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転生者のしょうぶふく

それから三日はめまぐるしかった。

最初の活動自体は単純なものだ。まずは、地元の自警団に集まってもらって、詐欺について知ってもらう。そして、彼等の協力を得て、オレオレ詐欺など空話を使った詐欺について地域に啓蒙していく。

言葉にするとこれだけなのだけど、実際動くためには自警団との日程調整やら原稿作りやら、やることはたくさんあった。

それだけに集中できる私でさえめまぐるしいと思うのだ、他の仕事と掛け持ちしている若様やロンは、なおさらだったろう。私の思いつきの企画書は荒すぎて、動くには穴だらけだった。それをびしびし指摘しつつ直していったのは、実際には彼等2人だ。

「張り紙だけでは弱すぎる。細かい字など読まないという人間がこの世にいくら居ると思う」

「活動人数が少なくては、効果が薄い。お前が1日30件回ったとして、街中に話し終わるころには最初の人間は忘れているぞ」

「いや、警備隊は駄目だろう。だから、自警団に協力を仰ぐんだ。本当に、お前は馬鹿かとたまに思うな」

「ロン様・・・馬鹿っていう方が馬鹿なんですよ」

その途中、若様がおかしなことを言いだしたりもした。

「ロンは名前で呼ぶのだな」

「何を言っている?」

ロン様というのは『ロンめ、てっぺんはげの銀髪カッパになれ貴様』の略です、とは言えなかった私は、手元の企画書から目を離さずに言った。

「先生、お疲れで着眼点がおかしくなってらっしゃいますよ」

「私はお前の先生ではない」

「悪いが2人とも、疲れている暇も遊んでいる余裕もない」

私は、お疲れらしい若様を少し労しく思ったけど、すぐに忘れてしまった。ロンの言うとおり、人のことを考えている余裕なんて、私には全く無かったのだ。

何しろ、人前に出るだけではない。人前で、しゃべるのだ。それも一番嫌な地元のこの街で、苦手ないかつい男の人たちの前で。会場はうちの町内ではないけど、ほとんど徒歩10分圏内だ。正直、考えただけで寒気がして、半袖のワンピースから出た腕をさすりたくなる。

でも、言い出しっぺの私が行かないわけには、いかない。それにこれは、私にとって前借りした信頼を作るチャンスだから。

こうしてぎりぎり当日まで準備をしていたのだが、スピーチ原稿の最終確認をしようかというところに、とんだ騒ぎが起きた。

「久しぶりで腕がなるわ!」

なぜか張り切った奥方様と侍女さん軍団が執務室にいらっしゃったのだ。

この登場に、さすがの若様も待ったをかけたのだが。

「母上、今日は街の自警団に行くのであまり着飾っては印象が・・・」

「まあ、マーカスったら!」

若様が言い切らないうちに、奥方様の麗しくも張りのある声が遮った。

「私を誰だと思っているの?貴方たちの行き先くらいもちろん知っていてよ。だからこそ、身を飾るのです。女にはそういう戦い方があるのです」

ぴしゃりと言ってから私を振り向いた彼女は、美しい面の赤い唇の両端をきれいに持ち上げて、こう尋ねた。

「私に任せてもらえるかしら、ヘスターちゃん?」

そっと首を傾げるとか、それにつれて金の後れ毛がのぞくとか、反則だ。ライナス様が天使なら、奥方様は、そう、女神だ。

私は、彼女の内側から発光しているような白い顔をうっとりと見つめているうちに、いつの間にか頷いていたようだ。気付いたときには奥方様に手を引かれて、ドアをくぐるところだった。

「面食い」

ぽつりと呟かれたロンの言葉を背中に、私は執務室をあとにした。


ところで、私たちの心配は杞憂に終わった。奥方様のお選びになったのはいつかのフリフリお人形ドレスとは趣の違う、清楚可憐な五分袖のワンピースだったのだ。

「これなら、落ち着いて着ていられます」

思わず本音の漏れた私に、奥方様は怒るでもなく笑ってこう言った。

「でもね、それだけの理由ではないのよ。今日のような日は、聞き手が一番好む、そしてあなたの魅力を引き出す服を着るの」

言われてみれば確かに、藍色のリボンがついた淡い空色のワンピースは男性受けしそうな雰囲気だ。つまり、これを着るというのは・・・私がそれを狙うということか。

意識した途端、少しだけ鎖骨が覗く襟元や腕を華奢に見せるだろう広めの袖口があざとい気がしてきて、かあっと顔や目頭が熱くなった。華奢でも清楚でもない自分がこういう服を着てそれを装うのは、客観的にどう映るのか・・・

