Chapter 5: Joann
「ほら……! あそこよ。空港から降りてきたあの子。早く迎えに行ってあげなさい、義理のお父さん」
年配の女性は、少しだけ口元に笑みを浮かべながら言った。
「ふんっ!」
青年は、慌てて振り返った。
「育てるなんて、一言も言ってないだろ……!」
年配の女性は、すぐに言い返した。
「まあ? じゃあ、先生の資格もいらないのかしら? せっかく高いお給料まで出してあげるって約束したのに……」
青年の顔が、一瞬だけ曇った。
それから眉を寄せ、少しだけ声を落として答えた。
「……ったく。仕事を盾に脅すなら、しばらく面倒を見てやるよ」
年配の女性は、喉の奥で小さく笑った。
そして、遠ざかっていく青年の背中を見送った。
大きな鞄が、その身体の傍らに置かれていた。
少年は両手でそれを強く握りしめ、廊下の端に一人で立っていた。
左を見て。
右を見る。
まるで、どこへ行けばいいのかわからないかのように。
少年はゆっくりと息を吸った。
そして顔を上げ、もう一度空気の匂いを嗅いだ。
まるで、誰にも見えない何かの匂いを探しているようだった。
けれど、しばらくすると、少年は静かに共用の椅子へ腰を下ろした。
視線は床へ落ちている。
指先だけが、膝の上で小さく上下していた。
まるで、来るのかどうかさえわからない何かを、ただ待っているように。
スキンは、そんな少年の姿をしばらく見つめていた。
『こいつ……本当にぼんやりしてるな』
やがて、スキンは何かを手にして少年のもとへ歩いていった。
そして、その目の前で足を止めると、それを差し出した。
小さなガラス瓶。
その中には、金色の毛が入っていた。
少年は顔を上げ、目の前に立つ男を見つめた。
何も言わない。
ただ、その小瓶を受け取った。
そして、瓶の中をじっと見つめる。
その間も、左の足と右の足は、ゆっくりと揺れていた。
大きな影が、降り注いでいた陽の光を遮った。
ぬくもり。
甘い香り。
そして、かすかな囁き。
「香りの小瓶。
どうか、愛しいものが
陽の光のように
お前を包みますように。
たとえ欠けていても――
それでも、愛しているから」
少年は、その小瓶から目を離すことができなかった。
ただ、もっと深く。
もっと深く。
その小さなガラスの向こう側を覗き込むように、見つめ続けていた。
その男が荷物をまとめ、少年の手を引いて歩き出しても――
少年は、まだ。
その小瓶から、目を離すことができなかった。




