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第四話 西暦二〇八五年 十一月三十日 ①

 


 第四話 西暦二〇八五年 十一月三十日



 夜行バスでの移動中、どうやって紗奈を探すか、何をするべきかを考え、結果として俺は瑞樹家がある町へと戻ってきた。向かったのは、瑞樹家の先祖たちが眠っている大きな霊園。真ん中より少し奥に瑞樹の名を背負った者たちの墓が並んでいる。

 その中から父である『敏明』と母さんの『桃子』の名を見つけ、膝をついてその名を指でなぞってみた。


 前世から二十四年も経っているのだ。年齢を考えれば亡くなっていても不思議なことではない。父さんと母さんは二人仲良く同じ墓に収まり、そこには俺の骨壺も並んで収まっている。死と再生の仕組みを知っているからこそ魂がここにはないことが分かっているのだが、不思議とすぐ傍に二人の存在を感じられる気がして悲しくも寂しくもなかった。

 二人の最期がどうだったのか思いを馳せていると、こちらに向かってくる足音に気づく。地面に敷き詰められている紅い葉を重々しく踏みしめる音だ。


 立ち上がり、ゆっくりと振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。

 ダークグレーのスーツに身を包んだその身体は痩せており、しかし弱々しさを感じるどころか鍛え上げられた印象を受ける。

 頬はこけていても首回りは筋肉によって太く、背筋は鉄の棒でも入っているかのように真っ直ぐだった。左手は機械化されており、左足からも人間らしからぬ金属が軋むような音が鳴っている。左目は義眼で、何重にも重なるレンズが細かく動いて焦点を合わせており、目の周りには皺もなければ爛れた痕もないため人工スキンに張り替えたことが分かる。


 まさか八十三歳の哲也がこれほどまでに威圧感のある人物になるとは思っていなかった。

 だが、この場に現れたことに驚きはない。なんの縁もない今世で哲也に出会うことは不可能に近かったが、東道と戦う仲間が必要だったし、信頼出来て助力を求められるのは哲也しかいない。だから俺はこの場にいる。新しく生まれ変わった俺がこいつと出会える可能性があるのが、この場所だけだった。ほとんど家族のような存在だったから、俺の両親の墓参りに姿を現す可能性を考えたのだ。


「いずれ……」


 哲也が口を開き、地の底から響くような声で言う。


「いずれ、また出会うだろうと思っていた。二十年前後の間隔で現れるのではないかと思っていた。だからこそ、この映像を遺しておくべきだろうと思った」


 哲也の左の義眼が明滅し、照射された光が俺と哲也の間に立体映像を作り上げていく。

 瑞樹家夫婦の部屋。年老いた妹たちと弟に体を支えられて、ベッドの上でやっとの様子で体を起こした老体が二人、俺の目の前に現れる。触れれば体温を感じられそうなほど凄まじく精細に映し出されていた。


「こんにちは、智三君、真宵ちゃん。分かりますか、おばちゃんだよ」


「お母さん、わしらハチャメチャに老け込んだんだ。それじゃあ分からんよ。えー、どうもお二人さん。瑞樹敏明と桃子です。覚えてるかなぁ、『プロジェクト・ジ・アース』のあれやこれやで関わったジジイとババアです」


 へらへらと笑う二人の姿は相変わらずだったが、咳き込んで妹たちに背中をさすられている姿は人生を生き抜いた者の哀愁があった。


「色々伝えたいことがあるけれど、まずは客船が爆発したあのテロ事件の後のことを話しておこうと思います。わたしたち『プロジェクト・ジ・アース』はたくさん怪我人が出ながらも、奇跡的に死者は出ませんでした。智三君が危機を報せてくれたおかげです。あなたは命の恩人よ。心から感謝申し上げます。本当にありがとう」


