第三話 西暦二〇六一年 九月九日 ②
様々な疑念や妄想が自身の中で渦巻いていたが、真実がどうであろうと俺がやらなければならないのは『大尾真宵』という人物に接触することだ。しかし、今となっては瑞樹家と俺は赤の他人。気軽にコンタクトを取れる関係ではない。正当な理由を作って会いに行き、情報を引き出す術が必要だった。
第一に、今世の俺こと『羽田智三』の貯金を切り崩しタブレット型パソコンを購入。視線操作、空中に複数の画面を投影させるエアーディスプレイなどの最新技術を学ぶのに一日かけた後、最初の一手として両親の配信チャンネルの運営団体とされるアドレスにメールを送ってみた。『プロジェクト・ジ・アース』のメンバーのフリをして大尾真宵の安否を確認したり、団体の会合の有無を訊ねてみる、そんな内容だ。
結果は無反応。まあ、あからさまに怪しい文面だったから仕方ない。ならばと俺は次の手段として、反東道派のデモを妨害するグループ『東道未来研究塾』の名前を使って呼びかけてみた。「対立する我々ですが、一度真っ向から話しあってみませんか?」と。
すると、三日の時間をかけてレスポンスがあった。「大変興味深いご提案です。その発想はありませんでした」と好反応。絶対にこのチャンスを逃してはならない、と俺はすぐに「ぜひお願いします」と返信した。
不思議と、死に別れた家族と言葉を交わしている、という感覚はなかった。ビジネス的な文面でのやり取りだったせいだろうか。とにかく会合の打ち合わせはスムーズに進んだ。
それから一週間後、俺の行動がどう結実するのか、答え合わせをする日がやってきた。一人で勝手に進めた対談が、東道側にどう伝わり、どのような結果になるのか判明する日だ。
『東道未来研究塾』、略して『東研』のチームリーダーから緊急招集がかけられ、呼び出されたのは繁華街の外れにある溜まり場だった。その空き地は不良や宿無し、俺のような孤児が仕事を求めて集まる場所だ。
「智三、遅刻。『先生』、もう来てる。一体どこふらついてたの?」
空き地に踏み入った途端、絵具が付着したパーカー姿の少女が駆け寄って来る。記憶が蘇った時に傍にいた津野田珊瑚だ。
「悪い、道に迷った」
「迷う? 何年も住んでるのに? ここら辺、庭みたいなもんじゃん」
「それより哲也……先生は? また新しい仕事を持ってきてくれたんだろ?」
さっと辺りに視線を走らせると、みんなが遅刻してきた俺を見ていた。リーダーと呼ばれている長身の男が舌打ちをし、「智三ぃ、挨拶!」と不満の声をぶつけてくる。
リーダーが顎で示した先、空き地の奥には白髪が混じる男が立っていた。
前世から十七年。その年月は哲也の顔に深い皺を刻み、目の周りを黒く縁取っていた。右目はより鋭さを増し、内側は黒い洞穴のように淀んでいる。左目は眼帯で隠していて、左手を手袋で覆い隠す姿。前世で出会ったときは『擦り切れた』ように見えたが、今回はまるで闘争の中を生き抜いてきたかのように攻撃的な存在感を放っていた。
「お前……羽田智三といったか?」
哲也がしゃがれた声で俺に言葉を向け、射抜くように見てきた。眼帯を観察していたため、自然と視線がぶつかる。
「はい。遅れてすみません」
哲也は俺の心の内を見透かそうとするかのように右目を尖らせた。まただ。前世と同じように、俺を目にして動揺している。
「…………、反省したならば良し。では仕事の話をしよう。全員、清聴するように」
哲也は一度目を閉じ、目元を揉んだ後、重厚な声で話し始めた。
「今回頼みたいのはデモの妨害ではなく、『プロジェクト・ジ・アース』との対談だ。由々しき事に何者かが『東研』の名を使い、勝手にアプローチをかけていたらしい。いたずらにしては手が込んでおり、相手は本気にしてしまっている。このまま無視するのでは東道による嫌がらせだと扱われかねないため、あえてその嘘に乗ることに決まった」
『東研』のリーダーが鋭い視線を周囲に振りまき、「おい、やったの誰だ!」と声を荒げた。哲也は「犯人捜しは後だ」と言ってリーダーを制し、小さく息を吐いた。
「その対談だが、今日この後、一時間後に行われる。急な話だと思うが協力して欲しい。台本も用意してあるし、私も同行してフォローに努めるから心配は必要ない。それで二人選ばなくてはならないのだが――」
「先生、リーダーの俺が行きます。このイタズラの尻拭いをさせてください。そしてその、出来れば東道大先生のお耳に入れないでいただけると……」
「いや、お前は今後の活動予定の共有を頼む。そしてイタズラが誰によるものか探ってくれ。この問題は東道議員には知らせないでおくから、その点は心配しなくていい」
リーダーは腑に落ちないといったように顔を曇らせ、身を引いた。尻拭いと言っていたが、彼は活躍して東道『大先生』に気に入られるきっかけにしたかったのかもしれない。
