第24話:お月様
翌日──。
「急な頼みだったのに送ってもらってありがとうございます。椛さん。」
「気にすんなって!あたしはここで待ってるから、頑張れ!夕桔ちゃん!」
「あ、はい。」
そういうノリの仕事じゃないと思ったけど、椛さんにはここまで車で送ってもらったので何も言わないことにした。
今夜は【怪盗ツインテール】として月輪教団本部へとやってきた。
本来は日中に近辺に潜伏して深夜に着替えて突入する予定だったが、椛さんが車で送迎してくれるという話になったので、最初から着替えた状態でここまでやって来られた。
離れたところに車を停めてもらって、そこから徒歩で移動を開始する。
怪盗の恰好を誰かに見られたら不審者として速攻で通報されるだろうが、街灯もお店もほとんどないから灯りは民家くらいなものだし、そんな環境で夜中に出歩く人間もほぼいないだろう。
一応警戒はしているが、割と気楽に歩を進めていける。
建物が見えてきたところで一度立ち止まり、腕時計で時間を確認する。(衣装に合わせるなら懐中時計だが機能性から断念した。)
……うん。
時間的にもちょうどいい。
海遥の言っていた、停電の時刻間近だ。
特にやることもないので、時計の針を見て時間がくるのを待つ。
……4……3……2……1……。
街から灯りが消え、辺り一面暗闇に包まれた。
よし。行動開始だ。
本部の建物へと走って近づく。
鉤爪の付いたロープを塀の上に向かって投げ、引っ掛かったのを確認して壁を登る。
登りきったら、そこから敷地内の様子を窺う。
母屋と離れが1棟ずつ。
灯りは消えているし、人が敷地内を歩く様子もない。
まぁ停電になって外を確認しに行く人はそういないだろう。
見た限りだと建物にも灯りがないから、きちんと停電が効いているようだ。これで自家発電設備があったら、こちらの計画が全て水泡に帰すところだった。
「さて……。」
海遥から貰った見取り図を思い出す。
母屋は1階建て。地下室も設計されていない。
状況にもよるが、いの一番に目指すべきは最奥部。
そこにある大広間だ。
繋がっている通路は1つだけ。それも玄関から直通というわけではなく、複雑な道筋の果てにある。まるで大事な何かを守るかのように。
「行くか。」
塀のから飛び降り、駆け足で中庭を駆けていく。
こういう和風な敷地って砂利が敷き詰められていて歩くと音が鳴る設計のイメージがあるが、ここは芝生が生えていて、音が鳴らないようになっている。
防犯面からするとよくないが、怪盗としては気にせず走れて楽というものだ。
建物に到着したら一度立ち止まって、聞き耳を立てて何か物音がしないか窺ってみるが、それらしい気配は特にしない。
そもそも人がいないのか……?
本部だから人が沢山いるものだと思っていたけれど、本部であって居住空間ではないからこそ、夜は人がいないのか?
だとすれば、これほど楽な仕事はない。
表に回って玄関に手を掛ける。
鍵が掛かっている。
だけど外観と同じ和風な引き戸だ。鍵穴も1つで古いデザインのものに見える。
これなら楽勝だ。
道具を取り出して鍵穴に差し込む。
そしてあっさりと開け、音を立てないように慎重に扉を引いて中の様子を窺う。
……人の気配はない。
土足のまま上がり、ゆっくりと歩いていく。
中は真っ暗だが、暗視機能付きのマスクのおかげでよく見える。
壁のいたるところに月の写真が飾ってある。
襖の横には掛け軸が飾られている。絵についてはよく分からないけど、この掛け軸が部屋の名札の役割を果たしているのだろう。
頭の中で見取り図を出しながら進む。
ここを左に曲がって、右手側の2つ目の襖を開けて部屋を真っ直ぐ進んで反対側から出る……。
警戒するが馬鹿らしく思えるくらい、人の気配がない。
ここで大声を出したらどうなるんだろうと思ってしまうほどだ。もちろん、そんな馬鹿な真似はしないけど。
それで、こっち方に進んで、次の角を左に曲がったら後は真っ直ぐ行くだけ……。
最奥部に近づくにつれて雰囲気が豪華になっていく。
廊下の左右の壁に飾ってある月を題材とした絵は高そうな額縁に入っていて、他にも高そうな壺が置いてあったりする。
いかにもこの先に大事なものがありますよって感じだ。
そして辿り着いた豪華な襖を開けて中に入る。
中には……何もなかった。
何十人と入れそうなくらい広い部屋なのに、家具も装飾品も何も置いてない。畳がただ広がっているだけの部屋だ。
何でこんな空間を……いや、本当に何もないわけじゃないか。
一番奥の壁に大きな月の絵が飾られている。
暗視ゴーグル越しだからよく分からないけど、墨を使って描かれているように見える。もしかしたらずっと昔の絵なのかもしれない。
その絵から目線を下に落とすと、真っ白な四角があった。
なんだあれ……?
ゆっくりと近づいてみる。
近づくにつれて、それが何なのか分かった。
布団だ。
何でこんなところに……?
こんな広いだけの部屋に布団が1つ。片し忘れとか?
じゃあこの部屋は何なんだって話になるけど、新興宗教にそういう話をしてもしょうがない気もする……。
……あれ?
…………動いた?