「しかしなぁ、あの事件でわしらは思い知ったよ。東道パーフィニティがいかに危険で、どれだけ日本の深部に入り込んでいるかを。そりゃどこのメディアもテロのことを報道したが、誰も東道パーフィニティの関与を疑わず、『東研』の若者が主犯だと決めつけた。しかも東道パーフィニティは『東研』を非公認の組織だと発表し、罪逃れときた」


「逃げ切れるわけがないと思ったのだけど、どれだけ不審だろうと、どれだけ声を上げようと、東道は逃げ切ってみせた。わたしたち、『あぁ、これは敵わないな』ってなっちゃって、『プロジェクト・ジ・アース』は散り散りになっちゃったの。みんな殺されるリスクは負えないって思ったのね。今や日本で活動しているのはわたしたちだけになっちゃったわ」


「といっても配信業やってるだけだがね。環境改善、環境美化を訴えたり、自身でボランティアに参加したり、それを映したり、そんなもんだ。さすがに二人で東道を相手にするのは無理があるからな。それが限界だった」


「でもね、わたしたちは自分たちの人生に、後悔はあれど納得はしてるわ」


「勝手な話なんだがね、わしらは智三君の願いを叶えることで、息子を少しだけでも救えたんじゃないかと思えたんだ」


「智三君のおかげで、二度と会えるはずがなかった我が子をとても近くに感じられたのよ。あなたの声が、言葉が、長いこと背負っていた重荷を降ろさせてくれたんだと思うわ」


「二人がヨーロッパのどこだかに亡命したって哲也君から聞いて、心から安心したよ。今は二人一緒に暮らしてるんだってね?」


「真宵ちゃん。東道の機密を誰にも話さず隠し続ける決断は辛いものがあったと思います。でも、それを罪に思わないでね。自分の命が最優先。自分の人生を最も大切にしなくちゃダメよ」


「ありがとうなぁ、二人とも。わしらは二人に生きる意味と立ち上がる尊さを教えられた」


「忘れないでね。この世界には確実にあなた方の幸せを願っている人間がいることを。どうか平和で幸福な未来が訪れますように」


 二人が晴れやかな笑顔を浮かべたところで映像は止まった。ふっ、と消えて哲也が正面に現れる。冬を感じさせる冷たい風が俺たちに纏わりつくように吹いていた。


「なぜこれを俺に?」


「必要だと思ってな」


「初対面の俺が?」


「亡くなった瑞樹夫妻に、今日全てを終わらせると伝えようと考えた時、ふと思った。もしまた『特別な邂逅』があるのならば、この瞬間だろうと。そこで私は、ここで出会った者に例え見覚えがなくても映像を見せようと決めていた」


「そうか。俺宛てのメッセージではなかったけれど……なんと言うか、少し心が軽くなったよ。瑞樹家とは縁があったからな。穏やかな二人の晩年を垣間見れて嬉しかった」


「それは良かった。ところで、これから私は東道パーフィニティ本社を襲撃する」


「……何だって? 襲撃?」


「東道久道会長とその配下を制圧し、これまでの犯罪、不正、不義を示すデータを奪い取る。会長に身内を危険に晒された者、命を脅かされた者たちの力を借り、数十年を経てようやく準備が整った」


「クーデターってやつか」


「いや、クーデター自体はすでに完了している。果てしない労力と時間を使って一人、また一人と仲間を増やし、社長の座を奪い取った。これから行う襲撃は東道久道にトドメを刺すための大詰めと言ったところだ」


「社長? あんたが? ……いや、そうだった。ネットニュースであんたの顔を見たことがある。反逆だとか、部下たちの裏切りだとか、一時期随分と騒がれていたんだったな。よく実現できたもんだ」


「運もあっただろう。いつからだったか、東道久道は『人探し』に夢中になり、天下りで社に戻ってきた後は注意散漫で隙だらけだった。社長の椅子は長いこと空けられており、どうにか目の前に立つ機会を得た私は、ただ慎ましくそこに座っただけだ。あとは会長という最高位職に見せかけた牢屋に東道久道を押し込むだけで、クーデターは想像よりずっと早く完遂できた」


