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これは実話ではありません――女二人でモキュメンタリー風ホラーの取材を始めたら、本物に侵食されました  作者: すかいはい
第5章 蛇塚村祭祀録

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第21話 破られた安全地帯

 記録祭祀所の裏手には、地図にあった例の場所へと続く道があった。地図上で『蛇』とだけ書かれていた地点だ。


 山肌に沿った細い道。その先に、小さな洞穴がある。


「行きます?」


 浅比《あさひ》が訊いた。


 私は入口を見る。


 暗い。何も見えない。


「行きましょう。ここまで来たんだから」


 そう言ったものの、不安は拭《ぬぐ》えなかった。この奥に何が待ち受けているのか、私にはまるで予想もつかない。


 私たちは洞穴に入った。


 内部は外から見た時よりもさらに暗く感じた。まるで暗闇が凝固したようだ。


 懐中電灯の明かりが頼りなく感じられる。


 そのまま数十メートルは進んだ。


 湿った土。濡れた岩。天井から落ちる水滴。


 そして、低い音。


 ――ドン。


 私は足を止めた。


「……聞こえた?」

「はい」


 また。


 ――ドン。


 記録祭祀所で聞いた音と同じ。建物の外から響いていたあの音だ。


 旧・神明トンネルの音とも似ている。あれは、この音だったのだろう。祭りの、太鼓の音。


 私は反射的にスマートフォンへ手を伸ばしかけ、止めた。


 浅比もハンディカメラを下ろしている。


「撮らないの?」


 私が訊く。


「……撮りたいですけどね」

「私も撮れるものなら撮りたい」


 二人とも、少し笑った。


 けれど、浅比はカメラを首に下げたままにした。


「今は、やめます」


 私も頷いた。


 ◇


 洞穴の奥には、小さな祭壇の跡があった。


 関口教授の研究資料を思い出す。


 ――社の奥にある穴からあれを戻す。縄を締め直して、奥へ。


 聞き取りのカセットテープでは、そう言っていた。


 ここか。この場所で、蛇塚村の祭礼が執り行われていたのか。


 何かを置くための石がある。その上に、古い木札。文字はほとんど消えている。


「何て書いてあるんでしょう」


 浅比が訊く。


 私は顔を近づけた。読めない。


 薄く残った線から元々の文字を推測できたかもしれないが、それはあまりよくないことのような気がした。


「……無理ね。判別できない」

「先生でも?」

「私でも」


 また、笑った。


 ところがその時。洞穴の奥から、別の音がした。


 ――ザッ。


 土を踏む音。


 私たちは同時に振り返った。


 誰もいない。


 もう一度。


 ――ザッ。


 今度は、先ほどより少し近い。


「……嫌な感じがします。戻りましょう、先生」


 浅比が言った。


 私も頷く。


 ところが、出口へ向かおうとした瞬間、浅比のカメラが勝手に起動した。


 ハンディカメラの液晶モニターが点く。


 そこに洞穴の奥が映っている。


 私たちが今いる場所とは、少し違う。


 古い祭りのような光景。白い服の人々。松明《たいまつ》。


 その中央に、誰かが立っている。


「お母さん……?」


 浅比が息を呑んだ。


「……違う。あれはお母さんじゃない。誰か別の、男の人です」


 映像が乱れる。


 人影がこちらを向く。


 その顔だけが映らない。手にカメラを持っている。


 人影がゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 距離が近くになるにつれて徐々に分かってきた。


 その人影の顔は、映っていないのではない。あれには、初めから顔などないのだ。そこだけが白く空洞のようになっている。 


 手に持っているものもカメラではない。形はよく似ているが、別の何かだ。何をする道具かは分からないが、あれは――。

 

 あれは、酷くおぞましいものだ。


 胸の奥から吐き気がこみ上げてくる。


 耳鳴りがした。高い金属音が響いている。


 次の瞬間、ハンディカメラの画面が暗くなった。


「切れました……」


 浅比がカメラを見る。


 電源は入っている。けれど、映像ファイルは残っていなかった。


「……何も記録されていません」


 浅比が震える声で呟く


 私は、背筋が冷えた。


 見た。あれを。


 確かに見た。


 二人とも。


 なのに、何も残っていない。


 私たちには、もうどうすることもできないのだ。


 今、分かっているのはそれだけだった。


 ◇


 洞穴を出る。


 村へ戻る途中、後ろから音がした。


 ――ドン。


 太鼓の音だ。


 ――ドン。


 また。


 私は振り返らないようにした。


 でも、音は続く。


 ――ドン。


 ――ドン。


 少しずつ近くなっている。


「先生」


 浅比が私の腕を掴んだ。


「見ないでください」


 私は頷いた。


「見ないわ」


 二人で歩く。


 音は追ってくる。


 その時、私の頭の中に、文章が浮かんだ。


『山の奥で、二人の女が歩いている』


 気がつくと私の手はバッグの中を探っていた。ノートとペンを取り出し、その文章を書いてしまいそうになった。


 私は目を閉じる。


「……浅比さん」

「はい」

「私、今、文章にしそうになった」

「分かります」

「……どうしよう」

「大丈夫です。……大丈夫」


 浅比の手が、私の腕から離れなかった。


 それだけで、少し落ち着いた。


「よし。じゃあ、戻ろう」

「はい」


 私たちは走った。


 記録しない。


 振り返らない。


 理由を考えない。


 ただ、この村から出る。


 必死にそれだけを考え続けた。

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