表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二次世界大戦を乗り越えろ!  作者: 湖灯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/11

【ハルゼー少将の着任と、井上長官から届いた話】

 9月1日、この日は航空母艦「赤城」とともにハワイに向かった南雲中将が現地に着任した日であり、同じ日にアメリカの航空母艦「エンタープライズ」とともにウィリアム・ハルゼー少将が横須賀に到着しPPSA(環太平洋安全保障協定)に基づく在日部長に就任した。

 ウィリアム・ハルゼーは1882年10月30日ニュージャージー州エリザベスに生まれる。

 このエリザベスはアメリカ最大の都市であるニューヨークからわずか20キロ足らずに位置し、その名が示す通りイギリス植民地時代の中心的な都市のひとつだった。

 そのことが由来するのかは定かではないが、彼は生粋のアメリカ主義者でありその他の国の人や文化を好まない。

 アメリカ海軍では猛将として知られ「ブル」と呼ばれるこの男は、永野に代わって大本営副局長として就任した百武三郎大将と同じ年の生まれ。

 日本を訪れるのは士官学校を卒業して間もない1908年10月18日、戦艦「カンザス」に乗船して1906年12月16日にアメリカから東周りに世界を巡った航海の海外における最終寄港地と東京に訪れて以来35年ぶりとなるが、このときも前史でいう戦後に占領軍として再び日本を訪れたときも終始日本にあまり良い印象を持ってはいない。

 言うなれば、それが命令だから来たに過ぎない。


「大丈夫なの? 相手はハルゼーよ」

 ハルゼーの就任を祝って迎賓館赤坂離宮でパーティーが行われたとき、心配した薫さんが私に言った。

 薫さんが心配したのは、ハルゼーが前史で南太平洋方面軍司令官着任時に行った演説で言った「KILL JAPS, KILL JAPS, KILL MORE JAPS. You will help to kill the yellow bastards if you do your job well(日本人を殺せ、日本人を殺せ、日本人をもっと殺せ。任務を首尾よく遂行するならば、黄色いやつらを殺すことができる)」を心配したことだった。

 たしかに大使的な意味合いも持つ立場なので、我が国に友好的な人間の方が好ましいとは思うが彼は軍人として最も命令に忠実なタイプ。

 上層部から日本を殺せと命じられれば躊躇なく殺すだろうし、逆に守れと言われれば戸惑うことなく守るだろう。

 たしかに人種差別主義者であることは疑いようもないだろうが、下手に機転を利かせたり隠れて何かをするような才覚は持っていないようだし、このようなタイプの方が逆に対応がわかりやすくスキャンダルも起こしそうにないので都合が良いと思った。


 9月5日。

 この日サンフランシスコPPSA(環太平洋安全保障協定)在米長官に就任した井上長官より、ある連絡が届いた。

 内容は、欧州戦争に参加したアメリカに日本から2名、情報収集のために派遣させたいというものであった。

 これは当時世界一を誇るアメリカと、そのアメリカと技術力で対抗しようとするドイツとの戦闘の状況を肌で知ることのできるまたとない機会。

 もしかしたら地中海で起こっていることの、生の姿を見ることができるかもしれない、まとない機会。


 この情報が入ると、大本営には連日陸海軍の将軍たちが詰めかけてきて、この2つの枠を争うように連日会議が開かれるようになった。


「誰が行くんだろうね」

 昼休みに外に出て一緒に薫さんの作ってくれた弁当を、二人で一緒に食べていたときに薫さんが言った。

 誰が行くかは、いま陸海軍だけでなく大本営でもその話は噂の的となっている。

 しかし会議に出席するのは将軍クラスのみで、前史のころとは違って出席者にはみな守秘義務が課せられていて、これっぽっちも情報が漏れ出てこない。


 日本も変わった。

 前史であれば、どのように秘匿性が高い情報でも芸者街に行けば簡単に知ることができた。

 あのミッドウェイ海戦でも海軍部内では機密とされていたにもかかわらず、軍港近くの芸者伝いに一般人までもが知っていて、そのことを知らないのは軍の上層部や話を芸者に漏らした将軍たちだけであった。

 当然アメリカのスパイもそのことは知っていて、近いうちに日本の機動部隊がミッドウェイ島を攻撃するという情報を本国に伝えていたから、ミッドウェイ島には日本が予想もしなかった強力な対空火砲と100機を超える航空戦力やその航空機を守るための防空陣地まで備えられていた。

 これによりミッドウェイ島空襲部隊は予定された戦火を上げることができず、攻撃隊の友永大尉が機動部隊に第二次攻撃を要請したことで生じた兵装転換が敗因のひとつとなったと言われるが、これは海軍が作戦の失敗を隠すためにこしらえた作り話にすぎない。


 我が国の4隻の航空母艦には248機の艦載機が搭載されていたが、1度に使える戦力はその半分にも満たない100機前後。

 しかし待ち受けるミッドウェイ島には126機の航空戦力と3本の滑走路があり、この3本の滑走路1本でも使える状態であれば、稼働できる全機を連続して発進させることができる。

 そして更にアメリカ軍の3機の航空母艦には、日本の4隻の航空母艦とほぼ同数に近い233機の艦載機が搭載されているから日本が一度に攻撃に向かわせる航空戦力100に対してアメリカ軍は倍の200機を動員できることになる。

 しかもミッドウェイ島は決して沈まないし、防空能力は航空母艦よりも強力だ。

 もし友永大尉がミッドウェイ島の第二次攻撃を要請せずに、空母への攻撃をおこなっていたとしてもミッドウェイ島からの攻撃は受けてしまうから、あの戦力で日本が勝つことはとても難しかっただろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