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転生者、メガホンをにぎる

「わ、わ、わ、私ヘスター・グレンは…」

きいんという機械音が、耳を突き刺す。

「知ってるよ、グレンのとこの三番目だろ」

私の間抜けな第一声に、奥の方からおどけた声がかけられる。

ここに集まっているのは街の商店主がほとんどだから、私を見たことはなくても、グレン家の名前は知っている。あんな娘はいたかという目が半分、あれが引きこもりの転生者かという娘が半分か。貴族の若様や威厳あるナンさんの後だから、彼等の緊張感もとけたのだろう。上がった笑い声に、手が震えた。

でも、その手でメガホンを握りしめると、少しだけ顔が上げられた。メガホンは私の顔を隠してくれる。だから、こんな大勢の前でも、きっと声を出せる。

「あの、僭越ながら、オレオレ詐欺への対策をお話します」

お嬢ちゃんが?という声は、さっき返ってきた声と似ていた。

それにまた、やめろよ可哀想に、と窘める声や、笑う声が続く。

私は、一つ息を吐いた。

これは予想された反応だ。ひるむな。メガホンにしがみついて、自分を叱咤する。

「こんな子どもがと、お思いかもしれません。私を、ご存じの上で不審に思う方もいらっしゃるかもしれません。私は、グレン家のおちこぼれ転生者、ヘスターです」

引きこもっていたって、嫌なあだ名というのは聞こえてくるものなのだ。

私の悪趣味な自己紹介に毒気を抜かれたのか、からかいの声は静まった。

「おかしな自己紹介ですけれど…先程、ナン女史から、転生者協会と今回の件の関わりが説明されましたよね。つまり、私がここにいるのは、転生者として、詐欺に対抗する知識をお話しするためです」

私は、転生者ということを極力ふせて生きてきたかった。それは、転生者といって受ける期待が嫌で、がっかりされることがさらに嫌だったからだ。

でも、今ここで転生者であることを唱わなければ、誰も私のような小娘の話を聞かないだろう。これは、自分の考えた計画に必要なことだ。自分の素性一つが信頼を得る道具になりうるなら、ためらう場ではない。それに、ここまできて転生者だということを避けるのでは、自分が始めようとしていることに責任をもちたくないみたいだ。だから、使うのだ。転生者という言葉一つで人の期待を集められるのなら、私のためらいくらい、これほど安い物はない。

痛いほどの、視線を感じる。じりじりと刺さるようだ。でも、視線が集まるのは作戦通り。だから喜ばないといけない。喜べ、このタイミングを生かせ。溢れる緊張と息苦しさを息を吐いて逃して、自分を叱咤しながら言葉を続ける。

「…オレオレ詐欺は、先程話にあったとおり、子や孫に対する親愛の情を利用した犯罪です。ですから、誰でも被害者になるという恐ろしさがあります。どんなに腕に覚えがあっても、戸締まりをしていても、関係ありません。また、露天で高価な品に手を出す余裕のあるお金持ちも、食べていくので精一杯の人間も関係ありません」

ギャビさんの、皺だらけの笑顔が浮かぶと、そこから口は自然に動いた。

「そして、もっとも狙われやすいのは、一人慎ましく暮らしているお年寄りです。皆さんの、お父さんやお母さんや、昔お世話になったお隣のおばあさんです」

静かになったところで、一度息を吸って、本題に入る。

「でも、この犯罪は、腕に覚えがなくても、包丁一本持てなくても、誰でも対抗することができるんです。例えば、私でも、です」

社会的にも金銭的にも肉体的にも、私が力をもたないことは見ての通りだ。この場で一番無力なのは、私だ。

「私でもできることとは、こうして、伝えることです」

そんなことかと言われる前に、急いで言葉をつなぐ。

「騙されるかもしれない、と思うと、人は注意深くなります。こういう犯罪がある、とまずは伝えることが防犯の第一歩です。また、そのとき、注意するべきことも伝えます。犯人がよく使う手や、疑うべき事柄を知っておくだけで、被害を減らすことができるのです。たとえば、…空話での違和感を誤魔化すために『風邪をひいて声がおかしい』などと伝えてくるとか、空話の番号が違うことについて『事故で壊れたから人の物を借りている』などと説明してくるとか、そういう手口です」

ああさっきの、と呟いた声は、さっき若様に騙されたおじさんのものに似ていた。

「空話で名乗らない相手には決してこちらから名前を呼び掛けないこと、空話でお金の話が出たら、必ずかけ直すと言ってすぐに話にのらないこと。事前に、家族の間で空話ではお金の話をしないと約束するのも有効です」

そこで手を挙げる人がいた。

「いざってときを考えるとその約束を嫌がる人間もいるんじゃないかい?」

疑問は、聞いてくれている証拠だ。私は、少し考えて答えた。

「それなら、本人確認の合言葉を決めておくのでも、いいと思います」

「まあ、合言葉がなきゃ家族の声がわからないってのもなあ」

「だからさっき聞いたろ、風邪引いたとか焦ってるとか言われたらそうかもなと思うんだよ、案外」

混ぜ返した誰かをたしなめる声もする。

聞き手同士のやり取りから一気にガヤガヤしかけたので、私は焦ってメガホンを構えた。まだ話の続きが、聞いてほしいことがある。

「あの、ですから…!声をかけていただくだけでも、いいんです。お店の方は、お客さんに。ギルドの方や配達の方は、お金をおろそうとか送ろうとかで、焦っている人に。騙されてないか、騙されるなよ、迷ったら若様に連絡してみろ、そう伝えてほしいんです」

ざわめきはやんでいて、静かな店内の、たくさんの人の目がこちらに注目している。

私は急に、人前で大声を張り上げたという恥ずかしさに襲われた。思わずメガホンに顔を隠して、次の言葉をなんとか掘り出した。

「どうか、協力して下さい。お願いします」

あれ、私は説明係で、依頼はこの後若様の役割だったっけ。何の権限もない私が依頼しても仕方ないのに、焦って何を先走ってるんだろう。自分の焦りを自覚すると、体中がどんどん熱くなってきた。もうこれ以上話すことは残っていないから、メガホンに隠れることもできない。だから私はいつものようにできるだけ俯いて、潤んでくる目元を瞬きで誤魔化した。

早く若様、話を拾って。それとも誰かの空話がなるとか何でもいいから、とにかくこの重たい沈黙を破って、と願う。

私の願いは、知らない誰かの声で叶えられた。

「何にしろ、そんな簡単なこと頼まれて、嫌だとは言えねえよ」

ほっとして目を上げると、その誰かがにっかりと笑っていた。

「かわいい女の子が涙目でお願いってんだから、断れないよな」

別の誰かがまた、腕組みをして言った。

これは、どう思えばいいのだろう。

もしかして、もしかして。

私は、若様とナン女史を振り返った。笑っている。

そうか、と納得できた。

どうやら、私は無事に仕事を終えたらしい。

奥方様、ありがとうございます。用意していただいた勝負服、ばっちり効果ありでした。

私は目を閉じてお城に念を送った。

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