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転生者は、どうしてこうなった

「というわけで、良い案を下さい」

水曜、面談終わりのお迎え待ち中ナンさんに相談すると、彼女は面白がるように口の端を持ち上げた。

「へえ。試してみないの?」

「何が?!ナンさんまで変な冗談止めてください!」

思わず大声をあげてしまって、私は慌てて回りを見回す。幸い、一般業務の終わった協会ロビーに人の姿はなく、ほっと胸を撫で下ろす。

話すんじゃなかった、と私が拗ねると、ナンさんはごめんごめんと笑いながら謝って、それからきらっと目をいたずらっぽく輝かせた。

「でも、マーカス様なら喜びそう。それにたとえ不発でも、あの人はそれくらいで首になんてしないと思うけど」

「首じゃなくても、もうお勤め続けられなくなりますって…」

みんなして、何を考えているんだ。思わずじっとり恨めしい目になってしまう。

「あら、そしたら、正式に相談員に雇ってあげるから大丈夫よ」

経済的な後ろ盾を得たナンさんは余裕の笑みだ。

協会か。このまま指紋照合でジョーが捕まれば、エセル領での治安対策も一段落するんだろう。領内では供給元がたたれているし、クレアさんもじきに退院する。

そうしたら、私の仕事はなくなるのかもしれない。仕事が捨てられないからとギルの求婚を断ったのはついこの前のことだけど、その仕事のほうが私を必要としなくなりそうだ。治安対策のためでなければ、ザ·庶民の私が補佐官なんて務める理由はないよなと、ここ何日かの目録作りで思わされた。

お城で役にたてることがないなら、協会でナンさんのお手伝いに本腰を入れるのも、いいのかもしれない。

そんなことを考えながら、ナンさんに言った。

「お役に立てるなら、それは良いお話しだと思いますけど…」

「あら、結構いい感触?」

意外だとでもいうように、嬉しげに首を傾げる。薄茶の髪がさらりと肩からこぼれた。その大人っぽい仕草を見ながら、言う。

「…リリやガイルの話を聞いて、思ったんです。私の失敗だらけの経験談でも、聞いた誰かが、悩むのは自分だけじゃないんだって元気をだしてくれることがあるんだなって」

真面目な話、これはすごく嬉しかった。話しながら、頬に自然と笑みが浮かぶ。

「始める前は、私、転生者のお話っていうと転生王女の物語しか思い浮かばなかったんです。だから正直、私が相談を受けたり自分の話を聞かせたりしてもどうにもならないんじゃないかって気がしてました。けど、こうして役に立ったんだから、悩んだのも全く無駄ではなかったかなって」

完璧な女の子で理想の転生者である転生王女に憧れて、どうやってもそうなれない自分に絶望した。でも、今は自分にも出来ることがあると知ったし、回り道さえ何かの役に立てられるなら、幸せなことだと思う。

そういう機会を与えてくれた人たちには、本当に感謝だ。

改めてこの一年を振り返って、自分は恵まれているなと噛みしめていると、ナンさんがやや緊張した顔をしているのに気付いた。

私、何か不味いことを言っただろうか。

「ねえ、ヘスター。それ、いいかもしれない」

「え?」

何がいいのか、話が読めない私に、彼女はもどかしげにテーブルに身を乗り出してくる。

「ずっとね、考えていたの。ゲイルのおかげで相談業務の全国化は実現できそうだけど、相談員の適任者がすぐには見つけられないという問題があって」

がしっと、ナンさんが私の両手をつかんだ。

さっきまでの落ち着いた女性はどこへ行ったのか、ナンさんの細い指は、震えている。おまけに手のひらもうっすら汗ばんでいる気がする。

「ヘスター。貴方、転生王女とセットになってよ」

「はい?!」

全くもって話が読めないんですけど、とひいていると、ナンさんはその分さらに前に出てきた。

「転生王女を希望にできない半分の転生者のために、あなたの失敗談を教本にさせて!」

「えええ!!?」

もう、何がなんだか。

叫ぶしかない私に、ナンさんは言った。

「ね!お願い。もうさっさとマーカス様のところを辞めてこっちに来てよ」

そんなこと言われても。

「うんって言って」

「いやぁ…」

まだ、はっきりお役御免になると決まったわけじゃあないし。そもそも、もとはプレゼントをどうするかという私の相談だったはずなのに、何がどうして本気の勧誘になっているのか。

