アリス観光ガイド(3)
夏凛と〈エッグボマー〉の戦いは夏凛の優勢を決めていた。しかし、夏凛は決定打となる一撃を与えられずにいた。
〈エッグボマー〉の爆弾は触れたとたんに爆発するため、避けることしかできない。一度に複数の爆弾を吐き出されたら、避けることに精一杯で攻撃をくらわすことができないのだ。
大鎌を構えなおして夏凛は〈エッグボマー〉に攻め込んだ。
案の定、〈エッグボマー〉の吐き出したエッグボムが夏凛に向かって飛んでゆく。それを紙一重で躱し、夏凛は踏み出した足を踏ん張ると、大鎌をブーメランのように投げた。
風を切りながら回転する大鎌に向かってエッグボムが吐き出される。
大鎌はあえなくエッグボムに爆砕され、あたりに硝煙が立ち込めた。その刹那、煌きと共に紅い筋が走り、〈エッグボマー〉の首が胴体からずり落ちたではないか!?
「あ〜あ、一本いくらすると思ってるの」
頭を失った〈エッグボマー〉の前には、大鎌を構えた夏凛が立っていた。
あのとき夏凛は、大鎌を囮にしてわざと相手に破壊させ、立ち込める硝煙を目隠しとして利用したのだ。そして、硝煙の中で異空間にストックしてある新たな大鎌を召喚したのだ。
「350万でございます」
あっさりとアリスが答えた。すでにアリスは他の敵を片付けていた。
「安いほうのやつでよかった」
350万でも安いらしい。他の大鎌はいくらするのだろうか?
夏凛はコンクリの地面に転がっている大鎌の刃の部分だけを見つけ、それを力を込めて持ち上げて異空間の倉庫に収納した。
「柄の部分は壊れちゃったけど、刃だけ無事でよかった。柄だけの修理なら安く済むもんね」
「それでも浮遊樹の木材は高級品でございますから、100万以上はかかると思います。夏凛様のお使いなってる天然物の浮遊樹は、最近レートがだいぶ上がっているようです」
「やだやだ」
と言って、夏凛は目の前に突っ立ている屍体を足の裏で蹴っ飛ばした。どすんと音を立てて首のない屍体は倒れ、極め付けに夏凛は転がっていた頭部を思い切り蹴っ飛ばした。
放物線を描き飛んだ頭部などには眼もくれず、鈍い音が地下室に鳴り響く中、夏凛はにこやかにアリスに微笑みかけた。
「ひと段落したし、さっさとブレーカー探しに行こう」
「承知いたしました」
夏凛が今した行為などなかったのようにアリスは応じ、二人はブレーカーを探しに地下室を散策することにした。
ブレーカーは程なくして見つかり、ブレーカーを上げるが目に入る変化はない。この場所はメインシステムにより、もとから電気などが稼動していたため、ブレーカーを上げても本当に稼動したのかわからない。
夏凛のケータイの着信音が鳴った。ナンバーディスプレイを見ると、真からの通話だ。
「もしもし、ちゃんと電気ついた?」
《稼動を確認した。内部システムにアクセスしている途中だ。これから順にセキュリティシステムを解除していく》
「どのくらいで解除できそう?」
《内部システムにアクセスするのに10分。セキュリティーシステムの解除はたいしたことはない》
「そんじゃこれから行くねー」
通話を切った夏凛はアリスに顔を向けた。
「50階まで運んでくれる?」
「承知いたしました」
空を飛べない夏凛はアリスに抱きかかえながら、さきほど通ってきたエレベーターの通路を上がることにした。
50階の連絡通路に再び戻ったアリスは辺りを見回した。
人々の様子になんら変わりない。イーストビルのセキュリティもまだ解除されていないみたいだ。
「草太様の姿が見当たりません」
アリスが夏凛に向かって呟いた。
「なんか人の数増えてるし、どっかに紛れてるんじゃないの?」
この場所に集まってくる人々の数は増えているようで、草太が人ごみの中に紛れてしまった可能性はある。
人ごみを掻き分けて草太を探すが、やはりどこにもいない。この場所にいないとなると、階段に出てしまったのか?