布団の白が動いた気がする。
もう少し近づいて確かめてみようと思って1歩踏み出して、気が付いた。
人だ。
「……ッ!」
驚いて、思わず声が漏れた。
それが良くなかった。
「……ん…………んん……?」
私の声で眠りから覚めたのか、呻き声を出して布団から白いものが動いた。
そう。
それは白かった。
「え……あなたは……?」
それは、その人物は、肌も、髪も、目も、全てが白かった。
前髪の片方だけが口に触れそうなほど長く、左目を覆い隠していた。
そんな人物と目が合った。
しまった!
姿を見られた。
どうする?
逃げるか?黙らせるか?ここまで人の気配はなかった。走って逃げて音を出しても問題ないか?来た時と状況が変わっているとしたらどうする?寝起きならすぐに気絶させれば夢として誤魔化せるか?
一瞬で判断しろ。
最善手は……!
「あの……月をさらいに来てくださった方ですか?」
「え……?」
そんな少女の言葉に思考が止まる。
月をさらう……それって……。
「手紙の……?」
「そう。そうです。良かった。私の手紙は……声は外に届いたのですね。」
「えっと、それじゃあ君は……?」
私が来るのを待っていたということは、この人が……この少女が【お月様】の在処を知っているということ……?
「私は……。」
布団から出て少女は立ち上がる。真っ白な寝巻きにその身体は包まれていた。
身長は栞里と同じくらいだ。顔立ちも私よりも少し幼い印象があるから、年齢も栞里と近いのかもしれない。
「月乃、と申します。」
少女はそのまま膝を折って両手を畳に付いて頭を下げる。
「五宝月乃です。私が、私自身が、この月輪教団のご神体【お月様】と呼ばれている存在です。」
五宝……そうだ。海遥から聞いた。
この家の人が入信してから、組織が拡大したって。
「お待ちしておりました。この私を外の世界へとさらい、連れていってくださるお方。」
そうか……。
この子は、その容姿から親に売り込む道具扱いされ、ここでご神体として扱われてきたんだ。
そんな世界から抜け出したくて、手紙を出してそれが私の元へ届いた。
「そっか。君だったんだね。」
私の目的は、この子だったってわけだ。
……どうしよう?
ターゲットは物だとばかり思っていたから、人だった時のことを想定してなかった。
家に連れて帰る?2人暮らしが3人暮らしになってもそんなに変わらない気はするけど……。
その時、遠くからドタドタと足音が聞こえてきた。
それも複数だ。
「なに……いや。」
驚いたのは一瞬。すぐに理解する。
時間をかけ過ぎたんだ。
停電を心配した信者たちがここまで来たんだ。
どこかに隠れる……のは無理か。この部屋には何もない。
「布団の中に隠れてください。私が何とか言い聞かせますから。」
「起きてる時点で怪しまれるから……。」
この部屋に繫がる通路も1つしかない。ここを出てもすぐに鉢合わせするだろう。
見つかったらきっと通報される。警察が到着するまでに強引に突破して脱出できるか?
でもこの姿を大勢に見られた時点で、今後の活動もかなり厳しくなる。
……。
「仕方ない。えっと、月乃!」
「は、はい!」
「今から起きること、絶対に誰にも言っちゃ駄目だからね!」
「はい!……一体何を……?」
胸元のボタンを外して隠していたペンダントを握る。
「変身!」
光に包まれ別の姿へと変わる。
「ご無事ですか【お月様】!!……なっ!?まっまさか魔法少女!?」
変身直後、襖が開き10人以上の信者が雪崩れ込むように入ってきた。
月乃の方を見ると、私が魔法少女に変身したことに驚いているようだが、信者たちが入ってきたことで驚いてばかりもいられない。
そんな様子だった。
「なっ何故ここに!?理由によっては魔法少女といえど容赦はせぬぞ!!」
信者の1人がそう叫んだ。
想像していたよりも大分凶暴だ。怪盗の姿を見られていたら絶対ヤバかった。
「……皆様、落ち着いてください。彼女は、私がここに呼んだのです。」
月乃の言葉に信者たちは跪いた。
「呼んだ、とはどういうことでしょうか?」
顔だけを上げてそう質問してくる。
「彼女は……えっと……。」
私の方を見てくる。
「……ペルセウス・コーラル。」
私は小さく名前を教える。
「そう……【ペルセウス・コーラル】さんは私が月と交信して呼び寄せたのです。」
「魔法少女を呼び寄せるとは流石【お月様】!それで一体何故呼び寄せたのです?」
「えっと……。」
再び私を見てくる。
「……がんばれ。」
どういう方向に転がるか予想も出来ないので、そう言う他ない。
月乃は困った顔を見せた後、緊張した顔に変わって深呼吸した。
そして決意した表情になった。
「……【ペルセウス・コーラル】さんと話し、私は理解しました。この月輪教団に変わる時が来たのだと。」
「と言いますと?」
「私が外の世界に触れることこそが、新たなる一歩となるのです!今まで私はここに閉じ込められていましたが、これからは【ペルセウス・コーラル】さんと一緒に外に出ます!」
おお~!という声が上がる。
そのリアクションは何か違くない?
そう思ったけど黙ってることにした。
「あ、あの、もちろん、【お月様】としての仕事も続けますから、だから、その……。」
段々と声が震えだした。
「がんばれ。」
その言葉に月乃は頷いた。
両手を心臓に当てて大きく息を吐く。
そうだ……この方は私を救いにここで来てくださった。
今度は、私が勇気を出して行動する番。
勇気を出して、変われ!
「私は!もうこの生活はイヤなんです!皆様!私の言うことを聞いてください!」
生まれて初めて、ここまで大きな声を、そして自分の意思を表明した。




