9 カレン。
【2026年9月5日土曜日】
「はい、私からは以上になりまーす。ではみなさん、順番に自己紹介しましょうか!玲奈?」
店長に名指しされ、レイナがめんどくさそうに立った。吸いかけのタバコを持ったまま。
「ローズガーデンの玲奈」
それだけ言ってタバコを咥え、座ってふーっと紫煙を吐く。
間。全員呆気に取られてレイナに見とれた。いや全員じゃなかった。
「遥でーす!ローズガーデンからきましたぁ!遥、すっごくドキドキしてまぁす!綺麗な方ばっかりでー。でも1番はやっぱり玲奈さんかなっ?なーんて!よろしくお願いしまぁす!あーあと、あの猫ちゃんはこころちゃんでーす!」
おれたちは、新しい店の待機室で、いくつかの店から集まった女たちと一緒に、オープン前の朝礼に参加していた。おれはいつものように透明ドームの中からだが、リュックはメイク用カウンターに置かれ、見晴らしがいい。新しい店なので、まだそんなに臭くもなかった。
「セレナでナンバー張ってる花恋。ヨロシクな」
茶髪のショートカットの女。ふくれっ面で大きな胸を突き出して立ち、レイナを見下ろすような態度だ。レイナは目を閉じて煙を吐いた。代わりにハルカがその女を睨んでいたが、女に気づかれると笑顔を取り繕った。
「わっ……私は——」
次々と女たちの自己紹介が続いた。ハルカはいちいち全員を値踏みするように観察し、レイナはタバコ。ショートカットの女はずっとレイナにガンを飛ばしている。
「はい、みなさんありがとうございました。みなさん、元箱でいろいろあって、こうして集まったわけですから、お互い助け合って、仲良く、楽しくお仕事頑張ってくださいねー。なお当面、マスコミは出禁。広告も打たないんで、みなさんの営業が全てです。本指以外のフリーはこちらで回していきますのでね、指示通り、お願いしまーす」
店長は朝礼を終えるとそそくさと出て行った。
しばらくの間、女たちはトイレ以外は誰も席を立たなかった。
「広告ナシかぁ。遥、たくさんラインしたけど、誰か来てくれるかなぁー。玲奈さんは?」
「別に」
「こころちゃん、退屈ですよねー。遥もヒマだから、遊んであげてもいいですかぁ?」
「ああ」
ハルカが透明ドームの前で猫じゃらしをパシパシやり始めた。適当過ぎて興味が持てない。
「今日お天気良かったですよねー!玲奈さん、どっか行きましたぁ?遥はぁ、お買い物行って来ました!秋物、たくさん買っちゃった!」
「おい。ローズガーデンさん。べちゃくちゃ喋ってるヒマあんなら営業かけたら?そんなんじゃ客来ねーぞ」
このカレンとかいう女もニュークラ嬢なのか。ヤンキーとかレディースとかじゃないのか。
「花恋さん?でしたっけ。遥たちー、いっつもすっごく忙しくってー、のんびりしたいかなーって。仲良く楽しくって、店長も言ってたじゃないですかー。あ、もしかしてー、焦っちゃってたり?お客さんなんてすぐ——」
待機室のドアが開き、黒服が顔を出した。
「花恋さん!ご指名です」
「はっ!おっしゃる通り、客なんてすぐ来るよなぁ!」
カレンが勢いよく立ち上がり、ヒールを鳴らして出て行った。
「いってらっしゃ〜い……」
ハルカはにこやかに見送ったが、ドアが閉まった瞬間にその笑顔は消えた。
「……なにあの女!ムカつくー!玲奈さぁん、遥、悔しいー!最初のお客さんはぜーったい玲奈さんだと思ってたのにぃ!ムカつきません?」
「別に」
「玲奈さん、お願いします。本指です。遥さん、ヘルプで」
ガタガタと2人も出て行き、待機室は静かになった。他の女たちは目くばせしあって、喋らなかった。
それもほんの束の間。
「……花恋って子、すごいね……」
「この猫、なんか態度デカくね?」
「……知ってる?あの子って……」
「……枕でしょ?見た?あの胸……本物?」
「いいなー猫は。いるだけでカワイイとかひきょー」
頼むからおれには構うな。
「……玲奈さん、かっこいいかも……」
「……なんかこわいし、実物けっこう年じゃん……」
「……おつぼねって感じ?……」
「……あのハゲ来ねーかな。ピンドン入れさせんのに……」
「ローズガーデンて、殺された子の店?」
「……クチサキマが……」
「……クチサキマの……」
「……口裂き魔——」
女たちが喋ったりおれに構ったりしてる間にも、待機室の出入りは激しくなっていった。
やがて、レイナとハルカが帰ってきた。
「——金子さん、ちゃんと来てくれましたねー!すぐ帰っちゃったけど、玲奈さんのために来てくれたってことですよね!こころちゃんただいまー!」
「遥。あの若いやつは捕まえとけ」
「えー?遥がついた人ですかぁ?なんか、あまりお話してくれなくて……」
