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第二次世界大戦を乗り越えろ!  作者: 湖灯


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【Here‘s looking at you, kid(君の瞳に乾杯)】

 これは困ったことになったと思っていると、井上さんは私の顔から目を離してニッコリと微笑んで言った。

「君は、変わらないな」と。


 結局私は井上さんに試されただけだった。

 人には成功体験が大切だが、その成功体験が続くうちに人は変わってしまうことが多い。

 いわゆる「天狗になる」と言われる現象。

 しかも恋人ができたときや、好きな人と結婚した後は自分をよく見せようと思う心理が働いて、その傾向が強く表れるらしい。

 井上さんは私が天狗になるような人間ではないと信じてくれていたものの、もし万が一天狗になっていたとすれば今回の話はなかったことにして、てきとうな用事でもさせてとっとと日本に追い返すつもりだったことを言ってくれた。

 薫さんが天狗になるとなぜいけないのかと聞くと、井上さんはそうなると情報が自分だけに集まるようにしてしまい、組織やその中の人や国までも自分の物のようにあつかってしまうと言った。

 それはまさしく欧州で戦争をしているヒトラーそのものだ。


 井上さんの手配で、私たちはその日のうちにテキサス州ダラス経由でワシントンDCに向かうことになった。

「どうしてダラス経由なの?」

 機内で薫さんが、空港の屋台で買ったホットドッグを食べながら、何気なく聞いた。

 サンフランシスコからワシントンDCまでの距離は4,000㎞近くもあるから、B-17やB-26のような長距離爆撃機以外では直行できる航空機はない。

 ただ、このDC-3でも特別な場合であれば座席をいくつか外してそこに燃料タンクを入れて長距離飛行に対応することもできるけど、今回はそうしなかった。

「特別じゃないって、なんだか安心できるね!」

 飛行機の四角い窓の外に目を向けていた薫さんが、私の方に振り返って満足そうに言ったが、その可愛らしいほっぺにはホットドッグのケチャップが付いていた。

 私はその顔を見てニコニコと笑いながら、どうしてなのかと聞くと、彼女は賢そうな顔をして「特別扱いされると気負ってしまうし、特別機が飛ぶことによって普段とは違う時間に飛行場に降りる飛行機が出て来るんだから、それだけ事故のリスクも高くなるでしょう?」


 薫さんの賢そうな顔と、ほっぺに付いたケチャップとのギャップの違いに私が笑い出してしまうと、薫さんは少し機嫌を損ねて「何で笑うの!?」と怒ったので頬にケチャップが付いていることを教えてあげた。

 薫さんは慌ててバッグからコンパクトを取り出してケチャップを確認すると、ポケットからハンカチを取り出そうとしたので、私は優しくその手に自分の手を被せて止めた。

 私の行動に不思議そうな顔をして一瞬止まった薫さんに「取ってあげる」と言い、顔を近づけてケチャップを舐め取ってあげると、薫さんの舌は私の舌がさらったケチャップを惜しむように自身の舌を絡めて来た。

 そして私たちは、ほんの少しの間、そうやって遊んでいた。


 DC-3旅客機はかなり低い高度(1,200m~1,500m)を飛んでいた。

 山々の多い日本であればとても危険だが、サンフランシスコからダラスへのルートは広大なデスバレーの砂漠地帯を通り、グランドキャニオンの南を迂回してダラスに向かうので特に高い山はない。


 サンフランシスコを飛び立ってから約10時間後の夜中に飛行機はダラス空港に着いた。

 飛行機はここダラスで給油と整備をして再び飛び立ち、目的地であるワシントンDCへと向かう。

 私たちは機の準備が整うまで、いったん飛行機から降ろされて空港のロビーで待つことになり、待ち時間の間乗客にはウィスキーとサラミソーセージが配られた。

 薫さんはウィスキーのグラスを持って、なんだか楽しそうにしていて、一緒に乾杯しようと言った。

 乾杯に依存は何もなかったので、私がグラスを近づけると、彼女は慌ててグラスを引っ込めた。

 どうしたのかと聞いた私に、薫さんはある要望をして、私は承諾した。

「それでは乾杯しましょう!」

「Here‘s looking at you, kid.」

 私は薫さんに言われた通り、なるべく渋い声で言うと、薫さんは何故か感動してくれた。

 少しキザな表現だと思うけれど、なぜ薫さんがこんなに喜んでくれるのか私には意味がわからなかった。

 (※Here‘s looking at you, kid.=これは1942年に発表された映画「カサブランカ」の名台詞となる有名な台詞で、直訳するとHere‘s[乾杯] looking at you[君を見ながら]に kid[子供、あるいは女性に親しみをこめた表現]が入り「君を見ながら乾杯」もしくは「君に乾杯」となるのですが映画の字幕[和訳]には「君の瞳に乾杯」と書かれ、一躍この映画と共にこの台詞も有名になりました)

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