三ノ三 見学
「なんでそんな選択肢少ないのよ!?」
「それは思いつかなかっただけだ。手短に話すぞ。あの糸も、もってあと二分くらいだからな。」
激昂する詩喜を落ち着かせるようにゆっくりと話し始め、選択肢の内容についてを話し始める。
「さっきも言った通り、俺は一点だけを狙った攻撃方法を持っていない。だから応援を呼んで一点だけを狙った攻撃が得意な人に頼む。怪がこの状態なら楽だが、応援が来るのに最低でも二、三十分はかかるな。その間、お前の体力が持つかも怪しいし、最初の時との変化の頻度からしてもう何回か変化をする可能性もある。変化したらそのパターンに対応する必要がでるから出来るだけ早く、今の状態で間引きしたいから個人的には俺の提案に乗ってほしいかな。拒否権はあるけども。」
彩人の説明に早口で答える。それは彼女が彼の言葉から憤りを覚えたことによるものなのか、冷静さを欠いたことによるものなのかは分からない。
「そ……そんなこと急に言われたって私にはどうすればこの化け物を祓えばいいかなんて、知らないわよ!」
「そうか。じゃあ、ここで野垂れ死んでくれ。」
感情に身を任せた言葉とは反対に、冷酷な一言を放ち、斬り捨てるようにして目の前の怪に立ち向かおうと、黒い砂粒を体から大量に放ち、戦闘態勢に移り始める。
「……して!……どうして!!」
詩喜は怒りを抑えるように強く拳を握り締めていたが、限界に達したのだろうか、怒号を上げ、血眼になりながら彩人の元へと走り、彼の服を掴み、膝をついて座り込む。
彼女がこうして憤っているのには訳がある。様々な物事に直面しているというのに手も足も出ないという無力感と罪悪感、母へと宣言したというのに、その約束を守れないのではないかという恐怖。それを分かっている上、彼女の心配までしているというのに、迷っていれば、切り捨てるかのように素っ気なく回答する彩人の態度。彼女は、彼の行動には理由があるのだろうと、何となく気づいている。だが、その小さな考えは感情に呑みこまれ、理性までも呑み込んでしまった。自分自身にこみ上げてくる怒りの行き場が分からないまま、腹いせに彩人に当たってしまう。我が儘な子供のように。
「まぁ、無理もないか。」
一度詩喜の方へと目を向けるが、すぐに対象おの怪へと目線を向け、ぼそりと呟く。手を伸ばし、指を振ると、隣にいた蜘蛛の怪が糸を吐き、目の前の怪の拘束をより強固なものとし、さらに時間を稼ぐ。
「いいか?詩喜。お前がこの場で今、怪に対して何もできないのは分かっている。それはお前自身も分かっている筈だ。今出来ないからなんて理由で諦めて、自分を悔やむのは結構だが、悔やんで何になる?直面している、目の前の壁は勝手に壊れるのか?違うだろ。今がだめなら、その壁を越えられるようにするために、今自分が出来る範囲でいいから、ひたすら模索しろ。いちいち深く考えてりゃキリがない。そして、その用心深さがいつしか仇となって、守りたいことすら守れない木偶の坊になるぞ。」
しゃがんで目線を合わせ、詩喜の怒りを収めさせる。いつもの素っ気ない言葉の雰囲気は残しているものの、寄り添うような優しさがほんの少しだけ籠った言葉は、詩喜の目に涙を浮かべさせる。
「さて、それでもう一度聞くが、お前はどうしたいんだ?応援を待つか?自分で出来ることをするために俺に協力するか。」
彩人は言い方こそ変えていないものの、放つ言葉に込められた威圧感とでも言うのだろうか、その力強さを少しだけ弱め語り掛けるようにして、詩喜を自発的に行動させるよう促してみる。その言葉に、詩喜は涙を拭って覚悟を決める。
「私、やってみる。出来ることを……!」
ゆっくりと、弱弱しい言葉を放つが、その言葉からは、彼女の覚悟がひしひしと伝わってくる。彩人にもその思いは伝わったのか、詩喜の方を見ながら小さな笑みを一瞬だけ浮かべると、口を開く。
「ああ、やってみるか。」
彩人も彼女の覚悟を受け取ったかのように目の色を変え、再度怪の方を見る。そして、元々行おうとしていた作戦を彼女に伝える。
「恐らくだが、あの怪はでっかい図体してはいるものの、臆病だ。だから、距離を詰めようなんてして来たら、向かってきた蠅や蚊を払うようにそっちの方に気を取られるはずだ。その囮をお前に任せたい。近づいた後、あの怪をあまり動かさないようにして逃げ回っていてくれ。何かあれば援護するから。」
