アリス観光ガイド(2)
仕事の休憩時間になった夏凛はさっさと事務所を出た。理由は同僚のおばちゃんたちに食事に誘われるのを防ぐためだ。
昼休みは手短に隣のウェストビルの飲食街へ赴く。イーストビルにも料理店があるが、ウェストビルには遠く及ばない店舗数だ。
清掃会社の制服から、いつものゴスロリに着替えた夏凛は。50階の連絡通を歩きながら、今日はなにを食べようと考えていた。
しかし、事件は突然起きた。
警報アラームが鳴ってもいないのに、連絡口とビルとの出入り口のシャッターが下りたのだ。
「なんなの、故障?」
夏凛は露骨に嫌な顔をして元来たイーストビルへと足を運んだ。しかし、イーストビルへの出入り口もシャッターが下ろされ、出入り不可能になっていた。
それだけではなかった。連絡通路に設置された緊急用のエレベーターも稼動していない。
閉じ込められたことを悟った夏凛は、慌てず騒がずその場で待機することに決めた。なんてことはなく。こんな事態にその場で待機しているような玉ではなかった。
夏凛はすぐさま腕時計型ケータイの短縮ダイヤルを押した。周りの人々がケータイが繋がらないといっている中、夏凛のケータイはすぐに繋がった。職業上、電話会社との契約内容が一般人とは違うのだ。
「もしもし真クン?」
《緊急事態で忙しい。要件は手短にな》
夏凛が電話をかけた相手は、ウェストビルに事務所を構える情報屋――真だった。
「ツインタワーの50階の連絡通路に閉じ込めれちゃった」
《ツインタワービル全ての防御機構が作動したようだ》
「真くんなら解除できるんじゃないの?」
《結論から言うと、大変難しい状況と言えるな》
「このビルの制御を乗っ取るくらい簡単じゃないの? この世の全てのコンピューター情報を操作できるって自負してるんからさぁ」
真は元サイバーテロリストであり、闇の世界ではトップクラスの実力を持っていた。そんな真だが、10年ほど前から情報屋に転進し、今では帝都一の情報屋として名が知られている。
《こちら側で停電が起きた。そのためイーストの制御システムへアクセスが不可能になった》
「うんうん」
《ウェストは外部からのアクセスを完全にシャットアウトしたらしい。向こうも停電なのかもしれん》
「でもさぁ、ここ電気ついてるよ」
連絡通路の電気はついていた。しかし、緊急用エレベーターは作動していない。
《その場所の制御はビルの外にあるコンピューターで行われている。ツインタワーはメインからの制御と、各ビルでの制御ができるシステムになっている》
「うんうん」
《その場所に緊急用エレベーターがあるだろう。それでさっさと脱出しろ》
「エレベーターが騒動しないんだよね」
《なに? 電気がついているのにエレベーターが動かないということは、メインコンピューターも何者かによって制御を奪われたらしいな》
「もしかして、ずっとここに閉じ込められたまま?」
《少し待っていろ。今メインにアクセスして――メインがネットワークから遮断されている》
真は夏凛と話しながらメインコンピューターにアクセスをしたが、メインコンピューターに外部からアクセスできない。外部とのネットワークを自主的に切断したか、あるいはコンピューターの故障だろう。
「うっそ〜ん、やっぱり閉じ込められたままなのぉ?」
