第13話 繋がる線
翌日から、私は三つの記録を並べて見るようになった。
旧・神明トンネル。ソラの部屋。関口教授の音声資料。
場所も年代も、全く違う。本来なら、別々の事件として扱うべきだった。
私はノートの左側に『事実』、右側に『解釈』と書いた。
最初に、旧・神明トンネル。
低い音が一定の間隔で録音されていた。名前を呼ぶ声も入っていた。
次にソラの部屋。
画面の端に黒い輪郭が映った。肉眼では確認できなかった。
そして、関口教授の音声。聞き取れない部分に、奇妙な文字列が現れた。
共通項があるように見えてしまう。けれど、共通項があるのは私がそう見ようとしているからかもしれない。
「……慎重にならないと」
私は呟いた。
ちょうどその時、家に来ていた浅比がキッチンから戻ってきた。
「先生、炊飯器は押入れの中にありました。調理器具の置き場所も整理しておきましたが、色々と足りないものもありそうなので食器を買う時に一緒に買い足しましょう」
「……ありがとう、浅比さん。でも、折角だけど、たぶん私そんなに自炊しないよ」
「なら、私がたまに遊びに来ますよ。その時に料理しましょう」
「……遊びに来るって、なんだか本当に友達みたいね」
「あ。私のこと『奈々ちゃん』って呼ぶ気になりました?」
表情は真顔のままだ。相変わらず本気なのか冗談なのか分からない。
「ならない。仲良い友達じゃないでしょ、私たち」
私がそう言うと、浅比は微かに笑った。
再びパソコンの画面に視線を戻す。
「これ。無理に共通点を見い出したりするのはよくないとは思ってるんだけど、それでも気になっちゃって」
「確認してみましょうか。先生が考えすぎていると思ったら私が言います」
私は関口教授の音声をもう一度再生した。
老人の声。ノイズ。途切れた音。
その奥で。一度だけ、打ちつけるような低い音が聞こえた。
――ドン。
少し間があって。
――ドン。
また。
――ドン。
私は再生を止めた。
その間隔を測る。
以前、旧・神明トンネルで聞いた音に近い。完全に同じとは言えない。けれど、似ている。
私はトンネルの波形を隣に並べた。
二つの波形は、少しずれていた。
重ならない。
「……やっぱり違う」
そう言って、パソコンの画面を閉じようとした。
その時、浅比が後ろから言った。
「でも、場所は同じかもしれません」
「え?」
浅比は私の画面を指差した。
「音そのものじゃなくて、背景。音がしている場所です」
私は音声データの解析画面を見る。そこには、波形の下に添付された関口教授の調査メモが表示されていた。
取材地。山間部の集落。祭礼。そして、小さな手書きの地図。
私は地図を拡大した。欄外に、古い地名があった。
『蛇塚』
その二文字を見た瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。
「……蛇塚、村?」
浅比が呟く。
私は頷いた。
「ここが全ての中心……? いえ、まだ何も断定はできない」
「はい」
珍しく、浅比もすぐに同意した。
私たちは地図を見つめた。
その時。浅比の古いカメラが、バッグの中で小さく鳴った。
カチリ、と。
二人とも動きを止める。
浅比がバッグを開けた。
電源は入っていない。それでも、カメラの液晶に一瞬だけ画像が映った。
縄のようなものが巻かれた古い木の柱。煤けた土壁。格子戸。
あの光景だった。
「また……」
私は画面に顔を近づける。
映像はすぐに消えた。
その直前。古い石碑のようなものが映った。
ほんの一瞬だけ黒い文字が表示される。
――蛇塚村。
それだけだった。
「見ました?」
浅比が訊いた。
「ええ」
「録画にも残ってますかね」
「どうかしら」
浅比はカメラを確認した。何も残っていない。記録ファイルにも、その画像はなかった。
私はため息をついた。
「やっぱり、証拠にはならないわね」
「でも、ちゃんと見ました」
「そうね」
私はノートを開いた。
「だったら記録にも残しておきましょう」
浅比がこちらを見る。
「また書くんですか」
「ええ」
少しだけ考えてから、私は付け加えた。
「ただし、断定はしない。蛇塚村と繋がっている、とも書かない。私は今、蛇塚村という名前を見た。それだけを書く」
「それなら、まあ」
浅比は小さく頷いた。
私はペンを走らせる。
『記録には、説明できない一致がある。だが、それを同一の原因によるものと判断するには、まだ資料が足りない。』
そこで、一度止まった。
この文章は自分のものだ。何にも影響されてはいない。
少なくとも、今は。
私はその続きを書いた。
『ただし、蛇塚という地名が複数の資料の周辺に現れる点については、偶然として処理するには慎重さが必要である。』
書き終えて、ペンを置く。
その直後。
部屋の隅で、カチ、と音がした。
私は顔を上げた。
部屋の隅に置きっぱなしにしていた浅比のハンディカメラだった。
電源は切れている。
赤いRECランプも点いていない。
ただ、レンズだけがこちらを向いていた。
「……浅比さん」
「はい」
「それ、最初からこっち向いてた?」
浅比は答えなかった。カメラの前へ歩き、レンズを覗く。
私はその横から、モニターの暗いガラス面を見た。
そこには私と浅比が映っている。
そして、その二人の間。
ほんの少しだけ空いた場所に、誰かの黒い輪郭が重なっていた。
私は振り返らなかった。
浅比も、何も言わなかった。
「……浅比さん。あなたにも見えてるわよね?」
「はい」
そのまま二人で、画面を見続けた。そこに黒い人影がいる。
その時、足元で音がした。
ゆっくり視線を下ろすと細長い紐のようなものが動いている。
浅比が私の手を掴んだ。
「先生。一旦この部屋を出ましょう」
私は、震えながら何度も頷く。
私たちは玄関に向かって走り出した。
(『 第3章 故・関口教授研究資料』・完/『 第4章 旧・鬼沢家別邸の記録』へ続く)




