純朴の愛
元離宮の部屋を侵食するマグマの熱気と、立ち込める鉄錆の臭い。
視界を埋め尽くす巨大な怪鳥の影が、その無数の目玉を蠢かせ、私を見下ろしている。
恐怖? いいえ。私の胸を支配するのは、かつてないほどの期待感。
「ノノシリーナ王女。軽い挨拶も済んだ。我が名はヴォグリュゾム(剥髄滓魂煉造官)。貴女の強靭な魂を糧に、素晴らしい負のエッセンスを抽出させてもらおう」
その名を聞いた瞬間、私の心に、激しい衝撃が走る。
地獄のドS悪魔が、私の魂を粉々に壊したがっている。
なんて……なんて、最高なの!!
「あなた、やっぱり本物の悪魔だったのね。最高じゃない! とことん、私を虐め倒して頂戴!!」
興奮が抑えきれず、言葉が溢れ出す。喉の奥が、歓喜で熱い。
「ああ、ではまず、あの哀れな者達同様、生きたまま肉と皮を剥がしてやる。安心しろ。退屈させぬよう、骨も時折砕いてやろう」
ヴォグリュゾムの宣言は、神託のように厳かに響き渡る。
直後、宙に浮く鋭利な拷問具が、私の体に食い込んだ。
生きたまま、皮が肉ごと剥がされていく。
痛い! 痛い! 腹の底から、絞り出すような絶叫が漏れる。
――けれど、痛いのに、心は気持ちいい!!
快感だわ。これが死へと進む極致の快楽なのね!
「あぁーーーー! いたーい!!!! ぐはっ♡」
肉が裂け、骨が砕ける。物理的に声が出なくなるほどの凄惨な破壊。
だが、次の瞬間には、私の肉体は再び何事もなかったかのように、真っ新な健康体へと戻されていく。
そしてまた、剥離。また、粉砕。
何度も、何度も。永遠に続くかと思われた、至高の苦行の繰り返し。
ところが、次の快楽を今か今かと待ち構えていた、その時。
ヴォグリュゾムの拷問具の動きが、ピタリと止まった。
「どうしたと言うの!? 早く私を切り刻んで!! もっと、もっと続けてーー!! 何をしているのよ!! 早くして!!!!」
催促する私の言葉に、悪魔の数百の目玉が、戸惑いと嫌悪に染まっていく。
「なんだこれは……負の感情ではなく、肯定や快楽のエッセンスになっている。ああ、なんてことだ! 私の神聖な仕事場が穢れる……!」
ヴォグリュゾムが一斉に私を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てた。
「この放射性痴女め。貴様は歩く公害だ。文明の汚点だ。地獄の不燃ゴミだ。もういい。貴様などいらん。失せろ!」
その咆哮とともに、世界が白光に包まれる。
今まで味わった痛み、聞いた断末魔、見た深淵の景色。そのすべてが、一瞬で遠い夢の彼方へと吸い込まれていく感覚。
気づけば、私は離宮の静かな自室に立ち、ギルバート王子に見つめられていた。
彼の目には、先ほど流した涙の跡がまだ残っている。
「ノノシリーナ……その……その沈黙は、断るという答えか?」
王子の震える声が、現実の静寂を震わせる。
私は、自分を捨てた悪魔への未練を断ち切るように、ゆっくりと微笑んだ。
地獄の悪魔にさえ「不燃ゴミ」と突き放されるほどの、この私の異常性。それを最も理解し、これまで支えて(虐めて)くれたのは、誰あろう目の前のギルバート王子なのだから。
「いいえ、ギルバート王子。あなたは私に、たくさんの幸せ(快楽)を与えてくれたわ。だからあなたが謝らなくとも、私は城に戻るわ」
私の答えに、王子の顔が劇的に輝く。
「ああ、ノノシリーナ!」
王子は感動のあまり、再び私を強く、激しく抱きしめた。
そして、かつて建前だけで交わした冷たいキスとは全く違う。
熱く、重く、そして本当の愛のような、魂を震わせるキスが私に送られる。
「息苦しくて、気持ち良いですわ♪ 今度は私の鼻を摘んで、窒息でもよろしくてよ。それと、もっと強く締めてもいいですのよ、ギルバート王子。」
「これからは、君の為に、私がこの国を全力で支えよう。そして君も一緒に。君にはこれからも私の心の支えになって欲しい。私も、君の支えになる」
……ふふ。王妃としての公務の傍ら、ギルバート王子の支え(罵り)。
そして『正しい愛』という名の、最も退屈で高度な精神的拷問……。これからの生活も、なかなか刺激的になりそうね。
私は王子の腕の中で、次なる「受難」の予感に、静かに瞳を輝かせるのであった。そして様々な妄想を膨らませてゆく。
周囲の聖騎士達は混乱したように、周囲を見渡していた。
「我々は……どうしてこんなところに……」
兵士達も唖然としていた。
「ギルバート様……」
そして、いつの間にか、騎士団の指揮官は、初めからそこにいなかったように姿を消していたのだった。




