論理的拒絶と親友の苦い溜息
直道が提示した「肉じゃが」という妥協案により、俺の部屋のキッチンはかつてない高密度な演算領域と化していた。
「湊様、皮を剥いたジャガイモの表面積を計算しました。煮崩れを最小限に抑える角度でカットします」
「お兄ちゃん! 脳が活性化するっていう特製ハーブと、お砂糖を愛の分だけドバッと入れるね!」
「あら、それなら私のこの『賞味期限不明な高級スパイス』も混ぜちゃいましょうか」
「――却下だ。 脳のエネルギー源とはいえ過剰な糖分はインスリンの急上昇を招き、食後の演算効率を著しく低下させる。さらにその得体の知れないスパイスは、未知の化学反応による健康リスクが不透明すぎる。私の人体を治験場にするのは論理的に認められない」
俺は左右で色の違う靴下を履き直し(機能に差はない)、断固とした拒絶を突きつけた。
だが、真の脅威は背後にあった。静香が、俺が最も忌避する食材――「しいたけ」を、精密な手つきでスライスし始めたのだ。
「待て。しいたけは咀嚼時の触覚ノイズと香気によるデータ汚染を引き起こし、私の演算能力を著しく低下させる致命的なバグだ。ゆえに、論理的に排除を要請する」
「……ただの好き嫌いを、そこまで論理武装して語るとは。流石は主人です」
静香は感心しつつも、手を止めない。
「お兄ちゃん! じゃあ、しいたけがダメならこの『セロリ』をたっぷり入れるね! 繊維質がお兄ちゃんの血管を掃除してくれるよ!」
「理央、それも非論理的だ。セロリの繊維は、口腔内において『糸状の不純物』として認識される物理的エラーだ。血管の掃除なら、サプリメントという最適解が存在する」
「――お前ら、まだやってんのか」
キッチンの入り口で、肺の空気を全部入れ替えるような深い溜息をついたのは、様子を見に来た直道だった。
「直道、聞いてくれ。彼女たちは、私の摂取プロセスに不必要な負荷をかけようとしている」
「……湊。あんたさ、その『論理』って言葉、昔からの隠れ蓑にしすぎなんだよ。幼ピーマン嫌がって『葉緑素の過剰摂取は色覚に影響する』とか泣きながら言ってた時と中身変わってねーぞ」
「……っ。その過去のログは破棄したはずだ」
「……いいか二人とも。湊の『脳内プログラム』はバグだらけなんだ。今更嫌いなもん食わせてフリーズさせたら、結局あんたたちが介抱するハメになるだけだぜ。ここは湊の……『生存戦略』に付き合ってやってよ」
直道はそう言いながら湊の肩を軽く叩き、静香と理央の手からしいたけとセロリを自然な動作で回収した。
「その代わり湊、『論理的』に選んだ具材なら、残さず食えよ。これ、おまえが決めた最低限の肉じゃがだろ?」
「……。当然だ。私は自分の選択を疑わない」
「はいはい、分かったから。……ほら、火加減は俺が見ててやるから」
直道が俺の代わりにレードルを握り、鍋のバランスを整え始めた。不愉快だ。直道の指摘は、常に俺の論理の装甲を貫通し、一番カッコ悪い内側をさらけ出させる。
結局、嫌いなものを全て「論理」で排除した結果、鍋の中には極めて純度の高い(が、少し色の薄い)肉じゃがが完成しようとしていた。
俺の胃袋は守られたが、俺の「偏食」という名のバグが、親友の溜息と共に白日の下に晒された夜だった。




