15 こころ。
「シャーッッ!!」
反射的に牙を剥き出した。
ハルカが振り向き、そのやつれた顔に安堵、困惑、驚きが同時に浮かんでぐちゃぐちゃになった。
「——れ、玲奈さぁん……ぅぐっ、ぅうわぁぁーん……」
泣き出した。
レイナはおれを強めに抱き締めて、肩に押さえつける。
「……遥……どうして……なにがあった?」
近寄りはしない。
ハルカはソファから立ち上がれず、座ったまま両手で顔を覆った。右手がなんか変だ。横にあった大きな白いトートバッグがソファから落ちる。
「……玲奈さぁん……ぅぐっ……遥……わけわかんない……」
「ングルルルルル……」
押さえつけていたレイナの手が、おれの背を優しく撫で始めた。気を鎮めてハルカを見る。
憔悴しきっている。肩まである髪がベッタリ垂れ、乱れている。服はちゃんと着ているが……裸足?靴がない。ストッキングが破れ、膝が擦りむけ、汚れた足の指が出ている。
右手。両手で顔を覆って泣いてるが、右手が異様に大きく見える。青紫に腫れ上がり、傷もある。血は止まってるようだけど。
レイナが躊躇いながら歩み寄った。
「遥……だいじょぶか?」
「……ぅぐっ……ぅうう……」
しゃくり上げ、泣きやまない。
レイナの顔も一瞬泣き出しそうだったが、悲しいんじゃなく脅えている。だがぐっと唇を噛んでおれを見た。
「……こちゃん?」
どう反応すればいいかわからない。ゆっくり目を閉じ、すぐに開く。
レイナは頷いた。
「大丈夫だ……遥。落ち着いて。……怪我してるのか?」
「……わけわかんなくて……怖くて……ぅぐっ……トンネル。いつのまにか、あのトンネルにいて……ぅぐっ」
「……トンネル?」
「ぐすっ……怖くて……走って……ヒール、折れちゃってぇ……ぅうわぁーん……」
「どう……どうやって、ここまで来た?」
「わかんない……スマホもバッテリー切れでぇ……ぐすっ……走って、転んで……痛くて……なんか、手も血だらけで……おばあさんが、タクシー止めてくれて……」
「タクシー……家に帰ったのか?」
「……玲奈さぁん……こんなかっこで、帰れないですぅ……ママが気絶しちゃう」
レイナの目が少しだけ和らいだ。
「わかった。もう大丈夫。うちに来い。とりあえず……手をみないと」
「……手?」
ハルカが自分の右手を見て絶句した。
「こちゃん。一回リュック入れ」
おとなしく従う。レイナはファスナーを雑に閉め、リュックを左肩だけ背負った。ハルカを促して立たせると、内玄関に行きかけてスマホを出した。
「雄也。ママ。開けて」
そしてハルカのトートバッグを持ち、エレベーターホールに入った。
おれたちは家に戻った。ユウヤが待つ家に。
「母さんおかえりなさい!……え?この人がケガした友だち?」
「雄也。救急箱」
ハルカが目を丸くしてユウヤを見ていた。
「あー……前に言ったろ?デカいほうの猫だ」
「玲奈さん……ママだったんですかぁ?超びっくり!」
レイナはおれや荷物を全部リビングの床に下ろし、ハルカをソファに座らせた。ユウヤが寝室から救急箱を持ってきた。
「おねえちゃん、手、どうしたの?」
ハルカの顔が再び崩れた。
「……手……これ……なんで?痛い……もうわけわかんない……ぅう……」
「大丈夫だ。今手当てしてやるから……雄也、氷出して。あとタオル」
ユウヤは言いつけ通り機敏に動く。
「手、握れるか?」
ハルカの手がゆっくり拳を作った。
「……痛いけど……大丈夫ですぅ……」
レイナは、その拳を無言で見ている。
透明ドーム越しに、おれも。
指の付け根の関節とかにいくつもの傷。