モーター音が鳴り響き、歓喜の声があがる。
イーストビルの防火シャッターが上がっていく。
シャッターが完全に上がる前から人々がイーストビルの中に流れ込んでいく。
「あたしはとりあえず真クンのとこ行くけどアリスちゃんはどうする?」
夏凛に投げかけながらも、アリスは辺りを見回して草太を探し続けていた。
「草太様の捜索を続けます」
「真クンが捜索の手伝いをしてくれるかもよ」
「では、真様のところへ参りましょう」
人の流れに乗りながらアリスと夏凛は先を急いだ。
イーストビル内にあるエレベーターはどれも人で込み合っている。イーストビル内でも爆発事故が起こり、停電の中に人々が閉じ込められた。一刻も早く外の空気が吸いたいというのが普通だろう。
しかし、都外の大事故が大事故にならない帝都では、通常業務に戻るの早い。外に非難せずに通常業務に戻っているオフィスも多いようだ。
アリスたちは46階につくと、真に事務所を目指した。
『cyber fairy』の看板が見てくる。電脳妖精[サイバーフェアリー]などという可愛らしい名前だが、この名こそが十数年前に帝都を賑わしたサイバーテロリスト――真のハンドルネームなのだ。
事務所に入り、受付に挨拶をしたアリスと夏凛は関係者以外立ち入り禁止の真の部屋へ入った。
灰色をした金属の壁に四方を囲まれ、配線プラグが足元や壁を這い、なにに使うのかわからない機器が並んでいる。まるで科学の実験施設のようだ。
その部屋の真ん中の椅子に真は座っていた。彼の身体は全身からはプラグや生命維持のためのチューブが伸び、頭には目元まですっぽりと覆い隠すヘルメット型のスコープが装着されていた。そして、空中にはソフトボール代の球体が2つ浮かんでいる。
謎の球体はマイクつき偵察カメラであり、そこを通して真は二人の客人を確認した。
「はじめまして、アリス。君のことはいろいろと知っている」
「はじめまして真様。わたくしも真様の噂はいろいろと聞いております」
「ところで、夏凛はアレの件で来たのだろうが、アリスが一緒なのは何か理由があるのかね?」
「連れの草太という人物がビル内で行方不明になったしまいました」
アリスの横に立っていた夏凛がぴょんと一歩前に出た。
「そうそう、その子を探して欲しいんだよね。停電を直すのにアリスちゃんも協力してくれたんだよ。ねっ、だから、アリスちゃんのお願いひとつぐらいタダで叶えてあげて!」
巻く立てるように夏凛は早口で言い、アリスも一押しした。
「お願いいたします」
「わかった、協力しよう。アリス、このプラグに接続して君のメモリーから草太のデータを転送してくれ」
地面に転がっていたプラグが生き物のように動き、出されたアリスの手に収まった。そのプラグをアリスは、うなじを掻き分けて首の後ろにある差込口に力を少し込めて差し込んだ。
アリスの記憶装置から草太のデータが真に転送される。流れ込むデータを受け取った真はすぐさまビル内の防犯カメラなどにアクセスして人物認証を開始する。
真の脳は直接機械に接続されているため、外見上は作業をしているようには見えない。しかし、このとき真は、膨大なデータ量を高速で処理している。この処理能力は帝都政府が持っているスーパーコンピューターオメガに匹敵するのではないかと噂されているのだ。
作業は数秒で終った。
「いないな」
「いない?」
聞き返したのは夏凛だ。
「いないってどういうことぉ?」
「少なくともイーストビルにはいない。そして、ビルの外に出た痕跡もない」
つまり、忽然と異空間に消え去ったか、それとも――?
アリスが回答を出す。
「ウェストビルに入った可能性があるということでございますね?」
「その通りだ。現在あの場所は外部とのネットワークを完全に遮断している」
「ありがとうございました。では、わたくしはウェストビルの捜索に参ります。お手数ですが、草太様がイーストビルに現れた場合は、わたくしの通信システムにアクセスして教えてください」
《こういう感じでアクセスすればいいかな?》
《はい、このアクセス方法でお願いいたします》
知らないはずのアリスの通信コードに難なく真はアクセスしたが、アリスは驚くことなく会話をした。
会釈をして背を向けて出て行くアリスの肩を夏凛の手が掴んだ。
「ちょっと、アタシも行くよ」
「お気持ちだけで結構です」
アリスは足早に部屋を出て行った。
残された夏凛はコロッと態度を変えて振り返った。
「真ク〜ン、ところでー、報酬はいつくれるのぉ?」
「な、なんだとー! あいつが真犯人だったのか!?」
「もしかしてトリップしちゃった?」
「まさか、あの執事がすでに殺害されていたとは……カボチャ男爵おそるべし」