そう言うと彩人は怪の標的が自分に向かないよう、広がった空間を活かして、一定の距離を取りながら迂回し、怪の背後に回る。詩喜は、作戦の内容を突然、一気に説明されたのだから、少し戸惑って立ち止まってしまったものの、すぐさま自分の役割を理解し、ある程度の距離を保ちつつ、彩人よりも怪との距離を短くするために前へと出ていく。
ゆっくりと動いているものの、彩人の言った通り臆病なのか、少しの動きに過剰に反応し、腕を振る。
「しゃがめ!」
彩人が叫んだことで詩喜は咄嗟に動いて横に薙ぎ払われた腕を回避する。スレスレで回避したのか、浮いた髪の先が怪の手に当たり、右方向になびく。
「こ、こっちだよ!」
詩喜はあまり体力を消費しないよう、ジョギングをするようにゆっくりと走る。自身の安全を少しでも確保し、怪が直線距離を詰めないように怪を中心に円を描くように走る。彼女は、今までの行動からして、怪の情報処理能力は遅いと判断したのか、ぐるぐると動いていれば追いかけてはこないと考えていた。だが、先程の彼女の声に反応するかのように、怪は完全に彼女のことをロックオンする。距離を詰めようと動きはしないものの、ゆっくりと首と体を回し、常に目線の中心で詩喜を捉えるようになった。
「さてさて……彼女は俺の提案を呑んでくれたわけだが、俺は一言も祓うとは言ってないからな。ま、援護はするし、最低限の保証もする。ただ、俺の意図がバレないためにも、祓って見えるようには頑張るか」
真剣そうに怪の気を引いている詩喜に感づかれないよう、数秒に一回程、適当に怪を放ち、弱点目掛けて攻撃を続ける。
彩人の狙いは何なのだろうか。その答えはすぐに出てくる。
「ガハッ!?」
怪が詩喜を捉え、大きな両手で詩喜の体を掴む。彼女は痛みに耐えるように顔をしかめ、口から少量の血を吐く。彼女の手足には自由が残っているが、怪の身長が高いため、段々と上へあげられていき、足が地面から離れる。その姿を見て、怪は嘲笑うかのように小さな呻き声を上げる。詩喜は、気味悪いこの状況から逃げたいと、拘束を解くために怪の手を必死に叩く。だが、細々としていた骨と皮だけの腕が突然、グニャグニャと動き出す。
骨と皮だけの腕や足、胴体に肉がまとわりつき、より強固で太い身体へと変貌していく。
「まずい!」
彩人も、この変化には予想外だったのか、慌てて怪の腕を”参謀”で抉って拘束を解く。だが、変わったのは見た目だけではなかった。抉れたことで体と分離した腕が、黒い砂粒ですぐに繋げられてしまい、詩喜は、地面に足を付けることもできず、拘束も解けないままだ。
彩人は続けざまに、別の怪を呼び出し、拘束を解くように必死になる。
「目を瞑れ!」
前に彼女の家で呼び出した怪を再度呼び、皮膚を溶かし、傷をいくつも作りだす。だが、それでも怪はその傷を癒していき、致命的なダメージを与えることが出来ない。
段々と詩喜を握る力が強くなっていき、詩喜もあえぎ始める。彩人はたった今出した怪を砂粒に変換させて消失させると、詩喜に向かって叫び始める。
「”気”を放ってみてくれ!もう目は開けていいぞ!」
詩喜は目を開けてみたものの、どうすればいいか分からず、とぎれとぎれになりながらも、声を振り絞って出す。
「放てって……言われ……たって!どうっ……すれば、ハァ、いいか、分から……ないんだけど!!」
「イメージだ!手でも何でもいいからそこからなんかビームが出るイメージとかしてみろ!」
「こっ……こう……?」
彩人の指示通りに、震える手を伸ばし、何でもいいから何かが出てくるイメージを、目を瞑って思い浮かべる。
彼のような黒い砂粒を出すのもいいけど、そんな砂を出すだけじゃ怪なんて祓えないし、今の状況すら抜け出せない。折角なら目の前の怪を祓える、細いビームでもでたらなぁ……
彼女はそんなことを思い浮かべていると、考えなしに伸ばした手からうっすらと黒い砂粒が溢れ始める。だが、詩喜は細いビームを思い浮かべると、人を指すように人差し指だけを伸ばし、他の指をたたむ。すると、指の先から、白い光線が伸びていく。
「ア゛ガアアッ!?!?」
白い光線に当たった怪に、焼くような痛みが走る。弱点を捉えていないため、すぐにその傷は埋まってしまったが、彩人が攻撃する時とは違い、確かな痛みを与えたのか、怪は咄嗟に手を放す。
「できた……!!」