『——い゙きな゙り゙ぶん゙殴ら゙れ゙て。起きたら゙、遥が……上に゙乗っ゙かっ゙てて……何発も゙……すごい゙力で——』
あの拳で。一度ではなく、何度も……カレンを殴った。すごい力で。
「……ぐすっ……痛いですぅ……」
「もう泣くんじゃねえ。折れてるかもしんねーし、病院行け」
「ちっ……KKRは土曜はだめか……」
レイナはスマホで病院を探している。
「すみません……スマホ、充電させてください……」
「……ああ……雄也!充電ケーブル」
「ごめんなさぁぃ……なにからなにまで……」
「気にすんな。えーっと、ここだ。りしん会整形外科。平岸……白石も近い。ここなら便利だろ?タクシー呼んでやる」
それから、レイナはハルカの髪を整え、ストッキングや血のついた服を着替えさせ、病院の後で家に帰っても母親が驚かない程度までにしてやり、紅茶を飲ませて落ち着かせた。
「タクシーは清算済みだ。現金持ってないだろ。病院で使うかも」
財布から一万円札を2枚渡す。
「すみません……お借りします」
レイナのスマホが鳴った。
「タクシー来たぞ」
「……ほんとに……助かっちゃいましたぁ。玲奈さぁん」
ハルカはまた涙目になりながら玄関へ。
「遥、忘れ物」
「あ!すみませぇん」
充電していたスマホを持ち、再び玄関へ。
靴で、少し手間取る。レイナのサイズだと大き過ぎる。ユウヤのスニーカーがピッタリだった。
「雄也くん、ありがとう。大事に履くね」
「いいよ、その靴もういらないやつだから」
「雄也。そう言う時は……気にすんな。それだけ言えばいい」
「ふふ……雄也くんの将来、楽しみ!イケメンでモテモテになりそう!」
「べ、別にモテたくなんか——」
「カワイイ!遥、きゅんきゅんしちゃう!」
「……ば、バイバイ!」
ユウヤは顔を真っ赤にしてリビングに駆け戻った。
レイナはそんなユウヤを見ても、いつものような優しい母親の顔にはならなかった。
ハルカはもう、日常に戻りつつある。今朝カレンをボコボコにし、その後泣きながら裸足で彷徨った女だとはとても思えない。
当然だった。そんなことをさせたのは、ハルカの意志じゃないんだから。
ハルカが帰って、おれもようやく落ち着けた。喉が渇いていることに気づく。
水を飲みに行こうとして、透明ドームにぶつかった。
「ンナァアーーン」
出してくれ。
レイナはハルカを見送ったあと、ベッドに倒れ込んだ。疲れたのか。
「……。ンナァアー!」
出せ。水が飲みたい。
「……あー。忘れてた……」
ベッドから、レイナのくぐもった声。
「雄也ー。こちゃん出してやって」
「はーい!」
ユウヤがニコニコしながらおれの方へ歩いて来た。屈んで、ファスナーのつまみに手を伸ばす。おれはユウヤの顔を見上げた。ユウヤもおれを見る。初めてこの家に来た時おれを出迎えた時と同じ、天真爛漫な笑顔で。
「こちゃん。今出してあ」
突然、天井が光った。
目が眩みそうな光。
全身の毛が爆発し、背中を丸めて飛び退いた。リュックの背にぶつかり、少し動く。
ファスナーを摘んだばかりのユウヤの指が外れる。
金色。金色の獣。
狐の頭が、光の中から飛び込んだ。
ユウヤの口に。
その寸前、緑の炎がおれを見た。
ユウヤが、まるでからくり人形みたいに機械的な動きで横に動いた。伸ばしていた手がそのまま、リュックの隣りにあったバッグに突っ込まれる。
ハルカの、大きな白いトートバッグ。
ユウヤが立ち上がる。
その手のものが、鈍い輝きを放つ。
ナイフ。
黒く汚れた、あのナイフ。
「フゥアアアーーーッッ!!」
絶叫した。
ユウヤがおれを見た。
緑の炎で。
「猫よ。お主の牙も爪も、檻の中からでは届かぬ」
