大丈夫。なんとかやれると思う。それよりさ」
『なんだ』
「山本さん、今日店に来た?」
『山本?山本ったっていっぱいいるぞ。俺の知り合いにも六人以上いる』
「山本・・・周作さんだよ」
『おー』
『来てたぞ』
2004年7月22日午前2時40分。三ツ島遊郭浜風屋正門。
大悟が乗ってきたマークⅡで移動を始める。
「大悟、頼む」
「はい!」
「はー・・・」
「兄貴。目標は・・・」
「山本さんだ」
「山本・・・どの?」
「周作さんだ・・・よりによって・・・」
「この辺のバウンサー業やってる奴らの教官的存在でした。入間組にもアドバイザーとして何度かご教授賜りました」
「その人・・・強いの?」
「自分は・・・本気のあの人を見たことが・・・」
「強いよ」
「!」
「知ってるの?」
「ハリー・ホプキンスで騒ぎがあったときに俺とあの人で片付けた事があった」
「共闘されていたとは・・・」
「俺にあわせて連携してきた。相手の動きを読んで無力化するのに最適な選択が出来る。中学のままの俺だったら簡単にやられるだろうな」
「そんなに・・・」
「どうしますか」
「そうだな・・・」
ブーッ、ブーッ
「!?」
「落ち着け彩希子、お前の携帯だ」
「ふうー・・・編集さんからだ。はいもしもし」
「取り敢えず彩希子のマンションに行ってくれ。場所は・・・教えたな」
「分かりました!」
「どうせ、今の行動も見られてるんだ。分かりやすく動いてやる」
「でも追手の車とか今のところないですよ?周囲の車もそのような様子は・・・」
「だったとしても、見られてる意識は持っておいた方が良いだろ」
「えっっっっっ!!!!!!!?」
「「!!!!!!?」」
「どうした彩希子」
「獲っちゃった・・・」
「直木賞・・・」
2004年8月16日午後3時30分。東京會舘一階エントランスホール
「全員用意は良いか」
「はい。準備OKです」
「最後の確認だ。大半の出席者はボディーガードなんかつけてない。強いて言うなら秘書くらいなもん。分かりやすいのは我々だけだ。ターゲットは山本周作。顔は全員頭に叩き込んでるな」
「「「「はい!」」」」
「最大の目標は彩希子を守る事。ターゲットの確保及び無力化は二の次である。この事を改めて踏まえろ」「見つけ次第無線で全員に共有。その後ZATの二人と三沢さんは彩希子の身の安全を確保。入間組は退避ルートと車の保全、及び各スタッフへの指示出し。」「以上だ、キッチリ終わらせて直木賞の賞金にあやかろう」
2004年8月16日午後3時57分。東京會舘直木賞受賞者楽屋。
「ねえ、始君」
「なんだ」
「私、お話書くのやめる」
「・・・なんで」
「私の本のせいで色んな人に迷惑かけてさ。何日も何日も始君達のお世話にもなって・・・そのせいで周りの人を危険に晒しかけて・・・」
「彩希子」
「それに・・・ちょっと疲れちゃった。新しいお話も全然思い付かない」
「トバしすぎたんだ。少し休めば楽になるさ」
「マンションも引き払おうと思う。暫く執筆業から離れて実家でお花触りたい」
「そうか」
「今思えば・・・いい気になってたのかもね。書くお話全部ヒットさせて。褒められて舞い上がって」
「成金みたいな呑み方するしな」
「自分で書いたものを否定して捨てて・・・。あたし、変わったね」
「良いんじゃないか?休むくらい」
「違うよ。やめるんだよ、書くの」
「あー・・・、それを決めるのは・・・、お前だ。もう書きたいものがないんなら辞めるのも良い」
「うん・・・」
「ただし」
「?」
「また新しいものが書きたくなって、もう一度書いた時に」「ちゃんと帰ってこれるようにしろ」
2004年8月16日午後4時。東京會舘大宴会場直木賞授賞式会場
