三権分立とスーパーの特異点
無骨な最新PCを手に入れ、物理的防御力を高めた俺だったが、一つ計算違いをしていた。PCの耐久性が上がっても、俺の「空腹」という物理的アラートは防げない。
「湊様、本日の冷蔵庫の残存資源は、賞味期限の怪しい納豆一パックのみです。これでは脳の演算効率が著しく低下します」
「お兄ちゃん! 私が栄養バランス完璧な『超・健康フルコース』の食材を選んであげるから、スーパー行こう!」
結局、俺は静香の「管理」と理央の「養育」の板挟みになりながら、週末のスーパーへと引きずり出された。
野菜コーナーで「形状の論理的美しさ」についてジャガイモを吟味していた時のことだ。
「あら、湊君。奇遇ね。あなたも『生存のための調達』中?」
声の主は、真壁教授だった。大学での白衣姿とは違い、私服(といってもボタンの掛け違ったカーディガン)に、中身が偏りきった買い物カゴを下げている。カゴの中身は、カップ麺と、なぜか大量の徳用マシュマロだけだ。
「……真壁先生。そのカゴの中身、栄養学的なポートフォリオが破綻しています」
「あら、いいのよ。糖分は脳に直結するし、お湯を注ぐだけで食べられるのは物理的に効率的だわ」
だが、その不摂生な発言が、俺の背後に控える「保護者たち」の逆鱗に触れた。
「真壁教授。主人の脳は、あなたのガサツな糖分摂取理論とは異なる次元で運用されています。湊様の食事は、私がミリグラム単位で管理すべき領域です」
静香が、冷徹な目で教授のカップ麺を睨みつける。
「そうだよ先生! 食べられればいいなんて、お兄ちゃんに対する冒涜だよ! 私がこれから作る、最高にフレッシュな有機野菜のポタージュこそが正解なんだから!」
理央が、小松菜の束を掲げて対抗する。
「あらあら。でも、理央ちゃんの料理はちょっと『重すぎる』わ。湊君、たまには私の適当なジャンクフードで、思考を弛緩させるのも必要よ?」
教授がのんびりと、だが確実に火に油を注ぐ。
「……先生、それは『怠惰』の肯定です。主人の健康寿命を損なう提案は、メイドとして看過できません」
「静香さんこそ、数字ばかりで心がこもってないんだよ! 私はお兄ちゃんへの愛を煮込むの!」
「愛ねぇ。でも、それで湊君が胃もたれして計算が止まったら、本末転倒じゃない?」
静香の「管理論」、理央の「献身論」、そして教授の「適当論」。
野菜コーナーの片隅で、俺という「リソース」を巡る三つ巴の言い合いが始まった。もはやそこに、俺自身の意思を差し挟む余地はない。
「……おい。私はただ、機能的なジャガイモが欲しかっただけなのだが」
周囲の客が、美少女二名と白衣の女性が火花を散らす異様な光景に足を止め始める。
俺は、左右で色の違う靴下を履いていることさえ忘れ、静かにその場からフェードアウトを試みた。
「あ、湊君。逃げちゃダメよ。今夜、誰の理論をインストールするか決めなさい」
教授のその一言で、三人の視線が一斉に俺をロックオンした。
二十万字への道。
どうやら今日の夕飯は、どの選択肢を選んでも「消化不良」が確定しているらしい。