「『人探し』? そんなあっさりと地位を奪われるまで執心してた人間……一体何者なんだ?」


「それは後ほど相対した時に訊けばいい。とにかく、だ。社長とは、東道パーフィニティとそれに関連する様々な企業の技術を活用できる立場ということ。ひいては会長の位に閉じ込めたやつを仕留めるのに十分な力を得たという意味でもある。しかし、その力は一時的なものだ。会長は百歳を目前にしても社を取り返さんと人員を集め、抵抗する準備を始めている。今日トドメをさせなければ、逆にクーデターを起こされるだろう。そうなった時、どれだけの被害が出ることか……」


「また誰かがいなくなっただとか、死んだとか、そういう事件が多発するだろうな」


「それを踏まえて、この問いに答えて欲しい」


「問い? なんだ?」


「私とともに来るか?」


「襲撃に参加するか、って意味だよな? なぜそんな質問を俺にする?」


「これもまた、この場で出会った者に訊ねると決めていた」


「……、俺は女性を探している。東道の機密、主に重力操作技術の危険性を外部に報せようとしていた人物だ。心当たりはあるか?」


「ともに戦うと誓ってくれた私の女性秘書が三か月前より行方不明だ。だが居場所は分かっている。東道パーフィニティ本社のどこかだ」


「まだ生きているのか?」


「私に大胆な行動を起こさせまいと苦し紛れで人質に取ったんだろう。存命である可能性は非常に高い。この襲撃には彼女の救出も目的に含まれている」


「なら俺も連れて行ってくれ。俺が探している人は、きっとその人だ」


 黙って踵を返した哲也の後を追い霊園の出入り口へ向かうと、知らないメーカーの高級車が一台停まっていた。哲也が近づくと自動的にガルウィング式のドアが上方向に開く。「助手席を」と哲也が一言述べると、車は指示通り助手席を開く。俺はそこから乗り込みシートに腰を下ろした。すると搭載されているAIが話しかけてきた。


『おかえりなさいませ、高槻様。こちらの霊園への訪問によって、本社到着までの予定到着時刻に十分ほど誤差が生じる可能性があります。許容するか、速度を上げるか、どちらになさいますか?』


「速度を上げろ。かち合う可能性のある車両には事故防止システムを利用して減速させるように。この車両と、それに関連する運送車の優先度を国内一位に設定だ。一度も停車することのないよう、信号のハッキングも可とする」


 車は重力操作で浮き上がると、回転盤に乗っているかのようにその場で百八十度回転する。すぐに走り出し霊園を出ると、公道を恐ろしい速さで走り始めた。

 この車にはハンドルはなく、代わりにモニタが設置されていた。哲也がそのモニタに触れると、フロントガラスやサンバイザー、窓ガラス、それに皮にしか見えなかった内張りがガラスみたいな質感に変化し、様々なグラフや、機動隊員のように防護服に身を包んだ人たちが詰め込まれているトレーラー内の映像が映し出される。データを読み取るに、哲也の仲間らしき襲撃犯を乗せた車両が別の道を使って本社に向かっているらしい。


「一体何十人がこの襲撃に参加してるんだ? よくこんなにも集められたな」


「二桁の人手で東道パーフィニティを落とせるわけがないだろう。人数は百四十五だ。だが、映っている人型はAIを搭載したロボットだ。実弾が飛び交うことになるだろう戦争に、協力者たちを兵隊として送り込むなどできるはずもない。襲撃に参加する人間は私たちだけだ」


「それにしても、どうやってこんな数を作ったんだ? ロボットたちの装甲とか、ライフル? みたいなでかい銃とか、この日本でどうやって用意したんだよ」


「安心しろ、外国のマフィアとやり取りしたわけじゃない。全て3Dプリンターで作成したものだ」


「3Dプリンター……俺の記憶が正しければ、日本は使用禁止になったんじゃなかったか? 渋谷で3Dプリンター製の銃で乱射事件があっただろ」


「それは民間レベルでの話だ。国から特別指定を受けた企業は保有と使用を許されている。日本のGDPの四十パーセントを担っている東道グループがその資格を持っていないわけがないだろう」