『定時報告。以上無し』
「大悟、授賞式まであと何分だ」
「あと15分」
「もし俺が山本さんに出くわしたら、知らないフリをして話しかける」
「その隙に周りを固めるんですね」
「そうだ。絶対に逃がさない」
「しかしそれらしい人は見当たりませんね」
「くそっ、何処にいるんだ・・・」
「変装してるとか」
「あるな・・・だけど逆に今の俺達に見つけられるのか?」
「もっとナチュラルな人に代わりに見つけてもらうとかどうですか」
「ナチュラル・・・探すことに先入観がない人が良い」
「そうだなー・・・すいませーん」
ホテルの係員が前を通った。係員なら確かにお客をお客としてしか見ていない。先入観は無い。
「なんでしょう」
「こーんな人、見てませんか」
「この人ならさっき階段ですれ違いましたよ」
「・・・っ、上った?下りた?」
「?上りました」
「全ガードマンへ。ターゲットは上階へ移動した模様」
「なぜ上に!」
「授賞式会場・・・上・・・狙撃だ」
「会場で上から狙撃できるとしたら・・・」
「照明の調整室だ・・・」
「兄貴!」
「俺が行く。全員気付かれずに彩希子の周りを固めろ」
「了解!」
「大悟、頼むぞ」
「はい!」
2004年8月16日午後16時。東京會舘大宴会場照明調整室
「山本さん・・・」
「始?よく会うな」
「やっと見つけた」
「お前なんでここに・・・」
「もう分かってんです」
「何が」
「会場は包囲されてます。おとなしく降伏してください」
「何の話だよ」
「調整室に何の用ですか」
「ここからなら会場の間取りが立体的に確認出来る。紙じゃ分からないところも分かる」
「誰からのお仕事ですか。セキュリティ雇ってるのは小川玲子だけですよ」
「一鉄斎先生だ」
「今日は欠席ですよ」
「・・・」
「青龍堂書店で」
「・・・」
「俺を狙ったのは何でですか。小川玲子をホットスポットと表現したのは・・・何でですか」
「ふふ」
「何故ホットスポットと表現したか。ストーキングされていることなんて身内以外には知らせてません。にも関わらず貴方はそう表現した。そりゃそうでしょ、全部仕組んだの貴方だから。ホットにしてるのはあんただから」
「俺を狙った理由は・・・」
「全部ひっくるめて俺を引っ張り出す為の罠だったから」
「小川玲子・・・富永彩希子がピンチになれば俺がホイホイ現れると踏んだから。そして俺はホイホイ現れた・・・愛した女を守る為に」
「数々の嫌がらせも俺を熱くさせて視野を狭くさせるためだけの囮」
「小川玲子は顔出しはすれど経歴は一切明かしてない。俺も黒刻町に来てからあいつと知り合いだなんておくびにもそんな様子は出していない。基本箱入り娘だったアイツと俺の関係性を知ってるのは昔からの知り合いと黒刻町四女神のみ」
「ところが例外がある」
「貴方は俺達の関係性を知っている」
「高二の時の東西ヤクザの大戦争勃発の危機。和平の話し合いに俺達は巻き込まれたその場で」
「彩雲会初代会長、沢井宗一郎のボディーガードを勤めていたから」
「そしてもう一つの例外」
「その大戦争を目論んだ世界的犯罪結社」
「山本さん・・・貴方をそうさせたのは」
「そうだ。BLACKSATURNさ」
「やはり・・・!」
「そして俺はもう山本ではない。改めて名乗ろう中森始」
「我が名はスタッグ。BLACKSATURNの宿敵を遂に我が前に差し出した主に・・・」
「感謝せねばなるまい」
「むう・・・!」
「我が太刀の錆となれ」
「やめろ山本さん!」
「行くぞっ!」
「仕方ねえ・・・」
ここでドンパチやり始めたら授賞式がおじゃんになる。なんとか外に引っ張りだせんか・・・。
刃先がギザギザしててノコギリみたいな刀だ。しかも長くない。屋内で振り回すのにはかなり向いた武器だ。こういう相手ならこっちにも迎え撃つ準備はある。
