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失われしアリス〜そしてルナティックハイへ(1)

 年が明けて1週間以上の日が流れたが、まだ人々は正月気分に酔いしれている。

 今宵は満月、そして仏滅。

 魔導具販売に置いて手腕を発揮する魔導士にして実業家、加えて美しい女性とあれば、人々の認知度は高い。この街でその名を知らぬ者はいないだろう。

 神星マナ。

 魔導士の名門神星家の長女として生まれ、もっとも若い血を持つ者。

 名門の生まれというだけあって、マナの才能は類い希なるものがあった。だが、彼女は努力もせず、魔導の高みを目指すこともせず、そろばんを弾くことに熱心だった。

 マナが高みを目指していたら――と嘆く者も多い反面、自分の地位を脅かされずに済んだと安堵する者も多い。

 それでもマナは多くの魔導士たちよりも、高度な存在であり嫉まれる存在である。

 敵は多く魔導士から実業家まで、性格上の問題から関わった相手を敵に回すことも少なくない。そんな敵に知られてはいけない秘密をマナを抱えていた。

 誰かが気づいてしまった。マナは満月の晩には決して出かけない。

 満月というのは太古の昔から、魔術などと結びつけられることも多く、こんな噂が立ってしまった。

 もしかしてマナは人狼なのではないか?

 満月の晩に人が狼、もしくは人狼に変身する伝説。もはやこの街では伝説ではないのだが、マナもそうなのではないかというのだ。

 当の本人はそんな噂など取り合わない。

 しかし、マナは満月を恐れていた。

 もっとも危惧することは、満月の晩に襲撃を受けること。

 それがまさに今宵、起きてしまった。

 バロック様式の屋敷が建つ広い敷地は、動く石像などのガーディアンによって、24時間守られている。今まで敷地内に進入されたことがあって、屋敷内の進入を許したことはなかった。それがいとも簡単に突破された。

 敵の狙いはなんだ?

 マナか、それとも所有物か、もしくは別の目的か?

 敵の目的によって防護策が変わってくる。

 結界を張った寝室に立てこもるマナ。すぐ近くには機械人形のアリスがいた。

「わたくしが敵を見つけて参ります」

 部屋を出て行こうとするアリスの背にマナの声が投げかけられた。

「行かないで、目的が何にしろここを離れるべきじゃないわ。貴女はここでアタシと『入口』を守っていればいいわ」

 寝室の奥には隠し部屋があった。そこに重要なモノは全て置いてある。敵の目的がマナであっても、それとも所有物のなにかであって、ここにいれば大抵はどうにかなる。

 寝室への入り口は1つ、そこを守ることが最重要。もしも扉を開けて何者かが侵入してきたら、一気に攻撃を仕掛けて仕留める。

 その当然の策が破られた。

 『別』の扉から敵は侵入してきたのだ。

 それはマナの予想を超えていた。なぜなら、そこの扉はなかったからだ。

 扉のない場所の扉を開けて敵は部屋に侵入した。

 侵入者は二人組だった。

 一人は丸いサングラスをした長身の男。その方には鴉が止まっている。

 もう一人はヨレヨレの茶色いコートを着た、どこにでもいそうなオジサンだった。

 サングラスの下にある口が嗤った。

「驚きのようですね、アリスさんと……神星マナさん」

 サングラスの男が顔を向けた先にいたのは、1匹の黒猫だった。

「アタシに何の用かしらぁん?」

 物怖じせず黒猫――マナは尋ねた。

 サングラスの男はすぐに首を横に振った。

「貴女に用はありません。そうですね、まずは自己紹介をしましょう。D∴C∴[ダークネスクライ]の影山彪彦と申します。こちらは通称『鍵男』、どんな場所でも開けられる能力者です」

 扉のない場所の扉を開ける能力。この男の仕業だった。

 D∴C∴の名はマナもアリスもよく知っている。特にアリスに至っては、過去の何度かD∴C∴の団員と刃を交えたこともあった。

 とある疑問をマナは口にする。

「D∴C∴はここ最近活動していなかった……もしかしたら人知れず解散したのではないかと噂されてたんじゃないかしら?」

「解散はしてませんよ」

 と彪彦は応じた。

「解散はしていませんが、活動の制限せざるをえない状況にあります、今現在も」

 その状況下で、なぜこの屋敷に襲撃してきたのか?

 マナに用はない。では本人ではなく所有物か、もしくは別の目的か?

