第23話:商談
路地にある雑居ビル。
1階はよく分からない事務所。多分、高利貸しか何かだと思う。近づいたことすらないからよく分からない。
そこの2階へと私は足を踏み入れる。
数えるほどしか来たことがないけど、いつもながらシンプルすぎる事務室だ。
壁際に書類を入れるキャビネットが1つ置いてある。他にある物と言えば部屋の中央に置かれた来客用のソファとテーブル。そして奥にある机とパソコン。ここの主が仕事をするための物だ。
「来たわね。」
パソコンの方から声がして、立ち上がって私の方へと歩いてくる。
「来客なんだからそこのソファにでも掛けなさい。茶は出さないけど。」
「来客扱いしてないじゃん……。」
文句は言いつつも素直に腰掛ける。
「友達なんだから、細かいこと言わないでちょうだい。」
「むぅ……。」
嫌味たっぷりだ。
不満げな私の表情を見て彼女は──海遥は口角を釣り上げた。
「さて、貴女のその顔を見てストレスも解消されたことだし、本題に入るわよ。」
対面に座り、手に持っていた紙をテーブルに置く。
「何これ?手紙……?」
私はそれを手に取ってみる。
便箋封筒だ。だけど何も書いてない。
「私の情報網──郵便局に潜入している者が手に入れた物よ。宛名も差出人も書いていないから、管理場所行きになるのが普通なのだけれど……何か感じたらしくて掠め取ったらしいわ。開けてみて。」
「いいの?」
勝手に弄ったら怒りそうなのに。
「開けないと中身が分からないでしょう。」
それはそうなんだけど……。
まぁ本人が開けていいと言ったから、ここから怒られる展開はないだろう。
便箋を開けると1枚の白い紙。
そこには薄い文字で『月をさらって』とだけ書かれていた。
紙をひっくり返してみるも、裏面には何も書かれていなかった。
「……これだけ?」
海遥は頷いた。
「それだけよ。」
「これしか書いてないのに、何をそんな……。」
そこまで言って、引っかかるものがあった。
月……?
「そう。夕桔、貴女の持ってきた月輪教団の話と関係がある内容よ。それで、ここから先の内容については……。」
もう1枚、紙をテーブルに置いた。
「正式に契約してからよ。サインして。」
「……分かった。」
このタイミングで仕事のやり取りをしてくるとは。
海遥らしいけれど、わざわざ話の途中に入れることないのに。動画の途中で広告が流れたような感覚だ。
「これでこの仕事は成立ね。」
私のサインを満足げに見て、契約書を奥にあるパソコンの方へと持っていった。
「さて……この手紙の差出人だけど、監視カメラに映った姿から月輪教団の関係者だと特定できたわ。それもかなり上層の……幹部って言えば分かりやすいかしら?」
「それで私の依頼と関係があるって思ったわけか。」
海遥にしては素直に依頼を引き受けてくれたと思っていたけど(友達料金は通らなかったけど)、ちょうどそのタイミングで同じことを調べていたからか。
「そこに貴女の依頼もきたものだから、まずはこの『月』っていうのが何か調べてみたわ。」
私が手に持つ手紙を指さす。
「そっちでも多少なりとも調べているだろうけど、教団設立からおよそ5年後、組織が拡大したタイミング。そこを重点的に調べた結果、五宝夫妻という者たちが入団してから、拡大が始まったように思える。」
「その人たちが……?」
「ええ。恐らく、この『月』を持ち込んだと考えられるわ。」
手紙の文字にもう一度視線を落とす。
「じゃあこの手紙は、その『月』を盗んでほしいってこと?」
「そう考えるのが普通なのだけれど……差出人は幹部よ?おかしいと思わないかしら?」
「そっか……。」
幹部ならむしろ、その利益を存分に啜る立場だ。自らそれを捨てるような行動を取るとは考えづらい。
「それじゃあ、下っ端がこれを書いて幹部の人が郵便局に……は、ないか。」
入団したはいいけど、何かしら不満があるからこんな手紙を……と考えてみたけど、そもそも検閲するよね。不穏分子を見逃すはずないか。
「あれ……?」
そこまで考えて気付いたことがある。
そもそもなんで、この手紙を幹部の人が?
さっきの私の考えが合っていると仮定して、わざわざ幹部がそれを持つ必要はない。新興宗教に所属しているからとって、寝食を共にしているわけではないだろう。
つまり、本当に不満があるなら個人的に出せばいいだけの話だ。
だけどこの手紙は幹部が出した。
何故?