《救出部隊が来るのを待つんだな。それでも外壁を壊すのにだいぶ時間を要するだろう。防御システムの稼動したツインタワービルは要塞だからな》
「これがテロだった場合はビル内の人質を楯に救出が遅れるね」
《まったくだ。30時間以内にイーストの電気が普及しなければ、私の生命維持装置の予備電源がストップする》
「あらら、それは大変」
まさに人事のようにいった夏凛は、ケータイの通話を切った。真が約に立たないとなると話していても時間の無駄だ。
連絡通路には多くの人が取り残されていた。
イーストビルとウェストビルは、店舗の内容がまったく異なるために行き来する人は少ない。それでも昼時となると、イーストからウェストへの移動人数が増えるのだ。今はまさにその昼時であった。
先ほどから連絡通路にいる人の人数が増えてきたように思える。きっとここにある緊急用エレベーターが目当てだろう。
「エレベーターは止まってるってゆーの」
夏凛は小声で吐き捨てて、人ごみを縫うように辺りをうろちょろしはじめた。すると、その背中に何者かが声をかけた。
「夏凛様」
呼ばれて後ろを振り向くと、そこにいたのは機械人形アリスだった。
「やっほ〜、アリスちゃんにこんにちわぁ。こんなところで会うなんて奇遇だね!」
急にテンションを上げて夏凛はアリスに駆け寄った。夏凛の外面はかなりいいのだ。
駆け寄って来た夏凛にアリスは横にいる青年を紹介した。
「こちらにいらっしゃるのは草太様です。この方に帝都の観光案内をしている最中でございます」
「観光案内?」
頭にハテナマークを飛ばす夏凛を察して、アリスがすぐに補足する。
「バイト中でございます」
「アリスちゃんがなんでバイトなんかしてるのぉ?」
「マスターの元で奉公しているだけでは、お金は溜まりませんから」
「マナちゃんにお小遣いとかもらえないの?」
「必要以外のお金は一切くださいません」
「アリスちゃんも大変なんだねぇ。よかったらアタシのとこ来ない? 給料ちゃんと出してあげるよ」
世間話をする二人の間に草太が割って入った。
「そんな話してないで早くここから脱出しようぜぇ」
一瞬に素を見せて夏凛は草太をにらんだが、周りに気づかれる前に笑顔になった。
「逃げれるもんならとっくに逃げてるよ。緊急用エレベーターは作動してないし、両方のビルもシャッター下りてて入れないしさぁ」
「そんじゃさ、完全に出れないってことかよ?」
「そうなるかなぁ」
笑って答える夏凛から顔を逸らして、草太はアリスの方を振り向いた。
「どうにかなんないの?」
「どうにもなりませんわ」
アリスは首を横に振るだけだった。
ケータイの着信音が鳴った。流行のバンドの曲だ。ケータイは夏凛のもので、彼はナンバーディスプレイを見てケータイに出た。
「もしもし、もう話すことないだけど」
《助けに来て欲しい》
通話の相手は真だった。
「なんで助けに行かなきゃいけないの?」
《ただでとは言わん。取って置きにモノをやろう》
「モノってなぁに?」
《――でどうだ?》
真の提示したモノを聞いた夏凛は顔を紅潮させて、ついでに鼻息まで荒くしてテンションをマックスにさせた。
「いくいく、助けに行っちゃう!」
夏凛をここまでにさせるモノとはいったいなんだったのだろうか?
