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理論で恋は解けません!――天才兄貴の学術的聖域は、妹とメイドと親友のバグで溢れている  作者: 水上 空


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強制再起動と漆黒の執念




午前五時。本来なら鳥のさえずりで目覚めるべき清々しい朝だが、理央の耳元に漂ったのは、深淵から響くような「呪詛」に近い囁きだった。


「……起きなさい、理央様。さもなくば……私の、私の南国バカンスが消えてしまう……。消えるくらいなら、いっそ貴女を物理的に消去してでも……」


理央が恐怖で飛び起きると、そこにはハイライトの消えた「真っ黒な瞳」で自分を凝視する静香が立っていた


「――静香。朝一番から、管理メイドにあるまじき負のエネルギーを垂れ流すな」


廊下の影から、既に完璧に身支度を整えた俺が現れた。


「主人……! おはようございます。理央様の脳を、恐怖によるアドレナリンで強制起動させていたところです」


「言い訳はいい。お前、鏡を見たか? 目が完全に据わっているぞ。余裕がなさすぎて、もはや管理メイドではない、情緒不安定な状態こそが、理央の学習環境における最大のノイズだ」


「……っ。主人の旅行を完璧にするため、私は不眠不休でシミュレーションを……」


「そのシミュレーションから、私の快適さを除外したな? お前の顔色が悪いだけで、私の視覚的満足度は二割低下する。……いいか、一度深呼吸して『余裕』という名のバッファを取り戻せ」



「お、お兄ちゃん……! 助けて、静香さんが怖いよぉ!」

「理央、お前もだ。学習リソースを浪費するな。……やれやれ、お前の脳内ストレージは容量不足か」


俺は溜息をつき、ホワイトボードの数式を乱暴に消すと、トーストの実物を理央の目の前に突きつけた。


「いいか、理央。結論だけ言えばこうだ。このトーストをお前の口まで運ぶ。塗りすぎたジャムのベタつきが『抵抗』だ。それに負けないスピードでお前の腕を動かせ。計算を間違えて腕の動きが鈍れば、トーストは口に届く前に俺が回収する。以上だ」


「えぇーっ!? つまり、計算を間違えたら朝ごはん没収ってこと!? 全然簡単になってないよぉ!」



「理央様……。主人の言葉を理解できないのであれば、これをお使いください」


静香が震える手で差し出したのは、彼女が血眼で作成した『主人の私物・力学対応表』だった。


「……これには、『主人がパーカーを脱ぎ捨てた際の放物線軌道』や、『主人の眼鏡のツルが耳にかかる際の動摩擦力』が完璧に数値化されています。これなら、貴女の卑しい本能でも物理を理解できるでしょう……?」


「――待て。静香、お前いつの間に私の挙動をサンプリングした?」


俺はノートを奪い取り、その精密すぎるデータに眉をひそめた。


「私の瞬き一回あたりの空気抵抗まで計算されている。……静香、お前は理央を教えているフリをして、私のプライバシーを収集・横領しているな? 余裕のなさが、ついに隠蔽工作を放棄させたか」


「……。主人の全てをアーカイブするのは、メイドの基本……です……」



「お兄ちゃんの……眼鏡の回転軸……! 見えた、私、宇宙の真理(お兄ちゃんの美しさ)が見えたよぉぉ!!」


兄の私物データという禁断の餌を与えられた理央が、猛然とペンを走らせる。

 俺の「冷徹な教育」と、静香の「の収集癖」が、理央の「変態的兄萌え」と最悪の形で合致した。


「……非論理的だ。静香、お前の同行資格を『赤点滅』から『即時取り消し検討』に格下げする。これ以上私を数値化してみろ、旅行先は実家と言う名の強制送還になるぞ!」


「そんなぁぁぁ!? 理央様、もっと解いて! 光速で解きなさい!!」


絶叫と計算の音が響き渡る連休初日の朝。俺は、このカオスな空間から自分こそが脱獄したいという衝動を、論理で必死に抑え込んでいた。


(続く)

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