「……そういえば、東道久道が政治家をやってる間に決まったことだったな」


「渋谷の銃乱射事件も東道久道の手の者が起こした作為的な事件だ。3Dプリンターの利用を東道グループだけに限定して他社との競争力に差をつけるのが目的だった」


 アルファベットの文字列をチェックしていた哲也は、不意に手を止め、背もたれに体を預けた。

 目を閉じてゆっくりと息を吸い、吐き出す。

 その後、正面を見据えると、辿ってきた人生を表すかのような重々しい声を発した。


「二十年後、そこから十七年、更に二十四年の歳月……私ももう歳だ、残りの人生はあまり残されていない。きっとこれが最後の機会になるだろう。だから……だから、今だけ自分の胸の内を語らせて欲しい」


「見ず知らずの人間に自分語りか。不思議な話だ。……でも、俺で良ければ話を聞こう。俺は俺で聞きたいことがある。例えば、俺たち……いや人類全員、何に巻き込まれてるんだ? 重力操作技術がどうして危険視される? どうして東道の周りでは血の臭いがすることばかり起こるんだ?」


 哲也が宙を手で掻くと、フロントガラスに白い線で描かれた地球が表示された。世界の様々なところに点が現われ、そこから宇宙に向けて柱が立った。


「このポイントは熱核融合炉が建設された場所だ。そして、柱は隕石を呼び込む『極所的強重力力場』と呼ばれる」


「隕石を引き寄せる原因とされてるやつだな」


「そうだ。熱核融合炉にニュートラリーノ結晶体が使われているのは当然知っているな?」


「重力を生み出せる石のことだろ」


「その結晶体を特定の手順で加工し、熱を加えることで結晶体を中心として力場が生まれる。結晶体をリング状に作り、中央の空洞部分の方向に強力な力を加えることで、プラズマを安定した状態で浮かべることに成功した。言わば人工的な太陽を作ることに成功したわけだな。しかし重力操作技術には謎が多い。『重力』とは言うが、実のところ結晶体から生み出す力場がこの地球を取り巻いている重力と同じ性質のものなのかは未だに不明だ。磁力などより圧倒的に弱い力であるはずの重力でプラズマを安定させるとなると、想像もできないほどのエネルギーが発生しているはず。だが、なぜ結晶体とそれに伴う熱核融合炉を構成する設備にダメージが発生しないのか、標準理論に照らし合わせて発生する矛盾はどう解釈すればいいのか、数十年の研究で分かったことと言えば――」


「もっと簡潔に話してくれ。さっぱり分からん」


「結論を述べると、重力操作技術は重力を操作する力ではなかったのだ」


「じゃあ何を操作していたんだ?」


「宇宙そのものを動かしているという説が有力だ。遥か太古に生まれた宇宙はこれまでもこれからも膨張し続ける。だが、その膨張を逆転させてしまう力が生まれてしまったという説だ」


「膨張を逆転……この、極所なんたらって言う柱のことか」


「宇宙に強力な力場が生まれ、そこに引き寄せられた隕石がぶつかり合い、地球が誕生した。その世界創生に近いことが起こっているということだな」


 哲也はそう言いながら天井に視線を向けた。すると天井は透明化し、まだ夕暮れ時だというのにギラギラと輝く星々と紫色のガス状の宇宙そらを見せつけてきた。


「その熱核融合炉から伸びてる異様な力が宇宙うちゅうにまで到達して隕石を引き寄せた……そういうことか」


「原子力発電の時と同じだ。核廃棄物の処理という問題を抱えながらも、いつか解決すれば良い、いずれどうにかなる、と次々に作り上げた。熱核融合炉も謎が残っているというのに、いずれ解明できると信じて稼働させ、結果この悍ましい滅びの空を招いた」


