論理的矛盾と虚偽の休学届
不純物を排した「論理的肉じゃが」の摂取は終了した。直道は「……あー、食った食った。じゃあ俺、バイトあるから。湊、あんまり二人を困らせんなよ」と、最後まで溜息混じりの忠告を残して去っていった。
残されたのは、空になった皿。そして、新たな火種だ。
「湊様。食器の洗浄における界面活性剤の最適配置はメイドである私の専権事項です」
「静香さん、それは古臭いよ! 私がお兄ちゃんへの感謝を込めた『超音波洗浄(手洗い)』でピカピカにするから!」
シンクの前で、皿一枚を巡って二人が火花を散らし始める。俺は、その非生産的な争いから視線を逸らし、ソファに深く身を沈めた。
「あら、理央ちゃん。この参考書、物理の基礎だけど……これ、高校の課程よね?」
暇を持て余した真壁教授が、リビングに置かれていた理央のバッグから覗く本を手に取った。
「理央ちゃんって、まだ高校生だったのね。湊君が大学生だから、てっきり妹さんもそうだと思ってたわ」
「先生、当然です。理央は近隣の高校に通う二年生ですから。……だが、待て」
俺の脳内で、急速に計算が走り始めた。時刻は現在、十四時すぎ。
「理央。お前、今日は『授業が早く終わった』と言ってここに来たはずだ。だが、その参考書の進捗と、お前の学校のカリキュラムを照らし合わせると、今は物理の重力加速度を算出しているべき時間ではないか?」
「あ、あはは……。お兄ちゃん、鋭いなぁ。実はね……私、今『休学』してるんだよ! ほら、お兄ちゃんの健康を守るための、長期戦略的休暇!」
「休学?」俺は眉をひそめた。「病欠の診断書も、家庭の経済的困窮を示すデータも、私の元には届いていない。お前が勝手に休学を申請するのは、手続き上不可能だ」
「あら、でも休学中なら単位はどうなるのかしら」
教授がのんびりと、しかし鋭いナイフを突き立てた。
「今の時期にそんなに欠席を積み上げているなら、それは休学じゃなくて、ただの『留年』が確定しているだけじゃないかしら?」
「りょ、留年……っ!?」
理央が顔を真っ白にしてフリーズした。
「……。理央。お前の『戦略的休暇』という名の嘘は、今、教授の正論によって論理的に破綻した。つまり、お前はただ学校をサボって、貴重な教育機会を棄損しているだけということか」
「うぅ……だってお兄ちゃんが心配で……」
「呆れた。お前の脳内キャッシュには、義務教育からの再インストールが必要なようだな」
俺は冷徹に告げた。
「……いいか。今度の長期休暇期間、お前は強制補習だ。私が自ら、お前の欠落した単位を埋めるための地獄の特別講義を組んでやる」
「えぇーっ! せっかくの休みなのに!?」
「当然だ。……なお、私はその期間、学会を兼ねた旅行に出る予定だがな」
「えっ、お兄ちゃんいないの!?」
「当然です」
横から、勝ち誇った顔の静香が割って入った。
「主人の旅行には、管理メイドである私が同行します。理央様は、主人が作成した『地獄の自習プログラム』と共に、この家で孤独に知識を研鑽してください」
「そんなぁぁ……!」
理央の絶望的な叫びがリビングに響く。
どうやら次回の休暇は、俺の「平和な旅行」と、理央の「絶望的な居残り勉強」という、極めて合理的な二層構造になりそうだ。
(続く)




