4日目:弁当争奪戦
気づくと時間は18時を回っていた。
部屋の中には暑さで溶けた生希が床に転がっていた。
天井を見てはいるが、もはや目に生気は宿っていない。
それもそのはずである。
今日のお昼はカップラーメン1つだったのである。
当たり前だが、そんなもので足りるわけはなく、すでにお腹からはエネルギー不足を知らせる音が鳴っている。
机の上には、冷えて油が浮いたカップ麺のみ。
外の日は沈み始め、部屋の中が夕日に照らされている。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
声を出してみるが特に意味はない。
横になりながら炊飯器を見るが、まだ洗っていない窯が残っているのみで、中にご飯は入っていない。
「買い物に行くか......」
そうつぶやくと、重い体を起こす。
空腹のせいで、体がいつもよりやけに重く感じる。
しかし、使えるお金は267円のみ。
「何買うんだ。俺.....。」
思わず心の声が漏れる。
だるそうに靴を履くと玄関を後にする。
外は日が沈みかけているわりに、まだムシムシとしている。
その感覚が余計に生希の体力を奪う。
スマホに目をやると時刻は18時38分を指していた。
近くのスーパーまでは自転車で10分程度である。
自転車にまたがると、ふと思い出したことがあった。
(弁当の半額まであと20分くらいじゃないか?)
普段は仕事終わりでなかなか間に合わないが、近くのスーパーでは19時からお弁当の半額が始まるのである。
400円くらいの弁当なら半額で200円。
(今日の夕食分はいける!)
そう思うと、小さくガッツポーズをして意気揚々と自転車をこぎ始める。
さっきまでは絶望の中だったが、何となく行ける気がしてきた。
ステーキ弁当はいけないが、すこし贅沢をして500円のミックスフライ弁当なら半額で250円のはずである。
白身魚のフライ、コロッケ、エビフライ。
揚げ物三銃士がひしめき合う、カロリーと幸福の塊である。
財布の中身とカロリーのコスパから考えてミックスフライ弁当が最適解である。
自転車をこぎながら生希の頭の中を妄想が駆け巡る。
このままのペースでいけば、半額が始まる10分前にはスーパーにつく。
そしたら、お弁当の前で待機して、店員さんが半額シールを張った瞬間にかごに入れる。
頭の中のシミュレーションは完璧だ。
まだ暑さの残る夕方の道を妄想を膨らませてニヤニヤしながら走る。
しかし、それはスーパーにつくと一瞬でかき消された。
その妄想は間違いであったことに気が付く。
そう。今日は日曜日である。
スーパーの駐車場は車を止めようがないほどに埋まっている。
ガラス越しに見えるスーパーの中はお祭りでもあるかのような人でごった返している。
「腹が減っては戦はできぬ」というが、もはやその食事を手に入れるのに戦をしないといけない。
生希は自転車を止めると、顔つきを変えて入口へと向かう。
(俺は勇敢な戦士。必ずこの戦場から生きて生還する。)
そう心でつぶやくと、ひと呼吸つき入口へと向かっていく。
スーパーの自動ドアが開くと、そこは別次元であるかのような音が響いている。
ここはスーパーの皮をかぶった戦場である。
自動ドアの向こうで鳴り響く音圧に一度圧倒されるが、ここで引いていては戦士ではない。
そう思いながら、足を踏み入れていく。
しかし、生希の目に飛び込んできたのは想像と違う光景であった。
すでに目視できるお弁当コーナーには人だかりができている。
その光景を見て生希は一瞬で悟った。
あれは、待機している人ではない。すでに割引が始まっており、その周囲に人が集まっているのである。
慌ててスマホを確認する。
時刻は18時58分。誤算だった。19時開始と余裕をこいていたが、すでにフライング気味に始まっている。
生希は大慌てで、総菜コーナーへと向かう。
しかし、日曜の人だかりでなかなかお弁当に近づけない。
それどころか、時折人の隙間から見える、おいしそうな弁当がほかの買い物客のかごに入れらて行く様子を遠くから眺めるしかない。
(くそ.....。開始時間守れよ!)
誰への悪態なのかわからないが、心の声が頭の中に響く。
気が付くと、お弁当の棚に空白が目立ってきた。
目的のミックスフライ弁当は......。
とっさにコーナーに目を向ける。
その前には、かごいっぱいに半額の総菜を詰め込んだ老夫婦が立っている。
「くそ.....。あいつら。手当たり次第に弁当を入れてやがる!!!!」
その光景に思わず声が漏れる。
しかし、そんなことで心折れているわけにはいかない。
こっちは、そもそも命がかかっている。
もはや、かごの中は「何人家族なんだよ!!!!」と突っ込みたくなるほどの半額シールで満たされている。
どう見ても、30人家族くらいの量である。
半額シールが張られたこの戦場に「善悪」や「常識」などといった「倫理観」なんてものは存在しない。
かごに入れたものが「正義」ただそれしか存在しない。
老夫婦は迷いのない連携と、巧みな手さばきで次から次へとかごの中に入れていく。
もはや人ではない。ダイソンである。
その時だ、人の隙間からミックスフライ弁当が顔をのぞかせた。
目視で確認できた数は残り3つ。
そして、そこから数メートル手前にあの老夫婦がいる。
「まずい!!!!このままだと、あいつらに回収される!!!!」
生希は必死に人込みをかき分けて、ミックスフライ弁当へと向かう。
老夫婦を目じりの端でとらえながら。
しかし、敵は老夫婦だけではなかった。
老夫婦とは逆サイドの左から声が聞こえる。
小さい子の声だ。
「ままー!僕、エビフライがいい!!!!」
そういいながら、ミックスフライ弁当を指している。
盲点だった。
「そうね。たっくん、エビフライ好きだもんね!じゃあ、今日はこれにしよっか!」
そういいながら、母親がミックスフライ弁当をかごに1つ。
残り2つ。
そう思い、一度老夫婦に目をやった。
老夫婦も人ごみに負けて、なかなか進めないでいる。
(ふ......。やはりこういう場ではフィジカルの差が出るな。所詮は年寄りか。)
少しの安心感を取り戻し、再び目標のミックスフライ弁当へと目を戻す。
しかし、その安心は一瞬で掻き消える。
生希が一瞬目を離したすきに残り1つになっている。
その目の端に、缶ビールとともに、ミックスフライ弁当をいれたサラリーマンが人に流されていく。
(あ、あいつめ!!!!!!!!)
