11 変色薬
天浮島での薬草採集が近いこの時期は、虹銀ランク探索者という姿で動ける為、転移門を使ってギルドから帰宅できる事から、非常に楽ではある。
逆に言えば、虹銀ランク探索者としての姿で、アルの家を出入りする訳にもいかないとも言えるのだけれど。
ギルドでの打ち合わせと言うよりも、一方的な宣言を終えて、家の転移門に出ると、一階からわいわいと騒ぐ声が聞こえて来た。
近づく毎に、徐々に大きくなるその声を聞きながら、アルはリビングへと進み、扉を開く。
そこに居たのは、赤金色に輝く髪と、黒銀色に輝く髪の美女二人、そして壁際に控える様に立つエーファであった。
「あー、何となく分かるけど、どういう状態かな?」
場所が場所だし、エーファも居るとなればその二人は、ライザとイルナで間違いは無いだろう。
しかし、髪色が違い、普段とは異なり薄く化粧を施した二人は、普段以上に美しく、また、場所や状況が一致しなければ同一人物と思えなかった程に印象が異なっていた。
よく見れば、瞳の色も髪色と同じに異なっている事が分かる。
「アル、お帰りなさい。
イルナが、借りた本に載っていた変色薬というのを試しに作ってみたから、試してみたんだけどね」
アルの家には、高価な本が沢山有る。
イルナに貸した本というのは、以前に薬師ギルドから贈られた物だった。
様々な薬の製法がまとめられたその本は、現在では失われたと言われる素材や、天浮島で現存が確認されたり独特と思われる素材、記載されている製法の通りにしても完成しないもの等、様々なものが記載されていた。
原本は薬師ギルドに保管され、限られた一部の者しか閲覧を許されていない様な代物の写本である。
そんな代物が、何故アルの家にあるのかと言えば単純な話しで、天浮島によって多くの薬が再生、あるいは新たに発見された為に、その報償として贈られたのであった。
強度を保つ限界まで薄くされた高級羊皮紙に、全てが手書きで仕上げられる本は、その内容も相まり、その一つ一つがかなり高価となるのだが、アルの家ではそのほとんどが倉庫で埃を被っていた。
アルにとっては、特にこうした贈与品は、その内容からも下手に売る事も出来ないが、自分が必要とはしない邪魔物扱いだった。
勿論中には、自室の棚に並べている様な本もあるが、それらはほとんどが盗賊退治で所有権を得た物や、迷宮の宝箱で得た物であった。
特に盗賊退治によって得た物は、高価ではあっても本としては比較的安価な物が多く、この薬師ギルドから贈られた本の様に、洒落にならない額になる様な物は、そのほとんどが死蔵された状態となっていた為、薬師家庭の出であるイルナがアルの元に来た事から、贈られてから初めて開かれる事となったのであるが・・・。
「あの本を読んで、最初がそんな薬かい!」
その本には、複数の症状に効く状態異常解消薬、複数効果を持つ強化薬や弱体薬等、かなり価値のある薬が多く載っている事をイルナから聞いていたので、アルがそう思うのも仕方が無いところであろう。
「んー、でもね、髪と目の色が変わるだけでも、かなり印象変わるでしょ。
これならさ、フードを深く被らなくても、正体誤魔化せると思うんだけど」
「ああ、成る程」
「で?」
「で? って?」
「アルさんから見て、わたし達どうかなって事! お化粧までしたのに、その反応はどうなのよ」
「あー、すまん。そういうのに疎くて。
まあほら、あれだ。二人共普段と違っても綺麗だな。うん」
顔を逸らして、指先で頬を掻くという、アルとしては珍しい態度であったが、二人は言われた言葉でわいわいと騒いでいて、見ていなかったのは救いであったのかどうなのか。
閑話休題。
「で、素材的にはどうなんだ?」
「えっと、薬草二種類と、木の皮が一種類必要なんだけど、その内薬草一種類だけしか出回ってないみたいだし、通常出回ってるのは乾燥した物になるね」
「乾燥したものが素材になってるのか?」
「そうそう。気付け薬の素材の一つだね。
今回の変色薬に使うのは、その薬草から取れる汁で、絞ってから半日以内に使わないと成分が変質してダメみたい」
ちなみに、その薬草は緑香草と呼ばれ、気付け薬の素材以外に、風味付けの食材としても一般的で、農家が栽培もしているが、素材としても食材としても乾燥した物を使用する為、生の状態ではほとんど出回っていない。
「もう一つの薬草は、多分今では、採集できるのが天浮島だけじゃないかな」
「過去にはあったのか?」
「うん。西方の、リューブラント聖王国に群生地があったらしいよ」
「竜崩の亡国、か」
リューブラント聖王国は三百年程前に、自らを神の子と名乗った王が立って建国されたというが、実際には世界各地の剣闘士が集まり出来た国とも言われている。
剣闘士とは、闘技場で闘わされる事を前提としたて、過去にあった奴隷の一つである。
命を賭けて戦わされるが、多くの場合は十勝すれば奴隷の立場から開放される事から、一時代には腕に自信を持つ犯罪者が、犯罪奴隷となるよりも剣闘士となる事を望んだ。
とは言え腕に自信を持つ者達が集まっていた為、実際に十勝出来る確立は相当低く、多くの者が闘技場で、その命を落としたとされている。
その剣闘士達が一斉に逃げ出し、力を持って建国したというのが真実の様だ。
その後、各地の腕自慢と言えば聞こえは良い、要は荒くれ者達が合流して行き、思うがままに周囲にも攻め込む等、傍若無人な振る舞いをした結果、金目当てで竜の巣から子竜を盗み出した者が現れ、建国から七十年程で一夜にして親竜に滅ぼされた事から、今では竜崩の亡国と呼ばれているのだ。
その聖王国跡地は未だに、草木一本生えない荒れ地が広がっており、群生地どころか、小国規模の範囲で不毛の地と化している。
「その薬草、月光鱗草って言うんだけど、その地域でしか見つかっていなかったらしくてね、天浮島で再発見されたけど、変色薬以外に使い道が無いんだよね」
「つまり、採集する奴も居ないって事か」
「そうそう。後、木の皮は魔物素材なんだけど、天浮島のダンジョン以外だと確認されていないみたい」
ダンジョンで魔物素材の採集は、時間的に難しい事、また、素材を取ればその分、魔石の質が落ちる事から、ほとんど流通する事は無い。
結果として、髪や目の色を変える効果しか無い変色薬の必要性は低く、作ったとしても高価になり過ぎるのだ。




