保安検査の死角と論理的エスケープ
学会会場の出口。そこにはセキュリティ・パージを解かれた理央と静香が、獲物を待つ土蜘蛛のごとき執念で待ち構えていた。
「お兄ちゃん……。もう、論理もデータも関係ないわ。物理的に、離さないんだから!」
「主人の身柄を確保。これより那覇空港まで、完全密着警護を遂行します」
理央が湊の右腕を、玲奈が「これ以上の逃亡は死を意味するわよ」と言わんばかりに左腕をガッチリとホールドした。背後には静香が、一ミリの隙間も許さぬ距離で立つ。
湊は、タクシーの車内でも三人に挟まれ、もはや酸素の供給量すら三人の許可制になったかのような圧迫感の中にいた。
「……直道。悪いが、私の荷物を預かっておいてくれ」
「ああ、任せろ。……じゃあ、空港でな」
タクシーを降りる際、湊は直道と短く視線を交わした。三人はそのやり取りを「最後のお別れ」程度にしか思っていなかった。
三人の包囲網(人間ケージ)に囲まれ、湊は那覇空港の保安検査場へと連行された。
「これで安心ね。検査場を抜ければ、飛行機の座席も三対一。逃げ場のない空の旅よ、お兄ちゃん」
「ふん、あなたの計算もここまでね。飛行機という『閉鎖空間』では、パージ(排除)は不可能よ!」
湊は無言で眼鏡を押し上げ、心の中でカウントダウンを開始した。
保安検査場の金属探知機。
湊はポケットに手を入れ、事前に用意していた「ある物」を指先で確認した。それは、ホテルの土産物屋で購入した、金属反応が確実に出るタイプの安っぽいアクセサリーだ。
湊がゲートを通過する。
『ピーーーーーー!!』
けたたましい警告音が響き渡る。
「……失礼。ポケットに記念品を入れたままだった」
湊はわざとらしくそれを取り出し、再検査を装う。その間、係員に促されるまま、三人が先にゲートを通過する形になった。
「ちょっと、お兄ちゃん早くしてよ!」
「大丈夫ですわ、ゲートの先で私たちが……」
三人がゲートの向こう側に揃った瞬間、湊は最後の一手を発動した。
湊はゲートを通り抜ける直前、突然足を止めた。
「……係員さん、申し訳ない。やはり体調が急変した。飛行機に乗る前に、一旦カウンターへ戻って医師への相談と、便の変更を検討したい」
「えっ? あ、はい。では、一度出口から戻られますか?」
保安検査のルール。「一度ゲートを通過した客は、特別な事情がない限り戻れない。そして、通過していない客は、自由に戻ることができる」。
ゲートの向こう側で、三人が凍りついた。
「お、お兄ちゃん!? 何してるのよ、こっちに来なさいよ!」
「主人! 戻ることは許可しておりませんわ!」
「……残念だが、航空保安上の規定だ。ゲートを通過した君たちは、もうこちら側(一般エリア)には戻れない。そして、私はまだ通過していない」
湊は、呆然とする三人に向かって、静かに一礼した。
「情報とは優位に使うもの。そしてルールの『穴』とは、それを熟知した者にのみ開かれる脱出口だ」
湊はそのままカウンターへ戻り、既に用意していた「直道との別便」へと手続きを変更した。
ゲートの向こう側で、地団駄を踏み、ガラス越しに絶叫する理央と、膝から崩れ落ちる静香、そして悔しさで顔を真っ赤にする玲奈。
「直道。……準備はいいか」
一般エリアで待機していた直道が、湊の着替えと荷物を持って現れる。
「お前……本当にやったな。……あいつら、飛行機の窓からこっちを呪い殺しそうな顔で見てるぞ」
「構わない。私に必要なのは、静寂と、予測可能な未来だけだ」
湊は、空っぽになった心と、ようやく手に入れた自由な座席を思い浮かべながら、次の便の搭乗口へと歩き出した。沖縄の嵐は、物理的な境界線によって、ようやくその幕を閉じたのだ。