「ね?頷いてくれさえすればあとはどうとでもするから」

私の座るソファに移動してきて両手を握る彼女を、一体どうしたらいいのか。この有能かつパワフルな人におされて、流されないのは至難の技だ。

握られた手をもて余して私はいつの間にか冷や汗をかいていた。

「おーおー、猛犬が得物に飛びついてる」

現れた、天の助けが。

私はほっとした。

でも私が振り向くより早く、ナンさんが反応した。

「誰が犬ですって?」

「ナン以外にいると思う?」

「なんですって?」

「ほらほら、またそうやって噛みつくし?」

興奮したナンさんを抑えてくれたのは黒猫屋だった。さらっと怒らせるようなことを言って、彼女の意識を逸らしてくれたんだ。

おかげで一旦この考えから離れて頭が冷えたんだろう、ナンさんはこほんと咳払いをして、気まずそうに座り直した。

「さっきの話だけど、本気で考えてくれないかしら」

私は、解放された手をお腹近くに引っ込めて、用心しいしい聞いた。

「さっきのって…失敗談の本ってやつですか?」

「ええ」

ナンさんは大きく頷いた。

あ、やっぱりそうなんだ。分かっていたけど、現実から目をそらしたくて、聞いてしまった。そんな荒唐無稽なこと、さすがに信じられない。

「私の失敗談じゃあ、そんな、転生王女と並べるような大した役割は果たせないと思うんですけど…」

「そんなことはないわ」

張り切っているナンさんには申し訳ないけど、こればっかりは頷けなかった。

「まあまあ、反対意見を聞いてこそ論は深まるってもんだろ」

私は、向かいにでんと座った抑え役の黒猫屋とちょっと目を合わせて、考えをまとめる。

彼女が黒猫屋と言い合っている間に私も少し冷静になって考えた。お役御免がどうの辞めるやめないの前に、まず、案として無謀だということをだ。成功者には共通点があるのかもしれないからいいけど、たった一人の失敗談、しかも直接話すんならまだしも文章となったら、効果はどんなものだろうって。

「転生者は前世も今生の立場もさまざまでしょう。成功例は一例でも憧れや夢を与えますけど、失敗例はまた話が違うと思うんです」

「それはそうね」

ナンさんは意外とあっさり頷いてくれた。

ほっとした私だったけど、そばで黒猫屋が『あ』と声を上げた。

「確かに、たくさんの人間の体験談があった方が効果的かもしれないわ」

あれ、なんだか罠にはまった気がする。確かにって、私の主張を認める言葉だよね。それなのに、なんでだろう、ナンさんのゆったりとした座り方と余裕のある微笑みを見ていると、自分がまな板の上の鯉になったような、砂抜き中のアサリになったような、そんな気分になってくる。

「たくさんの転生者の悩み事を聞いて、それをまとめるというのはとてもいい考えだわ。ちょうど、適任というか、それを始めている協力者もいることだし」

協力者…。誰それと言えるほど天然ボケしていられたらよかったのに。

私は、にっこりと勝者の笑みを湛えるナンさんがこう言うのを、ただただ見つめた。

「相談業務がてら、ヘスターに集めてもらえばいいのよね」


結論から言おう。

私は、若様にキスなんてしなかったから、首にはならなかった。でも、暇になって治安対策は廃業かなという予想も外れた。

法制化と指紋照合の普及のため、国内行脚をすることになり、ついでに協会の委託を受けて各地の転生者巡りをすることになったんだ。誕生日プレゼントを貰えずに拗ねにすねた若様とナンさんの猛攻に、断りきれなかったんだ。

その内に、なんだか旅する転生少女と貴族令息の恋物語が世間でもてはやされるようになって、まるで私がモデルであるようにささやかれ出したのは、本当にどういう訳だろう。半年もする頃には、口喧嘩をしてもなまあたたかい視線で見られるわ、変な気を回した宿の主人に同室を準備されるわ、おまけに実家の両親からも奥方様からもいつ結婚するのかと聞かれるわ、という事態にまで陥ってしまった。

最初はこんなデマが流れたら首になる、と真っ青になったけど、それが何ヵ月も続けば、私も気付いた。若様が全く嫌そうじゃないことに。あろうことか、顔を赤らめながらも嬉しそうに同室の鍵を受け取ろうとしたんだから。そんな顔を見れば、さすがに、それは。

つまり私は若様サイドの誰かさんが仕掛けた罠に、しっかりはまってしまっていたんだ。このまま巷で人気のあの小説どおり、転生治安対策補佐官改め転生治安法普及官改め、領主の転生花嫁にジョブチェンジするんだろうか。

みんな、忘れていやしないか。私は、元・引きこもりなんだ。基本人見知りなんだ。そのところを、もう一度しっかり考えて欲しい。

これにて第二部完結となります。

第三部の構想はあるのですが、現状の執筆速度やストックを考えると一度完結した方がよいと思われたため、完結の印を付けさせていただきました。

ここまでおつきあい下さった皆様、本当にありがとうございます。

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