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これは実話ではありません――女二人でモキュメンタリー風ホラーの取材を始めたら、本物に侵食されました  作者: すかいはい
第2章 オカルト系配信者ソラチャンネル事件

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第8話 フレームアウト

 最初に動いたのは浅比《あさひ》だった。


「今日は、もうやめましょう」


 いつになくはっきりした口調だ。私も反対しなかった。


 ソラの顔は青ざめている。


 テレビ画面には変わらず人影が映っていた。けれど、少し目を離すと、それがどこにいたのか分からなくなる。


 こんな状態で、原因を考えようとしても無駄だろう。そう思った。


「カメラを切ります」


 浅比が言った。


「大丈夫なの?」


 私が聞くと、浅比は一瞬だけこちらを見た。


「分からないです。でも、切ります」


 スイッチを押す。モニターが暗くなった。部屋に、三人分の呼吸だけが残る。


「……消えた?」


 ソラが小さく言った。


 私は何も答えなかった。


 カメラがなくなったことが、ひたすら心細い。


 これまで私は、浅比のカメラがあることで、奇妙な状況であっても何かを確認できると思っていた。


 見えないものでも、映像に残れば確かめられる。だから安心できる。そう考えていたのだ。


 でも、今は違う。


 画面が消えた途端、部屋の中に何がいるのか、本当に何も分からなくなった。


 エアコンの音がする。冷蔵庫が低く唸《うな》る。外を車が走る。


 その全てが、妙に近く感じられた。


 ソラが身じろぎした。


「……い、いる。何かいる」

「どこに?」

「分からない……」


 浅比も答えなかった。


 すると。


 カチリと、何かが鳴った。


 部屋の隅。誰も触れていないはずの配信用ライトが、数センチだけ傾いていた。


 私は浅比を見る。彼女と目が合った。


 その瞬間。ハンディカメラの液晶が、突然ひとりでに点《つ》いた。


「え?」


 モニターには、部屋の床が映っている。


 そして――その画面の端に、黒いものが立っていた。


 部屋の隅の方。配信用ライトのすぐそばに。


「浅比さん」

「分かってます」


 彼女はすぐにカメラを持ち上げた。


 今度は、さっきまでとは違った。黒い輪郭を追いかけても、どこかへ移動するようには見えない。


 ただ、見る角度によって大きくなったり薄くなったり一瞬だけ消えたりする。


「さっきのとは、違う……」


 私が呟く。


「何がですか?」

「分からない」


 初めて、自分でその言葉を口にする。分からない。最早そう認めるしかない。


「もしかして怒ってる……?」


 そう言うと、ソラが私の腕の中で小さく悲鳴を上げた。


「や、やっぱり私のせいだ……! 私を恨んでるんだよ……!!」


 浅比が私たちを横目で見る。そして、カメラを持ったまま、一歩下がった。


 画面の中で、人影も少し遠ざかったように見える。


 けれど、それが本当に動いたのか、ただ映像の見え方が変わっただけなのか、私には判断できなかった。


「先生」


 浅比が言う。


「今、画面から目を離さないでください」

「どうして?」

「私にも分からないです」


 短い沈黙。それから彼女は続けた。


「でも、今は……見ていたほうがいい気がするんです」


 その言葉に従った。


 三人で同じ画面を見る。


 そこに、黒い輪郭がいる。


 私たちのすぐ前に。


 けれど、それ以上近づいてくることはなかった。


 まるでこちらを見ているようにも、ただそこに映っているだけのようにも思えた。


 しばらくして、ソラが私の手を振り解《ほど》いた。


「ねえ、もう出ようよ。これ以上、ここにいるの嫌だよ……!」


 私は頷いた。彼女を追って玄関へ向かう。


 浅比も後ろからついてくる。


 誰も振り返らなかった。


 外へ出て、階段を下りる。


 マンションのロビーに着いたところで、私はようやく息を吐いた。


 三人でマンションの前に座り、荒い呼吸を整える。


「……やっぱり勇樹《ゆうき》くんなのかな」


 ソラが突然そう呟いた。


「勇樹くん?」


 財布の中から何かを取り出し、私に差し出してくる。広げてみると、それは古い新聞の切り抜きのようだった。


 十五年ほど前の地方紙だ。文字はかすれていたが、辛うじて判読できた。


 小さな記事だ。地方のある町で起きた、男児の行方不明事件。その後の捜索の結果、近くの池から溺死体で見つかったという。事件性はなく、誤って池に落ちて溺れたものと警察は判断したそうだ。鬼沢《おにさわ》勇樹《ゆうき》くん。当時、七歳。


「……これ」


 ソラは、どこか遠くを見るような目をしていた。


「私、その時、勇樹くんと一緒に遊んでいたんです。気がついたらいつの間にか彼が溺れていて。助けなきゃ、大人を呼んでこなきゃって思ったんですけど」


 彼女の声が震える。


「……怖くなってそのまま逃げました。逃げて、ずっと黙ってました」


 私は、ソラを見る。


「勇樹くんの家はすぐ近所だったんですけど、それからパパとママの仲も悪くなっちゃって、喧嘩の声ばかり聞こえてくるようになって。……何年かしたら引っ越していました」


 ソラは顔を覆った。


「分かってるんですよ。全部私のせいだって。……あの影は、やっぱりユウキ君なのかな? 今でも私を恨んでるんだよね?」


 私は答えられなかった。肯定か否定かどちらかでもしてあげれば少しは彼女の気持ちが安らいだのかもしれない。だが、そのどちらも言ってあげることができなかった。


「私、今日はネカフェに泊まります。……今回の件は記事にしてもらって構いませんので」


 ソラが立ち上がり、去っていく。私は、ただその背中を見つめていた。


 手元には新聞の切り抜きだけが残されている。


「……何も言えなかった」


 少し間があってから浅比が平坦な声で言う。


「先生も私も、何も分かっていませんからね。どう答えても噓になります」


 私は、その場でうなだれた。


「……私、書きたいな。ダメかな」

「小説をですか?」


 小さく頷き返す。


「想像しちゃうんだよね。ソラさんはどういう気持ちで、この記事を何年も肌身離さず持ち歩いてたんだろう。どんな気持ちで心霊系配信者になんてなったんだろう。……小説の中でくらい彼女の想いを晴らしてあげられないかな。多少恣意的(しいてき)になってもいいし、いっそこれは事実じゃないっていう体《てい》にしちゃってもいいからさ」

「先生が書くなら書けばいいです。……でも、それは先生の主観ですし、先生の解釈ですよね」


 浅比は躊躇《ためら》いがちに言った。


「酷いことを言うようですが、ソラさんがそれを望んでいるとも限りません。……書いたとしても、それは先生の自己満足です」

「本当に酷いこと言うね。……でも、浅比さんが正しい」


 私は、かすれた声で言った。


「記録のまま書くよ。前と同じように」


 その時、浅比が手を伸ばし、私の背中を擦《さす》った。


「先生は色々なものに感情移入しすぎです。……小説家の先生らしいといえば、らしいですが」

「……下手くそな慰《なぐさ》め方」


 私は少しだけ笑った。


 ふと浅比のもう一方の手の中にあるカメラが見えた。


 液晶モニターは、真っ黒だ。映像は何も映っていない。


 ただ、その画面の端で小さな白い点が、一度だけ瞬《またた》いた気がした。


 オカルト系配信者のソラとはその後、一切の連絡が取れなくなった。


 あの部屋にはまだ例の黒い影がいるのだろうか。


 それは分からない。

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