一気に窮地に立たされた。
ミックスフライ弁当まではまだ、3メートル程度ある。
手を伸ばしても届かない距離である。
そして、老夫婦はというと、いつの間にか着々と近づき同じくらいの距離にいる。
もはや、生希の心に「スマート」などという言葉はなかった。
心の中で雄たけびを上げ、口からはそれとは真逆の「すみません、ちょっと......」と声を出しながら迫ってく。
もはや、人の目なんて気にしていられない。
あと、1メートル!!!!
手を伸ばせば届きそうで届かない距離にそいつはいる。
必死で手を伸ばす。
そのとき、世界がスローモーションになった気がした。
右からは老夫婦のおばあちゃんの手が伸び。
左からは学生らしき手が伸びてくる。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」
思わず、普段出さないような声が生希の口から出る。
すべてを掻い潜るかのように、生希の指先がミックスフライ弁当に触れる。
(.......いける!!!!!落とすな!!!!俺が一番先に触れた!!!!!!)
学生らしき手がそれを確認したのか引き下がっていく。
(俺の勝ちだ......)
そう確信した瞬間、誰かの手がぶつかった。
「ちょっと、それ私が最初に見てたやつ!」
まさかの老夫婦であった。
もはや、ここまでくると質の悪い老害でしかない。
「いや、俺もです!」
負けじと生希も言い返す。
「若いんだから、ほかの取りに行きなさいよ!」
「若いからこそ、揚げ物が必要なんです!そっちだって年寄りなんだから、揚げ物なんていらないでしょ!」
二人の間に火花が散った。
言っている内容はどう考えても賢くない。
しかし、貴重なカロリーをやすやすと渡すわけにはいかない。
最後は気合だった。
生希は、ほんの少しだけ前に出ると、その勢いで弁当を自分のほうへと引き寄せる。
ぐらり、とパックが傾き、中のエビフライがはみ出そうになった。
その勢いに押されたのか、老夫婦は弁当から手を放す。
ーー勝負あり。
気が付いた時にはミックスフライは生希の手中に収まっていた。
おばあちゃんも、肩で息をしながらこちらを見つめる。
「......やるじゃないの!」
「そちらこそ......!」
二人の間には、戦場を戦った友としての友情のようなものが芽生えていた。
「いい?次は負けないわよ」
そういうと、老夫婦は次の半額シールへと向かっていった。
その後姿を見つめながら、生希はかごの中に弁当を入れる。
(勝った......)
そう思った直後、生希の手に奇妙な感覚が走った。
ぐにゃ。
掌に嫌な感覚が伝わる。
どう考えても柔らかすぎる。
本来この弁当にはあるはずがない感覚。
やわらかい??
「.......。」
生希の目が点になった。
激しい攻防のせいで気が付かなかったが、強く抑えすぎたせいで、コロッケの中身が弁当の中ではみ出て飛び散っている。
もはや、ミックスフライ弁当というより、ジャガイモミックス弁当のような状態になっていた。
生希はそれをそのままレジへ差し出す。
レジの店員さんが、その中身を見て、一瞬バーコードを読むのに躊躇し、視線が動く。
弁当→生希→弁当と行き来した。
――0.5秒
その沈黙の後店員さんがクスクスと笑う。
そして、そのままレジを通す。
そこには指摘もない。ツッコミもない。
何も言われていなはずなのに、明らかに何かを失った。
戦いには勝った。
半額弁当争奪戦に出遅れたとはいえ、目的は達成した。
しかし、謎の敗北感が生希の中に流れる。
やっとの思いで手にした弁当の中身はもはや250円の価値があるのかも怪しい状態になっていた。
(人として......)
ふと、口に出しそうになったがその言葉を口に出してしまったら、完全な敗北者となる。
なんとなく生希の直感がそう訴えかけていた。
その言葉を胸に押し込めたと同時に生希の口をついてもう一つの言葉が出た。
「......まあ、食えるしな」
しかし、その言葉ももはやただの負け惜しみにしか聞こえない。
生希は買い物袋にそれを入れなおすと自宅への帰路についた。
(現在残高:6652円)