 サングラスに映り込んだのはアリスの姿だった。

「貴女の強力を必要としています、アリスさん」

 その言葉に機械人形らしくアリスは無表情で答えた。

「わたくしに何の用でございますか?」

「セーフィエルさんと取引するには貴女の強力が必要なのですよ」

 その女はアリスを作った魔女であり、元の所有者というべき人物。

 アリスは無表情のまま首を横に振った。

「わたくしはただの機械人形の過ぎません。それに今のマスターは別のお方」

「そこに居られる神星マナさんですね。実に才能豊かな魔導士だ。いつしか帝都を担うほどの存在になるやもしれません。わたくしどもの組織でも勧誘のお声をかけようかと、前々から考えているんですよ」

「マスターなら条件次第で勧誘されてしまうかもしれませんわね。ご自分にメリットがあるのなら、世界の破滅にも手を貸す方ですもの」

 従者たる存在のその発言を聞いてマナは少しムッとしたが、ここで口を挟んだら話があらぬ方向にいってしまう。そのくらいのことはマナもわきまえていた。

 アリスはまるで人間のような妖しい笑みを浮かべ、こう続けた。

「けれど、セーフィエル様は取引に応じる方だとお思いで?」

「思いますね」

 彪彦は断言した。揺るぎない自信が感じられる。一方のアリスとて、自信があった。

「セーフィエル様という方がわかっておりませんのね」

「それはこちらのセリフですよ」

 まさかそんな切り返しを喰うとは思ってもみなかった。

 アリスの表情が訝しげになった。

「どういうことでございますか?」

「もう調べはついているのですよ。おそらく貴女自身は覚えていない、もしくは意図的にその記憶をインストールされなかったのか、どちらにせよ事実としてそれは存在しています。忌まわしきあの〈聖棺〉を作った彼女、あの方が人として転生したときの妹、アリスさん……貴女はセーフィエルの妹なのですよ!」

 アリスは目を丸くした。魂の存在しないただの人形にはできない細やかな表情。

 同じような表情をするマナ。

「アリスがセーフィエルの妹!? それに転生したってどういうことなのよ!」

 マナとセーフィエルは同じ師の元で魔導を学んだ姉妹弟子。互いのことはよく知っていた――と思っていた。

 ひとつマナの心に引っかかる疑念。

 師の元で共に学んでいたあの頃と、長らく顔も会わせず再会したセーフィエル。どこか違うと感じていたのだ。それが転生と関係あるのだろうか?

 おしゃべりが好きなのか、彪彦はマナの疑問に応じた。

「まずはここからお話いたしましょうか。この街を治める存在……いえ、世界を統べる力を持つ存在についてのお話です。

 誰もが疑問に思いながら、その追求は暗黙によって禁忌とされて存在――女帝ヌル。D∴C∴の一部の幹部などは、その存在について事細かく知らされていまう。そうでなくとも、誰も気づいていることでしょう……彼女が人間という存在ではないということを。

 女帝と同じ存在は人間ほど多くないものの、この世界に数多く住んでいます。身近なところでは女帝のインペリアルガードであるワルキューレたち。そして、セーフィエル。

 私にとってはまだ記憶に新しい〈聖戦〉。あの戦いにおいてセーフィエルの肉体は滅びました。そして、まだ生まれていない赤子の肉体を乗っ取ることにより転生を遂げたのです。

 人間として生まれたセーフィエルは以前の記憶を失っていたようですが、その潜在魔力は他に影響を及ぼしてした事は窺い知れます。セーフィエルと名付けられたことからもわかりますね。

 そして、セーフィエルは魔導士としての道を歩みはじめました。マナさんのよく知るセーフィエルです。ただマナさんはセーフィエルに妹がいたことを知らなかったようですね。それがアリスさんなのです。

 公式の記録ではアリスさんは交通事故で亡くなっていることになっています。では、今私の前にいる貴女は何なのか?

 その点について我々も把握しておりませんが、妹のアリスに代わる存在であることは確かでしょう。それは十分に取引の材料となる。あの方は人として転生する以前から、肉親に重度の執着を見せる方でしたから」

 この話の中でマナの疑問を解決されなかった。その質問をぶつけずにはいられない性分だった。

「今もセーフィエルは人間なの?」

 人間外の存在から人間に転生したのはわかった。しかし、マナがセーフィエルの違いを感じたのは、それ以降のこと。

 彪彦は艶やかに微笑んだ。

「鋭いですねマナさん。すでにセーフィエルさんの人間としての人生は幕を閉じています。そう、まだ記憶に新しい……3年ほど前のことですね。〈第2の聖戦〉が起きるのではないかと、少なからず噂になったことがありましたよね。多くの人々が知ることなく、その事態は防がれてしまったわけですが、そのときにセーフィエルは蘇りました。そして、去年起きたあの事件へと続くことになったわけです」

 去年起きた事件の全容を知るものはごく僅かしかいない。事件に絡んだマナですら、わからないことを多い。すべての鍵を握っていたのは時雨という記憶喪失の男。その男ですら記憶を取り戻していないのか、黙して語らずままだ。