ユウヤの、声変わりもまだしていない、細く高い声。そして、甘いミルクの匂い。
リュックが持ち上げられ、ダイニングテーブルの上に据えられた。寝室の方に向いて。
「望洋之嘆を漏らし、眺めておれ」
「……そ……そんな……雄也ッ!」
寝室の入り口に、レイナが立っていた。
「母さん!今までありがとう、母さん」
ナイフがユウヤの顔の高さまで持ち上げられた。黒く汚れた、バカでかいナイフ。
「僕、母さんが大好きだよ。だからプレゼントあげるね」
ナイフの刀刃が放つ禍々しさが、ユウヤの顔にゆっくりと近づいていく。
「雄也ッ!だめッ!」
ユウヤの日焼けした頬に切先が触れる。
「くっくっくっくっ……この利器の刃はよく切れるぞ?このまま口を裂いてやろうか?」
「やめろッ!雄也はだめ……やめろ……やめて……」
「カーーーッ!」
全力で威嚇の叫びを上げるが、狐野郎は振り向きもしない。
「窮猫の空鳴き、とでも言っておこうか。そんなことより——」
ナイフがユウヤの頬から離れた。こいつは……この狐野郎……楽しんでいる。おれたちをいたぶって。
「——母さん。僕、母さんのこと大好きだから、何でもするよ。口を裂かれて、バラバラにされてもいいよ!」
「……やめて……」
レイナが膝から崩れ落ちた。そして……涙。初めて見る、レイナの涙。
「……頼む。頼むから……お願いだから……」
「マァアーーウッ!」
やめろ。狐野郎……やめろ……これ以上。
「母さん。泣かないで?母さんが泣くと、僕、悲しいなー」
「……お願い……雄也……お願い……」
「くっくっくっ……母性か。それほどまでに懇願するなら、この小童は解放してやっても良いが……代わりに、おぬしの身体を捧げるか?……母さん。僕のためなら何でもする?」
「……あーし……あーしは……どうなってもいいから……約束……約束しろ!雄也に近づくなッ!」
「——くっくっくっくっ……おぬしの身体で……どんなゲームをしようか?あの婢女どもの口を裂くのも良いな。蟲螻を片端から切り刻んでやるか!」
金色。
狐野郎が叫んだ次の瞬間、ユウヤの全身が金色に輝いた。
獣。金色の獣が浮き出る。
ナイフ。
ナイフが落ちる。
「マァアアーーーッ」
レイナ!今だ、今しかない!ナイフを——
レイナはもう動いていた。床に落ちていた膝が、脚が爆ぜた。ユウヤの足元へ。怒声をあげながら、ナイフへ——
狐野郎が空中で身体を折り曲げた。
飛び込む。頭から。
レイナの口へ。
レイナの左手がナイフを掴むのと同時に、金色の獣の姿が消えた。
ユウヤが跳ね飛ばされ、ダイニングテーブルにぶつかる。
リビングが、世界が揺れた。
リュックごと、テーブルから転がり落ちる。リュックの中で身体を捻り、透明ドームを上にして着地した。
レイナが立っている。
おれを見下ろして。
その左手には……ナイフ。
レイナの口元が歪んだ。
口角がじわりと上がった。
眼。
緑の炎。
ナイフ。
黒く汚れたナイフが、それを握りしめた左手が、ゆっくりと持ち上がる。
そして、右手。
白い包帯ぐるぐるの——影?
灰色の影?
「フギャアアアーーーッッ!」
灰色の影が、白い包帯を襲った。影がレイナの右手首に襲いかかった。
——じいさんッ!
「……!」
狐野郎の驚愕。じいさんが四肢で右腕にしがみつく。そして同時に噛みつく。
狐野郎が腕を振り回す。じいさんの尻尾は爆発したように太く、ピンと突き出ていた。
「こッ……このッ!」
ナイフ。
ナイフが振り上がる。
「ウィアアーッッ!!」
じいさん、逃げろッ!
金色。狐野郎じゃない、じいさんの金色の眼がおれを見た。切先が迫る。じいさんの首に——
跳んだ。じいさんが跳んだ!