こういうのは、どうしたらいいんだろう。奥方様の考えは正しくて、この服も素敵で、何もおかしいことなんかない。ただ、急に恥ずかしく感じる自分が自意識過剰なだけだ。

私はうつむいて手を握ったり閉じたりして、なんとか気を紛らわそうとした。

「ふふ。うぶだこと」

「無意識なのよねえ。今のヘスター様の最大の武器ね」

「でもね、いじめっこの前でその顔は逆効果ですわよ?後、殿方と二人きりのときもね」

危険だわあと、なぜか生暖かい目で口々に言われて、私はさらに追い込まれた。よくわからないけど、何かとてつもなく恥ずかしかった。

そこへ奥方様がパンパンと手を打って、侍女さん達を静めてくれた。

「皆、ヘスターちゃんをからかわないの。勿論ね、殿方と二人のとき気を付けるのは大事よ。でも、いいこと?」

くっきりきれいな目を真剣な色にそめて、奥方様が後ろから私の肩を掴む。鏡越しに見つめられた私は、ごくりと唾を飲んだ。

「マーカスの前では、存分に涙目になってくれていいわ」

はい?

鏡の中の私がぽかんと間抜けに口を開いた。

でも、奥方様の真剣な目を見れば、真面目にお答えしなくては、という使命感が湧いてくる。

私は必死で答えを探した。若様は、奥方様のご子息だ。これは、息子の部下への接し方を心配なさっているのだろうか。

「ええと、マーカス様は心の広い上司ですので、泣かされたことはございませんが・・・」

実際は泣き顔を見られたことはあるけど、別に若様に意地悪されたわけじゃないですよとアピールするつもりで、私は言ったのだけど。

これを聞いて奥方様は眉を下げられ、侍女さん達は吹き出した。

「もう、マーカスったら全然駄目ね」

せっかくぴったりだと思ったのにって、どういうことだろう。

なぜかぷんぷんしてしまった奥方様に私は困った。若様をたてたつもりだったのに、伝わらなかったらしい。

「あの、マーカス様は部下から見て、とてもすばらしい方です。おおらかで、公明正大で、お優しくて」

「部下から見て、ね」

奥方様は若様への文句を止めたものの、少女のように少し口を尖らせた。

「ねえ、マーカスは・・・あなたの上司は、いい男かしら?」

いい男?いい上司、ではなくて?異性から見た魅力を問うていらっしゃる?

「そ・・・れは、一部下の身で申し上げてよいことでは、ないと存じます」

そう答えながらも、私は思い浮かべてしまった。

自信に満ちた声に明るい笑い声、細い金の髪、柔らかな光を湛えた緑の目、捲り上げた袖から覗く筋ばった腕、抱き止められたときの体温、オレンジのような爽やかな香り・・・だめだ。ストップをかけたけど遅すぎた。

再び熱くなった顔をうつむいて誤魔化したかったけど、あいにく侍女さんがお化粧を再開していたのでできなかった。それで私は、自分の赤らんでいく頬を、耳を、つぶさに見るはめになった。

「そう・・・うふふ。考えようによっては一番好ましい反応かしらねえ」

私は結局答えなかったのに、奥方様はどういうわけかご機嫌になられた。

それはそれで、良かったと思う。

でも、なんだかんだでかなりのエネルギーを絞りとられた上、トマトのようになった顔に化粧をしてもらっているうちに出発時間が迫ってしまい、私は道中必死でスピーチ原稿を確認することになった。私の変装について若様は『へえ、そういうのも似合うな』といつも通り無自覚にたらしていたけど、本当に余裕が無かった私はそれを右から左へ聞き流した。

最近、ジャンルを恋愛にするべきだったかなと思っています。

ファンタジーより恋愛の進行が早く、すみません。

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