「むう」
「初めて見る武器だ。警棒の二刀持ちとは格好の良い」
「戦棍ライトニング。久々に振り回すから手加減出来るか分かりませんよ」
「ふん、小癪な」
クロスさせて振り抜いて来た。
前方に振り下ろされて来る相手の攻撃に対し内側から開くように捌く。
同時に顎に向けて蹴り上げる。
それをバク宙で躱されながら下から飛んでくる両足をこちらもバク宙で躱す。
「軽そうな武器だ。君の体にフィットしているように見える」
「特注だよ」
「人差し指を引っ掻けているリングは後付けか?手から離れないから便利だろう」
「そりゃあもう」
「武器が好きでねえ。珍しいモノを見たら知りたくなる」
「いつから・・・今の貴方になった」
「最初からさ」
「最初・・・
「元々俺はあの大戦争計画をおっ始める為に関西ヤクザの代表である彩雲会に潜入したスパイだった」
「社会の害悪共を一掃する計画だったが結局戦争は起こらなかった」
「それを纏めたのがお前なんだ」
「お陰で全ての計画がパーになった」
「ゴミ共の唯一の取り柄であるその命を天に召す為の計画が・・・」
「私はお前を許さない」
「良かった」
「何がだ」
「あの時誰も血を流さなくて」
「こいつっ・・・」
「改めて!俺のやってきた事は間違いじゃないのかもしれない!」
「感謝もしてるよ・・・山本さんに」
「ハリーホプキンスで一緒に騒ぎを治めたことがあったよね」
「あの時貴方の強さを目の当たりにして」
「もっと強くならねばならないと!」
「そう思えた事に!」
「死に晒せガキがああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
相手の最初の一歩目と同時に体を低く縮め相手に踏み込む。
「震天動地っ」
相手の脛めがけライトニングを振り抜く。
「っ・・・!」
怯むスタッグ。膝から崩れ落ち前に転がる。
もうこの人は山本さんではない。BLACKSATURNからの刺客。俺の敵である。
立ち上がるスタッグ。まだ武器を握っている腕。
「剛腕無双っ!」
外から相手の両肘に向けて同時に攻撃をかける。肘をこれで砕く。
「があっ・・・!!」
調整室から下の様子がふと見えた。
彩希子が壇上に立っていた。
何か喋っている。俺に向けてではなく。
集まった人達に。自分の声を聞く人達に。
それはもう自分一人で生きてはいけない弱い存在ではない。みんなを照らす天照大神の如く。
「大きくなりやがって」
後日談。
直木賞受賞と同時に引退を勝手に囁いていた彩希子はやっぱり現役続行。舞台裏で俺に破れた山本さんことスタッグは彩雲会の手に落ち前回の反省から死にたくても死ねないような状態にある、らしい。それでも俺の気が休まるワケではないのだけれども。
2004年8月23日午前10時7分。ヘンメルマウスマンション501号室リビングルーム。
全行程報告会。
「以上が事の顛末だ」
「お世話になりました」
「何言ってんだよ」
「結局また頼っちゃったね」
「良いって別に。直木賞おめでとう。そういえば言ってなかった」
「ありがとう」
「文屋、辞めるんか」
「いや」
「お」
「もう一回、向き合ってみる」
「そうか、頑張れよ」
「読者は大事にしないとね」
「ああ」
「ね、私の最初のファン」
2004年8月23日午後1時4分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間隠し事務所。
「ただいま」
「おかえりなさい、始様!」
「全部終わった。俺の仕事は終わりだ」
「始様、ご報告が」
「うん?」
「猪崎様が墜とされました」
「嘘だろ」




