ブチギレ
「今回の報酬は百万円よ。その内私が仲介料で二割もらうから、ケイさんの取り分は八十万ね」
「八十万!?」
「依頼主が大きい組織だと、依頼料も跳ね上がっておいしいのよねー」
うちの子たちが蠢いている。首を横に振ってアピールしている。もっとよこせ、全部渡せとアピールしている。
「こら。仕事を紹介してもらうんだから、少し引かれるのは当たり前なの。ゴネるんじゃない」
みんなを軽く叱ると、元のポジションに戻って俺の体を撫で始めた。
「さ、さすがに仲介料をもらうのは許してよぉ……。怒らないで、ね?」
佐伯さんはうちの子たちがキレるとやばいことを知っているので半泣きになっている。
「大丈夫です。ちゃんと言っておきますから」
「お願いね? じゃあ、現場周辺の地図は送っておくから、頼んだわよ」
佐伯さんたちに見送られながら事務所を出て外に向かう。
現場まで結構かかるが、今から向かうと夕方過ぎには現場に着いて、周辺を捜索していればすぐに夜になる。住宅街らしいので、暗くなってからの方が都合が良いだろう。
電車に乗り込むと、まだ帰宅の時間には早いせいか結構空いていた。
向かいの席に座っている男性に、女性の霊が絡みついている。女性はじっとこちらを凝視している。
憑かれていることに男性は気付いていないようだし、いきなり女性の霊をナンパするのも良くない。悪さをしているわけでもないし、放っておくことにした。
乗り換えも含めて一時間以上かけて着いた御霊川駅で降りる。駅周辺はそこそこ栄えているようで、人も多く行き交っている。
現場に到着した頃には夕方になっていた。街灯が住宅街の道を照らしている。
「この辺りだな……」
現場の周辺をうろついてみたが、今のところ異常は感じられない。
「いきなり襲われるかもしれないから、みんな気を付けておいてね」
うちの子たちは任せろと言わんばかりに頷いている。
しばらくうろついたが、何も起こらない。すでに辺りは暗くなっていて、住宅街は人通りも少ない。
ふと、何か音が聞こえてきた。風が少し強くなってきた気がする。街灯が照らしているはずなのに。やけに暗く感じる。
――ひゅるん、ひゅるん
何かの音がする。
俺は何が起こってもいいように身構えて、
見えない何かに斬りつけられた――!
「――っ!」
頬を浅く切られただけで、血もそんなに出ていない。すぐに行動不能になるようなものではない。
俺は集中して怪異を見極めようとして――
世界から、音が消えた。
誰も動かない。姿を見せた目玉の化け物も動かない。動けない。
風が強くなった。台風と勘違いしてしまいそうな強風が吹き荒れ、周りの住宅の窓が揺れてガタガタと音を立てている。
更に空では急速に雲が集まり、ゴロゴロと雷が鳴り出した。
街灯は点滅しはじめ、今にも消えてしまいそうだ。
「――――――ッ!!!」
聴覚では聞こえるはずのない呪いの叫びが響き渡り、世界が軋みをあげる。
(まずい。まずいまずいまずいまずい)
状況を察した俺は、頭を抱えた。
うちの子たちが、ブチギレている。
俺が攻撃されて、傷を負ってしまった。
彼女たちはブチギレ、敵を滅ぼすために全力を解放しようとしている。
彼女たちは俺に執着しているので、その俺を傷つける者を決して許しはしない。
死者たちが撒き散らした破滅の呪詛が現世を侵食していく。
賢い動物たちは逃げ出した。今はこの場にいるだけで呪われてしまうだろう。
怪異はもういい。うちの子たちによってちょうど今ひねり潰されたところだ。
依頼は完了だ。
そんなことより、今は一刻も早くうちの子たちを鎮めなければ。
怪異ではなく彼女たちの呪いによって周辺の土地が死んでしまう。
(ちょっとだけでも理性が残ってると良いんだけど……)
幽霊はたまに興奮状態になると、呼びかけても声が届かなくなる『狂乱状態』に陥る場合がある。
うちの子たちが今それになってしまうと、手の打ちようがなくなってしまう。
「みんなやりすぎ! 余計な被害を出すのはだめだぞー! 言うことを聞けないなら、お仕置きが必要かなー?」
俺の呼びかけを聞いて、うちの子たちは――。
世界に音が戻った。
風はやみ、雲は散り、街灯はしっかりと道を照らしている。
どうやら俺の声は届いたようだ。
俺が傷ついたことにキレたからか、俺を気遣う心が残っていて、それが踏みとどまらせたのかもしれない。
依頼は達成したけど町は呪われて土地は死にましたではシャレにならない。
ギリギリ助かった……。
「えらいぞ。ちゃんと俺の声を聞いてくれたな」
◇
「ケイさん、何かあった? あちこちから連絡が来て、結構な騒ぎだったんだけど」
(うちの子たちの呪いで土地が死にかけてたとは言えない……)
彼女たちが超強力な呪詛を撒き散らしてくれたので、危うくあの辺り一帯は人が住めない土地になるところだった。当然余波は広範囲に影響を与えたはずだ。
敏感な人は異変に気付いて慌てただろう。
「適当に誤魔化しはしたけど、できるだけ手加減してもらってね? いつか討伐対象になりかねないから」
「瞬間的に我を失いやすいので、確約はできないですね……」
「今回くらいなら何とか誤魔化せるから、せめて実害だけは出さないように抑えてね?」
電話を切ると、うちの子たちは俺のご機嫌を伺うようにゆっくりと蠢きながら体を撫で回し始めた。
やりすぎたのは理解しているだろう。怒られないように、俺の機嫌を取ろうとしているのだ。
「最後に俺の声を聞いてくれたし今回はいいよ。ただ、次からはやりすぎないようにね」
俺の言葉にうちの子たちは一斉に首を縦に振った。
今はわかったと頷いている。だが、また同じ状況になったらブチギレるんだろうなあ……。
元より幽霊は複雑な思考は苦手だ。鍛えたとはいえ、一つの思考に染まりやすいことに変わりはない。
その都度俺がコントロールしてやらないといけないだろう。
「俺が怪異と戦えればなあ……」
俺の呟きにうちの子たちは一斉に反応し、首を横に振って体を撫で回す。
「とんでもない」「絶対やめろ」そんな感じだろうか。
確かに俺が戦って傷ついたりしたら、それこそ彼女たちがキレてとんでもない被害がでかねない。
俺にできるのは、みんなの手綱をしっかり握ってやりすぎないように気を配ることくらいか。