「東道が……あいつが変な結晶体を見つけなければ、こんなことにはならなかったのに……どうして悪魔のようなあの男が力を掴んじまったんだろうな……」


 憤りで拳を握りしめる俺の横で、哲也は小さく息を吐いた。


「……違う。始発点は東道久道ではない。私だ。私の軽率さから全ては始まったんだ」


 俺は静かにその言葉を受け止め、嚙み砕くようにして意味を考えた。

 考え、理解しようと努力し、言葉の意味が分かると思わず哲也に顔を向けた。哲也は視線に気づいているだろうが構わず正面を見据え、能面のままぽつぽつと語りだす。


「学生時代、幼馴染の二人が子を成した。想定していたわけではなかったらしいが、遅かれ早かれ二人は結婚して家庭を作っただろう。驚きもそこそこに、私は喜んだよ」


「……それが今までの話と何の関係がある?」


「指輪だ」


「なに?」


「まだ社会にも出てない若造が宝石をあしらった高価な婚約指輪を用意できるはずもない。が、親友のアルはどうしても立派なプロポーズをしたいと私に相談をもちかけてきた。私は様々なツテを使って、本物のダイヤをあしらった指輪を格安で手に入れたんだがな、そいつの前でお披露目しようと箱を開いた途端、指輪からダイヤが取れて落ちたんだ」


 危うく「そんなこともあったな」と言いそうになったが、ぐっと飲み込み「それで?」と続きを急かした。


「急いで工学部の友人や購入元に相談してみたが、そもそも金属の爪で固定されていたものがころりと外れるなどありえないと言う。爪の部分に甘さがあったかもしれないから確認してみろと言われてそうしたわけだが……私は、ダイヤに異変が起こっていることに気づいた」


「どんな異変だ?」


「まず形状に変化があった。一部が溶けたかのように変形していたんだ。だが、そんなことは些細なこと……変化に眉をひそめる私の前でダイヤが宙に浮いたんだよ」


「浮いた? それは……風船みたいに?」


「不思議な光景だった。ダイヤの周りにあったものも次々と浮き上がり、まるで宇宙空間にいるようだった。私は驚き何が起こっているのかという疑問とともに、何かすごいことが起こっている予感を覚えた」


 哲也は右手と機械の左手を組んで膝上にアーチを作り、項垂れるように額を乗せた。


「その時、邪な感情が芽生えた。おそらく世紀の発見が目の前で起こっている。これを発見した功績を得たい。そんな感情だ」


「それでその後、あんたはどうしたんだ」


「指輪の本来の持ち主である親友に無断で、物理学の教授に見せに行ったのだ」


「ああ、そうなのか……で、それに何の問題があるんだ?」


「後で知ったことだが、その教授は至るところで借金を背負ったギャンブル中毒者でな。東道にその弱みを握られていて、生活の全てをコントロールされていた。変異したダイヤを見た教授は一目で大いなる価値が宿っていることを察し、東道に報告したんだよ。そして東道久道はすぐに感づいた。その変形したダイヤが自分が探していたものだと。あいつは知っていたんだ。特異点と呼ばれる、様々な条件が揃った時に物質を大きく変化させるポイントが世界中にあることを」


「……その後お前の身に何が起きた?」


「教授に東道の配下の人間を紹介された。ダイヤが生み出す様々な技術を立て続けに述べられて、功績を称えられた。そして最後に……名前を聞かれた」


「それだけ?」


「それだけだ。だが、しかし……私はその時、自分の名を名乗らなかった。話を聞いて自分の想定を超えた大きな事態なんだと分かり、怖くなって指輪の持ち主の名前を述べたんだ。瑞樹有という、幼馴染で親友の名を」


 心臓が大きく鼓動していた。

 冷たい汗が額から流れ落ちる。


「東道は自身こそが発見者となり、特定物質をニュートラリーノ結晶体へと変化させることに成功した第一人者になりたかったんだ。だからやつはダイヤを我が物とするため、ダイヤの持ち主を殺そうとした。私の親友を襲ったんだ。そしてあろうことか、ダイヤの持ち主は生き残り、何の関係もない婚約者だけが死ぬこととなった」


