Extra2 イルナの事情
「わたしは、この都市から少し・・・歩いて五日くらいかな、行った所にある、小さな村で生まれ育ったんだよ。
村のほとんどが農民で、本当に小さな村だから、奴隷、ああ農奴ね。そういう人達も、特に酷い扱いを受けるって事も無かったし、普通に村人として扱われている様な、何の変哲もない村だったんだ。
ただ、問題はさ、ほとんどの人がそうなんだろうけど、うちの村も同じで、ほとんどの人が村から出ないで一生を終えるんだ。
たまに大人達が、近隣の町まで買い出しに行ったり、若い男とかが探索者や、どこかへの士官を夢見て出て行く事はあったけど、その程度の、本当に普通の村だから、若い住民はそんなに多くなかった事だね。
自惚れる訳じゃ無いけど、その村で、わたしは結構モテたんだ。絶対美人になるとか言われたりしてさ。って、何も言わなくて良いからね、此処に出て来て、多くの人を見て、しかもライザと知り合ったじゃない。自分がそんな扱いを受けたのは、小さな村だったからだなんて事、分かってるからさ。
まあでも、そういう扱いをされてた訳。
でさ、十五が近づくとほら、成人だから結婚も許されるじゃない。色々と周りの、特に男連中が五月蠅くなってさ、それで、事件が起きちゃったんだ」
多くの村では、そのほとんどが狭い世界の中で相手を選び、子を産み育て、それが繰り返されて行く。
大きな変化はほとんど無く、稀に夢を見て村を後にする若者が現れたり、流れて来た余所者が住み着く、そんな変化でさえ暫くの間は大きな話題になる様な環境になる。
イルナの一家は、祖父の代に流れて来た薬師から始まった。それ以前の、祖父がどこから来たのかは、両親からさえ聞いた事が無いらしい。
薬師は、小さな村ではとても貴重な人材となる。何しろ、月に一度やって来る行商人から買うか、町まで行って買わなければ、薬を手に入れる方法が無い様な村なのだから、薬師が居れば、急な時にも助かる率は上がるのだから。
そして、村の外からの血の所為か、イルナの母親も村の中では一番の美人で、村で一番の美男子と言われた父親と結婚したのだという。そして生まれたのがイルナだった。
「ある時、村長の息子から求婚されてね、それだけなら未だ良かったんだけど、他の若い男連中から、村長の息子っていう立場を使って抜け駆けする様な奴が、次の村長になるのか、とか、そういう悪い噂が出始めたんだ。
その所為で、村の雰囲気が何か、なんて言うんだろ、重い? 悪い? まあ、そんな感じになっちゃって、で、そういうのに耐えられなかったのかな、その村長の息子が、『誰が言い出したんだ!』って叫んで、他の若い男連中に、鉈で切りかかっちゃったんだよ」
国から命を受けた領主や代官と違い、村長と言うのは、特に権限も持たない、所謂その村のリーダーでしか無い。
領主や代官が、定期的に村々を巡る訳でも無く、国が認めたまとめ役が普段は居ないそうした村では、長年特定の家がその役を代々継いで行くのが普通だ。
そんな村長の息子が起こした事件で、村のリーダーとしての立場が揺らぐのは簡単だ。
「死人こそ出なかったけど、それでも怪我が悪化して、腕を無くした人も出てさ、村長の息子の責任を追及する声も強くなったんだよね。
そしたらさ、村長が、『息子はあの女に誑かされたんだ』なんて言い出しちゃってね。
勿論、わたしの両親を始めとして、わたしに味方してくれた人も居たよ。でもさ、その結果は分かるよね。そう、村の中で対立が起こっちゃったんだ。
何にもない平和な村だったから、余計に、なのかな。すごく人間関係が悪くなっちゃってね。そんな中で生活する訳だから、当然小競り合いや喧嘩とかも、あっちこっちで起きる様になって。
そうなるとさ、味方になってくれた人の中からも、わたしみたいな、男を惑わす様なのが居たからだ、なんて、無茶苦茶な事を言い出す人も出て来て、もう、ぐっちゃぐちゃ。
当然そんな中、わたしは家からも怖くて出られなくなってたし、何で自分がこんな目に遭うんだろうって、泣いて過ごしてたんだ」
小さな村は、いわば閉鎖された環境である為、そこで生じた様々な事は、村の中に籠もる傾向がある。捌け口の無い淀みの様なものだ。
それに変わる新しい話題で上書き、あるいは、何らかの妥協点があれば未だ、自然にそうした淀みも薄くなるものの、何しろ普段、特に話題が無い環境である為に、淀みはくすみ、混ざり、明確な姿の無い混乱に至る。
「結局さ、両親も含めて、その村で暮らして行くのが厳しくなって、ある日夜逃げしたんだよね。
昼間に堂々と出て行く勇気が無かっただけなんだけれど、時には隠れて石を投げてくる様な奴も居たらしくてね。
