転生者とよるのしゅうかい
自警団の人間は昼間それぞれ仕事をしている。だから集まれるのは大抵夜だ。会議と言っても商工会から派生した自警団だから、事務所も集会所もない。集まる必要があるときは、仕事が終わった後、団員の飲食店を順に使うのだ。
私は諸々の事情により、夜の街を出歩いたことなどなかった。だから馬車が邪魔にならない場所に停まり、暗い夜道を歩くとなった段から、早くもどきどきしていた。荷物の入った大きめのバックを握る手が汗ばんでくるのは、昼間の熱気が残るせいばかりじゃない。
少し歩いて、ついたのは食堂兼酒場のような場所だった。
入り口で待っていてくれた自警団の責任者に、若様が挨拶をする。それから私たちは店内の一番奥へ行くように言われた。
「おーい、エセル様の若様がいらしたぞ」
ざわついていた店内が静まり、視線が集まった。
20畳ほどの板敷きの店内には円テーブルがぎっしり置かれているが、一番奥だけ少し広く空いていた。私と若様とナン女史の三人は、そこに立たされた。私は注がれるだろう視線に怖じ気づきそうだった。
そのとき、あ、という声が上がったので私は思わず身を縮めた。
「カモ坊っちゃん!」
・・・私じゃないや。
「ああ、この前は世話になりました」
拍子抜けした私は、きらきらした笑顔で応える若様を目撃した。どうも、またぼったくられかけているところを助けられたらしい。ロンは一体何をしていたんだ。
「『紫色の卵を産むヒヨコ』とか買わされかけててよお」
「あの外国人はたいそう口上がうまかった」
しみじみうなずいているけど、絶対大したことなかったとみた。多分、ヒヨコの羽を紫に染めただけとかそういう、子どもしか引っかからないようなやつだ。
そんなこんなで、なし崩しに会議は始まった。
若様のアレのあとじゃ、私の名乗りなんて薄めすぎたカルピスみたいなものだった。こんにちは、あ、いえ、こんばんは、治安対策補佐官をやっていますヘスターと言います。うん、拍子抜けするくらいあっさりだった。
考えてみれば、この面子で一番目立つのは正真正銘お坊ちゃんである若様で、私などおまけにしか見えないのだ。そう思うと少しだけ気持ちが楽になった。私の出番はまだ先だ。ここで怖じ気づいているわけにはいかない。
「今日集まってもらったのは、最近起きている犯罪についてお話しするためです」
若様がよく通る声で言った。
領主の跡取りという立場上へりくだりはしないけど、年長者の多いこの場所で彼は自然に敬語を選択する。
「近ごろこの街で、ご老人がお金を騙しとられる事件が起きました。犯人はまだ捕まっていません」
若様のスピーチについてロンは、簡潔に、そして自分たちに関係すると分かるようにという2つの注文を出した。若様は素直に頷いていたけど、自分のことで手一杯だった私は彼のスピーチを知らない。どうする気だろうと見つめる私や聴衆の前で、若様はいつも通り実に堂々とした態度だった。
「犯人はこの街で再び犯行に及びます。そして、空話を使って家族に成りすましたり、金品を送らせたりという手口の新しさから、被害は拡大するとみられます」
空話?成りすます?とざわめきが広まる。
そもそも、彼等は騙して金をもうけるという発想自体に馴染まない。他国の怪しい行商人に高値をふっかけられてやっぱり地元の店が安心だよねという程度、それがこの国における詐欺行為の認知レベルだ。価値を知らなければ損をするという、買い物の心得の範囲を出ないのだ。
「犯人は、被害者の孫になりすまして空話をかけてきました。そして、緊急に金が必要になったと切羽詰まった風を装ったのです。被害者は動転して、孫可愛さに金を用意してしまいました」
反応は芳しくなかった。まあ、そうだろう。皆、そんなことで騙されないと思っている。これは前世でもこちらでも同じようで、自分が被害にあって初めて、誰でも引っ掛かりうると悟るのだ。
「空話ったって、声を聞けば孫本人かどうかなんてわかるだろう」
「そんなんで騙されるやつ、めったにいないんじゃないか」
ざわつく店内に、プルル、と呼び出し音まで響き、持ち主が席を外した。
近くのテーブルで交わされる声は、さすがに若様を慮ってひそめられているものの、やっぱり疑いの色が濃い。皆、名君と名高い領主様のご子息だから招集に応じて集まったものの、若様自体に賛同しているわけではないのだ。若様は、そんな彼等の反応を確認するように、静かに店内を見渡していた。