 全身の毛が逆立つのが分かる。

 あの日のことは決して忘れることは絶対にないだろう。「アル君、あれ」という紗奈の声が聞こえた次の瞬間、左の崖上から鉄骨が降り注いできた。ブレーキを踏んだが後ろを走っていたトラックに押されて、破壊の嵐に叩き込まれた。フロントガラスが粉々になり、全身が滅茶苦茶に振り回され……我に返ると鉄骨の隙間で呆然としていたことを――

 あれは事故じゃなかった。

 あの時点で、俺たちは東道の謀策に巻き込まれていたのだ。


「……ダイヤの持ち主は生きたまま。更にダイヤの異変に気づいたのは所有者ではなく私だと判明する。あの時ばかりは東道久道も焦ったことだろう。何せ殺さなければならなかったはずの人間が生き残り、事故と東道の名に関連があるかもしれないと密告される危険があったわけなのだからな。それで東道久道は直々に俺の前に現れ、私にある映像を見せてきた。私の実家のあちこちに爆発物らしきものを取りつけている映像だ。それと家族全員の行動を事細かくメモされた書類も渡された。そして――」


「どうなった?」


「毒薬を渡されたのさ。私を放っておけば東道の関与を警察に伝えられる危険があったが、警察が嗅ぎ回っていたために殺して処理することができなかった。だから私を脅して親友を毒殺させ、その弱みにつけこんで支配下に置こうとしたというわけだ」


「そう、だったのか……」


「私は……そう、語りたかったのはこれだ。私はな、幼馴染を殺した大罪人なんだよ。家族同然だと思っていたのに、肉親の命と天秤にかけられて、私はいとも容易く親友を切り捨てた。笑えないほど弱い人間だったのだ、私は……」


 哲也は自虐的な笑い声を漏らした後、表情を引き締める。その眼に昏い覚悟を滾らせて、深い闇を進んでいくかのように視線を研ぎ澄ませていた。


「全ての責任は私にある。友の死も、多くの人間を守れなかったことも、地球が危機に陥ったのも、私に力がなかったからだ。だが、人生をかけてようやく東道久道を倒す算段がついた。もし魂というものがあって、憎しみのあまりに二人が現世に留まっているというのなら、見届けて欲しいと思っている。少しでも罪を償い、慰めになることを願って……」


 車のAIがもうすぐ東道パーフィニティ本社に到着するとアナウンスした。哲也は地下駐車場へ向かうようにと指示を出し、ロボットたちに紐づく情報に視線を走らせる。


「それが、あんたが俺に聞いて欲しかった自分語りか」


「ああ、そうだ」


「苦しい立場にあるな。まあ……そんなこと俺には関係ないことだが」


「……そうだな。老人の独り言だ。忘れてくれて構わない」


 走っている道は各方面から伸びている道路と合流し、黒塗りの大型トレーラーが次々と姿を現す。ロボットを乗せた車両だ。

 俺たちの車を先頭に坂を下り、遠くに見えていた巨大な本社ビルの根本へと入り込む。本社から一キロ近く離れているがすでに東道パーフィニティの敷地らしく、『東道』と名のつく様々な子会社への案内板があちこちに見られた。

 やがて車は緩やかに減速し、広々とした地下駐車場で停まった。ドアが開き、外に出て周りを見てみると、まばらに車が停まっていて社内に人間がいることを窺わせた。


「本日、テロ攻撃を受けたことを想定した避難訓練が行われることになっていてな。この地下から一階のエントランスに襲撃者が雪崩れ込み、警報を聞いた社員たちは避難用地下通路に逃げ込んで敷地外へ逃げる算段になっている」