「いいから。ああいうのはすぐまた来る」
「玲奈さんすごーい。ずっと金子さんとお喋りしてたのに、そんなとこまで——」
「玲奈さん遥さんお願いします。場内です。花恋さんと3人でついてください」
また静かになり、おれは——
——寝落ちしてた。ヒールの音で目が覚める。3人が戻ってきて、レイナがタバコを咥えた。
そのタバコに火をつけたのは、カレンだった。
「ありがと」
「ラッキーのメンソールっすか。一本ください。切らしちゃって」
レイナがタバコを振り出し、カレンはレイナの隣に座った。
「あざっす」
……なにがあった。
「もー。2人とも、急に仲良くなっちゃって。遥、バチバチしてるのちょっとおもしろかったのにー」
「仲良く——」「仲良くなったわけじゃねー」
「えー!ハモるくらい?信じられなーい」
「……あの。フォロー、あざっした」
「別に」
「……こいつ。姐さんの猫なんすか?」
「……ああ」
「可愛いっすね……ニャンニャン!チチチチチ!イイコデチュネー!」
おれはリュックの中で可能な限り後ずさった。
「すみませーん!お待たせしちゃいましたぁ……え。遥、助手席?」
「今日は中央区から澄川、遥さんは3番目です」
高橋が送迎順を説明した。ルートは一任されているらしい。あの待機室に居ると、この世界にやたら詳しくなりそうだ。
カレンも、アルファードの3列目にレイナと座った。
「姐さん、中の島っすか?あたし美園っす。あたしら最後かー」
アルファードは新しい店のある64ビル前からスタートし、6条から電車通りを南下していく。
「食べます?」
2列目に座ってる2人がレジ袋から何か取り出した。唐揚げか。だがレモンの匂いがする。おれは耳を伏せて横を向いた。
カレンはひとつ取ったがレイナは断った。
唐揚げをひと口で食べると、カレンがボソボソと喋り始めた。
「……千秋さん、でしたっけ。仲良かったんすか?」
レイナはリュックを膝に抱え、スマホを出した。透明ドーム越しに画面が見える。
「……客だったんすよ……2件目の犯人」
耳とヒゲが反応した。レイナも、スマホをスワイプしていた指が止まった。
「……客?」
「寝てました……あー、枕っす。あたし、コレがウリなんで」
「……そう」
「ヒキました?」
「別に」
アルファードが停車し、2列目から1人降りた。
「お疲れ様でしたー」
「なんか変なんすよね……いや犯人がそいつなのはわかってるんすが……あんな……ラブホでバラバラにするなんて。ヤクなんてやってなかったし……女の方は知らないっすけど。うちの系列じゃねーし」
アルファードは22条橋を渡った。
スマホの上で、レイナの指が動き出した。細かい数字の羅列が高速でスクロールする。帳簿みたいな画面だったが、このスピードでは何もわからない。
「すみません。こういうこと、話せるやついなくて……」
「なんであーしに話すの」
「いや……すみません。姐さんお喋りじゃねーし……なんか、信用できるってか。嫌っすか?」
「別に」
「お疲れ様ー」
澄川駅の近くで、2列目が空になった。
「玲奈さん、前に来ますか?」
高橋が聞いたが、レイナは答えなかった。高橋は頷いてアルファードを発進させる。
「……野崎ってデカ。あたしがナイフ隠してるだろ?とか。見つけられんったからって、ざけんな」
「隠してんの?」
「いやいやいや。あれ?聞いてないっすか?……もうサツが没収してます。千秋さんの時に」
待て。同じナイフだったということか?
「マァーウ」
「ドチタノ?ニャンニャーン」
「遥さん、お疲れ様でした」
澄川から白石まで、カレンはおれに構い続けて話をやめてしまった。
「遥さーん。起きて。つきましたよー」
「……ふぁ?……あー、うちかー。おつかれさまでしたー」
アルファードは南郷通りから白石中の島通りに入った。中の島まで斜めに走る一本道。途中、美園を通る。
「あーここでいいっす」
「いえ……玄関前まで送るように言われてます」
「そっすか。すんません」
高橋はナビを見ながら路地に入り、マンションの前に車を停めた。
「あざっす。姐さん、月曜からまたよろしくっす。おつかれっしたー」
「玲奈さん、遅くなっちゃってすみません」
「あんたのせいじゃねーし、タクシー代浮くからいいんだ。おつかれ」
カレンの家から中の島まではすぐだった。おれ入りリュックを背負いながら、レイナはアルファードを降りた。
「……ンッ……ハァー……」
車が見えなくなると、レイナはあくびと伸びをした。
「アーゥ」
「こちゃんも疲れたか?寝てたくせに。ま、うるさかったかもな」
まだ空は濃紺で、星がたくさん見えた。東の空は少し白んできている。
「さー寝るかー。日曜だ」