 アリスは彪彦の求めに応じないことを決めていた。彪彦の話から概要が見えてしまったのだ。

「わたくしは取引の材料のされ、もしセーフィエル様が応じた場合、この街……もしかしたらもっと大きな規模で惨事が起こるということでございますね?」

「そういうことになりますかね」

 と、彪彦は頷いた。

「でしたら協力できかねます」

 聞かずともアリスがそう答えることは予想されていた。

 そうなると力ずくということになるだろう。

 この場所に進入してきただけで並の実力ではない。おそらく『鍵男』は戦力ではないだろう。こちらも『黒猫』のマナは戦力にならない。

 アリスと彪彦の1対1の戦い。

 いや、彪彦の肩に留まっている鴉がどうも気になる。

 アリスはマナに顔だけを向けた。

「宜しいでしょうか?」

「いいけど、壊した物は弁償よ」

「そんなに高いお給金貰っておりません」

「そうだったかしらぁん?」

 悪意のある惚け方だ。

 もう構わずアリスはヤルことにした。

「コード000アクセス――70パーセント限定解除。コード007アクセス――〈メイル〉装着。コード013――〈シザーハンズ〉装着」

 白いボディスーツに身を包み、アリスは手に嘴状の鉤爪を装着した。

 その姿、特に〈シザーハンズ〉に注目して彪彦は『ほう』と感嘆した。

「偶然か必然か、似たような武器を私も持っているんですよ」

 肩に留まっていた鴉が彪彦の手に移動して、その姿をまるでギミックにように変形させた。それはまさしく嘴状の〈鉤爪〉。

 武器を装備した彪彦だか、その躰からは殺気する感じられない。戦意の欠片もないのだ。

「この部屋では戦いたくありませんね。目に付く一つ一つが高価なアンティーク。アンティークというのは値段の問題ではありません。失われてしまったら、もう二度と手に入らない。たとえ過去にタイムスリップして手に入れても、それはアンティークとは呼べません、新品ですから」

 おしゃべりが多いその隙にアリスは攻撃を仕掛けた。

 〈シザーハンズ〉による接近戦。大きく開かれた嘴が彪彦の胴に喰らいつこうとする。

 噛み千切るように〈シザーハンズ〉が胴を抉った。まるで粘土のように簡単に抉れてしまった。いや、本当に粘土なのかもしれない。

 傷口から血が噴き出さないのだ。それどころか肉も内臓もなにもない。粘土のようなモノがいっぱいに詰まっているだけだった。

 泥人形、無機生物、ゴーレムなどに代表される作りモノなのだ。

 彪彦は捨て身――元よりこの肉体など捨てても構わないのか、強引にアリスの懐に入り、その両腕を拘束してしまった。この体勢では彪彦も次の行動がなにもできない。

 だが、もう一人いた。

 戦いに不向きそうな『鍵男』の存在だ。

 『鍵男』は何の指示もされないままアリスの背後に回り込み、開けてしまった。

 開けたのはアリスの背中。そこから取り出されたのは、抱きかかえるほどの大きさがある筒状の魔導バッテリー。

 バッテリーを奪われすぐに機能が停止するわけではないが、それまでの時間は1分とない。

 身動きが封じられているアリス。口はまだ動く。

「コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚[コール]」

 光り輝く球体が召喚された。そこからレーザーを放つことができる。部屋がどうなろうと、今は緊急事態だ。

 発射されたレーザーは彪彦の躰に穴を開ける。ついでに絨毯を焦がした。

 躰が蜂の巣になろうと、痛みを感じていない様子の相手に何の意味がある?

 やるなら木っ端微塵に吹き飛ばす技でなくては――。しかし、それをこの場所ですることはできない。彪彦と重なるアリスの身が保たなければ、マナにも甚大な被害が及ぶ、この部屋も酷い有様になるだろう。

 何もできないまま時間が刻々と過ぎていく。

 テンカウントがはじまる。

 マナが彪彦の脚に飛びかかった。なんの助けにもならない。それは飛びかかった本人が1番よくわかっているだろう。しかし、このままではアリスが!

 5、4、3、2、1――。

 アリスの瞳が静かに閉じられた。急に重くなる躰[ボディ]。

 崩れかけている躰で彪彦はアリスを抱きかかえた。

「では参りましょう」

 歩き出す彪彦。その先では『鍵男』が扉のない場所の扉を開いていた。

 マナは懸命に彪彦の脚にしがみついた。

「アリスを置いて行きなさい!」

「残念ですが、それはできません。ところでD∴C∴に入団する気はありませんか!」

「あるわけないでしょ!」

「それは残念。では、ごきげんようマナさん」

 蹴るように振り払われ、マナはベッドの上に落とされた。

 すぐにマナは後を追おうと駆けだしたが、目の前で『扉』が閉じてしまった。

 激しく壁に顔面に打ち付けマナは転倒した。

「痛ったいじゃないのよぉん!!」

 頭をクラクラさせながらマナは歩き出したが、すぐに足が止まってその場に横になってしまった。

「もぉ、こんな呪いさせなければ……師匠のこと呪ってやる!」

 呪詛しながらマナはその場で力尽きた。

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