03 王太子の苦悩
「何故だ。どうしてこうなった?」
呟き、頭を抱える男。
未だ若く、輝く様な金色の髪に、整った顔立ちは、笑顔を向ければ多くの女性の注目を浴びるであろう。
服装は華美、と言える程には飾り立てられてはいないが、それでも、その仕立ての良さや、要所要所の飾り付け等で、高価な品である事が分かる。
今居る私室も、決して豪華さを誇る訳では無いが、どれを見ても高価な一品である事が分かる物で揃えられている。
一般では、豪商でも小さな明かり取り程度が設置出来れば自慢出来るグラス填めの窓は大きく、木戸を閉じなくても外と中を分けている。
グラスを通して日の光が差し込み、室内は明るいが、ソファーに蹲る様に項垂れ、頭を抱える男の放つ雰囲気は暗い。
「ですから、陛下を介して丁寧に対応すべきと進言したではありませんか。
軍部も表面だけでの対応では、何を示したところで反感を買うだけです、と」
頭を抱える男の向かいには、やはり質の良い衣服を着た男が居たが、そちらはかろうじて一部に元の金髪が残るものの、ほとんどは既に白髪へと代わり、体に見える多くの皺が経て来た年月を感じさせる。
「しかし宰相、明らかに過剰な程の内容であろう? 普通であれば、あれ程のものを示されれば、誰もが声を抑えるであろう!」
「ですから、相手は普通では無いのです。
昨年の事をもうお忘れですか? 殿下」
頭を抱えているのは、バゼーヌ王国の次代国王となる筈の王太子、フォルトゥナート=テス=バゼーヌであった。
通常であれば、王太子の言葉に反する事が出来るのは、同じ血族である王家筋か、幼少の頃より教育係でもあった、対面に居る宰相であるヴィリバル=サパライン公爵くらいのものであろう。
バゼーヌ王国では特権階級や既得権益を防ぐ為に、改革が進められていた。
改革し易いところから手を付けていては効果が薄いと、上から改革を進めて行った関係から、王家傍流となる王族位は大公を廃し、公爵位に。その分公爵は侯爵位へとなり、最下級貴族である男爵位は一代限りとした。
それに伴い、各役職の見直しも進め、交代時には新しい規範の下で配職を行う下準備も出来た。
父とは言え、現国王はその職務への関心が薄く、能力を問わず継続した安定を選んだ。
その結果、確かに国内は安定したが、反面各家では、家の後嗣がそのまま職の後嗣にもなり、また本来名誉職であった男爵位でさえも、新たに加わる事も無く、また欠ける事も無い。
どれだけ問題があろうとも、その時の当主が引退し、後嗣がその立場を継ぐだけ。どれだけ実績を上げようと、貴族位が与えられる訳でも無い。
安定と言えば聞こえは良いが、要は変化の無い治世。それは特権階級と既得権益の安定を産む温床となり、地位を持つものは腐敗と固執を極め、地位を持たぬ者はいくら実力があろうと報われない為に流出するか手を抜く事となる。
実力を伴わない人事は結果として表れ、じわじわと国力を下げるに至った。
運良く、三方に隣接し、一方では海を隔てた隣国との戦乱は無かった為に、国の存亡を脅かす事態とはならなかったが、それは逆に言えば、事に至れば十分な対応力を持たない事と同意である。
十五歳となり成人を迎えた若き王子は、父たる国王に進言するも『改革して問題が起きるかも知れない』との一言で失望を覚え、『であれば次代の王たるお前がやれ』との一言で、自身が継ぐ迄に改革を終える事を目標とした。
それから七年を経て、下準備は終えた。
勿論問題は幾つもあったが、それでも、良くも悪くも“動かない”国王のおかげで改革全権委任の表明と共に、王子から王太子として正式に次代と示された事で、権力闘争もほぼ無く、改革に集中する事が出来たのは幸いであった。
が、それもそこまでの話しだ。
あれからおよそ一年、この一年はその分隠れていたものが一気に噴出したかの様な騒ぎとなった。
改革に乗り出し八年目、これが現実かと頭を悩ませ、それでも、速度こそ遅くはなったものの一歩一歩進められていたと思っていたのだ。
「昨年の驚異の再来ではないか!」
「そうですな。相手も同じですし」
「『同じですし』ではないっ! 何なんだあれは。あの存在はそんなに影響力が大きいのか?」
「虹銀ランクの影響力が小さいとお考えでしたか?」
「そういう事では無い。
虹銀ランクが災害級という事くらい、知っている。
しかし、あ奴が関わると、ことごとく事態が動くでは無いか!」
一年程前、自国の迷宮都市クレリアナを、最高ランクの探索者がベースとしている事を聞き、その虹銀ランク探索者が依頼で王都に来ると聞き及び、好奇心半分、繋ぎを作る目的半分で関わりを持った事が、ケチのつき始めであった。
虹銀ランクが特殊な立場となってはいるものの、その人数は少なく、近衛騎士や貴族の幾人かが単なる探索者、つまりは一般民として対応。しかし、実際には虹銀ランクである以上、王太子であっても相応の対応を要するのだから騒動となり、それまで隠れていた特権階級意識が表に出て来た事で、改革に対する問題点が数多く残っていた事が発覚した。
結局のところ、王太子を含む改革派から隠されていただけで、貴族は貴族の意識に縛られていたという事である。
「しかも、妻となった者の貴族位を戻すなどという内容を、受け入れられる訳無いではないですか。
そもそもですな、いくら後嗣とは言え、貴族の娘が他家に嫁げば、もはや他家の者なのですぞ。無論、貴族間であれば家同士の関係が残るでしょうが、相手は虹銀ランクとは言え探索者、貴族位に魅力を感じる相手ではありますまい。
そもそも殿下は・・・」
結局のところ、王太子も王侯貴族側、つまりは特権階級の意識と常識で対してしまった事が、悪手となっているのだ。
しかも全権委任を受けているからと、宰相にすら相談をせずに動いてしまった事で、示した内容はそのまま突き返されてしまった。
特権階級から示されたものを突き返すなどという事は、本来であれば有り得ないが、その国に属する訳でも無い探索者相手なのだ。有り得ないと言い切れなくなる。
「しかし、何もせぬ訳にも行くまい」
どうすれば良いのか、頭を抱えるしか無くなっているのであった。




