27 設備開放
「お願い?」
「うん。ほら、わたしは薬師の家の出じゃない。
この前地下を見せて貰ってた時に、気になる薬を見かけちゃってさ」
「ああ、作り方を知りたいとか、素材を知りたいとかか?」
「ううん。えっと、アルさんはあそこに有る薬って、どうしたの?」
「ん? そりゃ買ったり、貰ったり、だな」
「あのさ、良かったらわたし、薬を作りたいんだけど、ダメかな」
そもそも薬を作るには、知識や技術だけでは足りない。
薬の元となる薬草を始めとした素材の確保と保管に場所が必要となり、調合の為の機材や道具は特殊な物が多い。
薬によっては、調合中に強い臭いを放ったり、拡散したものを吸引すると危険な物も有る為に、専用の作業環境も用意しなければならないのだ。
だからイルナは、駄目元で言い出してみたのだけれど。
「ああ、薬の調合か。
身内で作って貰えれば得だよな。色々付与実験にも使えるし。
うん、オレとしてもそれは助かるから良いんじゃないか」
「え?」
「え? って」
「だって、色々設備も必要だし、簡単じゃないから、ほら」
「ああそうか、言ってなかったか。
地下に調合部屋があるぞ。機材や道具は足りない物も有るかも知れないが、最低限の物は揃ってる筈だから、足りない分だけ用意すれば何とかなるだろ」
「え? ええっ! 何で調薬設備があるの? 普通の家にそんなの造らないでしょ」
「そりゃ造らないな。けどオレは付与術師だからな。
倉庫に置いてあった薬を見ても分かるだろうけど、物によっては付与した瓶を入れ換えたりもするから、念の為、調合設備は作ったんだよ。
ただ、設備だけ造るとおかしいだろ。だから機材とか道具も、一応同時に揃えた訳だ」
そもそも、付与魔術と一口に言っても、その適用範囲は広い。
武器や防具、アイテムなどへの付与によって、魔法的に性能の増強や付加は当然の事、入れる器に付与を施す事で効果を出したり、設備に付与する事で利便性を上げる事となるのだから。
これは、一般的な魔法である属性魔法が、攻撃や防御、支援と、その効果をどう用いるかで様々な使い方がある事と同様である。
「この家を建てた時に、付与魔法に関係しそうな設備は一通り用意だけはしたからな。
実際には、薬に関係する付与は調合室、武器や防具は作業台が必要だから鍛冶室、アクセサリー等のアイテムは細工台が必要だから細工室を用意だけはしたって感じだけどな」
「・・・何この家。ほとんどの設備が揃ってるの?」
「必要なんだよ。付与をやろうとすると」
「ねえアル、もしかして付与術師があんまり居ないのって、魔法を使える人がほとんど居ないだけじゃなくて、負担が大きいのもあるんじゃないかしら」
「まあ、そういう理由もあるかも知れないなあ」
本来、探索者で生きるには探索ギルドに登録し、戦い方を身に付ければ良い。
薬師ならば薬師ギルド、鍛冶師なら鍛冶ギルドといった、専門の職人ギルドに登録し、それを行う為に必要な技術や知識を学んで、専門の設備を持てれば独立出来る。
そして一般的な属性魔法は、自分で魔法の練習場を持てる者はほとんど居ないが、魔術師ギルドか探索者ギルドに登録していれば、それぞれの練習場が借りられる。
魔法陣を用いる儀式魔法も、既存の陣を学ぶには魔術師ギルドの資料室や、大きな都にある図書館を使って学べるし、新しい陣の研究も、魔術師ギルドに所属していれば、特別な設備が必要な訳では無いので困らない。
しかし、アルの刻印魔法、そして、それを応用した付与魔術は、そもそもギルドが存在せず、魔術師ギルドでも扱える者がほぼ居ない為に、所属する意味も無いのだ。
つまり、全て自分で何とかするか、自分で組織なりを立ち上げるしか無いのが現状となるのだから、広まる筈が無いのだ。
「何で、アルはそんなものを選んだの?
決闘で知ったけれど、小剣もかなり使えるみたいだし、刻印魔法や付与魔法では、剣との組み合わせは良くないでしょう?」
「オレは元々が刻印魔法しか学んでいないんだよ。
刻印魔法ありきで、その発展として付与を扱う様になった。色々な物に付与しているのも、最終的には刻印魔法の訓練という意味が大きいからな。
ただ、そうなると付与魔法が使える事は隠さないと騒ぎになるから、正体を隠す意味もあって小剣を使ってる訳だ。
小剣は、まあ、ちょっとした事情で基礎の扱いは身に付いていたからな」
そもそも付与魔法には、これと言った明確な形は無い。
属性魔法が、魔力という未確定なものを媒介にして、イメージを実現させて術を行使する事に対して、儀式魔法は魔法陣、刻印魔法は刻印を媒介として加える事で、実現出来る魔術の幅を広げたり、威力や効果を増したり出来るが、その分一手間増える事は避けられないし、通常の方法では魔法陣や刻印を刻むには、相応に時間を要する事となる。
そうした違いはあるものの、全ての魔法は周囲にあると仮定されている魔素を人が取り込む事で、体内で魔力となり、その魔力をイメージあるいは意思の力で、望む形に現実を改変して実現させる、という基本から外れる事は無い。
しかも、魔力量に応じて実現可能な魔法にも限りはあるし、現実の改変である以上は、現実の理から外れた魔法の行使は出来ないという絶対的な制限も存在する。
簡単に言えば、現実として火は存在し、どうすれば熾せるかも分かっている為、今現在火の気が無いところに、魔法を用いて火を熾す事が可能となる訳だが、伝説やお伽噺でもなければ凍った火は存在しないし、熾し方も分からない為、いくらイメージしても魔法は成立せず、行使出来ないのだ。
つまり、戦いの様な限られた時間での対応を要する状況では特に、発現までの時間が短くて済む属性魔法を選んで身に付ける事は、当然の選択というのが常識なのだ。
「でも、刻印魔法が使えるなら、属性魔法も練習すれば使えるでしょ?」
「そうなんだろうけどね。
刻印魔法による結果を先に知ってるから、属性魔法に変更するよりも、刻印魔法の弱点とも言える“かかる時間の解消”に、意識が向いちゃったんだよなあ」
「ああそっか、ほらライザ、だからその一つの形として、アルさんは付与魔法を扱うんだよきっと!」