騒ぎを咎めもせず、黙って立っている彼に、しだいに皆のいぶかしげな目が集まり始めた。
そのとき、カランと音がして、さっき出て行った人が戻ってきた。その顔色はずいぶんと悪い。
「悪いが急用ができたんで、帰らせてもらう」
そう言うなりまたドアを開けて飛び出そうとする。
そこに若様がよく通る声をかけた。
「息子さんが勤め先のお嬢様を孕ませたとでも泣きついてきましたか?」
とたんに彼の顔がさっと朱に染まった。
「なんで・・・!」
それを知っているんだ、と続けたかったのだろう彼に、若様は涼しい顔で続ける。
「私の部下がかけたからです。安心して下さい、あなたのご子息は潔白です」
「あんたの部下が?・・・つまり、あんた、俺を騙したのか!」
気色ばむ相手にも、若様は引かずにむしろ一歩前へ出た。
「そうです。騙されたでしょう?」
「な!」
悪びれる様子のない若様を前に、顔を真っ赤にした男性は絶句した。この一触即発のやりとりを、周囲は固唾をのんで見守っている。
若様は、緑の目で目の前の男性をまっすぐに見つめ続ける。
「あなたは長年商売を続け、店を守ってきた尊敬に値する人間だ。家庭も大切にする立派な父親だとも聞きました。そんなあなたでも、いや、だからこそ、家族の危機を語られ動揺したのです」
若様は静まり返って見守っていた人々を振り返った。
「私は知っての通りどうも騙されやすいようだから、マーカス・エセルでも騙されかけたと言ったところで、皆さんにこの犯罪の怖さは分かってもらえないでしょう。ですから、皆さんの信頼の篤い彼に、騙されてもらったのです。彼でも、騙される。真っ当で、商売人として人を見る目にもたけ、個人としても人に非難されるところを持たない彼でさえ、です。この犯罪がどういうものか、なぜ私たちがここへきたのか、分かっていただけたでしょうか」
店は先程と同じく静まりかえっていたが、人々が若様へ向ける目は変わっていた。
と、ここで若様が身体の向きを変えた。
「ではこれから、この新たな犯罪について、転生者協会のナン女史と、うちの補佐官から説明します」
私はごくっと自分の喉が鳴る音を聞いた。また一歩、私の番が近づいた。
「それでは私から、この犯罪の名前や概要を説明いたします」
ナン女史が先に、詐欺という言葉や、転生者協会と今回の件の関わりについて話していく。さすが彼女で、言葉はよどみなく、迷いなく、順序よく出てくる。彼女は、今回の犯罪にぴったりあう『詐欺』という言葉を協会が知っていた、だから協力することになったのだという言い回しによって、転生者が持ち込んだ犯罪かもという疑惑へ思考が直結することを巧みに避けた。
彼女の説明に、二つ三つ質問が上がり、それに対して再び、悲しいほどすらすらと回答が返される。もう少しつまったり困ったり時間をかけてよ、と身内ながら思ってしまった。そんな思いもむなしく、ナン女史はきれいに一礼すると、元の位置へ下がった。
とうとう、私の出番が来てしまった。逃げたい、でも、ここへ立つことを望んだのは私だ。だから、私は逃げられない。
ニンジン、カボチャ、ジャガイモ、大根、スープ皿に寸胴鍋・・・にしてはちょっと大きいけどと自分に言い聞かせて、鞄から秘密道具を取りだした。
「メガホン・・・?」
目の前のおじさんが呟く。普通、この距離でメガホンはいらないもんね。
人前で話すのは、前世から苦手だった。中学くらいまでは学年集会での発表とか、そういうどうしても話さないといけない場面があったから、なんにも経験がない訳じゃない。でも、それだってもう20年も前のことで、この身体は狭い教室でぎりぎり聞こえるくらいの声しか出したことがない。
それを確認するとロンは、どこからかメガホンを持ってきたのだ。
「これまでのお前を見ていると、必要な場面では自分の考えを主張しているし、決して話ができないたちではないと思う。問題は、相手を侮らせるその怯えと、声だ」
優秀な指導者は聞き手を惹き付ける優れた声をもつのだという。それを道具と工夫で補えと、ロンは言った。
道具は、与えられた。もうひとつは、私が努力すべきことだ。
もちろん、この集会は成功させなくちゃいけないから、皆無理なら代わろうかとも手伝おうかとも言ってくれた。でも、これは転生者である私が一番適任で、そしてロンの言う工夫にも心当たりがあったのだ。あとは、覚悟を決めるだけ。私が怯えに打ち勝って、弱い自分を越えるだけ。




