三ノ二 見学
「さてと……”参謀”さん、よろしく。」
彩人がそう言うと、ゆっくりと目を開き、ハイライトのない、真っ黒な瞳を露わにする。同時に体から大量の黒い砂粒が溢れ、そこから前にも見た、芋虫のような怪が現れ、彩人が手を振ると同時に、その怪は、暴走列車のように躊躇うことなく真っ直ぐ進み、早速目の前で立ち止まっている怪を食らう。
いつもならばこのまま怪が霧散するように消えてくれるのだが、そうもいかないようだった。
「再生するタイプね……苦手なんだよなぁ」
上半身を抉られ、小汚い布と下半身が残った怪の体は、彩人の出す黒い砂粒を断面から際限なく出すと、形を成していき、数十秒程の時間をかけて元の状態へと戻ってしまった。
「少し歩くぞ。そこまで部屋が広い訳じゃないからそこまで時間はかからないが、背後からこいつが襲いかかって来る可能性もある。目線を離さないで立ち止まっているか、常に周囲を警戒しながら俺について来い。」
彩人はそう言うと、詩喜が持っている懐中電灯とは別のものを取り出し、部屋の中を探索し始める。詩喜もすることが無い上、薄暗い空間で一人残るのは不安なので、彼について行くことにしたのだった。
「ねぇ、何を探しているの?怪ならそこにいるじゃない。体の中にある核みたいなものを壊せば消えるみたいなものじゃないの?」
「確かに、体内に明確な弱点を持っている怪はいるが、さっき“参謀”が体を食っただろ。あの時に消えないのなら、別の場所にある。“場縛”は、そう言った弱点を含めて、体の全部を特定の場所にまとめてるから、探しやすいぞ。酷い時は県を跨いで、数週間くらいかけてまで弱点を破壊するなんてこともあるからな。探してそんなものがなかったら、お前も一緒に全国歩き回って探すぞ。」
「えぇ……」
詩喜の質問に彩人は室内を物色し、そんなものがないかを探しながら返答する。その回答に、詩喜は引き気味に答え、「遠方まで移動したくない」という思い交じりに、することがないからと彼と同じように室内を物色していくのだった。
室内を物色すること数十分。未だにその”弱点”ともいえるものは見つからず、二人は探索範囲をマンション全体に広げ、合計八部屋もあるマンションの部屋を一つずつ、丁寧に物色していった。
「あぁー!!見つかんねぇ!」
彩人は、ひたすら”弱点”となるものを必死になって探し続けていたが、最後の部屋を探し終えても見つかることは無く、ついには怪のいる部屋とは全く別の、一階の右端にある一室で声を荒げ床に寝転がる。
その時、幸か不幸か、その状況を終わらせるようにとある音が響く。
さっきも聞いた機械の警告音ともいえる大音量が、バッグにしまっていた機械から響いたのだ。
音に驚くように詩喜はビクッと肩をすくめ、彩人は素早く起き上がり、機械の方を見る。
「……一回最初の部屋に戻るぞ。」
眉をひそめた真剣そうな表情を浮かべ、部屋を移動する。最初にいた部屋に戻ると、そこにはさっきと違う光景が広がっていた。
無駄に広い部屋。さっきよりも壁から壁までの距離が十数メートル伸びたように思える。そして、この光景に、二人は見覚えがある。
「一つ質問だ。この光景、どこかで見たことないか?」
「……廃ホテルの、あの化け物がいたところ」
「そうだ。そして、追加で情報を出すことになるが、あの怪はお前たちが廃ホテルに行く一週間前までは体が膨れることもなく、今の俺たちに近い状態の人型だった。きれいな原形を保っていたとは言い難いがな。……つまり、こいつらは、きょ───」
「色々共通点がある。そう言いたいんでしょ?」
「……そうだな」
彩人の質問から始めるような話し方に対応できるようになったのか、詩喜は彼の話したいことの少し先が読めるようになったようだ。勝ち誇ったような顔を浮かべ、彩人の方を見ているが、このやりとりを傍から見れば、詩喜が藤山除霊に対して不快感を持たない様に、そして詩喜が藤山除霊に関することに少しでも首を突っ込んでもらえるように彼が彼女のことを掌の上で踊らせているように見えなくもないが。
「ま、それはそうとして、怪の方から弱点をさらけ出してくれたのは有難いことだな。」
「あの胸元の球体?」
「位置はあってるが、あの球体じゃない。あれの少し奥にある、俺たち人間でいうところの肺の間くらいにあるな。」
二人は変化した怪の体を見て弱点がどこかについて話している。
怪の体は、最初に見たような下顎のない顔面に、骨と皮だけの体となっているため、ある程度の面影は残しているものの、それでも大きく変化している部分がいくつかあった。
異様に伸びた腕。肩から肘だけでも七十センチはあるだろう。肘から手首にかけても同様に七十、合わせて一メートルと四十センチだ。
脚も同様に伸びており、こちらもかなり長い。腕よりも数十センチほど長いように見え、細く、枝のような体をしていても、天井に着きそうなほどに頭が高い位置にあり、二人を見下ろしているため、そこには確かな存在感があった。また、腕と脚が長くなると同時に、指や手足の甲も伸びている。掌は大人の顔なら鷲掴みに出来そうなほど大きく、足も赤ん坊の全身を容易く潰してしまいそうな、薄く、広く、大きなものとなっている。
