13 意識
マディナが概要を話す中、自分の身に起きた事態を初めて知ったイルナの顔色は、どんどんと悪くなって行った。
とは言えそれなりに場数を踏んだ探索者である為、表面上は毅然とした態度を崩していなかった辺りは、褒めても良いのかも知れない。そのおかげで、少なくとも話しの全てを聞く事が出来たのだから。
話し自体は、ライザがアルから聞いた内容と大きくは異なっていなかった。但し、そもそもライザが貴族との約束を交わず原因となった出来事自体、その貴族が仕込んだ可能性が高いという事や、ライザと組む様になったイルナの事が貴族に報告され、ライザだけで無く二人共を標的に変更したという話しは、この時初めて知った事であった。
「イルナ、済まない。どうやら巻き込んでしまった様だ」
「ううん、違うよ。
ライザも同じ。巻き込まれたんだから、謝る必要は無いでしょ」
「しかし」
「あのね、ライザ。話しを聞いてわたしが感じたのは、自分が危険な目に遭ったとか、運が悪かったらどうなってたかとか、そういう事よりも、身勝手で傲慢な貴族の怖さよ。
身分や立場があって、それを悪用、いえ、悪用とすら思わずに気のままに振る舞えば、どんな目に遭わせられるか分からないという事」
そう、イルナが感じたのは、同じ人であるにも関わらず、立場的な上下をそのまま実際の上下として見る存在に対する恐怖だった。
自分の欲望を果たす為に、立場が上であれば実現はさせ易い。そして、その力を、欲求のままに実行する存在に対し、本能的な恐怖を覚えたのだ。
「とりあえず、今回の件でその貴族には調査が入ったわ。
所領がこの都市とは別だから、調査が済んで情報が入って来るまで、多少日数が必要でしょうけど、とりあえずギルドに任せてちょうだい」
「はい。お願いします」
「それで、聞いておきたいんだけれど、ライザさんはアルマン君とどういう関係なのかしら?」
「は? いえ、別にアル、いやアルマンとは別に・・・」
「ほら、随分と気心知れた感じじゃないの。
名高い“銀の風妖精”、“気高き孤高姫”らしくない、年頃の女性って感じよ。ね、イルナさん」
「そうですね。ライザがこんな風になるなんて、ちょっと思わなかったな」
「なっ! マディナ殿も、イルナも、からかわないで欲しい。
しかも、何なんだその『気高き孤高姫』というのは」
「あら、知らなかった? 特に男の探索者の間ではそう呼ばれてるわよ。
男に媚びず、靡かず、近づくにも難い、難攻不落の気高き孤高姫、って」
「あー、わたしも聞いた事あります」
わいわいと騒ぐ二人を余所に、ライザは一人、顔を真っ赤にして俯くしか無かったのであった。
「さて、今日はどうしようか?」
一夜明け、宿の一階にある食堂で朝食も終えたところで、食後のお茶を飲みながら、イルナはライザに問いかけた。
「そうだな、パラシュが折れたから、買い直さなければならないし、パーティーとしても考えなければいけないしな。
今日と言うよりも、暫くは休業といった感じになるだろうな。
それよりも、本当に良いのか? 何なら、別のパーティーに移っても一切文句は言わないぞ」
「それは、昨日も一杯話したじゃない。
あんな事あったし、やっぱりちょっと、他の人を入れて新生旋風の翼っていうのも怖いし、かと言って、他のパーティーに入って、これまでと違う人達とやって行くのも、やっぱり怖いんだよね。
でも、探索者を辞めちゃうと、生活出来ないしさ。
勿論、ライザが探索者を辞めるって言うなら、わたしも別の方法を考えるよ? でも、そうじゃないならこのままやって行きたいかな、って思うんだよね」
「けれど、女二人でとなると、これまでの様には活動も出来なくなるぞ」
「それはそうだろうね。
でもさ、それこそアルマンじゃないけど、生きて行くだけなら、多分何とかなるんじゃないかな。
あ、でも、ライザがアルマンの所に飛び込むって言ういうなら、わたしは邪魔しないからね」
「な、何を言ってるんだ!」
「えー、だって、わたしにすらその口調なのに、アルマンには随分と地を出す様になったしさ。
それって、二年半も一緒にやって来たわたしよりも、アルマンの方が気を許せるって事なんじゃないのかな?」
「いや、それは。しかし・・・」
イルナの言を受け、ライザは咄嗟に、返す言葉を失った自分を自覚した。
そもそもライザ自身、出会って未だ数日しか経っていないアルに対して、何故、自分が気を張らずに済むのかが分からなかったからだし、そんな自分に対して疑問を持っていた為でもあった。
「・・・・・」
「あれ、考え込んじゃった。
本当にライザは、真面目なんだから」
イルナとしても、何故ライザが自分に対して、いつまで経っても気を許してくれなかったのか、その理由までは分からなくても、何となくその気持ちは感じていたのだ。
ライザにあったのは、自分の目的である、期限付きの金ランク達成のみであった。
逃げられる場所も、帰る先も失い、正に断崖に追い詰められた状態の中で、その目的達成のみに集中していたからこそ、他に目を向け、心を緩める余裕が出来なかったのだ。
振り返れば、何時も必死で、それでも誠実に進もうと気を張ったライザの姿ばかりが浮かんで来る。
そんな中で、何故アルに対して気を緩めたのはは分からないけれど、張り詰めた糸が何時か切れる様に、いずれ行き詰まるかも知れないライザの様子が変化した事に、ホッとした事も事実だったのだ。
誰にも、ライザ本人にも言ってはいないけれど、イルナは此処、クレリアナにやって来て探索者となった時、とても不安な気持ちを抱えていた。
それは、女の身一つで、これからどうすれば良いのかが分からなかった事、見知らぬ地での不安、そして何より、そもそも戦い方を知らないというのに、探索者以外に身を立てる手段が見出せない事が大きかった。
そんなイルナに対して、同じ女の身で、しかも同じ新人探索者だからと声をかけ、その後は戦い方を教えてくれ、時には身を挺して助けてくれたライザに、大きな恩を感じていたのだ。
だからこそ、目の前で、自分の事で必死に悩んでいる大切な仲間、そして友人が、少しでも背負った重荷を降ろして、身軽になってくれればと、願わずにはいられなかった。




