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これは実話ではありません――女二人でモキュメンタリー風ホラーの取材を始めたら、本物に侵食されました  作者: すかいはい
第4章 旧・鬼沢家別邸の記録

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第17話 破綻する構成

 東京へ戻ってから数日後。私は、あの洋館での出来事を原稿にしようとした。


 いつものように資料を並べる。


 取材記録。映像。地図。建物の資料。


 私は最初に客観的な事実だけを書くことにした。


『振り子時計が二度鳴った。針は十一時七分で停止していたままだ』


 そこで、手が止まる。こんなものは何も客観的ではない。


 私は時計の音を聞いた。だが、それを裏付ける録音データはない。カメラの録画にも、音が上手く残っていない。


 ならば、これは私の証言にすぎない。


 私は文章を消した。


 気持ちを切り替えねば。次だ。


『カメラ映像に、現在とは異なる室内の様子が記録された』


 これも書いてから迷った。異なる、と言えるのか。


 単なる映像の乱れだったのかもしれない。


 私はまた消した。


 最後には原稿は白紙になった。


 私は笑ってしまった。


「……何も書けないじゃない」


 以前なら、ここから物語を作った。


 起きた現象や現れた化け物の由来を考える。伏線を置く。読者が理解できるように、点と点を繋ぐ。けれど今は、それをやるのが怖かった。


 意味を与えることで、何かを変えてしまう気がする。


 それが私の思い込みなのか、実際に起きてしまっていることなのか。それすら分からない。


 私が頭を抱えているとインターホンが鳴った。浅比《あさひ》だ。


 私が出迎えると彼女はそのままキッチンに向かう。そして、何も言わずにコーヒーの用意を始めた。私の部屋に来るのにすっかり慣れてきている。


 浅比は私の分のコーヒーをデスクに置き、机の上を見た。パソコンの画面には白紙のままの原稿が映っている。


「先生。まだ何も書いてないんですか」

「ええ」

「珍しいですね」

「私だって、何も書けない日くらいあるわ」

「締め切り、そろそろですよね。大丈夫なんですか」

「……あまり大丈夫じゃないかも」


 お互いにしばらく無言のままだった。


 浅比がおもむろに口を開く。


「……蛇塚村へ行きます?」


 私は顔を上げた。


「浅比さんは行きたいんでしょ?」

「そうですね。知りたいという気持ちはあります」


 浅比は短く言った。


「……母のことを」


 それだけだった。


 私は少し考えた。


「私も、知りたいと思う」

「先生もですか? でも、私の事情に先生を巻き込むのはあまり気が進まない、というか……」


 彼女の視線が落ちる。


「私は、別に巻き込まれてるなんてつもりはない」


 私は眼鏡を直した。


「あなたとは理由が少し違うだけ」

「どんな理由なんですか、先生のは」

「ここまで来たら、途中でやめるのが気持ち悪いのよ」


 浅比が少し笑った。


「なるほど。先生らしいですね」

「それ、褒めてる?」

「半分は褒めてますよ」

「じゃあ、もう半分は馬鹿にしてるってことじゃない」

「馬鹿にはしてません。ただ、面白いなって思ってるだけです」

「それを馬鹿にしてるって言うんでしょ。本当に年上への敬意が足りないな、こいつは」


 彼女の頭を小突く。私はこの日、初めて笑った。久しぶりに声を出して笑ったような気さえした。


 ◇


 その夜、私は取材資料を整理した。


 旧・神明トンネル。ソラの部屋。関口教授の研究資料。旧・鬼沢家別邸。


 そして、蛇塚村の地図。


 四つの出来事は、まだ一本にはならない。


 だから、一つにはまとめなかった。


 それぞれ別の紙に書く。


 ただ、中央にだけ。蛇塚村、と記した。


 そこから線は引かなかった。引かないまま、紙を閉じた。


 これでいい。少なくとも、今は。


 その時、部屋の向こうから、浅比の声がした。


「先生」

「なに?」

「カメラ、見てください」


 私は立ち上がった。


 浅比のカメラは机の上に置かれていた。


 録画はしていない。液晶モニターも消えている。


 けれど、画面の中に一瞬だけ、洋館の書斎が映った。


 私たちが立っていた部屋。


 そこに、誰かがいた。


 机の前に座っている。


 古めかしい服。長い髪。


 顔は見えない。


 その人物はこちらではなく、机の上にある『何か』に向かっていた。


 表情は分からないが、鬼気迫る様子だ。何かを、書き記しているのか。


 次の瞬間、映像が消えた。


 浅比と私は、何も言わなかった。


「……先生。明日、行きませんか」


 浅比が言う。


 私は頷いた。


「ええ」


 それだけでよかった。


 蛇塚村へ行く。


 今度は取材という言葉を使わない。


 母親のことを確かめたい浅比と。自分がどこまで物語を作ってしまっているのか確かめたい私。


 二人とも、同じ場所へ行く理由がある。


 だから、行く。


 ただそれだけだった。


 ◇


 荷物をまとめた後、私は最後に一度だけパソコンを開いた。原稿の画面を確かめる。


 白紙のままだった。


 カーソルが点滅している。


 私は何も入力しなかった。


 その代わり画面を閉じた。


 部屋の明かりを消す。


 暗闇の中で、パソコンの電源ランプだけが小さく光っていた。


 その光を見ながら、私は思った。


 明日、蛇塚村で何かが分かるかもしれない。


 何も分からないかもしれない。


 どちらでもいい。


 今度は分からないものを、分からないまま見る。


 そう決めて、私は眠りについた。


 その夜、電源を切ったはずのパソコンの画面が一度だけ暗闇の中で、ひとりでに点いた。


 浅比に声をかけようとし、今日は家に泊まっていないことを思い出す。


 無性に寂しかった。



(『 第4章 旧・鬼沢家別邸の記録』・完/『 第5章 蛇塚村祭祀録』へ続く)

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