「羽田智三、津野田珊瑚。この両名に来てもらう。向こうは最も若いメンバーをお求めだ。都合はつくか?」
問いかけてはいるが、断らせる気はないようだった。珊瑚は顔を寄せてきて、「大変なことになったね」と俺に耳打ちしてきた。
「はい、行けますよ。先生の指示以上に大事なものはないし。ほら、智三も返事」
「あ、ああ。俺も行けます。もちろん」
「で、先生。対談ってどこでするんですか?」
「『プロジェクト・ジ・アース』東日本支部長のお宅だ」
「支部長のお宅……って、あの配信者の老夫婦の家ですか? 瑞樹さん、っていう……」
「そう、本拠地に乗り込むことになる。東道の名を汚さないよう粗相がないようにな」
哲也はついて来いと言い、空き地の外に向かって歩き出した。「まさか敵陣に殴り込みとは驚いたなぁ。どう思う、智三」と伺ってきた珊瑚に「好都合だな」と返しながら、俺は注意深く辺りを見回した。
「好都合って、なにが?」
「こっちの話だ。気にしないでくれ」
「どうしたの、辺り見回して。誰か探してんの?」
「いや、探してるわけじゃなくて――」
と言っている途中で空から何かが降ってくる。べちゃりと俺の肩を汚したのは鳥のフンだ。うわ汚な! と珊瑚は飛び退くが、俺は安堵で小さく息を漏らした。
対談を幸運プランの効力だけで実現したとしたら、どんなに重い反動がやってくるか分からない。だから俺はこの一週間、自分の力で対談に選ばれるように努力してきた。『東研には十代の子も参加してるんですよ』とか『あえて最年少の声を聞いてみませんか?』と半ば強引に誘導し、結果上手くいったらしい。
大丈夫、幸運はコントロールできる。俺は自分にそう言い聞かせながら広場のすぐそばに停めてあったベンツへと向かった。振り返った哲也は俺の姿を見ると眉をひそめ、「捨てろ」と一言口にする。言われた通りジャケットを脱いでその場に捨てると、哲也が渡してきた『東道未来研究塾』のロゴがプリントされたジャンパーを羽織った。
「あっ、これ私がデザインしたやつ。使ってくれたんですね」
「ああ、即席で作ったものとしては上等だろう。二人はその格好で対談に臨んでもらう。これが台本だ」
渡された冊子を開くと、様々な質問に対する回答案や、東道の活動実績が箇条書きに印刷されていた。向かう間にこれを頭に叩き込んで対応しろ、ということらしい。
珊瑚の後に続き車に乗り込み、助手席の後ろの席に収まった。その位置だったからこそ、運転席に座った哲也の異常に気がついた。
ハンドルに置かれた手袋で隠した左腕……わずかに露出している素肌は酷く爛れている。
火傷か、それとも薬品によるものだろうか?
車はゆっくりと発進し、徐々にスピードを上げていく。かなりの速度だ。
せわしなく動く右目と、眼帯で隠された左目がバックミラーに切り抜かれて見える。眼帯の端から少しだけ、左手と同じような爛れた皮膚がはみ出していた。
「……先生。その左目と左手、どうしてそんなことになってしまったんですか?」
訊ねると、「馬鹿!」と珊瑚が血相を変えた。
「絶対に触れないって決まり、忘れたの!? ごめんなさい先生、今のは忘れてください! 智三には後でキツく言っておきますんで!」
珊瑚は忙しなく言って、早く謝罪しろと太ももを突いてきた。
「……お前たちと関係を持って、もう三年だ。どうして今更そんなことを訊く?」
哲也は鋭く研ぎ澄ました眼差しをバックミラー越しに寄越してくる。
「交流を深めたかっただけです。三年の付き合いなのに何も知らないのも不自然というものでしょう」
「人の特徴をあげつらうのが交流だと?」
「言いづらい理由でもあるんですか」
「肌の爛れは火事に見舞われたときの傷だ。さあ、これで満足か?」
「左目と左手だけ焼けた、と? そこだけ?」
「ああ、その二か所だけだ。それが何か問題でも? それとも、訊かねばならない理由でもあるのか? 羽田智三ではない誰かの意思でも関わっている、とか?」
少しの間、胃が締め付けられるような沈黙が車内を支配した。哲也はバックミラー越しに俺を見据えている。それは咎めるような厳しい眼差しだったが、前世同様、なぜか恐怖の色も混ざっている。
「話は終わりだ。これ以上、踏み込むことは許さない。お前は黙って目的を遂行しろ」
その言葉は注意散漫な俺の心によく響いた。そう、俺は紗奈を見つけるという目的を最優先に考えるべきで、哲也の傷のことを考えている暇はないのだ。俺は「すみませんでした」と謝罪すると、意識を台本に移す。珊瑚とのリハーサルに集中しようと努めた。
だが、俺の意識はすぐに別のものへと吸い寄せられる。
窓の外、目に映る風景。それは俺が生まれ育った町だった。