しかも、その頃には村長が、精神的に追い詰められたのか何なのか、寝込む様にもなってたらしいんだ。聞いた話しでは例の村長の息子が、夜に家の外に出たら、誰かは分からないけど、複数の人に囲まれて、暴力を振るわれたらしいし。
村長にしろ、その息子にしろ、その頃薬が必要だったんだろうけど、何しろ薬師がうちだからさ、来れなかったんだろうね。
当然、みんなをまとめる人も居なくて、本当に無法地帯みたいになっちゃって、夜に隠れて逃げ出すくらいしか無かったんだよ」
精神安定も、傷の処理も、薬か魔法が用いられるが、薬の知識を持つ者は少なく、回復魔法を使える者はもっと少ないのが実状だ。
薬師としての知識は、積み重ねられた結果による為、知識として広まり難い。また、回復魔法を扱える様になる為にも、専門の知識が必要不可欠の為、主に協会関係者からしか育たず、一部薬師の家系から出て来る事もあるが、その能力は限定的で、しかも数が限られる事になる訳だ。
そして元々、権力者等といった明確なまとめ役が居ない環境では、まとまりが無くなると、それまで溜めていた不満等の押さえが効き難くなり、より悪化するのは珍しい事ではなかった。
「でもね、夜って危険なんだよ。探索者としては常識みたいなものだけど、小さな村で生きてると、その危険はあくまでも知識だけ、なんだよね。どこか甘く見てるって言うか、何とかなるだろうって感じで、とにかく、その場から逃げる事の方が優先されちゃう。
結果として、直ぐに獣だか、魔物だかに襲われちゃった。
怖くてさ、しかも真っ暗だから、何が何だか分からなくて、気が付いた時には、近くで偶々依頼を受けて来ていた探索者の人に助けられてたんだ。
でもさ、気が付いた時、そこに居たのはわたし一人だけだった。一緒に村から逃げて来た両親は居なかったんだ。
その事を、助けてくれた探索者の人に言ったら、その場で静かに待っている様にって言われて、怖かったけど、頑張って待ってたんだよ。
暫くして戻って来たその人は、一言『ごめん、間に合わなかった』って」
獣が夜に活動を活発化させるのは、見通しが効く明るい内は、魔物という強者に見つかりやすい為と言われている。
そして、魔物にとっては、夜は獲物が動く時間である。
そこに、夜目の利かない人が入り込めば、多くの場合は、都合の良い獲物にしかならないのだ。
そうした知識を実感を伴って持っているのは、そういう環境に身を置く事がある探索者や行商人であり、多くの人達はそもそも、実感を伴う様な行動は行わないのだから。
その為、危機感が薄い者が獲物となり、命を落とす様な事は、この世界ではそれなりにありふれているのだった。
「もう、うっすらとしか覚えてないんだけどね、自分の居場所も、頼れる人も、何もかも無くしちゃったから、頭が真っ白になって、何も考えられない状態だった、かな。
それで、その探索者の人、ええっと、赤い髪をした、そこそこ若い女の人だったんだけど、その人が近くの町まで連れて行ってくれるって言ってくれて。
でもさ、近くの町だと、あの村の事を知ってる人も居るんだと思うと、やっぱり怖くてさ、そういう事を、多分もの凄く取り留めが無い感じだったと思うけど、必死で喋ったみたいで、『それじゃ、用もあるから』っていう事で、此処クレリアナに連れてきてくれたんだ。
でも、その人は依頼の関係で、此処から先はちょっと危険な所に行くから連れて行けないってなって、流石に此処に付く頃にはわたしも落ち着いて来てたから、門をくぐる所まで世話してもらったんだ。
着いた時、未だ昼前だったから、その人はもう少し移動するつもりだったんだろうね。
それでまあ、わたしには出来る事も無かったし、そもそも夜逃げして、襲われて、荷物とかも無くなっちゃったから、身分証明も無くて、それじゃって事で、探索者として登録する事にしたの。
うん、多分助けてくれた人への憧れも、何となくあったんだろうね。
で、ライザと出会いました。
何かね、自分で何も選んでないよね、わたしってさ。
だから、探索者を続ける事は、自分で選んでみたんだよ。
勿論、他に出来る事がないってのも、生きて行くには何かしないといけないってのも、他に行く所が無いってのもあるよ、理由としては。でも、自分の力で生きる事が出来る探索者って、嫌いじゃないからね」
イルナはそう言って、にっこり微笑んだ。
その微笑みは、過去に囚われて、それでも無理をしている様なものでは無く、自分の足でしっかりと立った者が見せる、濁りの無い綺麗な微笑みだった。
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明日投稿分から、本編第一章後半の投稿再開予定です。