頭にかぶった装置によって、真は帝都のありとあらゆる情報を瞬時に検索し、映像として取り出すことができる。今もどこかにアクセスして情報を見ているに違いない。きっとドラマかアニメだろう。
「真ク〜ン、帰還してくれるかなぁ」
「なにぃぃぃぃっ! 臨時中継だと!!」
トリップをしていた真が現実に帰還した。真が見ていた映像に臨時中継が割り込んだのだ。
「臨時中継?」
「帝都政府のエージェントがウェストビルに向かっている。ほう、これは下手なアニメよりおもしろい」
「なになに?」
「〈ワルキューレ〉の引きこもりオタクが現場に向かっているらしいな」
「もしかして、開発顧問のゼクスが!?」
「うむ、あいつが公の現場に出るのは珍しい。政府も人手不足なのか、現場がウェストビルだからなのか」
帝都政府のエージェント〈ワルキューレ〉。〈ワルキューレ〉はコードネームで呼ばれ、1〜9番までのエージェントがいる。その中のひとり、引きこもりオタクとあだ名されるのがゼクスだ。
真によって操作された機器が動きだし、夏凛の前にホログラム映像が投影された。映し出された映像は、帝都公園内の映像だった。
すでに規制が敷かれ、ツインタワーは関係者以外の出入りを規制し、報道陣はツインタワーに近づくことができずにいた。それでも、鮮明なズーム機能によって、ツインタワーの映像が配信されていた。
外から見るウェストビルは窓ガラスが全て防護壁に覆われ、それはまるで天を衝く鋼の塔のであった。
ウェストビルを映していたカメラが横に振られ、空中を映し出した。その画面は徐々にズームをし、空を飛ぶ謎の物体を映し出す。
異様な物体を一言でたとえるなら――ロボット。人型のそれは、寸胴で足は短く、その割りにアーム部分は長く、手はグローブをはめたような形をしている。頭に当たる部分には半球状の物体が黒く光っていた。シルエットだけなら、まるで腕の長い土偶のようだ。
ロボットはウェストビル付近の上空で静止し、内蔵されていた巨大メガホンを両肩から出した。
「ウチの大事なウェストビルを占拠したあふぉーどもに告ぐ、さっさと降伏せんと痛い目みるで!!」
若い女の声が大音響で当たりに鳴り響いた。騒音公害だ。
この謎のロボットは有人で、中に乗っている人物こそがゼクスだった。
乗っている機体は、古代の超科学と魔導を駆使して開発された魔導アーマー参號機。全長3.5メートルの機体には、過去と現在の科学と魔導の粋が詰め込まれているのだ。
報道によると、ウェストビルを占拠した犯人側から要求があり、その要求というのが帝都にいる服役犯を全て開放しろとの無茶な要求だった。ウェストビルにいる人質たち助けるのと、服役している犯罪者たちを街に放つのと、数字だけで言えば犠牲者の数は犯罪者たちを街に出すほうが遥かに多い。だからといって、ウェストビルにいる人々に犠牲になってもらうのは政治的にも倫理的にも悪い。
にしては、ゼクスの態度は交渉をしに来たのではなく、あきらかに挑発的な態度であった。
「帝都の犯罪者を解放せいなんて無茶な要求通るかあふぉ! そないなことはじめっからできんと踏んで要求して来たんやろ、本当の目的を言え!」
挑発を続けるゼクスの魔導アーマーの通信機に何者かがメッセージを送信してきた。
《我々ノ目的ハ同志達ノ開放ダ。要求ニ応ジナイノデアレバ、1時間ゴトニ100人ズツ処刑ヲ実行スル》
機械による合成音のため知ることはできないが、ゼクスの機体に直接メッセージを送れる技術力を持っていることはわかった。さすがはツインタワーを占拠しただけのことはある。
《手始メニ、貴様ヲ殺シテヤル》
どうやってゼクスの乗る魔導アーマーに攻撃を仕掛ける気なのか?
帝都公園内に犯人の仲間が待機しているのか?
閉ざされたビル内からの攻撃は不可能だ。
しかし、ゼクスはウェストビルから攻撃が来ると踏んだ。
ウェストビルの屋上には、空からのテロを防ぐために設置された対空ミサイルがあることをゼクスは知っていた。
案の定、屋上に設置されていたミサイルが稼動し、照準を魔導アーマーに定めた。
ミサイルが発射された瞬間、零コンマ秒の速さで魔導アーマーが変形した。
腕と脚が胴体に収納され、変わりに両腕と両肩から円柱の筒が4本飛び出した。その先端部分にはミサイルが3つずつ、合計12発装填されていた。
コックピットで操縦桿を握っていたゼクスがスイッチを押しながら叫んだ。
「魔導ミサイル発射!」
ウェストビルから発射された対空ミサイルに12発の小型ミサイルが真正面から向かう。
報道のカメラは地上からその映像を撮影していた。しかし、ミサイル同士が激突した瞬間、爆音がお茶の間に鳴り響き、画面は急に閃光と煙に覆い隠されてしまった。
果たしてミサイルは?
ゼクスを乗せた魔導アーマー参號機は?