《地下1階にある主電源を入れて欲しい。そうすれば、イーストの内部システムにアクセスが可能になり、おまえも脱出できることになる》
「オッケーオッケー。でもさぁ、アタシここから出られないんだけど?」
《主電源がある地下1階は、連絡通路のあるエレベーターから行くことができる。そこから頑張って行くんだな。とにかくイーストに電気を取り戻してくれたら、さっき言ったモノをやろう》
「絶対いく。絶対に助けに行ってみせるから。それじゃね、バイバーイ」
通話を切った夏凛はすぐさまアリスの顔を子猫の顔で覗き込んだ。
「アリスちゃん、お願いがあるんだけどぉ」
「何でございますか?」
「イーストビルが停電で困っている人がいるの。今からブレーカーを上げに行くんだけど、アリスちゃんも来てくれたらうれしいなぁ」
「バイト中でございます」
「イーストの電源を入れれば、情報屋の真クンがイーストの内部システムにアクセスしてイーストの防御システムを解除してくれるんだけどぉ?」
「そういうことでしたら、協力させていただきます。草太様はここで待っていてください」
「うん、わかった」
草太をこの場に残してアリスと夏凛は地下1階に向かった。
連絡通路に設置されているエレベーターはふたつ。片方の前に立ったアリスは辺りにいる人たちに声をかけた。
「今からエレベーターを爆破いたしますので、遠くに離れていてください」
こういったとたん、辺りから反発の声が上がった。
「エレベーターを壊すなんてとんでもない!」
「緊急用のエレベーターを壊したら脱出できないじゃないか!」
動かないとはいえ緊急用のエレベーターだ。そこに望みを託している人もいる。それを壊すなんてとんでもないということだ。
しかし、そんな輩の前に、夏凛が立ちはだかった。
「てめぇら、うっせーんだよ!! 今からビルのシステムを普及しに行くんだよ。なんか文句あっか!」
怒号を撒き散らす夏凛に、周りの人たちは圧倒されて静まり返った。
蒼ざめる人々の顔を見て、夏凛が冷静を取り戻して取り乱した。
「……な〜んちゃって、テヘッ」
お茶目に笑って見せる夏凛だが、本性を出してしまったあとではもう遅かった。人々は明らかに夏凛から距離を置いている。
周りから人がいなくなったのを見計らって、アリスがコードを唱える。
「コード000アクセス――30パーセント限定解除。コード003アクセス――〈コメット〉召喚[コール]」
ロケットランチャーを召喚させたアリスは、それをエレベーターの入り口に向けて構えた。
次の瞬間、轟々と爆音を鳴らしながらエレベーターのドアは破壊された。
巻き起こる硝煙の中で、夏凛は口を押さえて咳き込んだ。
「げほげほっ、撃つなら合図してよぉ」
「夏凛様なら平気かと思いまして」
「平気は平気だけどさぁ」
硝煙が収まってきたところで、夏凛は破壊されたドアの中を覗き込んだ。
下を覗き込むと、奈落にまで通じていそうな闇がどこまでも続いている。下に50階もあるのだから、闇が濃いのも当然だろう。
目の前にはエレベーターを吊るしているワイヤーが見える。これを伝えば下に降りれるだろうが、そんなめんどくさいことはしない。
「アタシ先に行ってるね」
夏凛は背中越しにアリスに手を振ると、闇の中にジャンプした。
ゴスロリのフリフリスカートを股のあたりで両手で押さえて、夏凛が闇の中を落ちていく。自分の重さを限りなくゼロにさせることのできる夏凛は、高いところから落ちても平気なのだ。
夏凛が落ちる中、上を見上げると、発行物体が急降下しているのが見えた。〈ウィング〉を装着したアリスだ。
水鳥の羽根のように、ふわりと夏凛は落下した。すぐにアリスが追いつき、〈ウィング〉の放つ光によって辺りが明るく照らされる。
どうやら、エレベーターの箱の上にいるらしいことが辺りを見回してわかった。となると、まずは箱の中に入る必要がありそうだ。
夏凛は足元にあった小さな扉を開けて箱の中に侵入した。すぐにアリスが追ってくる。
「アリスちゃん、ここ何回だと思う?」
「先ほど1階の扉を見ましたので、おそらくここが地下1階だと思われます」
「それじゃあ、そこの扉を開ければオッケーだね。アリスちゃん、そこのドア壊して」
