↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これは実話ではありません――女二人でモキュメンタリー風ホラーの取材を始めたら、本物に侵食されました  作者: すかいはい
第5章 蛇塚村祭祀録

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/31

第18話 廃村への道標

 山道に入ってから、もう二時間近く経っていた。フロントガラスの外では、鬱蒼《うっそう》とした杉林が昼なお暗い影を落としていた。


 長く伸びた枝が車の前を塞ぐ。浅比《あさひ》は車を降りるとその枝を力ずくでへし折り、また戻ってきた。


「先生。この先、道あります?」

「資料ではあることになってるわ」

「あることになってる、ですね」


 私は助手席で古いコピーを広げた。


 蛇塚村。地図上では、とっくに消えている。現在の道路地図には載っていない。


 古い地形図と、関口教授が残した調査資料を重ねて、ようやく大まかな位置が分かる程度だった。


「ここで合ってると思う」


 私が言うと、浅比は速度を落としながら車を発進させた。


「先生」

「なに?」

「これって取材なんですかね」


 私は答えに迷った。


 ここへ来るまで、私は何度も『取材』という言葉を使おうとした。


 けれど、口にするたび違和感があった。


「……違うかもしれない」

「私もそう思います」


 浅比は前を見たまま言った。


「私は、ただ母のことを知りたいだけです」


 その言葉は酷くシンプルだった。


 私は小説家として今まで一つの言葉を使うのにも熟考を重ねてきたが、そのシンプルさが今は嫌ではなかった。


 ◇


 やがて舗装が切れた。


 車を降りる。


 山の空気は湿っていた。


 鳥の声がしない。風もほとんどない。


「静かですね」

「そうね」


 静かすぎる。


 私はカメラを取り出そうとした浅比を見て、少し迷いながらも声をかけた。


「撮るの?」


 浅比の手が止まる。


「……正直、迷っています」

「浅比さんも、そうなのね」

「はい。母が残した映像で『これ以上記録しないで』と言っていたじゃないですか。どこまで撮っていいものかな、と思いまして」


 私は何も言わなかった。


 浅比はしばらくカメラを見つめ、電源を入れずに首に掛けたままにした。


「必要になったら、使います」

「うん」


 それでいいと思った。


 ◇


 山道を歩き出すと私はすぐに息が上がった。緩やかに傾斜がかかった道。足元は舗装もされておらず不安定だ。これをひたすら登り続けるのはなかなかに辛い。


 しかし、隣を歩く浅比は平然とした様子だった。


「先生。体力なさすぎです」

「……文筆業を舐めないで。普段から運動なんてろくにしないんだから」

「自慢することじゃないです」

「むしろ浅比さんはなんでそんなに平気そうなのよ……」

「いつも重い機材を持ち運んでるおかげですかね」


 額の汗を拭《ぬぐ》う。我がことながら情けない。


「私もジムに通ったりした方がいいのかな……」

「やめましょう。先生は絶対に長続きしないと思います」

「うるさいな」


 彼女の言う通りだったから、私はそれ以上強く言い返すこともできなかった。


 ただ歩き続ける。


 三十分ほど山を登ると、木々の向こうが急に開けた。


 家々がある。


 屋根が落ちた家。傾いた納屋。半分だけ残った石垣。


 人の気配はない。


 生活の痕跡だけが、途中で時間を止めたように残っていた。


「……これが、蛇塚村」


 私は呟いた。


 浅比も何も言わなかった。


 村の中央には石碑があった。黒い石碑だ。蛇塚村、と書かれている。


 それ以外の文字はほとんど消えていた。


 けれど、下の方に小さく『祭』という字だけが読める。


 私はバッグに手を伸ばしかけて、やめた。


 以前なら、すぐに写真を撮ったり、取材ノートにメモを残していた。今は、そうした行為自体に抵抗があった。


「先生」

「なに?」

「こっちです」


 浅比が歩き始めた。


 村の奥。崩れた家々の間に、比較的形を残している建物があった。


 太い柱。土壁。小さな引き戸。


 入口の上に、黒ずんだ木札が掛かっている。


 私は目を細めた。


 木札には『記録祭祀所』と書かれている。


「……おそらく目当ての場所はここだと思います」


 浅比の声が小さくなる。


 私は頷いた。


「その可能性は高そうね。でも、ここが何のための場所だったのかは、まだ分からない」

「名前の通りなら記録するため? 資料庫のようなものでしょうか」

「その可能性はある」


 私は扉に手をかけた。鍵は掛かっていないようだ。


 開ける。


 中は暗い。 


 古い紙と、湿った木の匂いがした。


 ◇


 中には棚があった。


 ただし、整然とはしていなかった。


 帳面。写真。古いカセットテープ。空になった箱。


 それらが、棚ごとにばらばらに置かれている。


 私は一冊の帳面を手に取った。


『神事記録 明治三十七年』


 ページを開く。


 祭りの日付。参加者。供物。天気。


 細かなことまで書いてある。


 けれど、祭りの中心となる部分だけが、抜けていた。


「……変なの」

「何がですか」

「核心に当たる箇所だけがないの」


 私は別の帳面を開く。


 やはり同じだ。


 さらに写真。


 祭りの様子が写っている。


 人々。社。提灯。


 けれど、中心だけが白く飛んでいる。


「意図的に消したんでしょうか?」


 浅比が訊く。


「分からない」


 そこまで言って、私は少し笑った。


「今日は、分からないことだらけね」


 浅比も小さく笑った。


 その時だった。


 奥の棚からカサリと一枚の紙が落ちた。


 私と浅比は同時にそちらを見る。


 誰も触っていない。


 私は近づいた。


 紙には、短い文字があった。


『完全な記録を残すな』


 私はその一文を読んだ。


 その下に、別の字で追記がある。


『一つの記録に、全てを集めるな』


 私は浅比を見た。


「……なるほど」


 ここにある記録は、一部が欠落していたのではない。


 もしかするとわざと分散されていたのではないか。


 文章資料も写真資料も音声資料も、必ず何かが抜けている。


 それぞれが不完全なまま残るようにしたのだ。


 そう考えれば、これまで見てきた欠落も説明できる。


 ただし、誰が、何のためにそんなことをしたのかまでは分からない。


 ただ、記録するという行為自体が鍵になっているのは間違いないだろう。


 私は紙を戻した。


「……この資料を調べるのはここまでにしておいた方がいい気がする」

「えっ。どうしてですか」

「これ以上急いで意味を繋げるのは危ないんじゃないかなって」


 私はそう言った。


 今、起きている現象や何かの存在を怖がっていたわけではない。


 自分がやってしまうであろうことが恐ろしかったのだ。


 私はすぐに、全てを一つの物語にしてしまう。だからこそ、この村では、そうしない方がいい気がした。


「……先生。この奥にも何かありますよ」


 建物の奥。浅比が懐中電灯を向け、そちらに歩き出す。


 私は、嫌な予感を抱えながらも彼女の後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。