「その襲撃者役があんたとロボットか」


「君は私の後をついて来ればいい。ロボットとともに安全を保障しよう。だから、私の後始末を……贖罪を見届けて欲しい」


 俺はそうかと興味がないフリをしてそっけなく返事をし、辺りを見回した。すると一台のトレーラーの影に天使がいることに気づく。

 哲也はタブレット端末でロボットのチェックを行っており、こちらの動向を気にしていないようだった。俺は黙ってその場を離れ、天使に声を絞って話しかけた。


「ようやくおでましか。一体どこに行ってたんだ?」


「遅くなって悪いな。神様に直談判しに行ってたんだ。ほら、前回あんたを爆発から庇っただけでペナルティ食らっただろ? 今回はもっと直接的にあんたをフォローできるよう頼みこんでみた」


「そうか。ところで聞きたいことがあるんだが」


「直談判の結果か?」


「違う。俺の死因だ。哲也は俺に毒を飲ませたと言うが、それは事実なのか?」


「うん、まあ、そう言えなくもない。あんたが恋人の死から立ち直れず無気力になってた時、一度だけ高槻哲也があんたのためにスープを作ったんだが、混ぜた毒はほんの一滴だ。彼はあんたがスープを飲んだのを確認すると逃げるようにその場を離れたから知る由もないことだが、あんたはスープを飲んだ後、胃が受けつなくて吐き戻してるんだよ。だからあんたの死に彼は関係ない。精神失調状態での放置による衰弱死。これがあんたの死因だ」


「そうか。ありがとう。そんなところだと思ったよ」


 俺は身を翻して哲也へと近づき、「ちょっと時間をくれ」と声をかけた。

 哲也は次々とトレーラーから下りてくるロボットたちに言葉で指示を出していたが、中断して振り返ると「なんだ?」と訊ねてきた。

 俺は躊躇うことなく、その顔に拳を叩き込んだ。

 哲也の左頬に俺の拳がぶつかり、鈍い音が鳴る。どうやら腕や足だけでなく顔の左半分も機械化しているらしい。伝わってきたのは金属の頑強な感触だった。

 哲也の頭は一ミリたりとも動かなかったが、さすがに目を丸くしていた。俺は右の拳の痛みで転げ回りたいところだったが、それでは格好がつかないから歯を食いしばって誤魔化すために声を張り上げた。


「今から数分だけ! 俺はあんたの幼馴染で親友のアルとかいう名前の男のフリをする!」


「フリ? 突然どうしたんだ?」


「いいから聞け! 今から少しの間だけ俺のことをアルだと思って話を聞け!」


 哲也は戸惑いを露わに俺を見つめている。俺は息を整え、溢れ返る思いを言葉に変えた。


「馬鹿か、お前は! お前に落ち度なんて一つもないだろ! 全部全部東道が悪いんじゃねえか! 何を勝手に責任を感じてんだ!? 何を勝手に罪を背負いこんでんだ! お前は何も悪いことしてないのに、どうしてこんなボロボロになっちまったんだよ!」


「……私の意思がどうであれ二人の死を招いたのは私だ。私の軽率な行動が悍ましい結果を招いた。友に毒を盛った事実だって変わらない」


「俺の死は衰弱によるものだ! 葬式の時にでも俺の家族から聞いたんじゃないのか!」


「それは……その通りだが……」


「毒で死んだとしても俺は恨まねえよ! 肉親が人質になってたんだ! じゃあ仕方ねえじゃねえか! 何なら言えばよかったんだ、俺のために死んでくれって! お前のためなら死ねたよ、俺は! 実際自殺できたか分からないけど、でもそう思える関係性だと思ってたよ! お前は違ったのか!?」


