絶対管理者のオーバーライド
「湊君、見つけたわよ! ……幼馴染の私をパージしようなんて、100年早いわ!」
「……主人。これより理央様による独占環境を解除し、再パッチを適用いたしますわ」
雪上車から降り立った玲奈と静香は、猛吹雪を背負い、勝利の女神のごとき威圧感を放っていた。理央は湊の腕を折れんばかりに抱きしめ、毛を逆立てた猫のように威嚇する。リビングには戦術家たちの殺気が渦巻き、北海道の最低気温をさらに数度下げるほどの緊張が走った。
しかし。
「あらあら、玲奈ちゃんに静香さん。こんな夜中にわざわざ……。外はマイナス10度よ? そんなところで突っ立ってないで、早く入りなさい」
背後から響いたのは、この家の「絶対的管理者」である湊の母の、あまりに呑気で、しかし抗いがたい声だった。
「お、おば様。……いえ、今は湊君との論理的議論を……」
玲奈が食い下がろうとするが、母は笑顔のままその言葉を遮る。
「議論も何も、二人とも顔が真っ白じゃない。静香さんも、そんな薄着で。……湊、何してるの。早く二人をお風呂に案内しなさい。冷え切った体で論理だなんて、風邪を引くだけよ」
「……母さん、彼女たちは私の追跡者であって、客では……」
「お風呂に入って温まって、温かいミルクを飲んで寝る。これがこの家の『冬のプロトコル』よ。異論は認めません」
母の放った「異論は認めない」という一言は、湊のいかなる数式よりも強固な決定事項として、その場を支配した。静香と玲奈は、自分たちが築き上げた「略奪作戦」が、一瞬にして「親戚の家の宿泊ルール」へとダウングレードされたことに、あっけにとられるしかなかった。
母の「規律」は、さらに加速する。
「理央も、いつまでも湊にくっついてないの。あんたももう寝る時間でしょ。ほら、自室に戻りなさい。明日は雪かきを手伝ってもらうんだから」
「……えっ!? ママ、私はお兄ちゃんとこれから……」
「寝なさい」
母の静かな、しかし有無を言わせぬ視線に、理央は「……はーい」と力なく答えるしかなかった。理央は湊に後ろ髪を引かれる思いで、自室へと「強制パージ」された。
さらに、母の矛先は湊に向く。
「湊、あんたは今日はお父さんの部屋で寝なさい。客間は女の子たちに使うから。ほら、お父さんがもう布団を敷いて待ってるわよ」
「……父さんの部屋にか。……物理的な隔離(隔離)か」
湊は、自分の知略が届かない「家庭内秩序」という巨大なOSの前に、ただ眼鏡を押し上げて沈黙するしかなかった。
数十分後。
湊の実家の広大な客間には、二組の布団が並べられていた。
お風呂上がりでパジャマ姿の玲奈と静香は、並んで布団に座り、やはりあっけにとられたまま天井を見つめていた。
「……何かしら、この敗北感は。あんなに苦労して、チャーター機まで飛ばしてここに来たのに……」
玲奈が、提供された厚手のちゃんちゃんこを握りしめて呟く。
「……計算外ですわ。この家の『母上』という存在は、主人の論理も、私の戦術も、すべてを『子供の遊び』として処理してしまいます」
静香も、温かいミルクの入ったマグカップを手に、深くため息をついた。
窓の外では、依然として吹雪が荒れ狂っている。
しかし、家の中は「母」という名の絶対的なファイアウォールによって、奇妙なまでの静寂と、不本意な安息に包まれていた。
「……明日こそ、決着をつけるわよ。静香、寝過ごさないでよ」
「……ええ。理央様が動く前に、主人の身柄を確保いたしますわ」
二人はライバル同士、背を向け合って布団に入る。
実家の暗闇の中、湊、理央、玲奈、静香の四人は、同じ屋根の下で、それぞれ異なる「次なる一手」を演算しながら、深い眠り(強制終了)へと落ちていった。