それはそうとして、胸部に弱点があるのは確かなようだ。だが、彩人は、すぐに攻撃を始めようとしない。様子見というより、攻撃手段がなく、迷っているようにも見える。
「ねぇ、どうして攻撃を始めないの?さっきの芋虫みたいな怪を出して食ってもらえれば……」
「まあ、そうだろうな。弱点は出ているわけだし。でも、違うんだ。”参謀”、食べて。」
彩人は説明するよりも見せた方が早いだろうと、詩喜の言った通りに”参謀”に目の前の怪を食べてもらうことにする。”参謀”は、大柄な怪の上半身を綺麗に食らい、へそから上を跡形も残さなかった。つまり、弱点も食べたのだ。
だが、下半身側の断面から、黒い砂粒が溢れ始めると、失われた上半身を形成していく。その時、詩喜の目には意外なものが映った。
「回復して、少し早く形成された肉塊が弱て───」
「あっ、あの石!」
彩人が弱点を指差しながら説明を始めた時、彼の言葉を遮る様に大声を上げ、肉塊の方を指差す。目の前の肉塊から、僅かに石がはみ出ていたのだ。
「……何か心当たりがあるのか?」
「うん、彩人が私に憑いていた霊を祓ったあの後、床に化石みたいな模様のあった石が落ちたの。あの後、私が触っちゃって、お母さんが言うには、憑りつかれたなんて言うけど、『バチッ!』って音が鳴った後に真っ二つに割れた。その後は……消えたわけじゃないと思うけど、見えなくなってはいるから、お母さんがどこかに運んだかも。」
「そうか。じゃあ、終わったらその石、貸してくれないか?」
「え?何で。別に協力するとは言っていないじゃない。」
「うーわ、めんど。……とにかく、その話は後だ。今はこっちに集中しろ。」
詩喜の挑発的な態度に彩人はうんざりするように首を傾け、天井を見る。そして、すぐに怪のいる正面へと目線の先を変える。怪は体が完全に再生しきったのか、自身の腕に目を向け、指先や関節が問題なく動いているか、動作を確認する。
確認を終えると、長い身体を器用に動かして距離を詰める。その距離の詰め方は、弱点を守るためなのか、怪自体が戦いやすい適正な距離を保つためなのか、少し前かがみになって、長い腕によるリーチを活かした薙ぎ払いなどを行って攻撃してくる。
攻撃を止めるため腕を抉っても、弱点が無くならない限り際限なく復活してしまうのでキリがない。変に反撃し続けながら逃げ回るよりも、単に逃げるだけの方が余計な体力を消費しなくて済むことを理解しているので、彩人は攻撃することなく、ひたすら逃げ回っている。そもそも詩喜は、攻撃する手段を持っていないので、同じように逃げ回っている。
「ちょっと!?逃げ回ってばっかりじゃ埒があかないんじゃないの?そもそも、どうしてあの怪は弱点を破壊しても祓えないの!?」
「ああそうだ、説明していなかったな。”白糸”さん、一旦動きを止めて。」
詩喜が怒りを籠めて叫ぶように話す質問に、彩人は一度怪の動きを止めるように蜘蛛の姿をした怪を呼び、糸を吐かせて目の前の怪の動きを止める。怪は、腕を引っ張るようにしてもがいているが、糸の粘着力と強度は抜群な模様で、腕を床に結び付けたままだ。ただ、それでも積み重なった小さな衝撃はたまっていくようで、床と腕に巻かれた糸を固定する様にピンと張っている細かい糸は、今にも切れそうになっている。
「軽く説明するが、あの怪の弱点はさっき見た肉塊の中心にある。」
「え?あれ全体が弱点じゃないの?」
「まぁ考え方にもよるが全部が全部弱点じゃない。頭の中で葡萄を思い浮かべてみろ。」
彩人の言葉に、詩喜は目を瞑ってその情景を頭に描く。
「そしたらな、周りの粒に守られているたった一つの粒が本当の弱点だ。その他は全部トラップだ。イメージの中にある葡萄に色でも入れて判別しやすいようにしておけ。」
頭の中で描いた葡萄の一粒一粒を青みのかかった紫に彩り、そのうちの、中心にある一つの粒を赤紫色に変える。
「じゃあ、その一つだけを狙って葡萄の粒を採れ。他の粒に触ったらアウトだ。採っても再生しちまう」
「……例え方がちょっと似てない感じするけど、まあ、確かに採りづらいとは思う……」
「即興で考えたんだからそこは甘く見といてくれよ……。とりあえず、今の怪の弱点はその葡萄と同じだ。本当の弱点だけを破壊しなければ、無限に再生する。周りにあるダミーを一つでも壊せば弱点の有無に関係なく復活するからな。そして、俺は細かい操作は得意だが、細かい部分に攻撃するような術は持っていない!さっきの”参謀”見たら分かるだろ?」
詩喜はイメージを終えると、目を開き、彩人の方を見て説明を聞く。そして、彩人が諦めているかのような姿勢を見せた時、話し終えたと同時に口を開く。
「じゃあどうすれば……?」
「応援を待つか、俺の提案に乗るか……だ。」
選択肢を言うたびに指を一本ずつ立てていき、手でVの字を作る。不敵な笑みを浮かべながら彩人の目線を向けられた詩喜は、その二つの選択を迫られるのだった。
脚と足で分けていますが、その部分は誤字じゃないです。他の部分に誤字があるかもしれないけど……