 哲也はわずかに目を細めた。

 昔を思い出しているかのように、溢れ返る記憶を噛みしめるように口を引き結び、その眼に苦悩を映し出す。俺は高まり過ぎた感情をどうにか落ち着けて、言葉を紡いだ。


「俺が俺のまま現世に残ってるのはやることがあるからだ! お前のことは心配はすれど憎むなんてことはありえねえよ! 怨霊扱いはやめてくれ!」


「……アル、俺は……」


「俺は、俺と紗奈は、たくさんの子と孫に囲まれて老後を過ごすお前の未来を望んでいた! 高槻家の家系図はきっと滅茶苦茶になるぞって、笑いながら想像してたんだ! なのに、体の半分機械になっちまって、恨まれてると被害妄想にひたって悪魔みたいな男に戦いを挑むだなんて……どうして暖かくて幸せな人生を歩んでくれなかったんだよ……!」


「……俺が……俺が考える完璧な人生には、アルと紗奈の二人がいなければならなかった。お前が願ってくれた未来は、お前たちの死でたどり着けないものになってしまった。それに東道に関わってしまった以上、この戦いは避けられなかっただろう。誰かが東道久道を止めなくてはならなかったし、その役目は懐に深く潜り込めた俺にしかできないと思った。この戦いは自分の意思で決めたことだ」


「だとしても、その決意に俺たちへの償いを含めるな! 俺たちはお前をこれっぽっちも恨んじゃいない! 死んでなお、お前の幸福を願ってる! 願い続けるよ! だから、もう自分で自分を傷つけるのはやめろ! いい加減、自分のためだけに人生を歩め! それが今の俺の……精一杯の願いだ!」


 正体を明かしてはならない掟があるのは分かっていても言わずにはいられなかった。擦り切れた哲也の姿が悲しくてしかたがなかった。勝手ながら紗奈を含めた二人分の想いを込めたが、紗奈は文句を言わないはず。俺は一発頬を殴っただけだが、紗奈なら往復ビンタした後に脛を蹴ったかもしれないのだから。

 哲也は地下駐車場内に響き渡る俺の声をずっと聴いているように黙っていた。静まり返ると目を閉じ、胸元を握りしめ、口を開く。


「……アルのふり、なんだったな?」


「……ああ、そうだ。あんたの話を聞いて想像してみたら、こんな言葉が出てきたんだ」


「そうか……そうだな。アルも紗奈も人を恨んだり憎んだりするような人間ではない。あぁ……そういえば、二人のことを『正しく』思いだしたのは何十年ぶりだろうなぁ……」


 天井を見上げた哲也は、ゆっくりと息を吐いた。

 吐いて、吐き切って、また息を吸う。

 胸元から手を放し姿勢を正して俺に顔を向けた哲也の目には、僅かながら光が戻っていた。俺と紗奈とともに笑いあっていた日々に見た、精一杯人生を謳歌していた彼の輝きだ。


「君に感謝を。ありがとう。久しぶりに親友に会えた気がしたよ」


「それなら良かった。演技に力を入れた甲斐があったというもんだ」


 哲也が右手を上げるとロボットたちが一斉にライフルを構えた。「時間だ」と呟いた哲也は上階へと続く階段へと歩み始めた。

 が、俺を横切ってすぐに足を止める。振り返った哲也は「そういえば」と口にした。


「少し訂正をさせてもらいたい」


「何をだ?」


「車内で許しを請うために戦うと言ったが、あれは忘れてくれ」


「ああ、それで?」


「これ以上被害者を出さないため、そして世界を救うために戦う。自分が信じる正義を貫く戦いにしようと思う。君にはどうか俺の……私の覚悟を見届けて欲しい」


 そう言って、哲也はふっと表情を変えた。とても小さな微笑みだった。でもそれはまごうことなく笑顔だ。俺が知っている親友の笑顔だった。


「ああ、分かった。あんたの生き様、見させてもらう」


 俺たちは並んで階段へと向かう。死に別れて数十年、哲也はすっかり年老いてしまったが、隣にいてくれる頼もしさは何も変わらない。きっと心はずっと哲也のままだったのだ。色々あって塞ぎ込んでいただけで、哲也はそれでも哲也のまま生きてきたのだろう。

 俺はそれがたまらなく嬉しくて、込み上げてくるものが零れないよう歯を食いしばった。


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