「海遥……!」
今の考えを伝えると海遥は頷いた。
「そこまで推測出来れば上出来よ。後は自分の目で確かめに行ってちょうだい。」
「うん……ん?もしかして海遥、今の私の考えってもう思いついてた?」
「当たり前でしょ?むしろこの疑問点があったからこそ、貴女の依頼を受けることにしたのよ。」
サラリと言われたけど、なんかムカつく。
さっきまでの私の思考は無駄だったってこと?
「こういうのは自分で考えと答えを持つことが大切なのよ。人助けしたいんでしょう?」
「むぅ……そうだけどさ……。」
人を助けるための行動は能動的であれ。
そういうことなのだろう。確かに受動的に行動しても、それは人助けとは言えないかもしれない。
だけど、それはそれとして、上を行かれた感があって素直に納得いかない。
「……それで自分の目でって?」
「潜入調査よ。【怪盗ツインテール】に依頼するわ。月輪教団本部に潜入して『月』が何なのか、探ってきてちょうだい。必要なデータはこっちで用意するわ。」
「分かった。」
本日の商談はこれにて閉幕。
データは1週間以内に用意してくれると言ったので、それまでは待機期間となった。
そして翌日──。
下見を兼ねて私は月輪教団本部へと向かった。
電車で郊外へ行き、駅から歩くこと約15分。
立地的には割と不便なところに本部はあった。
田舎と言うほどではないが、周辺には民家ばかりで商業施設なんかはまるでない。
「流石に立派だなぁ。」
そんな環境の中で、本部は目立っていた。
大きな塀がぐるりと囲っている広い土地。木製の大きな扉が閉じられていて中の様子は窺えない。塀には瓦屋根のようなものが付いていて、雰囲気としては和風の庭園とか城という感じだ。
ただ、駅から歩いてきて遠目から発見した時でも建物が見えなかったから、恐らく平屋なのだろう。
塀を1周してみるけど、かなり歩くから相当広い平屋があることになる。
海遥が提供してくれる情報次第ではあるけれど、これだけ広いと探索も苦労しそうだ。
手紙にあった『月』……そしてあの泣いていた子の母親が言っていた【お月様】。
同一のものを差しているのだろうけど、それがどういうものかによって、探索の仕方も変わってくる。
「けど……。」
予想通りそれによって組織が拡大していったのなら、やっぱり御神体的な存在になる。そういう大切なものって被害に遭わないように最奥に置くよね。
それなら奥へと進んでいけば済む。
「……いや?」
御神体って信仰対象ってことだよね?人目に多く触れるものを奥に配置したら、いちいちそこまで移動するのが面倒か?
「君、そこで何しているのかな?」
「え?」
考えながらうろうろしていたら声を掛けられた。
一見普通の男の人に見えるけど、ここで声を掛けてくるってことは教団の関係者なのだろう。
「……ウォーキングです。車が通らなくて歩きやすいので。」
「なるほど。でもこの辺りをずっと歩いていると不審者に見えるから、気を付けた方がいいよ。」
“ずっと”って言った。
いつから見られていた?
立ち振る舞いからして素人っぽいし、そんな人に見られていたら気付いたと思う。
だとすれば……どこかに監視カメラがある。
それには敏感だと思っているけど、気付かなかったから相当巧妙に隠してあるな。
「分かりました。別のところに行きます。」
小さく頭を下げてこの場を離れる。
尾けてくる気配はない。あくまで私を追っ払いたいだけみたいだ。
「う~ん……。」
私が去ったと思って油断しているようなら、引き返して観察するのもありだけど……。
ここは止めておこう。
本番前に刺激するのは良くない。
素直に帰るとしよう。
それから2日後──。
「夕桔、【情報屋】からメールがきましたよ。」
栞里に呼ばれモニターを見る。
思ってたよりも断然早いな。
「見取り図ですね。月輪教団本部の。」
予想通り平屋のようだ。
部屋の位置とかがこれで把握出来るから、かなり探索しやすくなる。
「どうやって手に入れたんだろう?」
「建築業者にハッキングして図面を手に入れたって書いてありますね。」
なるほどね。
「それと、その地域を停電させて警備システムを無力化するから、潜入日を教えてほしいそうです。」
かなり豪快な手だ。
けどこういう組織って警備会社と提携せずに独自の警備システムを用意しているだろうし、電力そのものを封じるっていうのは理にかなっている。
「分かった。こういうのって早い方がいいからね。明日の夜、決行するよ!」