灰色の毛が舞う。
金色の毛も。
レイナの身体から、狐野郎が。
レイナが横倒しに倒れた。
狐野郎がレイナの上に浮かび上がっていく。
「てめえッ!させるかッ!」
レイナが叫んだ。
『グゥオオオオオーーッ!』
悲鳴。レイナの声じゃない、狐野郎の悲鳴。
『グゥウウウウーッ!』
黒い糸目が歪み、苦悶に満ちている。
右手だ。リビングの床に投げ出された右手。
右手だけが、まだレイナと重なったままだ。
右手首。白い、いや黒ずんだ包帯ぐるぐるの右手首。金色の毛だらけの右手首。
そこに、ナイフ。
デカいナイフが突き刺さり、それをレイナの左手ががっちりと握りしめていた。
「……い……行かせねぇ!狐野郎!てめえを……どこにも行かせねぇーッ!」
「母さん?!」
「雄也ーッ!おまえは逃げろ!今すぐッ!」
「母さんッ!なにして——」
『グゥッ……おのれ……』
「フゥアアーーーッ!」
狐野郎……狐野郎が、再びレイナの身体に沈み込もうとする。
「ぅおおおおおッ!」『ゥオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!』
レイナが絶叫し、自分の右腕に突き立ったナイフにのしかかる。黒い血が噴き、狐野郎が悶絶の咆哮をあげて浮かび上がる。
「母さんやめて!何してるのッ!ナイフが!」
「雄也ッ……逃げろ……母さんの……言うことを聞けッ」
「母さん!死んじゃうッ!血がッ!」
あの時と同じだ。おれが噛みついた時。あの時、狐野郎はおれの牙に。そして今は……ナイフが。
レイナが全力で自分の右手首を刺している。
狐野郎を逃がさないために。
どこにも、誰のところにも行かせないために。
ナイフが、レイナの右手、狐野郎の右手をリビングの床に突き刺している。
だめだ。
レイナ、だめだ、やめろ!
血が、黒い血が。
飛び出そうとして、透明ドームにぶつかる。
「ワァアアゥッ!」
出せ!ここから出せ!ユウヤ!
ユウヤはレイナの左手を見つめて、その両手を重ねている。
そうだった。ユウヤには、狐野郎は見えない。レイナがいくら叫んでも、なんのことかわからない。
「母さん放してッ!母さんッ!死んじゃうッ!」
「マァアウッ!」
出なきゃ、ここから出ろ!
「母さん放してッ!母さん!死んじゃやだッ!」
レイナ。
「……ゆ……うや…………にげ…………」
レイナが項垂れ、顔が床に。レイナ……血が、すごい血が、床がもう……レイナ
まただ。またおれは……チアキ、レイナ
「母さん!母さんッ!嫌だ!母さんッ!!」
……おれは……何もできない……また、おれは……レイナ……チアキ
光。
天井に、光の穴。
狐野郎の体が……浮いていく。右手はまだレイナが捕まえて——
離れた。金色の腕が。
ナイフを、レイナの左手を、ユウヤの両手を透けて通り抜けて。
だめだ。狐野郎が逃げる。
狐野郎の金色の体が仰向けに、光の中に引き上げられて昇っていく。
狐の顔はまだ歪んだまま。
黒い糸目の端がキラッと光った。
涙か?……安堵の涙か。
それを最後に、金色の獣は消滅した。
光も。
「母さん、母さん、母さんッ!」
ユウヤが泣き喚く。
「血!血が……血を、止めなきゃ!母さん!死んじゃうッ!」
おれは……出ろ。ここから出るんだ……透明ドーム。リュック……ファスナー。
「死んじゃやだ……母さん、死なないでッ……助けて……誰か……」
リュックを閉じているファスナー。引っ掻く。開け!出るんだ、ここから!
