5日目:戦利品の味とは......
戦場のようなスーパーを後にして家に着き、玄関を開けると熱気が生希を迎えた。
まるで、ご主人様の帰りを待ち構えていた犬のように、熱気が「待っていました!」と言わんばかりに、生希の顔面を直撃する。
「あっつ........」
夕方とはいえ、さすが八月。
日中にため込まれた熱気が六畳一間に居座っている。
もはや、部屋というよりサウナである。
むかし、友達に誘われて座禅体験に行ったことがあるが、修行僧のお坊さんですらもっと快適な空間で過ごしていた。
手には戦利品の「ミックスフライ弁当」だが......。
ふと思った。
これは選択ミスだったのではないか?
この熱気の中、揚げ物......。
頭の中を泡立つ黄金の飲み物が駆け巡る......。
部屋の中ではテーブルの上でエアコンのリモコンが生希を待っていた。
『冷房』を押せと言わんばかりの圧力を感じる。
生希の喉をごくりと唾が落ちる。
中身の状態はどうであれ、今日の目標は達成した。
あの戦場で頑張った自分へのご褒美としてエアコンをつけてしまうか。
そうすれば、この妙な敗北感も拭いされるかもしれない。
そんなことを頭の中で悪魔がささやく。
ここでやつを押せば
・快適
・涼しい
・天国
という『人生勝ち組』の欲が一気に手に入る。
だが同時に
・電気代
・依存
・請求
という『現実』もおまけでついてくる。
伸ばしかけた手を必死で抑えてミックスフライ弁当を机の上に置き窓へと向かう。
「......だめだ。ここで、負けちゃいけない......」
謎の宣言を行い窓を開ける。
「........。」
風が入ってこない。
目の前に生えている木の枝も揺れていない。
誰が見てもわかる。風は吹いていない。
ここまでくると、いやがらせにしか思えない。
もはや、ミックスフライ弁当すら敵に見えてきた。
昨日までのキンキンに冷えた天国のような部屋はもうない。
台所に行くと冷蔵庫を開ける。
「たのむ......1本だけ.......」
入っていないことがを分かっているのに、希望だけは口をつく。
ガチャ。
冷蔵庫の扉が開き、ひんやりとした空気が生希に流れる。
「ああ......涼し......」
そんなことをつぶやきながら冷蔵庫の中を見る。
麦茶。
氷。
以上。
想像した通りの中身であった。
「1本くらい残しておけよ。昨日の俺!!!!!!」
そんなことを言いながら冷蔵庫の前に倒れこむ。
恨んでも恨み切れない。
仕方なく麦茶を取り出し、机に戻る。
テーブルに座り、コップに麦茶を注ぐ。
キンキンに冷えた麦茶がのどを通る。
「はあ.......。」
少し気持ちに落ち着きを取り戻し、改めて弁当を眺める。
ドーパミンが出ていたせいか、冷静になって弁当の中身を見ると想像以上にぐちゃぐちゃになっている。
コロッケは崩壊し、中身が飛び散り。
エビフライは、備え付きのサラダに頭から突っ込んでいる。
白身魚のフライに至っては、ジャガイモと融合して白身が飛び出たのかジャガイモなのかよくわからないことになっている。
これでは、ミックスフライ弁当というよりかき揚げ弁当である。
ここまでくると、弁当のふたを開けるのですらためらわれる。
おばちゃんとのスーパーでの攻防戦が生希の中にフラッシュバックする。
気持ちを落ち着けるのに少し弁当の前で精神統一を行い、重い腰を上げて箸を探しに行く。
そうこうしているうちに時間は19時30分を回っていた。
箸を持って戻ってくると、弁当のふたをゆっくりと開ける。
ふたの裏にくっついたサラダとジャガイモがぽろぽろと落ちる。
「ふりかけじゃないんだけど......。」
自然とツッコミが口をつく。
箸でエビフライをつかんでみるが、コロッケとサラダのキャベツがついており、もはや別の料理となっている。
生希は悲しそうな目でエビフライを見つめるとため息とともに口に運ぶ。
――うまい。
「普通にうまい」
悔しいことに、うまい。
ジャガイモにまみれていようが、サラダがついていようが普通にうまい。
やはり、エビフライはエビフライであった。
むしろ、端々についたジャガイモのせいで、普段はこの食べ物にはないクリーミーさを感じる。
「これ......、実質得なんじゃないか?」
そう思ったが、自分の思考回路があまりにも貧乏くさくて、情けなくなる。
ふと下を向くと、視界に入れまいとテーブルの下に置いたはずのエアコンのリモコンと目が合った。
こちらを見つめている。
とっさに目をそらして、机の上の麦茶をがぶ飲みする。
「.......ぬるい。」
暑さのせいで、量が少なくなったお茶はすでにぬるくなってきている。
「これが、ビールだったらな......」
もはや、欲しか口を出ない。
一息付けると、今度は飛び散ったコロッケをまとめて、ご飯と一緒に口へ運ぶ。
エアコンの欲を振り切るように勢いよく口に運んだ結果、コロッケの破片がのどに飛んできてむせる。
「ゴ、ゴホッ!!!!!!」
口に含んだ白米が咳と一緒に当たりに飛び散る。
「........。」
その光景に声も出ない。
「だああああああああ!!!!!!なんなんだ!この不幸詰め合わせパックみたいな状態は!!!!!」
思わず声が出る。
「ギャク漫画でも、ここまでひどくないぞ!!!」
もう、何にあたっていいのかもよくわからない。
咳が落ち着くのを待って、飛び散ったコメを片付ける。
「ああ。貴重な食糧が.....」
そういうと、ふき取ったティッシュをごみ箱に捨て、再び弁当に箸をつける。
(今度こそ、不幸じゃなく幸せを手にする!)
そう意気込んで、まだ手を付けていない白身魚のフライへと手を伸ばす。
コロッケがついていない端のほうを口に運び”ガブリ”とかみつく。
「うん!うまi」
そう言おうとした瞬間。
”にゅるり”と箸が滑った音がした。
「ん?」
そういうと、生希は口元に目を向ける。
「.........。」
そこには、目を覆いたくなる光景が広がっていた。
白身魚が衣からはげ、中身と外が分離している。
口には無残にもむき出しになった白身魚と、箸には切なそうにヘタレた衣が残っていた。
口に残った白身魚をかみ切ると、ゆっくりと残りを弁当に戻す。
・つぶれて飛散したコロッケ
・ジャガイモとサラダにまみれたエビフライ
・中身のない衣
・表面が油でテカテカと光る白身魚
元が何弁当だったのか、見た目だけではすでに見当がつかない。
”ミックス嫌がらせ弁当”の完成である。
悔し紛れにはがれた衣に白身魚を押し込んでみるが全く入る気配がない。
あきらめて、白身魚だけを口に運ぶ。
......とても淡泊。
白身魚は白身魚だった。
衣がなくなった途端に主張をやめるタイプ。
後から衣をかじるのも違う気がするし......。
考えた結果、仕方なく、白身魚のうえに衣をかぶせる。
サイズが合っていない。
それでも食べてみるとさっきよりはマシだった。
どう考えても、弁当に遊ばれている。
あれほどの攻防を経て手にしたというのに、妙な敗北感が漂う。
しかし、気が付けば弁当の残りも少し。
時刻は20時30分を回っていた。
「結構立ったな......」
そういって生希は残りを口の中に放り投げ、残りの麦茶を飲み干す。
すでに、麦茶はぬるくなっていたが、しっかりと生希ののどを通過し胃におさまった。
八月といえど外は暗くなり、生希はそのままウトウトとベッドにもたれかかった。