「爆発に備えてください」
「オッケー」
店員32名の大エレベーターの隅で夏凛は壁に顔を向けてしゃがみこんだ。
再びアリスが〈コメット〉を召喚する。
「コード003アクセス――〈コメット〉召喚[コール]。発射いたします」
発射された弾はドアを爆砕し、爆音と硝煙が辺りを包み込んだ。
次の瞬間、硝煙の向こう側から銃声音と共に弾丸がエレベーターの中に乱射された。
「わおっ、手洗いお出迎えだこと!」
声をあげた夏凛のすぐ横を銃弾が掠める。
銃弾はアリスの身体に当たるが、外側のやわらかい人工皮膚を貫くことはできても、内部の硬い装甲の前で止まる。
「修理代がまたかさんで、マスターに小言を言われてしまいますわ」
アリスは露骨に嫌な顔をして、後ろにいる夏凛に命じた。
「夏凛様わたくし後ろへ!」
「オッケー」
「コード002アクセス――〈シールド〉召喚[コール]。〈シールド〉01[ゼロワン]変形」
アリスの手に召喚された小型の半透明シールドが、小型からアリスを覆い隠すほど大きく変形した。
硝煙の向こうから、なお銃弾を浴びせられるが、その銃弾はすべてアリスの〈シールド〉が弾き返してしまった。
やがて、硝煙が収まると共に、銃弾の雨も収まった。
夏凛はアリスの肩越しに半透明の盾の向こうにいる人物を見た。人数は6人。スーツ来た5人が並んでこちらに向けて銃を構え、その後ろに格上らしい男が立っている。
並んでいるスーツ男たちを掻き割って、後ろにいた男が前に出た。
「〈氷の花〉がこんなところでなにをしている?」
〈氷の花〉とは裏社会での夏凛の通り名だ。
「それはこっちのセリフ、〈エッグボマー〉」
「俺の名前を知ってるとは、光栄だな」
夏凛たちの前に立つ痩せこけた長身の男の通り名が〈エッグボマー〉なのだ。
無精ひげを生やした顔は痩せこけ、よろよろのコート姿の冴えない中年の容貌とは裏腹に、その実態は爆弾魔として女子供を大量に殺してきた指名手配犯なのだ。
「仕事で俺たちじゃ邪魔しに来たのか?」
〈エッグボマー〉は咳き込むように口に手を当てて尋ねた。それにアリスの背中に隠れる夏凛が言葉を返す。
「たまたまビルに閉じ込められただけ。それより、あんたはこんなところでなにしてるの?」
「そいつぁー言えねぇな」
「ま、あたしには関係ないしー、言わなくていいよ。アリスちゃん銃を持ってるやつらは任せたから!」
夏凛が突如大ジャンプをして〈エッグボマー〉に飛び掛った。その手には異空間から召喚した大鎌が両手で握られていた。
迎え撃つ〈エッグボマー〉は嗚咽をしたかと思うと、口の中から白い卵状の物体を吐き出して夏凛目掛けて飛ばしたではないか!?
飛んでくる卵を夏凛は空中で身を翻しながら避けた。的を外れた卵は天井に辺り大爆発を起こす。卵に見えたものは爆弾だったのだ。
爆弾魔〈エッグボマー〉は体内で爆弾を製造できる特殊能力者だったのだ。
スーツ姿たちの銃は夏凛に向けられていた。しかし、その標的はすぐにアリスへと変わる。
「コード000アクセス――70パーセント限定解除。コード007アクセス――〈メイル〉装着。コード004アクセス――〈レイピア〉召喚[コール]」
すでに〈シールド〉を小型に戻していたアリスは、身体のラインを浮かび上がる白いボディースーツを装着し、〈レイピア〉を構えて男たちに向かって速攻を決めた。
アリスに向かって銃弾が放たれるが、アリスの装着した〈メイル〉はそれをものともせずに弾き返す。
ぐぉん!
風を切ってアリスの〈レイピア〉が投擲された。
〈レイピア〉はアリスの手を離れ加速し、男の断末魔と共に、並んでいた二人の男を串刺しにした。
残るスーツ男は3人。
アリスはすかさず召喚する。
「コード013――〈シザーハンズ〉装着」
右手に嘴型の鉤爪を装着したアリスは一人の男を抉るように攻撃し、その男がコンクリの地面に倒れる前に次の攻撃に移っていた。
装着されていた鉤爪の嘴が開き蒼色に輝く魔導弾が発射された。
発射された魔導弾は男の腹に丸い大きな風穴を作り、もうひとりの男は頭部を吹き飛ばされた。あどけない顔をして、アリスの戦い方は容赦なかった。