「……救急車……助けて……」
ユウヤの声が小さくなっていく。足音。
リュックの中は暗い。だが見える。
バリバリ引っ掻くが、開きそうにない。どうすれば。ファスナー。端っこ。僅かに明かりが漏れている。
ププッという微かな電子音が聞こえた。
ユウヤだ。電話をかけた。呼び出し音。
『119番消防です。火事ですか、救急——』
「救急車ッ!母さんが死んじゃうッ!」
ファスナー。おれはファスナーを。集中しろ!端っこ。少しだけ開いてる。ここだ。
『——住所を教えて——』
「なか、中の島パークサイドレジデンス303!中の島2の1の2です、早く来て早くッ!」
『中の島パークサイドレジデン——』
「早くッ!母さん、母さんが死んじゃうッ!血がたくさん出て——」
爪を突っ込む。ちょっとだけ開く。グイグイやるとさらに開いた。前足を捻じ込む。肉球がぎざぎざを押し開く。少しずつ。
『救急車は向かっています。お母さんがどうしたの?』
「死んじゃう!血がッ!ナイフ!」
『ナイフはまだ刺さってる?』
「刺さってます!死んじゃう……早く来てッ!」
前足じゃこれ以上開かない。だめだ!出るんだ、ここから!頭だ。鼻を突っ込め。ヒゲが通るまで広げろ!
『ナイフはそのままにして、抜かないで。お母さん、お話しできる?』
速い足音。ユウヤの声が大きくなる。
「母さん!母さん!……返事しませんッ!」
『お母さん、呼吸してるかな?胸やお腹は動いてるかな?』
「わかんない……わかった!背中動いてます!」
ヒゲだ。ヒゲさえ通れば出られる。
グイグイと頭を押し込む。耳や頬の毛がファスナーのぎざぎざに引っかかったがどうでもいい。痛みも毛もどうでもいい。出ろ、出るんだ!
『——息は普通にしてるかな?苦しそう?』
「息は……母さん!母さんッ!苦しそう、死んじゃう!母さんが死んじゃうッ!」
『大丈夫、救急車向かってるからね。タオルはあるかな?タオルたくさん持って来て。ナイフには触らないで』
足音。
耳が切れた。構わず、頭をグイグイ捩じ込む。ズボッと抜けた。顔や肩、足の毛が毟れた。だが、出られた。
飛ぶようにレイナの傍へ。ユウヤは寝室か。
金属の匂い。血で滑る。突き立ったままのデカい黒いナイフ。
レイナ。
顔は横を、ナイフの方を向いている。
レイナ。目は開いてるが、虚ろだ。血と涙。
その唇が僅かに開き、息をする音も聞こえる。
匂いを嗅ぐ。強い、血の匂い。ミルクの匂いはかき消されて。
「……ナァア……」
匂いを嗅ぐ。鼻を近づけて、レイナの匂いを。タバコ。メンソールの匂い。香水。体臭。レイナの匂い。
鼻がくっついた。
「……こちゃん……ヤベ……ちが…………ゆぅゃ……」
掠れた声。息を吸う音、吐く音。弱く、細く、小さくなっていく。
目を見た。
切れ長の眼。濃い茶色の瞳。微かな光。消えてしまいそうな光。瞳の周りに、もつれあう複雑な模様。黒、茶色、琥珀色の虹彩
映像。爆発的に溢れる映像の洪水。
ユウヤが笑う髪をくしゃくしゃに走って白い布に包まれぴょんぴょん跳ねてベッドで赤ん坊ランドセル水色のスモックハイハイしてクリスマス海入学式雪だるま白い——白いダリア。牛乳瓶に差した白いダリア。
映像の渦。
知らない顔。老夫婦。
猫。知らない猫。じいさん。ユメ。
おれ。
ユウヤのユウヤがユウヤにユウヤはユウヤをユウヤと
ユウヤと一緒に。
映像が消えた。
虚無。頭の中に溢れた映像は、溢れた瞬間に消えた。
レイナの瞳。
光は、もうない。
鼻を唇に近づける。動かない。音も、風もない。
……レイナ……。
レイナの……こころ。
「……ーーーッ!」
鼻に風。
「……ハァー……」
レイナ?
レイナの……息か?
切れ長の眼。
茶色い瞳。
光。
X字の星。




