マジうける
「どもー! 神月梓でーす! よろー!」
「……」
「ってか、なにその幽霊の数! ウケるー」
「……」
目の前の女子高生は俺を見て笑っている。ウケるらしい。うちの子たちは今にも襲い掛かりそうなくらい威嚇してるけど。
今回、なぜ俺が女子高生と一緒にいるかと言うと、佐伯さんに頼まれたからだ。
三日前、佐伯さんから電話がかかってきて、こんなお願いをされた。
「ケイさん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「なんです?」
「研修をお願いできないかな?」
「研修? なんのですか?」
「実は、とある退魔の家の子の実地研修を引き受けてくれる人を探してほしいってお願いされてて……。ケイさんにお願いできないかなーって」
俺は何かを教えるなんてできない。幽霊以外はうちの子たちにお願いして見ているだけだし。
「退魔の修行なんて、自分の家でやるものなんじゃないですか?」
「それが、外の世界を知らなければ井の中の蛙になってしまうからって……外部にお願いしたいらしいのよ」
「はあ……」
「何とかお願いできない? 本来の報酬に加えて依頼主からも報酬が出るからおいしいわよ? 怪異も大したことないし」
報酬がおいしいのは良いけど、どうするかなあ……。
「何かを教えるのは無理なんで、ただ見てもらうだけになりますけど、それでもいいなら……」
「大丈夫。退魔の術は自分たちで継承していくだろうし、こういう世界もあるんだっていうのを見せてくれるだけでいいわ」
それならまあいいかと佐伯さんのお願いを了承し、そして待ち合わせにやってきたのが、この女子高生というわけだ。
見た目は普通だ。髪を染めているわけでもない。むしろとても綺麗な黒髪だ。
薄く化粧をした顔は可愛らしく整っていて、学校ではさぞやモテるだろう。
神月さんを見たうちの子たちは、それはもう怒り出してぐるぐると俺の周りを蠢いているし、女子高生はそれを見てウケている。
(大丈夫かなあ……)
かなり不安だが、とりあえず依頼はこなそうと現場に向かうのだった。
「ってか、ケイさん。そんなに憑いてて苦しくないの?」
神月さんはずっとハイテンションで話しかけてくる。うちの子たちが怒っているので、あまり話しかけないで欲しい……。
「初めて見たよ、そんな大勢憑いてるの。マジウケるんだけど」
「……皆、落ち着け。これは仕事だ。今日だけだから、手を出したらだめだぞ」
今にも襲い掛かりそうな剣呑な雰囲気で蠢いているうちの子たちをなだめる。
「へぇ……ケイさんの言う事はちゃんと聞くんだ? え、ちょっと待って。この数の幽霊を使役してるってこと?何それヤバ! マジウケるんだけど」
「神月さん。俺に憑いてる子たちは生きてる女性の事を嫌ってるから、あんまり刺激しないでほしい」
「はーい! 研修おもろ! これを見れただけで研修に来た甲斐あったわー。後はちゃちゃっと怪異退治しておしまい! 楽勝すぎ! マジウケる」
そんな神月さんを連れて現場に到着した。
今回の怪異は大層な物ではない。蛇に憑依されて錯乱する人が続出しているので、それを退治してほしい。そんな感じの依頼だ。
今のところ現場周辺におかしなところはない。
しかし、怪異は突然姿を現すので油断はできない。
「ねえケイさん、まだー? 飽きたんだけどー」
神月さんは早くも飽きてしまったらしい。
現場に出るのはこれが初めてらしいから仕方ないのかも知れないが、もう少しやる気を出してほしい……。
それから更に少し待ったが、異変は起きていない。
神月さんはすっかり飽きてスマホを弄っている。
「ケイさーん。帰っていい?全然でな――ッ!」
神月さんが言いかけた瞬間、物陰から何かが飛び出してきて神月さんの体に入っていった。
「な、なに、これ……く、苦し……たす、け」
神月さんが苦しそうに藻掻いている。隙だらけだった神月さんに怪異が憑依してしまったようだ。
「あー……。神月さんに入っちゃったか。……みんな、頼める?」
お願いするが、うちの子たちは嫌そうにしている。
神月さんはすっかり嫌われてしまったらしい。
「嫌いなのはしょうがないけど、一応怪異を退治するのが依頼だからさ。お願いだから助けてあげてくれ」
うちの子たちは、本当に嫌そうに神月さんの体の中に手を突っ込んで一匹の蛇を取り出し、そして躊躇なくぶちっと引きちぎった。
「ゲホッゲホッ」
神月さんは苦しそうに咳き込んでいる。
「神月さん。怪異は退治したからもう大丈夫だよ」
「……」
やがてゆっくりと立ち上がった神月さんは、神妙な顔つきをしていた。
「何それ……。何それ何それ……。マジウケる……」
神月さんが壊れてしまった。
「神月さん?」
「ケイさん! 何今の!? マジヤバいんですけど!」
それから駅で別れるまで、神月さんはずっと興奮した様子で「マジヤバい」と「マジウケる」しか言わなくなってしまった。怪異に憑依された影響でおかしくなってしまったんだろうか……?
後日佐伯さんから電話があって、神月さんはこれまでとは打って変わってまじめに修行に励むようになったそうだ。
うちの子たちを見て『外の世界』とやらを知った結果らしい。
親御さんにとても感謝されて、是非また頼みたいとお願いされたと言っていた。
まじめに修行に取り組むようになったのは良いことだが、研修は是非ともよそでやってほしい。
あの後機嫌を損ねたみんなをなだめるのに、めちゃくちゃ苦労したのだ。




